第160話 セドリックのお願いとお誕生日④
日がすっかりと落ちた、夜に差し掛かる前の、薄闇漂う時間帯。
壁に埋め込まれた、光る魔石がぼんやりと温泉浴場の中を照らし、昼とはまた違った趣を入っている者に与える。
インテリアとして配されている樹木や花々が薄明りに照らし出され、入浴している者をまるで、露天風呂に入っているかのような気分にさせてくれるのだ。
高い天井の嵌め殺しから見える満点の星々も、それに一役買ってくれていた。
だが今現在、この温泉に入っている少女にとっては、それらを楽しむ余裕など欠片もありはしなかったのだが…。
「…なんで…。こうなっちゃったんだろうか…」
――…只今、私はバッシュ公爵家の離れにある温泉の中、一人きりで浸かっている状態だ。…しかも、バスタオルを一枚、身体に巻いただけの状態で。
あのパーティーのすったもんだの挙句、母様に煽られ、婚約者として…そして貴族女性として精進しろと言いくるめられた結果、兄様方やセドリックと温泉で裸のお付き合いをする事になってしまったのだった。まさに怒涛の展開である。
「まさか、この世界の性事情が、あそこまで乱れていたなんて…!」
しかも婚約者同士でなら、裸でお風呂に入ったりベッドを共にしたり(一応、未成年者は最後までいかないようだけど!)挙句、あんなセクシーな下着を付けたり、見せたりしているなんて思わなかったのだ。
父様方や兄様方が、それについて伏せていたって事もあるけど、余りに無知だった…。でも出来たら、もうちょっと穏やかに教えてくれれば良かったのに…母様。
兄様方やセドリックが私に婚約者としてしてくる、濃厚なスキンシップを『下手すれば未成年淫行罪!』なんて思っていたけど、その事実を知ってしまえば、自分がいかに婚約者である兄様方やセドリックから手加減されていたかが分かってしまう。
王宮で殿下方が度々、兄様方やセドリックに同情の眼差しを向けていたのは、つまりはそういう事だったんだ。
「だ、だからっていきなり…お互いマッパでお風呂はハードルきついよ!!」
オリヴァー兄様の言う通り、結婚するからには、裸を見せ合う事ぐらい、いずれ避けては通れない事なのだろう。
でも、あんな…あんな顔面凶器とそれに見合うわがままボディを持ち合わせている人達の裸なんて、いきなり見られないよ!!
「わ…私…初夜だって、真っ暗な中でしようって決めて…って!」
それじゃない!今考えるべきなのはそこじゃない!!ってか考えるな!!兄様方に対峙する前に鼻腔内毛細血管が崩壊する!!
「と、とにかく…落ち着かなくちゃ!」
そう自分に言い聞かせつつ、バシャバシャと顔に湯をかける。手に掬ったお湯の色は、いつもの無色透明と違い、乳白色だ。
何故かと言うと、私がお湯を血の池地獄にしないよう、苦肉の策としてグラント父様に濁り湯にしてもらったからである。
でもそれを父様にお願いした際、セドリックや兄様方にブーイングを喰らい、ついうっかりテンパってしまって「婚約破棄して修行し直す」…等と口走ってしまったのだ。
その結果、私はオリヴァー兄様の大逆鱗に触れてしまったのである。
「…婚約破棄…ね。しかも修行って…誰と何をするつもりなのかな…?」
野外で、しかもドレス姿だと言うのにその場で正座させられ、絶対零度の冷ややかな眼差しで見下ろされ…。あまりの恐さに必死に謝罪をしまくったのだが、オリヴァー兄様のお怒りは全く解ける事無く、その結果として、このバスタオルを巻いての混浴と相成ったのである。
最も濁り湯だから、当然湯に浸かっていれば私の身体は外から見えないんだけど…。うっかりタオルが取れたらマッパな状態だ。
動いても外れる事のない入浴着を着ている状態と違って、タオルってお湯に浸かるとフワフワ浮いてしまって非常に心もとないのだ。
『それもこれも、私の馬鹿な発言の所為だから、自業自得なんだけど…。や、やっぱり恥ずかしい…!!』
まあ…。オリヴァー兄様は頑なに「裸以外認めない!」と譲らなかったのを、クライヴ兄様とセドリックの取り成しで、何とかバスタオル着用は認めてくれたのだから、贅沢は言っていられないんだけどね…。
「エレノア、入るよ」
「ふぁっ!?」
唐突に、私の思考をぶった切る様に、オリヴァー兄様の声が聞こえてきて、思わず変な声が出てしまう。
間髪入れず、ガラス戸が開き、兄様方とセドリックが浴室へと入って来た。
当然と言うか、彼らは今日は私のプレゼントした入浴着を身に着けてはおらず、私への配慮か、腰にバスタオルを巻いただけの状態である。
――思わず喉がゴクリと鳴った。
オリヴァー兄様は、その流麗な美し過ぎる美貌から、全体的に細身で華奢と思われがちだが、こうして裸になってみると、単純に着痩せしているだけだった事が分かる。
程よく引き締まった体躯。割れた腹筋が、女性的とも思える美貌に、いつもと違う『男』としての精悍な彩りを与え、何と言うか…もう、滴る様な色気が半端ない。この状態で迫られたら、10人中10人が腰砕けになるであろう。まさにうっかり見惚れていたら、魂を吸い取られてしまいそうなレベル。いわば魔性だ。
クライヴ兄様は、訓練で胸元を寛げたり、たまに水浴びをするのに上着を脱いだりしているから、少々知ってはいたが…。流石は武闘派。
オリヴァー兄様よりも一回り逞しい。…でも決してムキムキという訳でもなく、細マッチョというか、これまた絶妙にバランス良くついた筋肉と割れた腹筋が、クライヴ兄様の精悍な美貌とマッチして…。なんかもう、拝み伏したいくらいにエロい。男相手にエロいは無いだろうとは思うが、とにかくエロい。
セドリックはというと…。
貴方、着痩せするにも程があるでしょ的な、まさに細マッチョ体型である。
最近グングン身長伸びてるし、逞しくなってきたな…とは思っていたけど、まさかそんなに鍛えているなんて思わないじゃないか!
しかも、青年期に差し掛かる前の、少年期独特の甘い線の細さが、スパイスの様に鍛えられた身体を彩っている。謎の色気も加わり、クラクラしてくるんですけど…!?貴方、まだ13歳だよね!?どんだけ早熟か!!
しかも…。三人が腰に巻いているタオル…なんですが…。
『ま…巻き方が…!!巻いている位置が…絶妙で…エロ過ぎる!!』
臍下の…見えそで見えない、絶妙なラインを死守しております!Vラインギリギリです!絶妙のチラ見加減です!!
「…うん。ちゃんと目を逸らさずにいて偉いね。鼻血も出てないし」
真っ赤になって、プルプル震え、涙目になっている私に向かい、オリヴァー兄様は極上の笑顔を浮かべながら、そうのたまった。
――…実はこれ、お仕置きの一環なのである。
私が温泉に向かう際、自分達が入ってきた時、目を逸らしたり鼻血を出したりしたら、今身に着けているバスタオル没収!…という、なんとも血も涙も容赦もない、まさに私にとって拷問に等しい宣告をされていたのだった。
「チッ…。耐えきったか…」って、クライヴ兄様!聞こえていますよ、その大いなる本音!!
「エレノア、大丈夫だよ。僕達のタオルはお湯に入ってから取るから」
近寄って来た三人に、怯えた様にビクつく私に、セドリックが苦笑しながら優しく声をかけてきてくれる。
…うう…。有難う、セドリック!正直、今タオル取られたら、鼻腔内毛細血管崩壊して血の池地獄に浮かぶところでした!…いや、その前に心臓止まるな。うん。
宣言通り、兄様方とセドリックは、湯の中に入ってからタオルを取り去った。…つ、つまり…。この乳白色の湯の中は、裸祭り…という事だ。うぉぉぉ…!いかん!鎮まれ!!私の妄想と心拍数!!
「エレノア?あんまりお湯に沈んでいると、すぐ逆上せるよ?」
そう言うと、いつの間にか傍に来ていたセドリックに腰を掴まれ、上半身を湯から出されてしまった。
「ひゃっ!ち、ちょっと!セドリック!!」
いくらしっかり、鎖骨付近から厳重にタオルを巻いていても、服を着ているのと違うのだから、物凄く恥ずかしい。それに何より、こ…腰っ!何勝手に腰に手をかけ…。
私の思考はそこでストップした。
何故ならそのまま、お湯の中でセドリックに横抱き状態のお膝抱っこをされてしまったからだ。
「ほら、こうすれば身体が沈まない」
硬直してしまった私の顔を覗き込むように、それはそれは優しく甘く、セドリックが囁く。…もう、脳内は恥ずかしさを通り越し、打ち上げ花火が乱れ撃ち状態である。正常な思考は遥か彼方、明後日の方向に弾け飛んでいってしまい、戻って来ない。
「エレノア…」
「…んっ!」
そんな私の唇を、セドリックがゆっくりと塞ぐ。
身体はしっかり抱き込まれていて、バスタオルから露出している肌が、裸のセドリックの肌と触れ合い、なんとも表現し難い気持ちになってしまう。
「好きだよ…エレノア…!」
濃厚な口付けの合い間に何度もそう囁かれ、湯当たりしたようなフワフワした感覚に身を任せていたら…。気が付けば今度は、オリヴァー兄様の腕の中、口付けを受けていた。
「オリヴァー…にいさま…」
舌足らずな口調で名を呼ばれ、興奮したのか、兄様の口付けが激しさを増した。流石に息が苦しくなって身じろぐが、ガッチリと抱き締められていた事により、兄様の逞しい身体の感触をダイレクトに感じてしまう。
途端、一気に羞恥心が湧き上がり、思考が少しクリアになってしまった。しかも復活した羞恥心により、逆上せたような感覚が顔全体に集中してくるのを感じた。
そのタイミングで、私の身体はクライヴ兄様へと手渡される。
「大丈夫か?エレノア。ほら、少し口開けろ」
労わる様な声に、素直に口を開けると、クライヴ兄様の唇が私のそれと重なった。
そこから冷たい何かが身体に吹き込まれ、火照った顔と身体から熱が引いて行くのが分かった。多分だが、クライヴ兄様が『水』の魔力を注いでくれたのだろう。
「クライヴ兄様…」
「ありがとう」と続けようとした言葉は、クライヴ兄様の深い口付けに吸い取られてしまった。
そのままゆったりとした、濃厚な口付けを繰り返され、再び思考に霞みがかかっていく。…だから、兄様の手がタオルの結び目に伸ばされているのに、私は気が付けなかったのだ。
「エレノア…」
そんなエレノアの様子を確認しながら、クライヴはエレノアに口付けをしたまま、オリヴァーとセドリックの方へと目をやる。
視線を合わせ、互いに頷き合った後、クライヴがエレノアのタオルの結び目をゆっくり解きかけた…その時だった。
不意に複数の話し声が聞こえたかと思うと、浴室のガラス戸が再び開かれる音が聞こえた。
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婚約者ズが、ちょっと本気出してますv
にしてもエレノア、目を逸らせないから仕方が無いけど、ガン見し過ぎですね(*ノωノ)
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