第159話 セドリックのお願いとお誕生日③
「…ねぇ、オリヴァー、クライヴ。セドリックはまだ子供だから良いとして…。あんた達、まさか…不能?それともエレノアに魅力を感じないとか…?」
「自分の息子を勝手に不能にすんな!!」
「エレノアに魅力を感じないなんて有り得ません!!許されるなら今すぐにでもこの手で…」
「オリヴァー!ストップだ!それ以上は言うなよ!?」
「あっ、あのっ!母様!私達…その…お、お風呂は一緒に入っていますよ!?」
「あらっ!そうなの?」
「はいっ!…えっと、温泉に入る時は、お互い入浴着着て…ですけど…」
段々言葉が尻すぼみになり、もじもじしながらそう言うと、マリア母様はクワッと目を剥いた。
「はぁっ!?入浴着!?何それ!何でわざわざ服着てお風呂に入ってんのよ!?今時小さな子供でも服なんて着ないわよ!?バカなのあんた!?」
母様の容赦ない口撃が炸裂する。その横で、先程の男性が必死に母様を宥めようとするが、「あんたは引っ込んでなさい!!」の言葉で大人しく後方に引き下がってしまった。ちょっと貴方、もう少し頑張って下さいよ!!
「そっ、それは!…あの…。は、恥ずかしくて…!」
「はぁ!?あんた今迄、色んな男達に散々、手取り足取りお風呂で磨いてもらってたんでしょうが!今更何を恥ずかしがるってのよ!?本当にバカね!」
母様…。仮にも娘に対し、バカバカ言い過ぎじゃないでしょうか!?
「そっ、それは9歳までは…。で、でもっ!その後お風呂に入れてくれていたのは、ジョゼフだけです!!色々な男の人になんか手伝ってもらってません!!」
うう…。わ、私、何でこんな所で、こんな恥ずかしい弁明しなけりゃいけないんだ!?っていうか母様!手取り足取りって、何でそう一々、言い方卑猥なんですか!?仮にも貴女、上位貴族ですよね!?淑女なんですよね!?
「ちょっとアイザック!この年で、男に…というか、婚約者に裸見せるの恥ずかしがるって、あんた娘にどんな教育してんのよ!?」
あっ!母様の怒りが父様に飛び火した!
「い、いや、教育というか…。元々こうだったとしか…」
「元々こう!?…何てことなの…!王太子殿下の前でのあの恥じらいっぷり…。流石は私の娘、やるわね!って思っていたけど、あれ、演技なんかじゃなくて素だったのね?!まんまと騙されたわ!」
「だ、騙すつもりじゃ…」
ってか、母様が勝手に誤解しただけなのに、なんで私が責められているんでしょうかね!?
「…分かったわエレノア。こうなったら荒療治よ!あんた今夜から、この子達と一緒に入浴しなさい!勿論、お互い裸で!」
「…え…?」
――えええええぇーっっ!!?に、入浴はともかく…お互い裸ー!?
「かかか、母様!そ、そんな事…!」
「お黙んなさい!それに今日はそこのセドリックの誕生日なんでしょ?それ誕生日プレゼントにしてあげなさいよ!…はぁ…全く。その年で婚約者と裸の付き合いすら出来ないなんて、どんだけ相手に我慢させてんの!?婚約者失格よあんた!」
「こ…婚約者…失格…」
母様の放った容赦のない口撃が、私の胸を撃ち貫いた。
――確かに…そうだ。
私が元居た世界では自由過ぎて奔放に見える事も、この世界ではごく当たり前の事で…。
男性が『婚約者』ないし『恋人』の地位を得る為、必死に女性に尽くすのと同様、女性も自分を愛し、尽くしてくれる相手に対し対価…というか、この世界で言う所の『誠意』をちゃんと返しているのだろう。…その方法が、私からすれば破廉恥極まりない事でも、この世界ではそれが当然の事なのだ。
それを私は、自分の羞恥心を理由にして兄様方やセドリックの優しさに甘え、与えられるがままの状態に慣れ切り、甘えていたのだ。確かに、婚約者失格と言われるのも当然だ。
「…分かりました、母様。私、婚約者としての責務を全うすべく、自分なりに精一杯頑張ります!」
「その意気よエレノア!貴族女性として、胸を張って頑張りなさい!」
「えっと…。はい!」
――ごめん、母様。張るだけの胸、まだ育っていません。
そんな母娘のやり取りを、アイザックや使用人達が汗を流しながら見守る中、セドリックがエレノアの肩にポンと手を置いた。
「大丈夫、エレノア。君は入浴着着たままで入浴するといいよ。君が僕らに寄り添おうと決意してくれただけで、僕らは十分幸せなんだ。それにいきなりじゃあ恥ずかしさのあまり、君が倒れちゃうからね」
「セドリック…!」
ニッコリ優しい笑顔を向けるセドリックを、感動でうるうる涙目になって見つめているエレノアを見ながら、オリヴァーとクライヴが小声で会話をする。
「…クライヴ。何だかおかしな方向に話がいったね」
「ああ。お袋が暴走してどうなるかと思ったが…。まさかセドリックがエレノアに言おうとしていた事を、お袋が言うとは…」
「そうだね。母上に諭された結果、思いがけずエレノアのやる気に火が点いた。…いくらセドリックのお願いでも、拒否される可能性があったから…何と言うか…。こう言ってはなんだけど、母上に感謝する日が来るとは、思ってもいなかったよ」
「あのとんでもない下着をご披露して下さった時は、本気で叩き出そうかと思ったけどね…」と、しみじみ呟くオリヴァーに、クライヴも半目になりながら頷いた。
エレノアがダメにしてしまった花の代わりに、別のプレゼントを…と申し出た時、セドリックは咄嗟に『それ』を、今後の「婚約者教育」に利用できないかと考えたのだった。
そして兄達と相談し、恥ずかしがり屋のエレノアに、まずは『男の裸』に慣れてもらう所から始めようと、先程のマリアが提案した、「着衣無しでの混浴」を提案する事にしていたのである。
恥ずかしさで流石に拒否られるかと思っていたが、同性の母親からの言葉には、あのエレノアでも思う所があったのであろう。
全く意図していなかったのだろうが、今回ばかりは母の援護射撃に感謝である。さっきの卑猥な下着やら問題発言のオンパレードで、真面目に絶縁してやろうかと思っていたが、たまにはあの奔放さも役に立つものだ。
そんな事をしみじみと考えていると、エレノアは何やら考え込んだ後、グラントの方へと真剣な顔で向き直った。
「…グラント父様!」
「ん?」
「うちの温泉引いてるの、グラント父様ですよね?」
「ああ、そうだが?」
「じゃあ今すぐうちの温泉、濁り湯にして下さい!!」
「お?おぉ…」
鬼気迫る形相で、そう言いながら詰め寄るエレノアに対し、グラントが珍しく困惑顔で仰け反った。
「ちょっと待ってエレノア!何でそこで濁り湯!?」
「だって、そうすれば…お湯に入っちゃえば見えないし…」
「エレノアー!お前という奴は!本末転倒だろうが!!…分かった、濁って見えねぇんだから、お前も服脱いで入るんだよな!?ってか、入りやがれ!」
「で、出来ません!!さっきは服着て入って良いって言った癖に!クライヴ兄様のバカ!嘘つき!!」
「お前ー!言うに事欠いて、バカとはなんだ、バカとは!?」
「まぁ…。泉質変えるぐらいだったら出来るけどな…」
「そこは「出来ない」って言うべきトコだろが!!空気読めよクソオヤジ!!」
「エレノア?婚約者として頑張ってくれるんだろう?それにいずれは通る道なんだから…ね?」
「オリヴァー兄様!だったら一旦、婚約破棄して下さい!兄様方やセドリックのご期待に沿えるよう、修行してから出直します!」
「馬鹿言うな!婚約破棄って、極論過ぎだろ!!ってか、修行って何!?君、そんなに僕達の裸見るの嫌なわけ!?」
「だって見た瞬間、心臓止まる未来しか見えないんですよ!!」
『――なんと言う…
バッシュ公爵家の修羅場を見ながら、使用人一同は心の中でそう呟く。もはやおめでたいパーティーの体を、欠片も成していない。
そして、ここに至った原因の全てが、
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お母様の巻き起こす嵐に立ち向かおうとして、しっかり巻き込まれて(乗せられて)うっかり反省してしまったエレノアと、思わぬラッキーに湧きたつ婚約者ズ…。でもやっぱり往生際悪く足掻くエレノア…と、カオスです(笑)
これが『淑女の中の淑女』と言われる女性の凄まじさ…!と慄く使用人一同。果たして淑女とは…?
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