第158話 セドリックのお願いとお誕生日②

「エレノアー!来たわよ!元気に帰って来ておめでとう!本当に良かったわ!」


「お、お母様!?」


煌びやかにドレスアップした、私とよく似た女性。…すなわちマリア母様が、とびっきりの笑顔を浮かべながら、こちらに手を振り歩いて来る。

そしてその後方には、なにやら大きな箱を幾つも抱えた青年の姿が…。


「げっ!マリア!お前何でこんなトコ来たんだよ!?」


「グラント、マリアは僕が呼んだんだよ」


「失礼ねグラント!何よその言い方!可愛い娘の回復祝いに母親が来て、何が悪いってのよ!?」


グラント父様に噛み付き、ぷりぷり怒っている母様を見ながら、オリヴァー兄様が「あの人、エレノアに懐かれてよっぽど嬉しかったんだね」と呟いていた。


なんでも複数の夫や恋人を持っている貴族女性ほど、こういった催しなどには滅多に顔を出さないらしく、『淑女の中の淑女』と謳われる恋多き愛の狩人である母様もその例に漏れず、兄様方の記憶している限り、誕生日パーティーにはプレゼントを寄こすだけで顔を出した事など、ほんの数回あるかないからしい。(多分だけど、他の夫達が子作りに励みたくて離さないのもあるのかも)


当然、一人娘である私の誕生日パーティーにも、参加したのはほんの小さい頃…それも一回きりだけなのだそうだ。


だから、子供の誕生日パーティーでもない内輪の集まりに、母親がこうして参加しに来る事自体、驚くべき事で、しかも母様、私がバッシュ公爵家に帰ったら絶対教えろと、再三アイザック父様に釘を刺していたのだとか。


「…なんか、ちょっと嬉しいです」


えへへ…と笑った私を見て、兄様方やセドリックが顔を綻ばせた。


「エレノアは、母上の事が好き?」


「はいっ!大好きです!…兄様方は?」


「嫌いじゃないけど、苦手…かな?」


「俺も右に同じく。なんせおふくろ、嵐の様な人だからな」


…はい。それは否定しません。母様、突然発生したトルネードの様な人だもんね。


とういうか、今ふと思ったんだけど…。夫や恋人が多ければ多い程、妊娠出産期間がしょっちゅうあるから、そういった催しに出るに出られないだけなのではないだろうか?


まあ、私は子供とは一緒に暮らす予定だけどね!

三人も婚約者がいて、他にも恋人やらなんやら作るのなんて絶対無理!本当、この世界の肉食女子達って、パワフルだよね。


「…あらっ!貴方がエレノアの三人目の婚約者!?やだ、とっても素敵な男の子じゃないの!流石はメルヴィルの息子ね!」


弾丸の様に捲し立てる母様に呆気に取られていたセドリックだったが、すぐに立ち直ると、母様に向かって貴族の礼を取る。


「マリア・バッシュ公爵夫人。お初にお目にかかります。クロス伯爵家次男、セドリック・クロスと申します。本日はお会い出来て光栄です」


「やだ!堅苦しい挨拶なんてしなくて良いわよ!エレノアを宜しくお願いするわね!あの子、ちょっと抜けてるけどとっても良い子なのよ。あ、そうそう、今日誕生日なんですってね?!はい、プレゼントをどうぞ!急だったから、うちの専属デザイナーに割増料金チラつかせて超特急で作らせたの。本人、「渾身の作品が出来たわ!」って言っていたわよ。あ、エレノア。ついでにあんたにも作ったから渡してくれって頼まれたんで、預って来たわよ!はい、これ」


息つく暇もなく捲し立てる母様の話のタイミングに合わせて、プレゼントらしき大きな箱が母様の従者(ひょっとして夫?)から私達に手渡された。


「どうぞ。軽いですが箱が大きいので、お気をつけ下さい」


「あ…有難う御座います…」


「えっと、有難う御座います!」


おおっ!この人、ガッシリした凛々しい系の美丈夫だね!クロス伯爵家騎士団長のルーベンタイプだ。…あっ、こっち見て微笑んだ。うん、取り敢えず微笑み返しておこう。破天荒な母様ですが、今後ともよろしくお願い致します。


そしてどうやら、このプレゼントの中身は服らしい。…でも確かにはこの大きさの割に軽いな。服ってもっと、重いものじゃないのかな?


「ふふっ♡オリヴァーとクライヴとでもう色々試したかもしれないけど、これ全部新作だって言っていたから、きっと気に入ると思うわよ?貴方の気に入ったものを、エレノアに着せてあげてみてね」


「「はぁ?」」


思わずセドリックと私とで顔を見合わせる。一体兄様方と、何を試したというのだろうか?というかセドリックが着るんじゃなくて、私に着せるってどういう事なんだろう?


――というより、うちの・・・専属デザイナーって、あのオネェ様だよね…?


…何となく、私の脳裏に高笑いしている彼女(彼)の姿が浮かんだ。


あのオネェが母様に頼まれて作った渾身の新作か…。…何だろう?なんかもの凄く嫌な予感がする…。


誕生日のパーティーで親しい人や身内から頂いたプレゼントは、その場で開ける風習があるので、セドリックは早速、大きな箱のラッピングを外し始めた。


「あれ?これは…?」


なんかセドリックが首を傾げながら中身を取り出す。…ん?…紐?


その一瞬後、顔を真っ赤にしたセドリックが、物凄い勢いで手にしたものを再び箱に突っ込んだ。――と、その拍子に、何かがフワリと舞い上がる。


「んん?」


はっしとその何かを掴んで広げてみると…。それは何やら黒いレースとリボンがふんだんに使われたドレスらしきものだった。


広げてみると、肩紐だし生地はシースルーだし、あちらこちらに施された刺繍だけが、かろうじて透けていない。

型的にドレスと言うよりはコルセットに近いような…。ひょっとして、ドレスの一番下に着る部分なのかもしれない。


あれ…?でもこれ…。胸の部分、ワイヤーしかなくないか…?そういえば超特急で作らせたって言っていたし、あのオネェ、うっかり布張るの忘れたのかな?


「――ッ!エ、エレッ…!!おっ、おじょ…!!」


「キャーッ!!」


しげしげと、未完成品(であろう)レースドレスを眺めていた私に気が付いたウィルとミアさんが、真っ赤になって声にならない悲鳴を上げた。


そしてセドリックに集中していたその場の視線が私に降り注いだ瞬間、ある者は鼻血を噴き、ある者は声にならない悲鳴を上げ、次々とその場に卒倒していく。


「え?えっ!?」


ちなみに兄様方とセドリックも、一瞬私に釘付けになった後、鼻と口を手で覆ってその場に崩れ落ちた。パーティー会場はもはや、屍累々と言った有様である。


「あら~!あいつったら、だいぶ攻めたわね!何気に清楚なドレス風に仕立て上げている所が、また小憎らしいっていうか…」


「マリアー!!!」


その時、猛然とアイザック父様が走り寄ってくるや、一瞬で私の手からレースドレスをひったくった。


「き…き…君って人は…っ!!な、な、なんってもんを持って来てるんだ!?」


真っ赤な顔で、ドレスを持つ手をブルブル震わせているアイザック父様に、母様はキョトンとした顔をする。


「え?だってエレノアも13歳なんだから、こういうものの一着や二着、持ってるし着けたりしてるでしょ?ねー、クライヴ、オリヴァー。あんたらも当然、エレノアにプレゼントしてるわよね?」


「してねーよ!!」


「母上…!本当に…本当に、貴女という方は…!!」


何とか立ち上がった兄様方が、それぞれ真っ赤な顔で叫ぶ様に母様を怒鳴りつける。すると母様は、兄様方の言葉に目を丸くさせた。


「え?!嘘ヤダ!!あんたらそんな事もしていなかったの!?あ、でも一緒に寝たりとか、お風呂入ったりとか、それぐらいは当然してるわよね?」


母様のとんでも発言に、兄様方は「うっ…!」「そ…それは…」と、狼狽え、母様は「…うそ…やだ、それすらやっていない訳…?」と、信じられないものを見る様な目で息子達を見つめる。


冴え渡る青空の元、シーン…といたたまれない空気が漂う中、聞こえてくるのは小鳥のさえずり。それと…。


「おおっ!すげぇなこりゃ!見ろメル、この際どいライン!」


「そうだね。これは想像してはいけないと分かっているんだけど…。純真無垢で清楚なエレノアとのギャップが凄まじ過ぎる…!」


「おう!これつけたらと思うと…。俺ですらかなりムラッとくるな!」


などと、マイペースに母様のプレゼントを見分している、グラント父様とメル父様の呑気な声だけである。


「エレノア!見るな、聞くな!穢れるぞ!?」


青筋を浮かべたクライヴ兄様が、慌てて私を抱き締め、耳を塞ぐ。


――ってか、さっき父様方が手に持っていたあれって…。ど、どう見ても、胸の大切な部分が隠れてない、極小の布のブラカップのスケスケボディースーツ…。


じゃあひょっとして、さっきのスケスケレースドレスも未完成品じゃなくて…。い…いわゆる…セクシーな…ランジェ…。


「――ッ!エレノア!?落ち着け!ゆっくり深呼吸だ!ほれ、スーハーしろ!」


「エレノア、想像しちゃダメだ!!僕の魔力の流れを感じて心を無にして!!」


クライヴ兄様と、無理矢理復活してきたセドリックが、今にも色々な部分が決壊しそうな私に必死に話しかける。


「エレノア、安心しなさい。いくら周りが当たり前に使っていたとしても、君は君だ。嫌なら着なくても、全く構わないんだからね?」


「そうそう!コレはいざって時の女の勝負服だからな!別に使わなくても問題ねぇ!」


「父上、グラント様!あんたら本当に、もう黙れー!!」


父様方の、全くフォローになっていないフォローに、遂にオリヴァー兄様がブチ切れ、あわや魔力暴走!?という状況になったのを見て、私達は慌ててオリヴァー兄様に抱き着き、抑え込んだ。


結果、何とか鼻腔内毛細血管は崩壊せず、パーティーを血の海にする事は防げ…てないな。使用人達があっちこっちで鼻血出して倒れている。…まさに地獄絵図である。


あ、ウィルまで鼻血出して地面に倒れ伏している!ミアさんは…その横でへたり込んで、真っ赤になった顔を両手で隠しているな。ってか、うさ耳の毛がめっちゃ逆立って高速でピルピルしている。


…なんかほっこりしたせいか落ち着いた。有難うミアさん!


そ、それにしても…!母様の話では、私ぐらいの年齢の子達って、平気であんなもんつけてんの!?しかもそれを、こんな堂々とさらけ出しちゃって平気な訳!?有り得ない…!

確かに…確かにさぁ!産まれた時から男性達に、着替えもお風呂も食事もベッドメイクも何もかもやってもらっていれば、「羞恥心?何それ」になるかもしれない。だけど…っ!性に奔放すぎるだろアルバ王国!!


「ご安心下さいお嬢様。使用人達には、今日この時の記憶を全て消し去る様、後で徹底指導致しますから」


そう言って、アルカイックスマイルを浮かべたジョゼフの顔が、何故か非常に恐ろしかった。


ってか母様ーー!!めでたいパーティーの席で、将来の義理の息子に何あげとんじゃー!!?…って、はっ!わ、私用のプレゼント…。まさかあれも…!?


恐る恐る、私用にと渡されたプレゼントに目をやった瞬間、箱は炭となり、跡形もなく消え去ったのだった。




=================



やるやる詐欺…。というか、母様のトルネードが強力過ぎて、セドリックの要望に辿り着けなかったです( ;∀;)


ちなみに、セクシーラン●●リー…どういったものか、検索すると出てきますので、知りたい方はそれを見て、どういうものかをご想像くださいませ。でも後方注意です(*ノωノ)

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