第157話 セドリックのお願いとお誕生日①

「へぇ…!これが『オコメ』か…!」


「パンに比べて随分と瑞々しい…。そして噛めば噛む程甘くなる。…うん、中身の…これは魚…?これとも相性が良いね。私は好きだな」


興味深そうにそう言いながら、私の食べ方を真似て手掴みでおにぎりを食べる父様方。


食べ方を聞いた当初は戸惑っていたけど、基本サンドウィッチも手掴みだし、そう言ったら納得して手掴みで食べてくれた。そしてどうやら気に入ってもらえたようだ。


「エレノア、僕のはなんか酸っぱいプラムのようなのが入っていたよ!」


――うん、それは梅干しだね。セドリック、初っ端からディープなものに当たったなぁ。


「あ、俺のは…なんだ?この茶色い物体…?あ、でも磯の香りがして旨い。それと混ざってる、ちっちゃな酸っぱい味も合うな。…悪くねぇ」


――あ、それは梅オカカですね。ってか聖女様、オカカだけでも大概なのに、そこに梅まで混ぜるとは…!食に対する執念、天晴です!!


「僕のは、なんか酸っぱい様なクリーミーな調味料と…魚の切り身?をほぐした様なものが混ざっている。…うん、さっきの黒い細切りのよりも、こっちのが好みかな」


――オリヴァー兄様、それは聖女様の大好物のツナマヨです。そして黒い千切りは昆布の佃煮です。そっちはお口に合いませんでしたか。


聖女様からのお土産である『おにぎり』の試食は、概ね好評だった。そして私が「中に入れる具材の種類は無限大です!」と言って、揚げ物や焼肉なんかも入れたら美味しいと言ったら、しきりと感心していた。


バッシュ公爵領は一大農業産地だから、もしかしたらお米を作って出荷する未来もあるかもしれない!いずれ聖女様に稲を分けてもらえたら良いな。





『…ところで、セドリックは何が欲しいんだろうか…?』


その夜のベッドの中。考える事はその件一択。


あの後、どんなに教えて欲しいと頼んでも、ニッコリ笑顔で「明日ね」って言っていたからなぁ…。


なんて、うだうだコロコロベッドの中でやっていたら、いつの間にか朝だった。

私は未だもやもやを抱えたまま、もはや日常風景と化したミアさんとウィルとのタッグにより、いつもよりも入念なモーニングケアを終えた。


「今日はお支度に時間がかかりますから、朝食は軽めに致しましょうね?」


そう言って自室で小さめのサンドイッチとポタージュを頂いた後、私は整容班によって髪から全身から、とにかくこれでもかと飾り立てられてしまったのだった。


髪の毛は自然に下ろした状態で、サイドを黒いリボンで編み込み、シルバーと大粒の『海の白真珠』を使った髪飾りで纏める。

そしてドレスはと言うと、まるで妖精の羽のようなふんわりとした素材を幾重にも合わせたエンパイアラインである。色は杏色で、所々に金糸で刺繍が施されていて、動くたび、それがキラキラと輝いてとても綺麗だった。


――それにしても…。いつも思うんだけど、主役を差し置いて私ばっかり着飾って良いんだろうか?


何気にそう口にしたら、その場の全員に「男は愛する者が自分の為に着飾ってくれる事が何よりのご褒美」と口を揃えられてしまった。成程、そういうもんですか。


「エレノア…!とても綺麗だよ!!まるで精霊の森の妖精姫のようだね!!」


そんな私を感動しきりといった様子で迎えに来てくれたのは、髪と目の色に合わせた礼服をバッチリ着こなしているセドリックだ。

いつもの自然な髪形も、礼服に合わせてしっかりセットされて、大人っぽさが倍増している。


今回はセドリックの誕生日をお祝いするパーティーでもあるので、セドリックが私を迎えに来る権利を、筆頭婚約者であるオリヴァー兄様から与えられたのだそうだ。ちなみに今回の私の装いも、いつもと違ってセドリックの色がベースとなっている。


アルバの男らしい、流れる様な美辞麗句に顔を赤く染めつつ、私はセドリックに「セドリックも凄く素敵!まるで白馬の王子様みたい!」って言いながら笑顔を浮かべた。


「有難うエレノア!」


ほんのり頬を赤くし、嬉しそうに破顔しながら私を抱き寄せ、朝っぱらから濃厚なキスをするセドリックに、思わず意識を持って行かれそうになって、私は慌てて心の中で踏ん張った。


…なんだろう…この、油断していたら精神乗っ取られそうになる危険な魅力は…!?癒し系だからと油断したら、蜘蛛の糸に絡め取られてました的な恐怖を感じるぞ!?


なんて思っていたら、オリヴァー兄様とクライヴ兄様も部屋へとやって来て、私を見るなり蕩けそうな笑顔を浮かべた。


「ああ、本当に綺麗だね。セドリックの言う通り、妖精のような愛らしさだ。この世のどんなに高貴な花も、君の前では霞んでしまうよ。僕の愛しいお姫様」


くう…っ!!流石はオリヴァー兄様!貴族の中の貴族と呼ばれるその口撃、物凄い威力を放っています!!


「妖精ってよりは天使だろ。…いや、チビ女神的な…?」


…クライヴ兄様。何ですかそのチビ女神って。いや、言いたい事は何となく分かりますけど、褒められている気がしません。


そ、それにしても…!兄様方、相変わらず白と黒の大天使のごとくに、尊い美しさが炸裂しておりますね!?


セドリックのジワジワと真綿で絡め取られる様な魅力と違い、バーンとダイレクトに目にブッ刺さって来るこの顔面破壊力…!!ある意味、攻撃から身を守り易いと言う利点はあるけど、見た瞬間目潰し攻撃を喰らって倒れ果てるから、結局あんまり意味がない…。


必死に瞬きしつつ、そんな現実逃避をしていた私は、兄様方の濃厚な朝のご挨拶を受け、整容班にお化粧直しをされる羽目になってしまった。(特に口紅を)

そうしてその後、セドリックにエスコートされながら、私達はパーティー会場へと向かったのだった。






パーティー会場は…。我がバッシュ公爵家が誇る、百花繚乱な庭園をぐるりと見渡せる東屋で行われる事となっていた。


といっても東屋は、私やセドリック、兄様方、父様方が休憩スペースとして使う用で、青空の元、幾つものテーブルに料理やお菓子を並べた、立食スタイルのラフなパーティーとなっている。


これは私が「心配をかけたバッシュ公爵家で働く人達、全員が参加出来るようにして欲しい」ってリクエストした結果である。

勿論、召使が全員参加だと、給仕する人達がいなくなるから、交代制でパーティーに参加するのだそうだが、皆凄く喜んでくれた。


そんな中…。


「はい、エレノアお嬢様。お嬢様のお好きそうなお料理を持ってまいりましたわ」


「ミアさん、まだまだですね。エレノアお嬢様はまず、サラダからお召し上がりになるのですよ」


ミアさんだけは私に付いて、ずっとお世話係をすると言って聞かなかったのである。すると対抗意識を燃やしたウィルも、「パーティー参加よりもお嬢様のお世話!」と言って、こうして二人揃って甲斐甲斐しく私の面倒を見てくれているのだ。


う~ん…。有難いけど、申し訳ないなぁ…。


「セドリック、これは私とオリヴァーからの贈り物だ」


「セドリック、これは僕からのプレゼントだよ」


「あ、俺とクライヴからはこっちな!」


「あ、有難う御座います!父上方、兄上方、それに公爵様まで…!」


皆から次々とプレゼントを渡され、セドリックは凄く嬉しそうに顔を綻ばしている。

ちなみにメル父様とオリヴァー兄様からのプレゼントは、過去に大賢者と言われた方が残した『土』の魔術の応用法が記された魔法書の原書。

『失われた書』と言われているシリーズの一つらしく、どこからどう入手したのかは、聞いても教えてくれなかった。


そしてアイザック父様は万年筆。

どうやら父様、大鍛冶師と言われているドワーフの匠に直接依頼して作ってもらったらしく、魔力を流すと、インクがどんな色にも変化する仕様になっているのだそうだ。

これは私もとっても欲しい!今度の誕生日のプレゼントで強請ってみよう。


グラント父様とクライヴ兄様は、オリハルコンで作った脇差二本。所謂二刀流である。

前々から私やクライヴ兄様のような、日本刀を欲しがっていたセドリックの為に、例のベビーダンジョン(もう今はかなり成長しているみたいだけど)から最高級品のオリハルコンを採って来て作ったのだそうだ。


「セドリック、柄の部分を合わせて、魔力を流してみな」


そうグラント父様に言われ、試してみると、一瞬眩く光った後、柄の部分が融合し、両刃の槍のようになった。

これにはセドリックを筆頭に、その場の全員が大興奮となり、しきりにどういう構造になっているのかをクライヴ兄様に質問していた(グラント父様に質問しない所が、うちの使用人達も分かっているなぁ)


そしていよいよ私の番となった。


「セドリック、はい!これ私からの花束!」


ミニヒマワリ40本の花束をセドリックに渡すと、セドリックはとても幸せそうに笑ってくれた。


「エレノア…。君からの初めての誕生日プレゼントだね。凄く嬉しい…。本当に有難う!」


「どういたしまして!」


笑顔で答えた後、私はゴクリと喉を鳴らした。


――…い…いよいよか…っ!


そう、これはあくまでお祝いの花束である。メインはこの後、セドリックの口から知らされるのである。それにしても…。今だけは、セドリックのニコニコ笑顔が邪悪に感じてしまう。


覚悟を決めて、「どんとこい!」と身構え、セドリックがゆっくり口を開いたその時だった。


「遅くなってごめんねー!」


いきなり、能天気とも言える声が青空の元、響き渡ったのだった。




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済みません、セドリックのお望みは次回となりました<(_ _)>

次回はセドリックのお望み&能天気な声の持ち主とが嵐を巻き起こします。

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