第156話 替わりに欲しいものは?

結局あの後、「いつまでもここではなんですから」と言ってジョゼフに促された私達は、バッシュ公爵邸の中へと入り、いつものサロンへと誘導され、病については有耶無耶になってしまったのだった。


「じゃあエレノア。僕とクライヴは、公爵様と父上と大事なお話があるから。また夕食の席でね?」


そう言うと、オリヴァー兄様とクライヴ兄様は、しっかり私に濃厚なキスをした後、父様方と一緒にサロンを出て行ってしまったのだった。

兄様方と父様方の話し合いは、十中八九、王族に私が『転生者』である事がバレた事についてだろう。


聖女様が『転移者』である事を私達に示し、私が『転生者』である事をカードに使わせないようにしてくれたのだろうとは思っていても、ひょっとしたら別の思惑もあるかもしれない。

ましてや、どうしても私を手に入れようとした時に、それはやはり、最高のカード足りえるのだ。だからあらゆる事態を想定し、事前に手を打っておく必要があるのだという。


「でもね、僕は陛下方も殿下方も、卑怯な手を使う方々じゃないって思ってるんだ。なんといっても、リアムがああいう奴だからさ。そのリアムが慕っている家族が、エレノアの気持ちを考えない行動を取る筈無いんじゃないか…ってね。…尤も、ただの僕自身の願望かもしれないんだけど」


「…うん。そうだよね」


確かに私も、そこら辺は確信している。彼らは決して、私の意志を無視して行動するような人達ではないって。


「大丈夫だよエレノア。君には僕達がついているから」


多分私はとても不安そうな顔をしていたのだろう。セドリックが気遣う様に、優しい笑顔を向けてくれる。


「…うん!有難うセドリック!」


「どういたしまして!さあエレノア、ジョゼフが淹れてくれた最高のアプリコットティーを飲もう。料理人達もエレノアに食べさせる為に、張り切ってお菓子を作ってくれたみたいだしね」


セドリックに勧められるがまま、お茶を口に含むと、甘酸っぱい爽やかな杏の香りが鼻腔内いっぱいに広がり、爽やかな喉越しに思わず顔が綻んだ。


ちなみに聖女様から頂いたおにぎりその他は、父様方も「エレノアの故郷の食事なら、是非食べてみたい!」と興味津々な様子だった為、夕食の席で全員で試食してみる事になったのである。


――ひょっとして聖女様、それを見込んでおにぎり沢山くれたのかな?


さてさて、お茶を堪能した後は、お待ちかねのスイーツである。


ティースタンドに盛られた、見た目も美しい様々なスイーツの中から、大好きな苺のプチロールケーキを取ろうとした私だったが、何故かセドリックが先にそれを取ってしまう。


「エレノア、折角だから僕が食べさせてあげる。ほら、こっちにおいで」


「え…?」


ポンポンと自分の太腿を叩くセドリック。つまりは『膝抱っこ』でお菓子を食べさせてくれるという事だ。


思わず頬を赤くさせつつも、私はおずおずとセドリックの膝の上に腰を降ろした。

そんな私に、嬉しそうに蕩けた笑顔を向けながら、セドリックは先程私が取ろうとしていたケーキを口元に持って来る。


「はい、エレノア。あーん」


「………」


促され、真っ赤な顔のまま、口元に差し出されたケーキをパクリと口に含んだ。


そのままモグモグと咀嚼していると、セドリックが手に付いたクリームをペロリと舐めていて、何だかそれがめっちゃ卑猥に感じられ、更に顔を赤くし俯いてしまう。


――ううう…。や、やっぱり恥ずかしい!


思い返せばこういう時、オリヴァー兄様もクライヴ兄様も私の了解なんぞどうでもいいとばかりに、さっさと私を膝の上に座らせて「あーん」をやらかすからなぁ…。

今みたいに、自分から膝の上に乗っかるというシチュエーション、いざやってみると、物凄い羞恥心が煽られてしまうものなんだね。


いっそ、強請られる前に自分から膝に…。いや、そんなこっぱずかしい真似出来ない!膝に乗る前に力尽き、倒れ果てるに違いない!


「エレノア、次は何食べたい?」


「…チョコレートタルト…」


「ミルクとビター、どっちがいい?」


「ミルクが良い!」


ニッコリ笑顔でチョコレートタルトを口元に持ってくるセドリックにドキリとする。


『セドリック…。なんか男っぽくなったなぁ…』


サクサク、もぐもぐ…と、チョコレートタルトを頬張りつつ、私はそのままセドリックの顔をジッと見つめてしまった。


少し癖のあるフワリとした焦げ茶色の髪は、サイドと襟足を少し長めにし、癖を上手く生かしていて、彼の甘めな優しい顔立ちにとても良く似合っている。


そして瞳の色だが、元々は髪の毛と同じ色をしていたのが、魔力操作をオリヴァー兄様に指導して貰ってから、金色が溶けたような、琥珀の様な不思議な色合いへと変化していたのだ。


初めて出逢った時は、美少年だけど幼さが抜け切っていなくて、なんとなく自分がお姉さんのような気持で接してしまっていたものだが、いつの間にかこうして、素敵な青年へと着実に変化していっている。

このままいけば、透き通るような絶世の美貌を持つリアムと並んでも遜色ないぐらいに成長するに違いない。


「?エレノア?どうしたの?」


「ううん。セドリックがカッコいいなぁ…って思ってたの」


「え…?――ッッ!!?」


思わずスルリと出た本音を聞いたセドリックの顔が、途端真っ赤になった。

オリヴァー兄様ばりに女性の扱いが上手くなっても、こういう所はやはりまだまだ子供だなぁ…なんて、ちょっとホッとしてしまう。


『そういえばセドリック、私よりも年下だもんね。尤も、数ヵ月しか違わないけど…って…あっ!そ、そういえば!!』


「セ、セドリック!貴方、誕生日…もう過ぎちゃったよね!?」


「え?あ、うん。そうだね」


「ご、御免ねセドリック!私の所為でバタバタしていたから!」


「そんな事、気にしないでいいよ。それに明日、エレノアが帰ってきたお祝いと一緒に誕生会やる事になっているからさ」


「あ、そうなんだ?…って…ああっ!そうだ!ヒマワリは!?」


「ヒマワリ…って、あ!僕の為にエレノアが育ててくれていた…!?」


「そうなの!セドリックの誕生日に合わせて育ててたから…!い、今どうなってるかな!?」


「えっと…。ぼ、僕は知らないけど…」


私は慌ててセドリックの膝から飛び降りると、ベンさんの元へとダッシュで向かった。当然と言うかセドリックも私に付いて来る。


「ベ、ベンさん!あのっ!ヒマワリ…!わ、私の…ヒマワリ…は…」


「――…お嬢様…」


息せき切って辿り着いた場所で私が見たものは…。


綺麗に更地にされた私専用の花壇の傍で、沢山積まれた枯れたヒマワリから、種をセッセと取り出しているベンさん含む庭師達の姿であった。


思わずドレス姿のままその場に膝と手を着き、ガックリ項垂れてしまう。


「エ…エレノア…。あの…。折角僕の為に育てていた花だけどさ、こ、この場合は仕方がないと思うよ?なんならまた、育てた時にくれればいいし」


「うう…。で、でも…今からじゃ、セドリックのプレゼントに間に合わない…!」


だって、セドリックの誕生会、明日だもん!


「大丈夫だよ。君が花屋に注文したものだって、君の気持ちがこもっているんだから全然問題ないよ。勿論、本数は40本欲しいけどね?…それに僕にとって、エレノアがこうしてちゃんと僕達の元に帰って来てくれた事が、一番のプレゼントなんだよ」


「セドリック…」


セドリックの男前な発言に、頬が赤くなってしまう。ついでに目の端に、庭師達とベンさんが共に、うんうんと頷いている様子が見える。


『でもなぁ…』


確かに花屋に注文すれば、何十本でも何百本でもすぐに配達してもらえるだろうけど、兄様方には私が育てた花をプレゼントしたんだから、セドリックにも私が育てた花をプレゼントしたかったのだ。でも現状、枯れてしまったものはもう、どうしようもないし…。


「…分かった。じゃあお花は注文する。でもその代わり、セドリックの欲しいもの、何でも良いから言ってみて!」


「エレノア?」


「それか、お願いでもなんでもいいから!…あ、で、でも…。私が叶えられる範囲で…だけど…」


ちょっと恥じらいながら、一応釘は刺しておく。だって、もし万が一、セドリックに「ちょっと一線超えたい」なんて言われたら困るし…。

い、いやっ!信じてる!信じてますよ!?でもほら、セドリック、オリヴァー兄様の弟だし、謎の色気もかなり出てきているし、アルバの男性だし…。あれ?何か不安要素しかない…?


そんな私の言葉に、セドリックが少し考え込んだ後、満面の笑みを浮かべた。


「分かった!エレノアの気持ちは遠慮なく受け取るよ!」


「う、うん。…あの…ところで、お望みのものは…?」


「それはパーティーの当日に言うから」


「と、当日!?…あの…。今聞きたいんだけど…。ほ、ほら。こちらにも準備期間が欲しいっていうか…」


準備期間もなにも、明日までに出来る事なんて無いとは思うが…。


一応足掻いてみた私に、セドリックは笑顔のまま、バッサリと駄目出しする。


「大丈夫!準備なんかしなくても出来る事だから!」


なんとなく…セドリックの笑顔がオリヴァー兄様の笑顔とダブって見え、私は引き攣り笑いを浮かべるしかなかったのだった。



=================



今回は、セドリックのターンです。


個性豊かな兄達やロイヤルズに阻まれ、イチャつけなかった鬱憤が炸裂しております。

そんでもってセドリック、着実に兄の背中を追って成長していってるもよう(笑)

頼もしいですね(^O^)

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