第155話 ただいま!

王宮と王立学院は近い位置にある為、割とすぐに馬車から見える風景は、いつも通学する時目にする懐かしいものへと変わっていった。


「あ…!」


暫くすると、見慣れた我が家…バッシュ公爵邸が小さく見えてくる。

一月も離れていなかったというのに、無性に懐かしく感じてしまう。


「オリヴァー兄様!見てください、ほら!皆が待っててくれています!」


「うん、そうだね。皆、ずっとこの日を待ち望んでいたからね」


どんどん近付いてくるにつけ、門の前に父親達と…沢山の懐かしい顔ぶれが並んでいるのが見えて、顔が紅潮する。どうやらバッシュ公爵邸で働いている人達全員が、自分達を出迎えに来てくれているようだ。


「…ジョゼフ…。公爵様や皆の暴走を抑えておくって言っていたんだけどねぇ…」


「ま、仕方ねぇだろ。ジョゼフも他の連中同様、エレノアが帰ってくるのを心待ちにしていたんだろうからな」


そう言いながら、オリヴァー兄様とクライヴ兄様が、呆れ顔で苦笑する。

どうやらいつもは、父様方の暴走をやんわりと抑えてくれているジョゼフ自身が、父様方同様、私の到着を待ち切れなかったようだ。


「ふふ…。エレノアは皆から愛されているからね。僕も毎日、エレノアの様子を聞かれたり『お嬢様はいつお帰りですか!?』って言われていたんだよ?」


セドリックも、そんな彼らを見て楽しそうに笑っている。私はみんなの気持ちがただただ有難くて嬉しくて、じんわりと目頭が熱くなってしまった。


やがて馬車は正門へと到着する。


御者がドアを開けてくれたと同時に、私は馬車の外へと飛び出した。


「父様がた!みんな!ただいま!!」


「エレノア!お帰り!!」


「「「「エレノアお嬢様!!」」」」


私が飛び出してくると同時に駆け寄って来たアイザック父様が、私の身体を思い切り抱き締める。

いつも抱き潰されている身としては、ちょっぴり身構えたが、ジョゼフに念入りに言い含められていたからか、いつもと違ってかなりソフトな力加減であった。


「あああぁ…!!やっと…やっと君が帰って来てくれたぁ…!!ううっ…!これでもう、あの鬼師匠やクソ王族達に遠慮せず、君と思う存分過ごせるんだね!可愛い僕のエレノア!本当に、よく戻って来た!!」


「父様…!」


滂沱の涙を流しながら、私の顔中にキスの雨を降らせるアイザック父様。そんな父様の姿に、私も貰い泣き宜しく涙を流す。


というか父様。実は私と同じく王宮にずっといたんだよね。


だけど、仕事が忙しかったのか、何かの妨害の力が働いていたのか…。

私が目覚めて以降、数える程しかお会いする事が出来なかったのである。(クライヴ兄様曰く「多分、ワイアット宰相様の嫌がらせだろう」だそうだ)


「アイザック!いい加減私にもエレノアを寄こせ!!…ああ、可愛い私のエレノア。よく帰って来たね!」


「メル父様…!」


いつまでも私を抱き締めているアイザック父様から、私を奪い取る形で抱き締めるメル父様に、私も力一杯抱き着いた。


…でもメル父様。実はリハビリを兼ねて、王宮内をウォーキングしていた時、宮廷魔導師達の塔にちょくちょく顔を出していたから、父様達の中で一番よくお会いしていたんだよね。焼肉パーティーの時もグラント父様と一緒に、仲良くお肉私に食べさせていたしさ。


まあ流石に、こんな感じに大っぴらにスキンシップは出来なかったから、メル父様の喜びようは素直に嬉しいです。


うう…。そ、それにしても、相変わらずですねメル父様。オリヴァー兄様そっくりな麗しい美貌と大人の色気に、娘はドキドキしっぱなしです。

おまけに、宮廷魔導師団長の正装に身を包んでいるそのお姿!顔面破壊力の殺傷力が何割増しにもなってしまっていますよ!…くっ…!『制服萌え』の威力…半端ないな!!


「ふふ…。エレノアの頭の中、また面白い事になっているみたいだね?相変わらずで嬉しいよ」


そんな私の思考回路を、オリヴァー兄様ばりに読んで楽しそうに笑うメル父様。

そして愛情たっぷりなキスを頬にされ、ボンッと頭上が噴火したタイミングで、私はオリヴァー兄様に救出された。


ちなみにグラント父様はと言うと、シャニヴァ王国の移民船が今日到着するとかで、出迎える王族達の警護をしに行っている為、ここにはいないのである。


思い返せば朝食後、帰宅の準備をしている最中に部屋に突撃してくるなり、私を抱っこして「あ~!行きたくねぇー!!」って言いながら、ぐりぐり頬ずりしていたグラント父様を、青筋立てたディーさんやヒューさん、そしてデーヴィス王弟殿下が首根っこ掴んで連行していったんだよね。


まるで一瞬の嵐の様な出来事に、私含めてオリヴァー兄様とセドリックとで呆然としていたっけ。(クライヴ兄様は顔を手で覆って溜息ついていたけど)


「エレノアお嬢様…!お帰りなさいませ!!」


「ジョゼフ!ただいま!!」


目を潤ませ、私の前へとやって来たジョゼフに、私は満面の笑みを浮かべながら飛び付いた。ジョゼフも感極まった様子で、私の身体を優しく抱き締める。


「ジョゼフ、あのね?またジョゼフの淹れたアプリコットティーが飲みたい!」


「はい、お任せください。とびっきりのお茶をお淹れしますからね?」


普段の、家令の鑑とも言うべき隙の無さを引っ込め、孫に接する好々爺然とした笑顔を浮かべ、優しく私を見つめる私の心の祖父其の一。

私も嬉しくて、ジョゼフの胸に再び顔を埋め、甘える様に頬を摺り寄せた。


「お嬢様、よくぞご無事にお帰りなさった!」


「ベンさん!!」


私の心の祖父其の二である庭師のベンさんが、目元を皺だらけにしながら微笑んでいる。思わず胸に飛び付くと、私の大好きなお日様と土の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。


「お嬢様!!」


「お嬢様、お帰りなさい!!」


「よく…よく、ご無事で…!!」


「みんな…!心配かけてごめんなさい!…ただいま!!」


バッシュ公爵家で働いている顔なじみの面々が、目を潤ませながら私を取り囲む。感極まった私は、彼ら一人一人に抱き着きながら「ただいま!」と挨拶をしていったのだが…。気が付けば皆、ある者はへたり込み、ある者は突っ伏し、感涙に咽んでいた。


「ああ…!まさにこの世の春…!!」


「うう…っ!い、今ここで若様方に制裁を受け、死んだとしても悔いはない…!!」


「こ、この感触を忘れない為にも…今着ている服は、永久保存しなくては!!」


そんな彼らを見ながら「ヘタレ共が…」とジョゼフがボソリと呟いていたのが聞こえた。「鍛え直さなければ…」と続けて聞こえたんだけど、き…気のせい…だよね?


――あ…。ところで、兄様方やセドリックは…?


怒っているかな?と、恐々チラ見してみたら、三人とも苦笑しているのみで、暗黒オーラなんかは噴き上がっていなかった。…よ…良かった…!


兄様方やセドリックにとって、このバッシュ公爵家の人達って、大切な身内の括りに入っているんだ。なんか凄く嬉しいな!


「あ、そ、それとね!今日からうちで働いてくれる、獣人族のミアさんだよ!」


自分の名を呼ばれ、ミアさんが急いで私の傍までやって来る。それと同時に、ジョゼフの咳払いで崩れ落ちていた使用人達が全員復活し、ビシッと整列した。

う~ん…軍隊みたい。あっ、ミアさんの耳がへにょっと垂れた!そりゃそうか、初めての場所だもん。不安だよね。しかも全員イケメンだし。…うんうん、その気持ち、痛い程分かりますとも!


「…あ…あのっ。ミアです。エレノアお嬢様に頂いたご恩を少しでもお返しすべく、皆様方と御一緒に、エレノアお嬢様ならびにバッシュ公爵家の皆様方に、誠心誠意お仕え致したいと思っております。至らぬ所はどうか、厳しくご指導下さいませ!」


そう言って、うさ耳をピルピルさせながら頭を下げる美少女を前にし、召使い達の隊列が再び乱れだした。


「あ…あれが、お嬢様が仰っていた…『ケモミミ』…!?」


「う…嘘だろ…!めっちゃくちゃ可愛い…!」


「お嬢様とケモミミが…ダブルで我々を殺しにきている…!!」


「女性と一緒に働ける日が来るなんて…!私は今、幸福な夢を観ているのだろうか…!?」


「落ち着け!現実だ!でも俺も今、召される程の幸福を感じている!!」


「こ…ここで働けて…良かった…!!」


皆、再び感涙に咽んでいる。


そりゃそうか。よその国はどうだかしらないけど、この国で『メイド』なんて、存在しないに等しいもんね。(聖女様のお世話係をしている人達は、年配のメイドさん達だったけど)


ちなみに整容班の面々は「特急でメイド服作らなきゃ!」とめっちゃ張り切っている。


実は整容班って、『第三勢力同性愛好家』の集まりだったりするのだ。

第三勢力同性愛好家』って可愛い物大好きな人達が多いから(マテオ談)ケモミミってやっぱりツボるんだろうな。


「よくぞ仰いましたミアさん!私も私の持てる全ての知識と技術を貴女に伝授致します!エレノアお嬢様の為、共に高め合って参りましょう!」


「はいっ!ウィルさん、宜しく御願い致します!」


おおっ!ウィルとミアさんの背後がめっさ燃えている!


「…ミアも完全に感染したか…」


クライヴ兄様の呟きに、私は大きく目を見開いた。


「えっ?!ク、クライヴ兄様!ミアさん病気なんですか!?」


「…ある意味、不治の病にな…」


「そ、そんな!」


真っ青になり、一体何の病気なのかと問いただすも、兄様方やジョゼフは口をつぐんで顔を背けるばかり。


唯一セドリックだけが「大丈夫、僕も兄上方も、なんなら殿下方も感染しているから」と、和やかに爆弾発言をぶちやかまし、私を更なるパニックへと突き落としたのだった。



=================



エレノア、涙・涙のご対面です!

バッシュ公爵家の使用人達にとって、エレノアは女神そのものなのです。

そしてその女神に仕えるうさ耳天使迄降臨!そりゃあ感涙しますよね(*‘∀‘)

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