第152話 お気に入りの具は?


――こ…これは…っ!?


「…これは…?」


目の前に置かれた皿の上に乗った物体に、エレノアの目がクワッと見開かれる。

そしてオリヴァー、クライヴ、セドリックもまた、自分達の目の前に置かれた皿の上の物体を目にするなり、戸惑いがちに首を傾げた。


艶々ピカピカ光る白い粒が、三角形の形に固められ、なにやら黒い紙のようなものがその物体を覆っている。…というかこれ、食べ物なのか…?


「これは『おにぎり』って言って、私の生まれ故郷の主食なの。しかも今年採れたての新米よ!」


――おにぎり…!し…しかも…新米…だと…!!?


その衝撃的な単語の数々に、エレノアの思考はフリーズした。

更に追い打ちをかけるように、次々と目の前に置かれていく料理の数々に、エレノアの思考は完全に持っていかれてしまう。


――ああっ!あ…あの渦を巻く黄色いフワフワは…出汁巻き卵…!?あ、あれは…!ピクルス…いや、まさか…そんな!ひょっとして…野菜のヌカ漬け…!?わ…私…夢…視ているのかな…?んんっ!?こ…っ、この香り…!ああっ!ご丁寧にお椀に入ったあの茶色のスープ…!日本人の血液とも言うべき…あれは…味噌汁…ッ!?


ホカホカと湯気の立つ香ばしい香りが、鼻腔から脳内へと流れつき、痺れるような感動と食欲を全身に沸き立たせる。


――こ…これが夢なら…食べるまで覚めないで…!!


あまりの感動に打ち震えるエレノアの横で、オリヴァー達は一様に戸惑いを隠せなかった。


『…なんなんだ?これは…。聖女様は『おにぎり』って言っていたけど…』


『しかも、このスプーンとフォークと一緒に置かれた二本の棒は…?まさかとは思うが、これもカトラリー…?』


『どの料理も見た事が無いものばかりだ…。しかもこのスープ、匂いが独特だな。決して不快な匂いではないけど…』


「さ、それでは頂きましょう」


そんなエレノア達を尻目に、アリアの言葉を合図に、王族達が一斉に木の棒(多分カトラリー)を手に持った。


そして、唖然としているオリヴァー達の目の前で、王族達は二本のカトラリーを器用に使いながら、食事を開始したのだった。


国王陛下が渦巻きの様に巻かれた黄色いものをカトラリーで掴み、口に入れる。アシュルも皮が緑色のピクルスを口に入れ、パリパリと良い音を立てながら食べると、向かいのデーヴィス王弟殿下が見慣れぬ器を手に取り、ズズ…と音を立てて啜り始める。


更に驚くべき事に、ディランとリアムが黒い紙に包まれた白い三角おにぎりを、あろう事か素手で掴み取ると、豪快に齧り付いたのだ。


「あー、やっぱ新米はうめぇわ!この塩気と海苔のパリパリ感、たまんねぇ!」


「母上、やっぱり新米は一味違いますね!」


「そうよねぇ」


「「「………」」」


――あの黒い紙、食べ物だったのか…!!


衝撃的なその事実に、思わず三人の心の声が一つになった。


それにしても…だ。今この目の前で繰り広げられている光景は、一体全体なんなのだろうか。


謎の棒を器用に使って、謎の料理の数々を切る、挟む、掴む。そのうえ、白い三角おにぎりを手掴みし、あろう事か汁物を…音を立てて啜る。


とてもじゃないが、一国の最高権力者達の食事風景とは思えない。


その野性味溢れる豪快な食事風景に圧倒されていたオリヴァー達だったが、ふと、エレノアを見ると、今まさにディランとリアムが食べていた白い三角おにぎりを真剣な顔で凝視していた。

多分だが、自分達同様、見慣れぬ料理に戸惑った挙句、どう食べて良いのか途方に暮れているのだろう。


「オリヴァー、クライヴ、セドリック。それにエレノア。我々の食べ方を真似する必要はないんだよ。普通にカトラリーを使って食べていいから。口に合わなければ残しても良いし」


こちらの様子を見かねてか、アシュルが苦笑しながら声をかけてくる。オリヴァー達は戸惑いながらも、「ならば」と各々がカトラリーを手にした。次の瞬間だった。


「…え…?エレノア?!」


エレノアはオリヴァー達のようにカトラリーを手にするのではなく、ディラン達のように、白い三角おにぎりを手掴みし、パクリと頬張ったのだった。


「――ッ…!!」


オリヴァー達が驚き見守る中、エレノアの脳内に祝福のラッパが鳴り響いた。


『お…おにぎりだ…っ!!』


この世界で前世の記憶を覚醒して、はや四年。夢にまで見た故郷の味に、エレノアは我を忘れて、二口、三口とおにぎりを頬張っていく。


『こ…この、口の中に入れた瞬間、お米がホロリと解けるような、絶妙な握り加減…。そして程よい塩気といい、まさにいい塩梅!!し、しかもこの海苔…パリパリ!!ってかこれ、どうやって作ったの!?そ…それに…!中に入っている具材…!まさかの塩鮭…!?まさに、具材が混然一体といった、絶妙なハーモニーを奏でている…!!つまり、何を言いたいかっていうと、滅茶苦茶美味しい!!』


「嗚呼…」


生理中のガルガル期に「お米食べたいー!コメ―!!」と喚いていたあの日々…。

「コメとはなんぞ?」と言われ、必死に伝えても理解されず、思い余って銅鍋で麦を炊いて、しっかり消し炭にしてしまい、厨房入室禁止を言い渡された事もあったっけ…。


諸々の出来事が脳裏をよぎり、思わずホロリ…と、涙が一筋頬を伝った。


おにぎりに魅了され、もはや自分の世界に入り切ってしまったエレノアは、周囲の自分を見る目を気にも留めず、いそいそと木の棒…もといお箸を手に取り、ウキウキしながら見た目にもジューシーな卵焼きを一口大に切り分け、口に入れた。


『う…っわ!しっかり甘めの出汁が効いている!!まごう事なき出汁巻き卵!!しかもこれ、カツオ出汁…!?よもや料理人は、私と同じ転生者!?』


…などと心の中で呟きながら、出汁巻き卵に舌鼓をうつエレノアに、もはや一切の迷いは無い。

次は…と、ホカホカと湯気の立つお椀を手にすると、まずは一口啜ってみる。


『おおおっ!!こっちもしっかり出汁が効いてる!!し、しかも、なんちゃってじゃなく、ちゃんとした味噌汁だぁ!!具材は…ええっ!?ワカメ!?し、しかもこの緑と白は…ネギ!?す…凄い…!これ作った人…分かってる!!』


嬉しそうに味噌汁を啜るエレノアに、アリアがにこやかに声をかけた。


「エレノアちゃん、貴女が一番好きなおにぎりの具材は何かしら?」


「あ、はい!私はイクラが一番好きで…す…」


思わず答えてしまった後、エレノアは我に返った。そしてようやっと、今現在自分が滅茶苦茶注目を浴びている事に気が付いたのだった。


オリヴァー、クライヴ、セドリック…。そして、アシュル、ディラン、フィンレー、リアムまでもが、目を丸くしてこちらを注視している。というか、オリヴァー達は全員、酷く顔色が悪くなっていた。


おずおずと聖女様の方に目を向けると、国王陛下や王弟方は、「ほぉ…」「へぇ…」といった感じで、興味深そうにこちらの様子を伺っている。…こ…これは…ひょっとして…。


「そう、イクラなの。エレノアちゃんってば通ね!私は無難にツナマヨが一番好きなのよ!」


場の空気を読まず…。いや、読んだからこその、確信的なその微笑を見た瞬間、エレノアはようやく悟った。アリアがこの料理を出した、その思惑を…。


――わ、私が転生者だって事…。聖女様に…バレちゃってた…!?


恐らく、半信半疑だった殿下方にも協力してもらって、最後のダメ出しとして、この料理の数々を出したに違いない。


「エレノアちゃんが、私の故郷の料理を気に入ってくれて嬉しいわ!まだまだ料理のレパートリーは沢山あるから、是非また食べにいらっしゃいな。エレノアちゃんが泣いて喜ぶ、とびっきりの和食を用意して待っているわ♡」


ダラダラと冷や汗を流す私に向かって、聖女様は聖母の微笑を浮かべながら、そう告げたのだった。



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正しい和の朝食…というか、聖女様がおにぎりにしたのは、確信はしておりましたが、万が一エレノアが転生者ではなかった時、おにぎりだったら食べ易いだろうから…という配慮です(^^)

箸が使えなくても食べられますからね。

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