第150話 完徹しちゃいました

――一睡もする事無く、夜が明けた。


夜明けを告げる可憐な小鳥の鳴き声を聞きながら、私は大きなフカフカのベッドの中、コロコロと寝返りをうちまくりながら、昨夜の事を考えていた。


殿下方の真摯なプロポーズについては勿論の事、一番考えてしまうのは、感情をこれでもかと顕わにしたオリヴァー兄様の事だ。


私にダメ出しをした後、部屋を出て行った兄様。


その直後、クライヴ兄様の怒声が聞こえて来た…と思ったら、入れ替わるようにウィルとミアさんが、血相を変えて部屋の中へと入って来たのだった。


ベッドに倒れたまま固まっていた私を「お嬢様ぁぁぁ!!お気を確かに!!」と涙目になりながらウィルが揺さぶる。

そんなウィルをミアさんが「何をなさっているのですか!!」と怒りながら猛然と引き剥がし、続き部屋にポイッと追い出したのにはビックリした。


「さ、お嬢様。どうか私の耳でもお触りになって、気持ちを落ち着かせて下さいませ!」


そう言いながらミアさんは、未だ硬直していた私を優しく抱き締め、自分のケモミミを頬っぺたに擦り付けて来たのだった。


その的確なモフモフセラピーのお陰で、私の心は取り敢えず落ち着きを取り戻したのだが…。ミアさん、なんだかんだ言って、逞しくなったなぁ…。


その後、おずおずと戻って来るなり、ミアさんとテキパキと私の湯あみやナイトケアを行ってくれたウィルに、「お嬢様、オリヴァー様は連日の激務により、少々お心が荒んでおられただけで御座います。どうか、どうかお嫌いにならないで差し上げて下さいませ!!」と、必死に頭を下げられた。


いやいやウィル、それ絶対無いですから!私がオリヴァー兄様を嫌いになる事なんて、死んだって有り得ないから!


…それよりも寧ろ…。


オリヴァー兄様の見せた、あの冷たい表情を思い出す度、胸の奥がズキズキする。

怒ると恐いけど、いつもいつも私を優しく見守ってくれた兄に、あんな顔を向けられた事なんて、今迄一度も無かったから…。


「兄様に…呆れられちゃった…んだよね。…それこそ、嫌われちゃったかなぁ…」


自分で言ってて悲しくなってしまい、シクシク涙を零す。お仕置きも恐いが、兄様に嫌われる事の方が、私はもっと恐い。


そのまま完全に日が昇り、ウィルとミアさんがやって来るまでの間、結局私は一睡もする事が出来なかったのだった。





「おはよう、エレノ…ア?」


「おは…ってお前、どうしたその顔?!」


「お、おはよう御座います…」


私の顔を見るなり、セドリックとクライヴ兄様が目を丸くした。

それもその筈、一睡も出来なかった私の目の下には、薄っすらとクマが出来ていたのである。ついでに泣いた所為で、多少目元も腫れぼったくなっているのだ。


でもこれ、私の顔を見るなり、血相を変えたウィルとミアさんにより、入念なるスキンケア及びマッサージを施されたお陰で、だいぶマシにはなったんだよね。

かくいう二人とも、私の後方でハラハラしながらこちらを見ているのが分かる(そして、ミアさんの耳はピルピルしているに違いない)


「エレノア…!?」


「オリヴァー兄様」


ちょっと戸惑う様に、最後に入って来たオリヴァー兄様が、驚いたような声を上げながら手を差し出した。


その手が私の頬に触れた瞬間、ほぼ無意識的に、身体がビクリと竦んでしまい、オリヴァー兄様が慌ててその手を引っ込める。


「…ごめん…」


「…あ…!に、兄様…!あのっ…」


慌てて謝ろうとした私の視線を避ける様に、オリヴァー兄様が顔を背ける。そんな兄様の態度にショックを受け、私は二の句が告げられなくなってしまった。


――部屋の中に、非常に微妙な空気が流れる。


はぁ…と、溜息をついたのはクライヴ兄様だった。


「オリヴァー、お前なぁ。エレノアの態度は、昨夜お前がやらかした当然の結果だろうが!そもそも、傷付くんなら、最初からやるな!」


ビシッとそう言われた当の本人であるオリヴァー兄様は、まだ俯いたままだ。

そんなオリヴァー兄様に、私はおずおずと近付くと、戸惑いながら服の裾をキュッと握った。


「オリヴァー兄様…。御免なさい」


「………」


「あの…兄様。私、頑張って兄様が望んだ通りの罰を受けます。…だから…嫌わないで下さい…」


「………」


オリヴァー兄様からはやっぱり、何の反応も無かった。

いかん、また涙がちょっと滲んで来た。ああ…でも目を擦ると、腫れが酷くなるし…。


なんて思っていた矢先、物凄い勢いでオリヴァー兄様にハグされた。

あまりの力の強さに、滲んだ涙も引っ込んでしまう。に…にいさま…ウェイト!ウェイトプリーズ!!


「君の事、嫌いになんてなる訳ないだろ!!?…昨夜はもう…一杯一杯で…。…それに…殿下方にしてやられたのが悔しくて…。感情のままに、君にあんな事を…。僕の方こそ君にもう…嫌われてしまったかと…」


「に、にいさま…!い、以前も言いましたけど…私、兄様達にだったら、何されても…嫌いになんて…絶対なりませんから!」


「――ッ…!御免!エレノア。本当に御免ね!?」


は、はい…!分かりました。兄様、もう分かりましたから、う…腕の力…抜いてくれません…かね?


「あの…オリヴァー兄上。エレノア、苦しがっているみたいなんですが…?」


セドリックの言葉に、オリヴァー兄様が慌てて私を自分の腕の中から解放する。

すーはーすーは…。ああ、空気が美味しい!


「ご、ごめんね…エレノア」


呼吸を整え、改めて見上げたオリヴァー兄様の顔は、罪悪感というか…物凄く不安そうな、頼りなさ気な表情を浮かべていて…。しかもなんかちょっとやつれていた。


…あ、兄様の目元にも、薄っすらクマ発見!…ひょっとして兄様も、私同様眠れていなかったのかな…?私に嫌われたかもしれないって、ずっと不安でいてくれたのかな?


「オリヴァー兄様、大好きです!」


「エレノア…!!」


オリヴァー兄様が、心の底からホッとしたような…蕩けるような甘い笑顔を浮かべる。そして再び私を抱き締めた。


それはいつもの、とても優しい抱擁で…。心の底から、安堵と幸福感が湧いてきて、私も全力で兄様の身体に抱き着いたのだった。


そんな私達の様子を見ていた、クライヴ兄様、セドリック、ウィル、そしてミアさんが、一様にホッとしているのが雰囲気で分かる。皆様。大変ご心配おかけしました!


――…はい。その後はお約束の様に、熱い朝のご挨拶を受ける羽目になりましたけどね。


勿論、クライヴ兄様とセドリックからもです。うう…。完徹で寝不足な身に、朝っぱらからのピンクな刺激は堪えます!


…ところでだ。ちょっと弱った風な兄様の顔を見ながら『美人はやつれていても美人だ…』等と、アホな事を考えていたのは内緒である。


ついでに、いつもの隙の無い貴公子然とした姿とのギャップに萌えた事も。

んな事知られたら、折角鎮まった兄様の怒りが再燃しちゃうかもだからね。


そんな事をつらつら考えていた私の横で、「でもお前、ちょっとしたお仕置きはやるつもりなんだろ?」「うん、勿論。やっぱりちょっとはエレノアにも凝りてもらわなきゃだし、あちら側に少しでも先んじる為にも…ね」…という会話がクライヴ兄様とオリヴァー兄様との間でなされていた事に、私は全く気が付かなかったのだった。




「ところでエレノア、アシュルから朝食を是非一緒に…ってお誘いがあったんだが、断ってもいーぞ?」


「クライヴ兄様…。それって「断れ」って言ってません?」


確かに朝からキラキラしいのは正直勘弁ですし、昨日の今日で殿下方にお会いするのって、物凄く恥ずかしいけど…。でもこういったお誘いって、普通お受けする一択ですよね?!


私がそう言うと、クライヴ兄様とオリヴァー兄様の口から、同時に舌打ちが聞こえて来た。セドリックは舌打ちこそしなかったものの、とても残念そうな顔をしている。…貴方がた…。本当にブレませんね。


でもなんとなく、いつものオリヴァー兄様だ…って、物凄くホッとしてしまったけどね。


そういう訳で、私達は迎えにやって来た執事風の方と共に、王族の待つ食堂まで案内されたのだった。



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オリヴァー兄様、勢いのままやらかして、クライヴ兄様にこっぴどく叱られた模様。

そしてエレノア、安心するのはまだ早いぞー?万年番狂いは、それ程甘くない!(笑)

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