第149話 お仕置き宣言

「エレノア…」


「リ…アム…」


リアムが私の前にやって来たタイミングで、兄殿下二人がその場を離れる。

リアムも私の前で片膝を着くと、両手をガッシリと握った。


「好きだ、エレノア!俺、頑張るから!頑張って、絶対お前を振り向かせてみせる!だから…覚悟しとけよ!?」


――ぅおおぃ!リアムー!!


か…覚悟しろって…。女の子に向かって言う台詞ではない…よね?


基本、お姫様扱いがデフォなこの国の女子が、面と向かってこんな台詞言われたりしたら「私に求婚する立場なのに何様!?」って怒るに違いない(王族のリアムが言えば怒られないかもしれないけど)


ってかこれ、激しく『男友達』に対するノリである。


ド直球、ドストレートな、あまりにもリアムらしい告白に、再び全身が真っ赤になった。でも、それと同時に胸に温かいものが湧き上がって来る。…本当、リアムって…。


私がうっかり微笑ましさを感じていると、何故かリアムの顔が真っ赤に染まった。あれ?何故に?ってか、まだ手、握ったままなんですけど!?そ、そんな初々しさ全開でこられたら、私も照れてしまうじゃないか!!


「…なんか、リアムの告白が一番反応良いね」


「ああ…。流石はリアムだ。侮れねぇ…!」


「真っ赤になって、潤んだ瞳で微笑むって反則だよね。…僕もこれから頑張ろう」


えっ!?わ、私、笑ってた?あっ!兄様方やセドリックから暗黒オーラが噴き上がってる!!


「………」


――…この時、オリヴァー兄様の瞳が仄暗い剣呑な光を宿していた事を、動揺し切っていた私は、全く気付く事が出来なかったのだった。


「あっ…あの…。アシュル殿下、ディラン殿下、フィンレー殿下、…リアム…殿下。その…お気持ちは凄く嬉しいですけど…でも私…」


エレノア・・・・は、僕達の事が嫌い?」


「え!?ま、まさか!!」


「じゃあ、好き?」


「うっ…す…好き…というか…その…」


「嫌いじゃないんなら、それで十分。…今は…ね」


『今は』という言葉を強調しながら、アシュル殿下は極上の笑顔を浮かべた。


「君に僕達の気持ちを意識して貰う事には成功したし、名前呼びも承認して貰った。挑戦権も得た事だし、これから宜しくね、オリヴァー、クライヴ、セドリック?」


「…ええ。お受け致しましょう」


――えっ!?な、名前呼び…決定事項なの!?あ…そ、そう言えばさっき、アシュル殿下…私の名前呼び捨てにしていた…ような…?ってか、挑戦権って…。それってつまり、私の婚約者になる為の…って事!?


殿下方Vs兄様方&セドリックという図式で、互いに火花を散らし合う姿を前に、私は未だに全身から湯気を出しながら、呆然と見つめるしかなかったのだった。




…後でウィルに聞いたのだけど、女性がプロポーズを受けた時、即座に「お断り」しなかった場合、『脈あり』とみなされ、そのまま婚約者に昇りつめる為の挑戦権を得られるのだそうだ。


だからこそ、父様方はともかく、兄様方は私を極力外に出したがらなかったとの事。

そして私が学院に通い出してからは、私に近付こうとする周囲の男性達を、徹底的に牽制し、排除していったのだという。


じゃあ、なんでその事を先に私に言っておかなかったのかと言えば、私が殿下方を愛しているのではないにせよ、好意を持っているのは丸わかりだったからだそうだ。


「君は基本、とても優しい子だからね」


そんな私が、自分を慕ってくれる親しい相手に対し、容赦なく拒絶するなんて芸当、出来る訳ないだろう…という事で、殿下方に挑戦権が発生する事はもう、諦めていたのだそうだ。


と言うのも、アルバの女性が興味の無い男をフル様は、まさに「容赦がない」の一言だそうで、私みたいに真っ赤になったり恥じらったり、きょどったりしながら「お断りです」なんて言っても、「気を持たせるための小技」としか見られず、結局挑戦権を得てしまう事になってしまうのだそうだ。


…ちょっと待って欲しい。肉食女子のお断りって、どんだけ容赦ないんだ!?


「これから、お嬢様が学院に通われるようになったら、こういった危険は常に付きまといます!…と言う訳で、時間の許す限り特訓を致しましょう!さあ、毅然とした態度で『お断りします!』…これです!!今日から頑張りましょうね!!」


バッシュ公爵家に戻った後、主従一丸となって延々、『お断り』の特訓をさせられるようになるのは、後の話しである。






「オリヴァー兄様。…あの…。本当に、申し訳ありませんでした!!」


殿下方も退室し、クライヴ兄様とセドリックと「お休みなさい」のキスをした後、有無を言わせず人払いがされ、私とオリヴァー兄様以外誰もいなくなった部屋の中、私はビクビクしながらオリヴァー兄様に向かい、ペコペコと謝罪していた。


「エレノア…」


「は、はいっ!?」


「君があの妖精に誘われ、王宮に行ってしまったのは、先程殿下方に指摘された通り、全面的に僕達の方に非がある。結果、こうなってしまったのも…。ヒューバード殿の言う通り、僕達の自業自得としか言いようがない…」


そう言いながら溜息をつくオリヴァー兄様を見ながら、申し訳なさに涙目で縮こまる。そんな私に、オリヴァー兄様は苦笑しながら手を差し出した。


「おいで、エレノア」


おずおずと近付くと、オリヴァー兄様は私を腕の中にすっぽりと抱き締めた。


いつもの優しい抱擁を受け、知らず緊張していた身体の力が抜けた…次の瞬間。私の身体はオリヴァー兄様ごと、後ろにあったベッドへと沈み込んだ。


「オリ…んっ!」


突然の事に、驚きの声を上げた絶妙のタイミングで、オリヴァー兄様が唇を重ねた。


そうして舌が強引に口腔内に侵入したと思うと、まるで蹂躙するかのような激しさで貪られるように口付けられる。


「あ…んっ!ふ…ぁ…っ!」


抵抗しようにも、身体全体を使ってベッドに縫い止められている状態では、身じろぎする事すら出来ず、私はただただ、嵐の様に激しい兄様の口付けを受け入れるしかなかったのだった。


…やがて、口腔内も舌もすっかり痺れ、ついでに頭の中も霞がかってしまった頃、ようやく唇が解放される。


すると兄様の唇が今度は耳元に触れ、そのまま食む様に咥えられる。


「――ッ!」


オリヴァー兄様の腕に抱き締められた身体が、ビクリと跳ねた。


「…あの時君が正直に告白しなかったのは理解できる。…自分で言うのもなんだけど、あの時正直に告白されていたとしたら、間違いなく君を誰の目にも止まらせないよう、君と結婚して完全に自分のものにしたその時まで、君をどこかに閉じ込めていただろうからね」


――おおぅ!兄様!ナチュラルに監禁宣言きました!


そ、そうか…。やっぱあの時言わなかったのは正解だったんだ…。良かった!


「…でも…。僕達が反省した時点で正直に告白しなかったことに関しては…許さない」


冷たい口調に、先程までの口付けにより火照っていた身体が一気に冷える。


「オ…オリ…あ…っ。あのっ、済みません!!告白しなかったというより、すっかり忘れておりまして!!」


「うん、その事に関してはもう良いよ」


「い…いいんですか…?」


おずおずと尋ねると、オリヴァー兄様は密着していた身体を離し、私を見下ろす形でニッコリと微笑んだ。


「うん。だって許さないって言っただろう?それに、君のうっかりはいつもの事だしね」


穏やかな死刑宣告をする、気怠げな絶世の美貌。少し長めの艶やかな黒髪が、サラリと目元にかかり、オリヴァー兄様の黒曜石のような瞳を隠す。


それを鬱陶し気にかき上げ、私を再び見下ろしたその瞳は薄暗がりの中、黒から紅に変わっていた。


ゴクリ…と、我知らず喉が鳴った。


そのあまりにも恐ろしく、妖艶な美しさに、私は今現在自分が置かれている状況も忘れ、震えながらも魅入られてしまう。


「今すぐにでも、君にお仕置きしたい所だけど…。流石に王宮ここではね。仕方が無いから、バッシュ公爵家に帰ってからのお楽しみとしようか。ここまで回復したんだから、明日にはお暇するし。…エレノア。覚悟しておくようにね…?」


最後の方、耳元で囁くようにそう告げると、オリヴァー兄様は硬直し、震えている私の頬に軽くキスをした後、静かな足取りで部屋を出て行かれたのだった。



=================



オリヴァー兄様に与えられた客間は殿下方の意向により、エレノアの部屋と一番離れた所にあります。セドリックはリアムのお部屋にお泊りしました。きっと一晩中、「負けないよ!」「こっちだって!」的な、アオハルを満喫しているのでしょう。

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