第148話 罪とお沙汰

「…アシュル殿下。この事は、国王陛下方も…?」


「ああ。全て知っているよ。その上で、この件に対する裁量は全て、僕に一任されている」


ああ、やっぱり全てご存じな訳ですね。


「アシュル殿下。先程殿下方が仰られた通り、エレノアが王城に不法侵入した咎は全て、婚約者たる我々にあります。ですから罰ならどうか、エレノアでなく我々にお与えください」


静かな声と共に、オリヴァー兄様が立ち上がると、殿下方の前で片膝を着き、頭を垂れた。クライヴ兄様とセドリックもそれに倣う。


「兄様方!それにセドリック!やめて!これはあくまで私の行った事です!兄様方には何の責任もありません!!」


私も慌てて立ち上がると、オリヴァー兄様に取りすがる。が、兄様はそのままの姿勢を崩さない。


――どうしよう…!私が軽い気持ちでしてしまった事が、廻り廻ってこんな事になってしまうなんて…!さっきヒューさんが言った通り、これが因果応報ってやつなのだろうか。


「オリヴァー、クライヴ、そしてセドリック。エレノア嬢の言う通りだよ。王宮ここに不法侵入をしたのは、あくまでエレノア嬢本人だ。その罪を被ろうと、法を捻じ曲げるような事をすれば、より罪が重くなるよ?…そうだなぁ…。例えば、君達全員、エレノア嬢の婚約者を降りて、僕達にその座を譲る…とかね?」


「…たとえ身分を剥奪され、奴隷に堕とされたとしても、エレノアだけは絶対に手放しません!!奪われるぐらいなら…いっそ…!」


「落ち着けオリヴァー!…アシュル。どんな罰を与えられても、エレノアだけは譲らねぇからな!」


「僕もです!何を失っても、エレノアだけは渡しません!」


「オリヴァー兄様、クライヴ兄様、セドリック…」


兄様方やセドリックの愛が重すぎる決意表明を受け、目が潤んでしまう。…というかオリヴァー兄様、最後の台詞、闇堕ち系じゃないですよね?!申し訳ありませんが、ちょっと背筋が震えました!


「う~ん…。君達に末代まで呪われたくないから、やっぱりエレノア嬢に罪を償ってもらおうか。ねぇ、エレノア嬢」


「はっ、はいっ!」


「エレノア!!」


オリヴァー兄様が私を庇う様に抱き締める。そんな様子を見ながら、アシュル殿下が微笑みを浮かべた。


「それじゃあこれから、僕達がプライベートで君の事『エレノア』って呼ぶのを許可してね?」


「……はぃ?」


サラリと告げられた言葉に、目が丸くなる。


「あ、あと僕達の事は『殿下』呼び無しにしてね。なんならリアムみたく、呼び捨てにしてくれたって構わないよ?」


「はいぃっ!!?」


え?お互い敬称無しで、名前で呼び合おう?それが不法侵入した事への罰?な、なんですかそれ!?


「…アシュル殿下…。貴方、謀りましたね…!?」


「やだなぁ、謀ったなんて失礼な。こういうのは大温情って言ってくれないと」


オリヴァー兄様とアシュル殿下の間でバチバチと青白い火花が散っている。

クライヴ兄様とセドリックは、めっちゃ複雑そうな顔でそれを見ているのだが、果たして私はどうすればいいのだろうか?


「ク、クライヴ兄様…」


不安そうに自分を呼ぶ声に、クライヴ兄様が顔をこちらに向け、肩を竦めた。


「貴族男性が、女性の名前をそのまま呼ぶのは相手に好意を持っている事の証だ。敬称なく、相手の名を呼ぶ事も然り。…ようは、お前が今代の王家直系達にとって、『特別』だと周知させるって事だ。王宮に入り込んだのがその『特別』なら、罰を与えるもクソもないからな」


「えっ!?」


つ…つまり、そういう事にして、私の不法侵入を不問にするって…そういう事ですか?


アシュル殿下と睨み合っているオリヴァー兄様の方に顔を向けると、何とも悔しそうな、複雑そうな顔をしながらこちらを振り返る。


オリヴァー兄様のその顔で、『殿下方と私が、お互い名前を敬称無しで呼び合う』…そういう事で、私の不法侵入に対する罪が手打ちとなったのだと分かった。


「あ…のっ、そ、それで本当に良いのでしょうか?いや、でも良くないような…?で、でもその…。てっきり私、地下牢に投獄とか、ムチ打ち100回の刑になるのかと…」


「「「「「「「「やる訳(させる訳)ないだろ、そんな事!!」」」」」」」」


私の言葉を速攻遮る様に、その場の全員が見事に声をシンクロさせ、叫んだ。


ひゃっ!と思わず飛び上がり、「済みません!」と言いながら、慌てて頭を下げたエレノアを見て、全員ガックリ肩を落とす。

どうしてこの子はこうも、斜め上で残念思考の持ち主なのか…。


「はぁ…。オリヴァー、クライヴ、セドリック…。君達の苦労が今、心底理解出来たよ…」


「そうですか…。それは何よりです…」


「お前…。言っとくけど、こいつのこういう所、まだまだこんなもんじゃねぇからな?」


「僕もエレノアのお陰で、心を柔軟に保つ事を学んだ気がします…」


オリヴァー、クライヴ、セドリックが疲れた様に元居た席に座るのを見て、エレノアもおずおずと自分の席に座り直したのだった。



その場の全員が暫くの間脱力した後、いち早く復活したアシュル殿下が私に優しい笑顔を向けた。うっ!眩しい!


「御免ね、本当なら見逃しても良かったんだけど…。君にはもっと、僕達の気持ちに向き合って貰いたいって、そう思ったから…」


そう言いながら立ち上がり、私の前に来て片膝を着くと、そのまま私の手をそっと取った。…あれ?こ、これは…。この流れって、もしや…!


「改めて言おう。エレノア・バッシュ公爵令嬢。僕は貴女を愛しています。これからもずっと、君の傍で君の笑顔を見続ける権利を、どうか僕に与えて欲しい」


――ふぁっ!!?


どこまでも真剣な、透き通るようなアクアマリンブルーの瞳に射貫かれ、ボフン!!と全身から火が噴いた。すると今度はディーさん…いや、ディラン殿下が、アシュル殿下の横に同じ様に片膝をつくと、反対側の手を取る。


「エル。…いや、エレノア・バッシュ公爵令嬢。俺も正式に貴女に申し込ませて貰おう。どうか、俺の妃となって生涯を共にして欲しい!」


――ひぇぇっ!!


いつもと違い、真剣そのものといった、精悍な美貌が私の目を射貫き、頭の天辺がパーンと噴火したような衝撃に見舞われる。…い、いかん…!あまりの事に、身体に震えが…!うおおぉ…クルクル目が回る…っ!


ア…アシュル殿下やディラン殿下が私を好き…って、兄様方から聞かされていたけど…。こうして真っ向からズバッと口にされてしまうと…ど、ど、どうしたらいいのか…!!


はっ!兄様方とセドリックは…。って!めっちゃ渋い顔してこっち見てるけど、座ったまんま!?何で!?いつもの妨害とかはどうしました!?


「こういう風に、正々堂々女性に告白をする者は、何人たりと妨害は出来ない。…アルバの男達の紳士協定ってやつだね」


にっこり笑顔でそう言い放つアシュル殿下。そ…そうなんだ…。つまりは騎士道精神ってやつなんですか?あ、だからさっきのフィンレー殿下の時も、オリヴァー兄様、怒ったり妨害したりしなかったんだ。(ムカついてはいたのかもしれないけど)


し、しかし本当にこの国…というかこの世界ってば、色んな段階すっ飛ばして「結婚を前提にお付き合いヨロシク!なんなら今すぐにでも結婚しようか?」って感じだよね。


おまけに男性も女性も「婚前交渉どんとこい!求む、経験者(テクニシャン)」だし。種の保存優先って言うか…とにかく性に関して奔放な上、押せ押せだ。


いや、勿論私の前世とは全く違う世界、価値観だってのは分かります!分かるけどさぁ…。

もうちょっと「お友達から宜しくお願いします♡」って感じに、元・喪女に優しい甘酸っぱさが欲しい…。なんて思ってしまうのは、贅沢な悩みなんですかね?



=================



エレノアの斜め明後日45度が炸裂し、殿下方をも撃ち落とした模様。

そして、そこからのプロポーズきました!

残るはリアムですが、殿下方のお沙汰は終わっても、もう一つのお沙汰はこれからという…。

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