第146話 月と月光花

スモアを満足いくまで食べた後、ポンポンになった苦しいお腹を抱えつつ、あらかじめ設置されていた椅子に腰かける。


その後は殿下方やセドリックと楽しくお喋りしたり、ミアさんや他の獣人メイドさん達が、何気に召使の方々や騎士さん達にアプローチされ、耳や尻尾をピルピルさせながら恥じらっている様子に心の中で身悶えつつ、楽しく観察したりしていたのだが、気が付けば日もすっかり落ち、夕闇に綺麗なお月様がぽっかり顔を出していた。


『わぁ…。満月だ…!』


思えば今日に至るまでの数ヵ月間、まともにこうして夜空を見上げる余裕すらなかった事に気付かされ、ふとあの怒涛の日々を思い出してしまう。


宴の会場を見てみれば、まるで蛍光灯の様に、丸く明るい球状のものが次々と浮かび上がり、その場を明るく照らし出している。…ん?あれって、蝋燭…とかではないよね?


「王宮では、要所要所に魔石を応用した灯りが、暗くなるのに合わせて発光するよう、術式を組んでいるんだよ」


アシュル殿下のお言葉に、私は『成程。前世で言う所の車の自動点灯ライトみたいなものなんだな』と、何となく前世とこの世界との共通点を見てしまったようなほっこり感を味わった。


そういえば今更だけど、私の部屋も夜、かなり明るかったなと気が付く。


ここに来てからは、実家(バッシュ公爵家)よりも早寝早起き生活してたから、あんまり意識していなかったなぁ。


『以前、ワーズとこのお城にお邪魔した時も、こういう感じに灯りが点いていたっけ。う~ん…。あの時は大変だったけど、こうして生身の状態で同じ灯りを見ているだなんて…。人生何が起こるか分からないもんだ』


「ねえ、エレノア嬢。お腹ごなしにちょっと歩かない?とっておきの場所に案内してあげるから」


「え?あ、あの…」


フィンレー殿下からの突然のお誘いに、つい戸惑っていると、そんな私の態度を見たフィンレー殿下が、途端ムッとした顔をする。


「何その態度。僕がなんかするとでも思ってるの?」


ズバリと指摘され、「い、いえ、そうじゃないです!滅相も無い!」と言い訳しながら、ブンブン首を横に振る。…が、実際は滅茶苦茶警戒していたりします。はい。


だって、初対面でいきなり鳥籠に閉じ込められたりした挙げ句、み満載なお色気で迫られ、鼻腔内毛細血管が決壊して失血死させられれば、誰だって警戒しますって!


「じゃあ良いよね?ちょっと歩くけど、君、もう普通に歩けるんでしょ?なら大丈夫だね。って言うか、なんなら僕が抱き抱えて…」


「いえ、それには及びません」


その言葉と共に、フワリと私の身体が宙に浮いた。


「オリヴァー兄様!」


私をお姫様抱っこしたオリヴァー兄様を、呆然と見上げる。


このお方、いつの間に傍に来たというのか…。あっ!そのすぐ後ろにクライヴ兄様が!ひょっとして兄様方、兄弟揃って隠密だったりします?


「…出たね。筆頭腹黒婚約者」


「言う事成す事、いちいち卑猥仕様になってしまう超自然派殿下に、腹黒と言われる筋合いはありませんが?」


「自然派?なにそれ。そもそも万年番狂いな君のように、狙ってやるよりマシでしょ?」


「無自覚な方が性質タチ悪いんです!というか、その渾名あだな止めて下さいませんか?!」


――いや、私からすれば、どっちも性質タチ悪いですから。


「どっちも性質タチ悪いと思う…」


「うん…」


おおっ!末っ子ズが私の心の声を代弁した!


あっ!兄二人に同時に睨まれて、クライヴ兄様やアシュル殿下の後ろに隠れた!

あんたら、恐いんなら最初っから言わなきゃいいのに。…こんな状況だけど、不覚にも和むなぁ…。


「…まぁ良いや、要らんコブ付きでも。こっちだよ」


そう言うなり、フィンレー殿下はさっさと歩き出して行く。


それを見たオリヴァー兄様は溜息をつきながら、私を腕に抱いたまま、フィンレー殿下を追い掛ける様に歩き出したのだった。





◇◇◇◇





「うわぁ…!」


暫く歩いて行った先に、突如として現れたのは、辺り一面に広がる白い光の群生だった。


「これは…。月光花か…」


ポツリと呟いたオリヴァー兄様の声によく見てみると、光の正体は、それ自体が淡くキラキラ光る白い花が無数に群生しているのだという事が分かった。


『月光花』とは、月の光を受けて夜に咲く花で、育てるのが非常に難しく、数も少ない事もあり、バッシュ公爵家でも育成させていない希少な花なのだと、以前ベンさんから聞いた事があった。


月の光をその身に吸収し、美しく発光するその特性から、『闇夜を照らす地上の星』とも謳われ、女性の美を称える代名詞として重用される事が多いのだとか。

確かにこれを見たら、納得してしまう程の美しさだ。


…そういえばさっき、オリヴァー兄様も月光花がどうのって言っていたような…。


「この花達はね、聖女である母が、僕の為に植えてくれたんだ」


「聖女様が…」


「うん。『夜にしか咲かないなんて、確かに僕にピッタリだよね』って、皮肉に受け止めていた時もあったけど…。今ではそうじゃないって事が分かる。母はきっと、僕の属性をこの月光花に例えて『闇の中でしか咲けなくても、こんなにも美しく咲く事が出来るんだよ』って、言いたかったんだろうね」


「フィンレー殿下…」


私はこの人と初めて逢った時の事を思い返していた。


『光』の属性と同じぐらい希少な『闇』の属性を持って生まれ、その所為で愛する母親を傷付けたと、罪悪感と己の属性への嫌悪感で苦しんでいた彼。


でも穏やかに語る今の彼の姿からは、あの夜に見た懊悩おうのうは欠片も感じ取れなかった。


「エレノア嬢」


「はっ、はい?」


「君のこと、オリヴァー・クロスはこの月光花に例えたけど…。僕にとって君は、あの月そのものなんだ」


フィンレー殿下の言葉に、私は目を丸くした。


「私が月…ですか?」


私達の頭上にて、冴え渡る美しさを見せ付ける白銀。寧ろ殿下の方こそ、あの月そのものって感じなのに…。何故に私が月?


「うん。君はね…。あの夜闇の中、蕾のままでいた僕の元に現れて、僕を優しい光で照らしてくれた。そして固く閉じた蕾を開かせてくれたんだ」


戸惑うエレノアを見つめていたフィンレーの目元が、ゆっくりと細められる。


あの時、月を背景に夜空を舞うエレノアは、真白な妖精のように可憐で…。何者にも興味を持たなかった自分が、思わず手を伸ばしてしまった程に、かけがえのないものに映った。


そしてあの僅かな時間で、その直感は正しかったのだと証明されたのだった。


「…エレノア嬢。僕を導いてくれて有難う。君が傍らで僕を照らし続けてくれれば、僕はきっと間違うことなく、真っ直ぐ歩き続けることが出来るって、そう思えるんだ。…だからずっと、僕の傍にいて欲しい。僕の事を愛して欲しい。…君が好きだ」


「――~~ッ…!!」


ボフン!と、全身から火を噴く勢いで真っ赤になってしまう。さ…流石はフィンレー殿下!超、ド直球で告白きました!!


って言うか…。つ、月光花に佇む、月の精霊のような美青年?に、切なげでいて真剣そのものの顔での告白を受けるなんて…!!

う、うわぁぁぁ…!!ってか、ま、まさかフィンレー殿下が私を…!?はっ!そ、そういえばあの時も『ずっと傍にいて欲しい』って…。あ、あれってまさか、へッドハンティングじゃなくて、今みたいな意味で…!?


あわあわと、頭から湯気を出しながら狼狽えている私の頭上から、静かな声が降り注ぐ。


「…成程。フィンレー殿下のお心、しかと聞かせて頂きました。…まずは及第点ですね」


「そりゃあ、君みたいな男相手に、まどろっこしい小技なんて使わないさ。それに自分の気持ちを正々堂々ぶつけるのが、筆頭婚約者に対する礼儀だからね」


「ふ…。流石は王家直系…と申し上げておきましょう」


――…あれ?オリヴァー兄様…怒ってない…?


犬猿の仲なフィンレー殿下からの挑戦にも等しい告白なんだし、てっきり「受けて立つぜ!」って感じで、そのままバトルに突入するかと思ったんだけど…。あれ?


「…では、フィンレー殿下のお気持ちをお聞きしたところで、本題に移りましょうか。…エレノア?『どの夜』に、フィンレー殿下とお会いしたの?」


オリヴァー兄様の冷たい口調に、真っ赤だった顔からザーッと血の気が引いた。


「え?エレノア嬢、ひょっとして僕達と会った時の事、彼らに言ってなかったの?」


「…っ…あ…。そ、その…っ!」


呑気なフィンレー殿下の言葉に返答する事も出来ず、ダラダラと冷や汗が流れ落ちる。あまりの恐怖に、オリヴァー兄様の顔を見る事が出来ない。


「まあ…。詳しい話は、離宮に戻ってから聞こうか?今頃クライヴ達も殿下方も、君の部屋で僕達が帰って来るのを待っている筈だから…ね」


カタカタと震える私に対し、オリヴァー兄様は先程とは一転し、とてつもなく優しい口調で、そう言い放ったのだった。



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エレノアにオリヴァー兄様から、事情聴取宣言が出ました!

ちなみにフィンレーが『告白』するのを踏んで、アシュル達は一緒に付いて行くのを遠慮しています。クライヴ達も、筆頭婚約者であるオリヴァーが付いて行ったので、同様について行きませんでした。

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