第145話 王宮での日々と肉祭り⑤

「エレノア嬢、こっちに来てデザートを食べないか?」


串焼き肉やら内臓焼きやらを、兄様方やセドリックに食べさせられまくり、少々お腹が膨れてきたタイミングを見計らったかのように、アシュル殿下がにこやかな笑顔を浮かべながら、そう声をかけて来た。


「デザートですか!?」


その言葉に、思わず目が輝いてしまう。


『お前…まだ食う気か?』という、クライヴ兄様の視線は軽くスルーさせて頂く。だって、お腹いっぱいでも甘いものは別腹ですから!

それに味変の意味あいでも、甘いものを口に入れたかったんだよね。


「アシュル殿下、エレノアはもう沢山食べてお腹が一杯なんです。それに、固形物が解禁になったとは言え、これ以上食べるのはよくありませんから。…ね?エレノア?」


あっ!ニッコリ微笑まれたオリヴァー兄様から無言の圧が!


「へぇ…。でもエレノア嬢、そのドレスの形状なら、苦しくないからまだ食べられるよね?」


すかさず、今度はフィンレー殿下から指摘が入る。


確かに、今現在私が着ているのは、胸の下あたりからフワリとAラインのように広がっているタイプのエンパイア・ドレスだ。


普通のドレスのようにウエストが締まっていない分、お腹周りに余裕があるうえ、沢山食べてお腹が膨れても目立たない。

多分だがこれ、がっつかない為、私を真っ白にドレスアップさせたクライヴ兄様の、せめてもの情けなのだろう。


途端オリヴァー兄様が、フィンレー殿下にどす黒い笑顔を向けた。


あの獣人達との戦いの時、共闘したって聞いたから、少しでも仲良くなったのかと思いきや、オリヴァー兄様とフィンレー殿下の態度を鑑みるに、天敵であるのは変わらないようだ。


「フィンレー殿下、苦しくないから食べられる…という問題ではありません。そもそも…」


「オリヴァー」


その時だった。


アシュル殿下がオリヴァー兄様の耳元で素早く何かを囁くと、オリヴァー兄様の目が大きく見開かれた。


「…後程、詳しい話を伺っても…?」


「ああ、構わないよ。明日は土曜日だし、なんなら君もセドリックも、そのまま王宮ここに泊まりたまえ」


「…有難きお言葉。…エレノア」


「は、はい?」


「僕はクライヴと話す事が出来たから、殿下方の所でデザートをご馳走してもらってきなさい」


「え?は、はい…?」


――え?何だろう。さっきまでと言っている事が違うよね?アシュル殿下に何か言われていたけど、ひょっとしてそれが関係ある…?


「エレノア、本当に、大切な話があるだけだから。…まあ、後で君にもちょっと、話を聞くかもだけどね…。セドリック、エレノアを頼んだよ?」


「は、はい、オリヴァー兄上!」


「???」


頭の上でハテナマークが飛び交っている私の唇に(オリヴァー兄様にしては)軽めの口付けをした兄様は、真っ赤になった私を自分の膝から降ろした。


「それじゃあ、君達の大切なお姫様はお預かりするよ。さ、エレノア嬢。行こうか?」


「は、はい」


アシュル殿下は未だ真っ赤な顔の私の背中に優しく手を添えると、そのまま近くの調理台へとエスコートしてくれた。


――ってか私の横で、セドリックが悔しそうなジト目を向けてきてるんですけど!?


どうやら自分がエスコートしたかったのに、流れるようなアシュル殿下の動きに後れを取ったようだ。ごめん、セドリック!でも私も不可抗力ですから!


「おーっ!来た来た!」


「エレノア!こっちこっち!」


王族専用(であろう)バーベキュー台(焼き場?)には、ディーさんとリアムが何かを焼きつつ、超嬉しそうな顔でぶんぶん手を振ってた。その屈託の無い笑顔が超絶眩しい。


『うう…。ここ何週間かで、だいぶ見慣れて来たけど…。やっぱ殿下方って、滅茶苦茶顔良いなぁ…』


なんて思いながら目を細めていた私の前に、何やら白い物体が差し出された。


「はい、エル君。どうぞ」


「へ?あ、ヒューさん?!」


いつの間に傍にいたのだろうか。全然気が付かなかった。


そんでもって、ヒューさんが手にしている串の先端に刺さっているものは…マシュマロ?しかもちょっと炙ったのか、表面がこんがりしている。


思わず、あのダンジョンでの出来事を思い出してしまった。

そういえばあの時も、こうしてヒューさんに焼きマシュマロ食べさせてもらったっけ…。


一瞬だけ躊躇した後、私は差し出された焼きマシュマロをパクリと口にした。


すると、焼きマシュマロ独特の蕩けるような触感と甘み、そしてしっかり残っていたフワフワ感に幸せ回路を刺激され、思わずふにゃりと笑顔がこぼれてしまう。


相変わらずめっちゃ美味しい!でもそうか…。あの時もだけど、こんだけ美味しかったのは、王家ご用達のマシュマロだったからなんだ。うん、凄く納得!


「美味しいです!ヒューさん、有難う御座います!」


笑顔のままでお礼を言うと、ヒューさんは口元を手で押さえながら、フイッとそっぽを向いてしまった。しかも何やら、身体が小刻みに震えている。


「え?あの…ヒューさん?」


そして気が付けば、私の周囲の騎士さん達も、俯いたり前かがみになったり悶えたり、膝を着いていたりしている。え?何?どうしたっていうの?!


「エレノア嬢、気にしなくていい。取り敢えず彼らは苦しんでいるのではないから。…いや、ある意味苦しんでいる…のかな?」


アシュル殿下が訳の分からない事を言いつつ、何故かヒューさん同様、口元を手で覆って「俺が…やりたかった…!!」と言って震えているディーさんの頭をペシリと叩いた。


「ディラン、マシュマロ焦げてる」


「あっ!やべっ!」


指摘され、慌ててディーさんがバーベキュー台で炙っていたマシュマロをリアムに渡すと、リアムが何だか慣れた手つきで、ビスケットの上に乗せた。

更にその上にチョコレートを乗せると、最後にビスケットを乗せ、皿に置く。


『こ…これは…まさか!』


皿の上に出来上がっているもの…それは前世で言う所の『スモア』というお菓子だった。


『スモア』とは、焼いたマシュマロと板チョコをグラハムクラッカーで挟んだお菓子で、アメリカやカナダにおいて、キャンプデザートの定番中の定番だ。

近年、キャンプがブームになっていた日本においても、人気急上昇なデザートだった筈。へぇ~…。こんな異世界にもスモアがあるとは…。ビックリだ。


「エレノア、食べろよ!」


「ほら、リアム殿下の施しだ。伏して拝む気持ちで頂くといい!」


リアムがディーさんと一緒に作ったのであろう、たっぷりとスモアが乗っかっている皿を、マテオがいらん事言いながら差し出してくる。

クラッカー生地から溶けてトロリと顔を覗かせている、マシュマロとチョコ…。なにこれ、視覚の暴力でしょう!?


私は勧められるがまま、スモアの一つを手にすると、ワクワクしながら齧り付いた。


「――ッ!美味しい…!」


蕩けたマシュマロとチョコを挟んでいるのは、クラッカーではなく、リアムの焼いた定番のクッキーだった。

元々麦芽系のザクザククッキーだったので、普通のクラッカーよりもコクがあって美味しいし、焼きマシュマロとチョコとの相性もバッチリだ!うん、凄く美味しい!


カリカリポリポリと、幸せそうにスモアを食べているエレノアを見守る周囲はと言うと…。既にデレデレだった。


『ああっ!眼福!!』


『子リスのように、あんなに一生懸命クッキーを頬張っていらっしゃるだなんて…!なんて…なんて愛らしい!!』


『あの筆頭婚約者がいないお陰で、こんなに近くであんな尊いお姿を…!殿下方、有難う御座います!』


『一生ついて行きます!!』


『こんな簡単なお菓子をあんなに幸せそうに頬張られて…!い…癒される!!』


『俺も、さっきのヒューバード様みたく、焼きマシュマロをあーんしたいっ!!』


『ああ…。多分殿下方に瞬殺されるだろうけどな。…でもいい!我が人生、一片の悔いなし!』


先程まで血の涙を流していた騎士や近衛達だったが、今は感涙に咽びながら、うっとりとエレノアの愛らしさに見入っていた。


「へぇ…。単純なようで、凄く美味しいね。しかも野外で糖分と主食を両方摂れるから、携帯食としても優秀だね」


「だろ!?なんでも野外で焼肉するって言ったら、母上が「これもやってみたら?」って教えて下さったんだ!」


「へえ!流石は聖女様。博識だね!…うん、こういった料理には、悔しいけどリアムの作ったクッキーの方が合うね。僕のじゃちょっと、繊細過ぎるから…」


「セドリック。お前、何気に俺のクッキー、ディスってないか?…おいマテオ。何ボーっとしながらエレノア見てんだ?」


「…え?ハッ!い、いえっ!あ、相変わらず女の風上にも置けない喰いっぷりに、腹が立ちまして!」


「ほれエル。出来立てだぞー?あーん♡」


「ディラン兄上、エレノア嬢、まだ食べている途中だから!…ああ、口の周りにクッキーのカスがついてるよ?仕方のない子だね」


「ひえっ!」


「フィン!いきなり唇に指で触れるな!あっ!しかも指舐めやがって!!見ろエルを!真っ赤になって卒倒しそうじゃねーか!!」


「やれやれ、おバカな弟達で御免ね?はい、果実水をどうぞ」


「あ…有難う御座います…」


「エレノア、大丈夫?!」


「フィン兄上!エレノアは鼻血出やすいんだぞ!?自重してくれよ!!」


「リアムー!!心配してくれるのは有難いけど、いらん事言わないでー!!」



エレノアを中心に、非常に楽しそうな王家直系達を見ながら、クライヴは眉根を寄せるオリヴァーへと声をかけた。


「――で?アシュルに何を言われたんだ?」


この独占欲の塊たる弟が、あんなにアッサリとエレノアを渡したのだ。きっとそれはとても重要な何かなのだろう。


「…アシュル殿下にね」


「うん?」


「あの獣人達との戦い以前に、エレノアの本当の姿を見た事がある…って言われたんだ。しかも、王宮ここで」


予想外の衝撃的な言葉に、クライヴの目が大きく見開かれた。




=================



マシュマロあーん再び!

エレノアに、マシュマロあーんをする権利ですが、サラマンダー狩りのアレコレを不問にするのと引き換えに、ヒューさんがディーさんからぶん取りました。

ヒューさん、どうやら我慢出来ずに出てきてしまった模様。後でマテオにどやされるでしょう。

ちなみに後に我が身に降り掛かる災難に、焼肉とスモアで幸せいっぱいなエレノアは全く気が付いておりません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る