第144話 王宮での日々と肉祭り④
…オリヴァー兄様が宴に来てくれました。お忙しい中、私の為に有難う御座いました。
…でもここ、よそ様のお宅です。王宮です。しかも野外です。宴です。
『なのに…何でお膝抱っこー!!?』
そう、私はこの間のリハビリの時よろしく(あの時はクライヴ兄様だったけど)、満面笑顔のオリヴァー兄様にお膝抱っこされているのだ。
いや、バッシュ公爵家では、これっていつもの事なんですよ。
未だに気恥ずかしさはあるけど、オリヴァー兄様にお膝抱っこされるのは嫌じゃない。寧ろ好きだ。大切な宝物のように、大事に抱っこされていると、なんか心がほわほわしてくるのだ(めっちゃ恥ずかしいけど)
ここら辺、喪女気質が沁みついている私も少しは成長してきているのだろう。
勿論、クライヴ兄様やセドリックのお膝抱っこも、非常に照れるけど大好きです。
でも…でも、よそ様のお宅(しかも王宮)で、こんな周囲の大注目を浴びながらされるのは、正直勘弁して欲しい!某動物園で一日中視線に晒されている、白と黒の絶滅危惧種になった気分ですよ。いや、
そのうえ…。
「はい、エレノア。あーんして」
お口あーんまで要求してくるなんて!!オリヴァー兄様、貴方は鬼畜なんですか!?
しかも串焼き肉を、そのままあーんですよ!し、淑女とは?マナーとは?全部ひっくるめて、これっていいんですかね!?
そんな気持ちを顔に出しながら、クライヴ兄様をチラ見すれば、クライヴ兄様は無言で頷いている。え?何ですかそれ。「諦めて受け入れろ」って言いたいんですか?意味わかりません!
「どうしたの?折角ミアが、色々な味の串焼き肉を持って来てくれたのに。ほら、焼きたてだから美味しいよ?」
ほらほら…と、私の目の前に差し出された串焼き肉は、ほんのり湯気がたっていて、おまけにちょっと刺激的なスパイスの香りが肉汁と合わさって、めちゃくちゃ食欲を刺激してくる。肉と肉の間に挟まれているネギのような野菜も、表面がこんがりしていて…。うん、オリヴァー兄様のお言葉通り、実に美味しそうだ。
「はい、あーん」
――覚悟を決めました。
いえ、決して串焼き肉の魅力に負けたとかではありませんよ?これは…そう、兄様の好意を無にするのは、婚約者として失格だと思っただけであります!
羞恥を押し殺し、おずおずと口元に差し出された串焼き肉の塊に齧り付き、口の中に入れる。
でもこの串焼き肉、明らかに肉のサイズが他と違う。前世で言う所の焼き鳥をちょっと大きくしたようなサイズだ。
ひょっとして私用にと、わざわざ小さいサイズで作ってくれたのだろうか?
そんな事を思いながら、口の中の肉を噛み締めた途端、カッと目を見開いた。
――おおおっ!!こ…っ、これは…!!
緊張と羞恥で、肉の味なんて分からないよ…なんて思っていた私の杞憂はどこへやら。
芳醇で濃厚な肉汁が口腔内いっぱいに広がって、得も言われぬ幸福感に、顔が自然と綻んだ。流石は焼きたてサラマンダー!最高!
さっきのように皿に取り分けたり、以前食べたようなフルコース形式で食べても美味しいけど、こういう野趣溢れる食べ方こそ、王道なんだと納得してしまう美味しさだ。
「ふふ…。美味しい?エレノア」
心のままに、力一杯コクコクと頷く私を蕩けそうな笑顔で見つめながら、兄様は私の口の中に肉が無くなったタイミングを見計らい、再び串を差し出した。
私も躊躇する事無く、ぱくりと串焼き肉に齧り付く。…あああ…!美味しいっ!!
…ん?でもさっき食べた肉と、味が違うような…?
「折角だから、違う味のお肉を食べたいだろう?それに一番上のお肉だけ食べれば、服も口元も汚れないし。ああ、心配しなくても、残ったお肉は僕やクライヴ達が食べてあげるからね?」
ええっ!?そ、そんな贅沢な食べ方…いいんですかね?!
「はいっ、エレノア。こっちは毒抜きした心臓。物凄い滋養がある上に美味しいよ!」
戸惑う私の口元に、セドリックがにこやかに串を差し出してくるのを、条件反射でパクリと齧り付いてしまった。
…うわっ!なにこれ!前世で大好きだったハツそっくり!でもあれより、コリコリした歯ごたえと、肉に負けない肉汁が絶品!う…うまっ!!
「エレノア、こっちは希少部位の肝だ。トロっとしていて美味いぞ?」
肝!?そ、それって、レバーってやつですね!?うわぁ…!この世界も内蔵食べる習慣があったんだ。私、焼き鳥は内臓派だったから、凄く嬉しい!
躊躇する事無く、レバーに齧り付いた私に、兄様方やセドリックはその後も、普通の焼肉の合い間にモツだの軟骨だのと、珍味を次々食べさせてくれた。…ああっ!なんて至福ッ!!
「…ご令嬢が…内臓料理(?)をあんなに大喜びしながら食べているなんて…」
「ってか、普通あんな珍味、わざわざ喰わせようとするか?!野郎共でも苦手な奴ら多いぞ!?」
アシュルの呆然としたような言葉に、ディランが乗っかる。
そもそも内臓料理とは、食肉を解体する過程で出た、廃棄物同然である内臓を、一般庶民が様々な香辛料と調理法を工夫し広まった料理の事である。いわば庶民の味だ。
しかも、魔物の内臓は肉と違い、魔素を多く含んでいる。
それゆえ、そのまま食べると人体に有害とされ、昔は食材として食べる者など殆どいなかったのだ。
それが数百年前、趣味で冒険家をしていた変わり者の王族が、浄化魔法を加えた内臓を焼いて食べてみた所、驚く程に魔力量と体力が増える事を発見したのだという。
そののち、毒消しの方法を確立させたうえで、こうして魔物の内臓も食べられるようになったという歴史がある。
だが、ディランの言う通り、貴族出身者の中では内臓料理に抵抗のある者はそれなりにおり、特に上級貴族になればなる程それは顕著だ。ましてやご令嬢など、一生涯で口にする事が無い者が殆どであろう。
なのに、上級貴族の一員である公爵令嬢が、内臓の串焼きを大喜びで口にしているのだ。なんというか…有り得ない。流石はエレノア嬢。凄い光景だ。
にしたって、サラマンダーの肉などという高級な素材が山のようにあるにもかかわらず、何故に内臓までもが調理されているのであろうか。
「おう、エレノア!どうだ?サラマンダーの内臓は?超うめーだろ!?」
「はいっ!グラント父様が仰っていた通り、とても美味しいです!何だか活力が漲る感じがいたします」
「はっはっは!お前だったらそう言うと思っていたよ。ほれ、俺のも食え食え!」
「わーい♡」
「「………」」
一張羅の軍服に染みが出来るのも厭わず、可愛い
そうか…。あの人が内臓、ちゃっかりリクエストしたんだな…。成程。
「そういやエル、いつか自分で魔物狩りしたいって言っていたっけな」
「ああ…。そういやディランがエレノア嬢と初めて出会ったのって、そもそもダンジョンだったもんね」
サラマンダーの死体の山に動揺しなかったうえに、串焼き肉までリクエストしていたあの肝の座り具合は、この人の影響が多分にあるのだろう。うん、納得だ。そもそも普通のご令嬢がダンジョンなんかに行こうなんてするものか!
エレノア嬢、どうやらだいぶアグレッシブでワイルドな生活を送って来たようだ。
「それにしても…オリヴァー…」
「マジで半端ねーな、あいつ…」
自分の婚約者を我が物顔で膝に乗せ、食事をさせつつ、時折口元を拭ってあげたり、髪に口付けを落としたりしながら、その都度恥じらう可愛らしい姿を、周囲にこれでもかと見せ付けている。…何とも妬ましい限りだ。
もし、あの子が自分達の婚約者であったのなら…と、思いながらふと気が付けば、奥歯を強く噛み締めていた。周囲の騎士達や近衛達の嫉妬と憎しみの視線も半端ない事になっているようだ。(ついでに給仕係や料理人達もだが)
夜会や茶会で周囲を牽制したり、婚約者におねだりされて、こういう事をするのは一般的に見られる、ごく普通の行為だ。
だが、その主導権は常に女性側にあり、大なり小なり、男は恭しく傅きながら、女性の望むがままにご奉仕する…といったスタイルが一般的なのである。
なのに、今見せ付けられている
――女性が受け身で男性の好意を受け入れている。…しかも男側が、やや強引な態度を取っても、恥じらいこそすれ、嫌がりも怒りもせず、普通に受け入れている…だと…!!?
しかも天使のように愛らしい美少女が…。これぞまさに男の
そんな奇跡を、オリヴァーは当然の権利とばかりに独占しているのだ。彼に対する周囲の嫉妬と妬みの視線は、もはや明確に殺意すら含まれている。
なのに当人はと言えば、余裕の笑みを浮かべながら、婚約者と戯れているのである。あの男の図太い神経、真面目に凄い。いっそ尊敬する。流石は万年番狂い。
その上、さり気なく周囲…というより、
「…フィン。今は我慢しろ。あれは筆頭婚約者の当然の権利なんだからね」
「…分かってるよ!!でもあの腹黒の周囲への牽制、えげつなさ過ぎ!」
アシュルはフィンレーのもっともな不満に頷きつつも、オリヴァーが今現在、蹴散らす勢いで対応している連日の雑務に思いを馳せる。
確か今日は四大公爵家とも対峙した筈。ならばあれだけすさむのも分かる気がするので、ここは大人しく牽制されるがままでいよう。
「尤も…。売られた喧嘩はしっかり買うけどね」
そう呟きながら、エレノアへと向けた視線は、オリヴァーのそれと交差する。
オリヴァーの笑んだ瞳の奥に、獰猛な炎を確認し、自分もごく自然に笑顔を返す。
多分間違いなく、自分の瞳にも同じ炎が宿っているのだろうと確信しながら…。
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エレノア、オリヴァー兄様に翻弄されつつも、念願の焼き鳥(?)を食べられて大満足です。
内臓系…良いですよね。好き嫌いは分かれますが、私は大好きです。特にハツとモツと皮が大好きです!(ちなみにサラマンダーの皮は高級素材ですが食べられません)
そして味付けはタレ派…。タレ、最高です!
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