第143話 【閑話】四大公爵家の来襲
今現在、バッシュ公爵家の応接室には、このアルバ王国を支える屋台骨と称される『四大公爵家』の当主達が勢揃いしていた。
四大公爵家の当主達と対峙しているのは、バッシュ公爵家の当主であるアイザックと、いずれはバッシュ公爵家を入り婿として継承予定である、オリヴァーである。
オリヴァーは当たり障りのない微笑を浮かべながら、それぞれの公爵家の当主達を素早く観察する。
一番上座に座っているのは、ワイアット公爵家の当主であり、アルバ王国現宰相である『ギデオン・ワイアット』だ。
四大公爵家の筆頭であり、代々王家直轄の『影』を統率し、アルバ王国を陰から支え守る、王家の剣たる一族である。
代々の宰相を務めたり、宰相を見出す役目も司っているとされ、現当主であるギデオンは、歴代最強とも謳われる猛者である。
そして次席に座っているのが、ヴァンドーム公爵家の当主である『アルロ・ヴァンドーム』
四大公爵家の中では最も穏健派とされる公爵家であり、当主のアルロも人好きする温和そうな雰囲気を持つ、壮年の紳士である。
だが、海に面する領土を所有している為、国内に流通する海産物の一大ルートを築き上げている、かなりのやり手だ。
むしろその柔和な容姿を利用し、相手を手玉に取るのを得意としている…と陰で囁かれている。ギデオン同様、油断の出来ない相手である。
そのアルロ・ヴァンドーム公爵の真向かいに座っているのが、アストリアル公爵家当主『ジャレット・アストリアル』
北方の国境を守る辺境伯でもある彼は、眼鏡をかけ、少し神経質そうな容姿をした痩身な紳士だ。
良質な木材や加工に適した土壌が豊富に採れる自然豊かな土地柄ゆえ、工芸品や芸術品を産み出す職人を手厚く保護しており、ドワーフの優れた職人の数多くが、この領土に移住しているらしい。
中には『黒青磁』など、門外不出とされる芸術品もあり、『アストリアル産』と名が付いたものは、全て超一流品と認められるのと同義とされている。
最後に、一番下座に座っているのが、ノウマン公爵家の当主『リオ・ノウマン』である。
四大公爵家の中では一番歴史が浅い家柄で、この公爵家の中では一番若い当主である。
所有する領地も農耕に不向きな土地柄な上、ダンジョンの所有数も決して多くない。
だが、ダイヤモンドやエメラルドといった、主に宝石を産出する鉱山を多く所有しており、品質も超一級品ばかりな為、アストリアル公爵家と組んで国内外に手広く販路を広げ、財を成しているらしい。
『…ノウマン家…か。ここの娘は確か、クライヴに相当熱を上げていたっけな…』
父親であるノウマン公爵も他の貴族達と同様、一人娘を非常に溺愛しているとされている。クライヴはそのご令嬢に、四大公爵家の名を盾に、かなり強引に迫られていたと記憶している。
更に彼の一人息子は王立学院に通っており、エレノアの一学年上に在籍している。
そして例に漏れず、先の戦いでエレノアに魅了された一人であり、父親を介して婚約の申し込みをして来たのである。
『この中で一番厄介なのは、間違いなくこの公爵家だろう。…まあ、他の公爵家も油断は出来ないけどね…』
ヴァンドーム公爵家も、アストリアル公爵家も、ノウマン公爵家同様、エレノアに自分の息子達との縁談を申し込んできている。
だが双方とも、息子達は全員学院を卒業しているので、エレノアへの好意から…という訳ではなく、興味本位…という色合いが強い。
しかもヴァンドーム公爵家などは、数を打てば当たる…とでも言いたいのか、5人いる息子達全員の釣書を送り付けて来たのだ。
『ふざけている…というより、そこでこちらの出方を見ようとしているのだろう…。色々な意味で、敵に回したら厄介な相手だな…』
ワイアット公爵家はと言うと、今の所自分の孫の婚約の打診をしてきてはいないが、孫たちが本気を出せば、間違いなく参戦してくるに違いない。
マテオ・ワイアットの様子をクライヴから聞いた話によれば、本人はまだ自分の気持ちに気が付いていないが、あれは確実にエレノアに惹かれている…との事だった。
自覚をさせないよう、出来ればエレノアとの接触は極力控えさせた所ではあるが、リアム殿下の側近な上、王宮の『影』であれば、それも難しいだろう。
さて、何故
…それは、エレノアへ贈り付けられた貢ぎ物への返礼をする為である。
他の貴族や豪商達から贈り付けられた貢ぎ物は、婚約申し込みの釣書と共に、容赦なく叩き返させて貰ったが、こと四大公爵家から…となると、そういった方法を取る事が出来ない。
格上からの贈り物を突き返すなどという無礼は、この貴族社会では重大なタブーとされている。
ゆえに受け取らざるを得ない代わりとして、その贈られた物と同等な返礼品を贈り返す事により、借りを無しにするという方法を取るのが一般的である。
その為、バッシュ公爵家は返礼をするという形を取り、彼らをそれぞれ、このバッシュ公爵家へと招いたのだった。
――…だがまさか、全員揃ってこちらにやって来るとは思ってもみなかったが…。
『…まあ…。まとめて処理が出来て、却って好都合…かな?』
泣く子も黙る国家の重鎮達を前にし、そんな無礼千万な事を考えていたオリヴァーである。
「いやあ、今をときめく『姫騎士』につられ、ついうっかりお招きに預かってしまったよ。勿論、浅ましくも返礼がどのようなものかという興味もあって、こうしてノコノコとやってきた訳なんだけどね」
ヴァンドーム公爵がにこやかに口火を切ると、アストリアル公爵も静かな口調でそれに続く。
「全くだな。まぁ、本人はまだ王城にて静養中との事。残念至極だが、わざわざこちらにやって来たに見合うだけの返礼を頂けるだろうからな。実に楽しみだ」
…この会話を意訳すると『目当ての子がいないのに、わざわざ格下の家に来てやったんだから、我々が満足する相応のものを用意しているんだろうな…?』と、こうなる。
それに対し、オリヴァーも笑顔を崩さず対応する。
「恐れ多くも、名高き四大公爵家のご厚意を賜ったのです。僭越ながら、当家の精一杯の返礼の品をお受け取り頂きたく存じます。…それと同時に、分不相応なお申し出もご辞退させて頂きたく…。(訳:全くもって迷惑だったが、貰った以上は同等のものをお返ししますよ。ついでに婚約の話も、のし付けて返させて頂きます)」
「…ほぉ…。まだ若いのに、なんとも殊勝な心掛けだ。楽しみだよ。(訳:随分自信満々だな若造が。つまらない物だったら…分かってんだろうな?)」
「はい。ご経験豊富な公爵様方にも、必ずやご満足頂けるであろうと、確信をしております(訳:つまらないものかどうか、聞いてから言えよ老害)」
「それはそうと、いくら筆頭婚約者だからと言って、少し過保護過ぎやしないかね?恋人や婚約者を最終的に決めるのはエレノア嬢だろう?(訳:何でお前が婚約の申し出断ってんだよ。しかも絶対、エレノア嬢に話行ってないよな?舐めてんのか?!)」
「ノウマン公爵様。エレノアは私や私の兄であるクライヴ、そして弟のセドリックだけを生涯愛すると誓ってくれております。ご令嬢やご子息様には大変申し訳ありませんが、我々の互いを想い合うこの気持ち…どうかご理解下さいませ。(訳:あんたの娘や息子が色気出して来ても、こっちは全然お呼びじゃないんだ。すっこんでろ!)」
『…僕の将来の義息子が…恐い!』
自分を置き去りに、爽やかな笑顔で黒い応酬を繰り広げるオリヴァーを見ながら、アイザックは一人、ゴクリ…と喉を鳴らした。
――うん、この子ってば本気だ。僕が戦後処理で忙しい分、山のように舞い込んで来る縁談やら何やらへの対応、丸投げしちゃってるからなぁ…。そりゃあストレス溜まるよね。しかも最大の癒しであるエレノア、今王宮だし。…本当、御免ね。
しかも、何故かワイアット宰相が妙に楽しそうなのが気になる。参戦しないで、黙ってお茶飲んでるのが実に意味深だ。
――師匠…。ひょっとしなくても、完全に楽しんでるよね?オリヴァーに目を付けちゃったよね?うわぁ…。何だか急に胃が痛い…。
「ヴァンドーム公爵様。頂いた希少な『海の白』ですが、もし品質や大きさが均一なものを、安定して生産出来る…としたら、如何でしょうか?」
ピクリ…と、アルロの目元が動く。
『海の白』とは、二枚貝の中から偶然産出される宝石で、エレノアの前世で言う所の『真珠』である。
この世界ではダイヤモンドと同等の価値があるとされる、とても希少な宝石だ。
なにせ、どの貝の中に入っているかも分からないので、量産が出来ない。その上形も不揃いな物が多く、首飾りに加工するにも結構な数が必要になる。その為、必然的に値段も上がり、王侯貴族以外の者は身に着ける事が出来ないのだ。
今回、ヴァンドーム家はその希少な首飾りをエレノアに贈ったのだが、それが安定して量産出来るとなれば、首飾り一つではお釣りがくる程の、莫大な利益が得られる事になるのだ。
「勿論、タダで差し上げる…という訳にはまいりません。こちら側と専属特許契約を結んでいただく事になりますが…。決して損になる事はないかと…」
「…そうだな。一考する価値は…十分にある」
『喰い付いた』
以前、エレノアがクライヴの身に着けていた
いずれはそれを事業という形にしたいと思っていたので、今回は非常に好都合であった。
「そして、アストリアル公爵様。まずはこちらをご覧ください」
そう言って目の前に差し出されたものを、ジャレットは眉根を寄せながら見つめる。
「これは…何だ?」
「こちらは、バッシュ公爵家が試作として作った、新しいペンで御座います。まずはこちらに試し書きをなさって下さい」
「試し書き…と言っても、インクが無いが?」
「どうか、そのままで…」
訝し気にそれを手にしたジャレットは、試しに紙に自分の名を書いてみた瞬間、驚愕した。
「な…っ!インクが…。一体、どこから!?」
「インクはそのペンの中に入っております」
「こ、この中に…!?信じられん…!」
呆然としながら、手にしたペンを見つめているジャレットに、オリヴァーは笑みを浮かべる。
「残念ながらバッシュ公爵家では、このペンの量産には至っておりません。…ですが、アストリアル公爵様の領地ならば、優秀な技術者も、それを量産できる体制も整っている…。そしてノウマン公爵様。貴方様は国内外に多数の販売ルートをお持ちです。もしその販売ルートにこの商品を加えたとしたら…如何でしょうか?」
アストリアル公爵も、ノウマン公爵も、自動でインクが出るペン…つまりは『万年筆』だが、それに釘付けになっている。目の色も表情も真剣そのものだ。
『…勝負あったね』
アイザックがオリヴァーに対し、心の中で感嘆の声を上げる。
普通の頭があれば、オリヴァーが示した案で莫大な利益を得られる事はすぐに理解するだろう。まして彼らは戦略知略に長けた四大公爵家の当主達である。
これで当分、この三家のエレノアに対する干渉も抑える事が出来るだろうし、バッシュ公爵家にも、労せずしてその利益の恩恵が転がり込んでくる。流石としか言いようがない、見事な手腕だ。
「さて、最後にワイアット公爵様ですが…。貴方様への返礼品の詳しい内容は、我が将来の義父たるバッシュ公爵様にお聞きになって下さいませ」
「…ほぉ…」
途端、ギデオンをはじめとする、公爵家当主達の視線がアイザックへと集中する。
「…へ?は?ぼ、僕!?」
「はい。私はこれより、王太子殿下のご下命で、王宮に参上しなければいけませんので…。では皆様方、御前失礼致します」
慇懃無礼とも言える程の完璧な所作で礼を取ると、オリヴァーは「えっ!?ちょっ!オリ…」と、戸惑い全開のアイザックを尻目に、さっさとその場を退室してしまったのだった。
「…アイザックよ。優秀な後続を迎え、バッシュ公爵家も安泰だな。さぁ、私への返礼品の内容を説明して貰おうか?どんなもので私を喜ばせてくれるか、非常に楽しみだ!」
「そ…そ…そ…れは…」
意地悪く、ニヤリと嗤うギデオンと、興味津々とばかりにこちらを見ている他の当主達の視線を受け、蛇に睨まれた蛙のごとく、冷や汗を流しまくりながらアイザックは悟った。
オリヴァーが実は、エレノア関連のあれこれを押し付けた自分に対し、静かに怒っていたのだということを…。つまりはこれが、彼の自分に対する報復なのだろう。
ーー…でもこれって、鬼畜過ぎないかな!?
心の中でそう叫びつつ、アイザックは涙目で突発プレゼンを披露する羽目になったのだった。
後に「オリヴァーだけは敵に回してはいけない…。そう肝に命じた…」と、燃え尽きながら家令に語るアイザックの姿があったという。
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肉祭りの途中ですが、前回のお話で出て来た、四大公爵家vsオリヴァー兄様のやり取りを入れさせて頂きました。
オリヴァー兄様、貸しはきっちり払ってもらうタイプなので、尊敬する義父にも容赦なしですv
ちなみに書いていて、「アイザック父様とエレノアって、親子なんだな…」と改めて思いました。
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