第142話 王宮での日々と肉祭り③
もぐもぐもぐもぐ…。
空が茜色に染まる頃。離宮の中庭では、王族やら騎士やらうちのバッシュ公爵家の面々やらが入り乱れ、サラマンダーの肉を存分に使った肉祭りが開催されていたのだった。
そんな中で私はと言えば、王宮のシェフ達が存分に腕を振るった肉料理…というか、創意工夫を凝らしたありとあらゆる味付けが施された串焼き肉に齧り付いて…はいなかった。
一番上座に当たる席にちょこんと座り、折角刺さっていた肉を、わざわざ串から抜き、付け合わせの野菜や副菜と共に美しく皿に盛り付けられた状態で、これまたナイフとフォークを使い、お上品にもぐもぐ食べています。
うう…。美味しいよ…。美味しいんだけど…。何かが違う!!
ちなみに私以外の人達はというと…。
クライヴ兄様やアシュル殿下、めっちゃ煌びやかな正装に身を包んでいるのもなんのその、しっかり串焼き肉を堪能しまくっている。
しかも、某お一人様でグルメを満喫するおじさん主人公よろしく、全く服を汚していないのだ。
二人とも私と同じく、白がベースとなっている服を着ているというのに…。なんでそんな器用な真似が出来るというのだ!?
ちなみにディーさんやフィンレー殿下、リアムにセドリックといった面々も、豪快に串焼き肉に齧り付いている。
勿論、騎士や近衛の皆さん、そして何故かちゃっかり参加している王弟殿下方やメル父様、グラント父様もしかり。
…おかしい。串焼き肉をリクエストしたのは私だというのに、何故私ではなく、私以外の人達が串焼き肉を満喫しているのであろうか。
「しっかし、アシュル兄貴やクライヴばっかり、しっかりめかしこんでズルいよな!俺とフィンなんか、時間ギリギリまで仕事させられていたから、着替える間も無くこんな普段着なんだぜ!?」
「人はそれを『自業自得』って言うんだ。ディラン」
そう冷たく言い放ったアシュル殿下に、ディーさんはそれでも「納得いかねぇ!」とぶつくさ文句を言っていた。
実はディーさんとフィンレー殿下、離宮の中庭を破壊し血塗れにしてしまった罰として、サラマンダーの解体やら、血で汚れた離宮の掃除やら宴の準備やらを、延々とさせられていたのだった。
そのお陰で、クライヴ兄様やアシュル殿下の様に着飾れなかったって、二人とも物凄く不服そうにしていたんだけど、急遽決まった宴って事で、セドリックとリアムも制服姿での参加になってしまい、これまたブーブー文句を言っていた。
いや、私からしてみれば、汚れても大丈夫な服で思い切り肉に齧り付いている貴方がたが、物凄く羨ましいんですけど。
なんでもアルバの男性って、こういった宴やら夜会において、自分の意中の女性の前では己の持てる全てを注ぎ込み、存分にめかしこむのが常識なのだそうだ。
自分の婚約者や恋人がいる者達は、女性に恥をかかせない為と、自分への愛情と興味を失わせない為。そして意中の女性がいた場合、「私以上に貴女に相応しい人はいません」ってアピールする為。
…うん、まさにパプアニューギニアの極楽鳥だわ。
そういえば、この宴に参加している騎士達や近衛の人達、めっちゃ気合入ってるよね。…いや、皆着ているのは騎士服や近衛の制服なんだけど、それぞれがいつも着ている服よりも、明らかにグレードアップしているのだ。
…若干、皆さんの髪の毛がほぼベリーショートになっているのが気になる所だけど。
聞けば、彼らが着ている服は、国の式典とかに着る最上級の装いなのだそうだ。
ってか、何度も言うけど、今夜のこれって焼肉パーティーだからね?他人様の事は言えないけど、特上の服が燻製になりますよ?いいんでしょうかね?
「いーんだろ。お前にいい恰好見せるのが狙いなんだから。例え焼肉臭くなっても、奴らも本望だろうよ」
私やクライヴ兄様がいる席の周囲をチラ見しながら、ウロウロしている騎士さん達を牽制していたクライヴ兄様が、面白くなさそうにそう言い放つ。
「え?私…ですか?」
きょとんとしている私を見て、クライヴ兄様が呆れた様子で溜息をついた。
「あいつらが誰の為に焦げたと思ってんだ?っーか、あんだけ熱視線を送られれば、普通嫌でも気が付くだろ」
――え?そ、そう…なの?
そういえば、宴が始まる前にスピーチ頼まれて仕方なく「この度は私の為に、素敵な宴を有難う御座いました。両殿下及び、近衛や騎士の方々のご尽力に、心より感謝致します」って引き攣り笑顔で挨拶した時、「焦げた甲斐があった…!」って声が聞こえてきたような…?
「…本当なら、お前を狙っている野郎共に、めかしこんだお前を見せたくなかったんだがな…」
舌打ちせんばかりのクライヴ兄様の言葉に、周囲をチラリと見てみると、騎士さん達や近衛の方達…この宴に参加している人達の視線は、確かに私に対して向けられていた。
その熱量や表情は、確かに私がよく見知っているものと一緒で…。
「――ッ…!」
自覚した途端、物凄く恥ずかしくなってしまい、肉の味もよく分からなくなってしまった。
というか、未だ嘗て、こんなに沢山の人達に注目された事なんて無かったから…。いや、悪目立ちという意味での注目はよくあったけど。
でもそんな…!兄様方やセドリック、そして殿下方だけでなく、こんなにも沢山の人達が私の事を…?そんな事って有り得るの?!
だって私、前世において「彼氏いない歴=実年齢」の喪女だったんだよ!?
しかもなにかっていうと、鼻腔内毛細血管を崩壊させている女なんだよ!?そんな私なんかに、こんな人生最大のモテ期が訪れるなんて、にわかには信じられないよ!
――周囲の視線を意識し、自覚してしまった初めての状況に狼狽えていた私は気が付かなかった。
私のそんな姿を、クライヴ兄様が複雑そうな顔をしながら見つめていた事に…。
「『自分達の掌中で、大切に大切にはぐくんで来た珠玉が、自分達のものにする前に世に出てしまった。無念だ』…って顔に出てるよ?クライヴ」
「…勝手に人の心ん中、代弁すんな!」
串焼き肉を一旦中断し、ワイングラスを優雅に傾けるアシュルを睨み付けるクライヴを見ながら、アシュルがクスクスと笑う。
「ふふ…。それにしてもエレノア嬢のあの姿、大変に眼福だねぇ。君としては仕方が無く着飾ったんだろうし、肉を思いっきり食べたかったエレノア嬢にとっては、拷問以外のなにものでもないだろうけど。僕らにとっては、この上もなきご褒美だね。…本当に…。あんなに綺麗な子だったなんて…」
揶揄うような表情や口調を引っ込め、うっとりとした表情でエレノアを見つめるアシュル同様、ディラン殿下、フィンレー殿下、リアム殿下、そして会場中の男達はみな、天使の様なエレノアを蕩けそうな表情で見つめている。
ディラン殿下とフィンレー殿下など、「肉じゃなくて、あっちを食べたい…!」などと、オリヴァーに聞かれたら丸焼きにされそうな事を口にしていたので、オリヴァーの代わりに足元を凍らせ、転倒させておいた。(後で滅茶苦茶罵倒されたが)
渦中のエレノアはと言えば、さっき自分が自覚を促した所為か、頬を染め、所在無げな不安顔をしている。それがまた庇護欲をそそられ、男の本能を容赦なく刺激するのだが…。
ハッキリ言おう。大変に眼福である。
普段、そういったエレノアを見慣れている自分ですらそうなのだから、この場に居る野郎共が、どれ程興奮絶頂なのか伺い知れようと言うものだ。
セドリックも、そういった類の雰囲気を察し、エレノアの傍を離れようともせず、普段とは違ってピリピリした空気を纏っている。
『…エレノアには悪いが、早々に部屋に戻すか…』
「ふぅん…。これは思っていた以上に大掛かりだね。それにしてもまさか離宮とは言え、王宮の庭で肉を焼く光景が見られるとは思わなかったよ」
その聞き慣れ過ぎた声と口調に後ろを振り返ると、そこにはしっかり黒を基調とした礼服姿に身を包んだオリヴァーが、貴公子然とした優雅な微笑を浮かべ、立っていたのだった。
――っていうか、いつの間に来た!?気配全然感じなかったぞ!?
「オリヴァー!」
「…やあ、オリヴァー。意外と早かったね」
――出たな!『万年番狂い』!!
オリヴァーの姿を見た、その場のほぼ全員が胸中でそう叫んだ。
「他ならぬ殿下方が主催された宴に呼ばれ、遅れるなどと、臣下として言語道断。この度は、お招き頂き有難う御座います。若輩なこの身に余る栄誉で御座います」
ニッコリと微笑み、完璧な臣下の礼を取ったオリヴァーの姿を見た近衛や騎士達が、声を顰め、ヒソヒソと話し合う。
「…あれが、バッシュ公爵令嬢の筆頭婚約者か…。近くで見ると、凄い迫力だな」
「ああ。俺も久し振りに見たが、あの姿…。相変わらず、同性から見ても、恐しい程に完璧だ」
「ああ。なんと言うか…凄いな…」
「色々な意味でな」
クライヴ同様、王家直系達と並んでも見劣りする事の無い、その麗しい美貌。
『貴族の中の貴族』と称されるのが納得できる程の洗礼された優雅な所作は、王家の者達や高位貴族達を見慣れている彼らからしても、他の追従を許さない程の完璧さだった。
…だが、何と言うか…。にこやかに微笑んでいる筈なのに、纏う雰囲気がすさんでいる気がするのは何故だろうか…?
しかもうっかり触れたりしたら、火傷してしまいそうな程の威圧感すら漂っている気がするのだが…。
――…うん、これ、あからさまにこの場の俺(私)達を牽制しているよね。
誰もがそう感じる中、オリヴァーは真っすぐと、愛しい婚約者の元へと歩み寄った。
「エレノア」
「――ッ!?オリヴァー兄様!!」
途端、所在無さげだったエレノアの顔が、嬉しそうにパアッと輝いた。
その愛らしい微笑みに、思わず周囲が息を飲み、釘付けになる中、オリヴァーはこの場の男達同様、蕩けそうな表情でエレノアを見つめながらその手を取ると、甲に恭しく口付けた。
「エレノア。僕の愛しいお姫様。白を纏った君はまるで、月の女神の寵愛を受け、たおやかに光り咲く月光花のように美しい。ああ…。どれ程罪深いとそしられようと、今すぐ君を手折り、僕だけのものにしてしまいたくなる…」
色気たっぷりに告げられた激甘な言葉に、エレノアの顔と言わず全身がボフンと真っ赤に染まった。
そしてそれに比例するかの様に、その場の男共の視線と嫉妬が一気にオリヴァーに向かって突き刺さった。
…が、それをサラリと受け流し、見せ付けるかのようにエレノアの髪や頬に口付けるオリヴァーに対し、会場中の男達から、更なる嫉妬の炎が噴き上がる。
「う~ん…。すさんでんなぁ。あいつ…」
クライヴは、そんな雰囲気最悪な場にあっても、どこ吹く風とばかりに平常心全開なオリヴァーに感心しつつ、汗を流した。
そういえば今日は確か、四大公爵家と直々に対決すると聞いていたから、さぞや貴族らしい、仁義無き戦いを繰り広げたのであろう。
勿論、牽制する意味合いもあるのだろうが、その鬱憤とストレスを全て、この場で発散する気満々といった所か…。
クライヴの耳に、戦いのゴングが鳴り響く音が聞こえた…気がした。
肉祭りは、エレノアにとっては美味しいけど不本意…といった感じでしょうか。
そして、万年番狂いの大魔神様ご降臨です!お久し振りです!
仁義なき、男同士の戦いの始まりです。クライヴと違い、オリヴァーはそこんところ、容赦はしません。
最大の被害者(予定)のエレノア、頑張れ!
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