第141話 王宮での日々と肉祭り②

エレノアは今現在、生涯で何度目かの窮地に立たされていた。


『お、おかしいな~?私、焼肉パーティーに参加するだけの筈だったんだけど…』


ちなみに今現在のエレノアの姿はと言うと、どこの夜会に出かけても文句の一つも言われない程、完璧なご令嬢ルックとなっていたのだった。


インペリアルトパーズのように煌めく大きな瞳や薔薇色の頬、瑞々しい果実のように艶やかでぷっくりとした唇には、それらをより美しく強調するように、ミアの手により、薄化粧が施され、いつもの愛らしさに若干の大人っぽさを感じられる様になっている。


華奢(そうに見える)な身体には、純白なのに、光の加減で淡いパールピンクに煌めくエンパイアラインのドレスを纏い、波打つ艶やかなヘーゼルブロンドは、真白の小花をあしらったリボンで緩く纏められている。


そして首元を彩るのは、黒く細いビロードを用いたチョーカーの中央に配された宝石は、瞳の色と同じ、インペリアルトパーズだ。


全体的に見て、その何とも言えぬあざと可愛いらしい姿は、コケティッシュさをも演出し、思わずちょっと…何と言うかなトキメキを、見る者に与えていた。


「…完璧ですわ!エレノアお嬢様!」


「ええ…。本当に…!我が国に伝わる寓話に登場する、花の妖精のごとき愛らしさ!ああ…なんてお可愛らしいの…!!」


「妖精なんて!そのような小さきレベルでは語れません!この世の春を司る、光の女神様のご光来と評すべきですわ!」


ミアを筆頭に、エレノアをこれでもかと飾り立てた獣人族のメイド達は、自分達が磨き上げた完璧とも言える大切な少女の姿に頬を染め、これでもかとばかりに美辞麗句を口にしながらエレノアを称賛しまくっていた。


「あ、有難う、みんな。…でもこれじゃあ、お肉が…」


「はい?お肉がどうかされましたか?」


「う、ううん…。なんでもない」


獣人メイド達のテンションに若干引きながらお礼を言いつつ、エレノアは心の中で非常に焦っていた。


こんなにも飾り立てられ、果たして肉祭りを心から堪能出来るだろうか?…と。


しかも、婚約者達の色を纏った…と言えば聞こえが良いが、このコーディネート、ほぼほぼ白い。真っ白だ。

どこぞの洗剤のCMのように、ちょっとの染みでも目立ってしまう程の輝く白さなのだ。


折角、料理人の人達にお願いして、メインをバーベキュー形式の串焼き祭りにしてもらったというのに、このドレス姿で串焼き肉に齧り付いたら、絶対どこかに染みを付けてしまうだろう。


いや、それ以前にドレスアップして肉に齧り付くなど、視覚的にもどうかと思われる。淑女として…というより、女として終わる。そんな予感がする。


『こ、これって絶対、私に対する嫌がらせだよね!!』


思わず、ドレスアップを指示した兄、クライヴへの恨み節が炸裂する。


もう一人の兄であるオリヴァーの指示もあったのかもしれないが、あの兄は肉祭りに浮かれて「沢山肉を食べたいから、運動着で参加します!」と言った私に対し、「何バカな事言ってんだお前。頭沸いたか?」と、満面の笑みで言い放ってくれやがったのだ。


そんでもって、サラマンダーを目の前にし、料理のリクエストをしていた自分をしばいた挙句、首根っこを掴んで、自室にポイッと放り込んだのだった、


その後、クライヴ兄様からの指示を受けたミアさん達により、半強制的にお風呂に連行され、頭のてっぺんから爪の先まで磨き上げられ、挙句ドレスやメイクアップ道具を手にした彼女達の手により、これでもかと盛られてしまって、今現在のこの姿なのである。


『ってか、よりにもよって、全身白でコーディネートする事ないじゃない!!ううう…。私の肉祭り…!!』


絶望感に打ちひしがれ、心の中でシクシク泣いていた私を他所に、ミアさんが「お嬢様のお支度、終わりました」と部屋の外にいるクライヴ兄様に声をかける。


「入るぞ、エレノア」


「…は~い…」


やさぐれつつ、文句の一つでも言おうかと身構えていた私だったが、クライヴ兄様の姿を目にして口を開こうとした瞬間、そのままの状態でフリーズしてしまった。


何故なら「どこの貴公子だ!?」と叫びたくなる程、バッチリ正装を着こなしたクライヴ兄様が、私の目の前に立っていたからだった。


全体的に白を基調としているのだが、肩にマントのように羽織ったロングコートは、黒を基調としている。


これは多分だけど、本日多忙の為、宴に出られるかどうか微妙だというオリヴァー兄様の代わりに、兄様の色を纏ったからだろう。(クライヴ兄様曰く、どんな手使ってでも必ず来るだろうとの事だが)


豪華な中に、軍服の様なアレンジを効かせたそのお姿に、顔を合わせたら、絶対文句を言ってやろうと思っていた私の思考回路は、あっという間にパーティークラッカーのごとく、パーンと弾けた。


――…尊い…。尊過ぎる…!!


クライヴ兄様は、私の姿を見るなり一瞬息を飲むと、蕩けそうな笑顔を浮かべ、私の頬に手を充てる。


「ああ…。宝石の様なお前の瞳や髪に、俺の色が映えて綺麗だ。よく似合っているぞ。俺の愛しい婚約者殿」


ボフン!と真っ赤になった私の唇に、クライヴ兄様がそっと口付けを落とす。


あわわわ…!!に、兄様っ!こ、この服白っ!白いですからっ!!このごろ弱っている、私の鼻腔内毛細血管刺激しないで!いつかの血の惨劇の再来になっちゃうから!そういう事するの真面目に止めてー!!


ってか、オリヴァー兄様ばりの美辞麗句がクライヴ兄様の口から出て来るなんて…!くっ!兄様ってば、しっかりアルバの男だったんだね!


「やあ、クライヴの言う通り、本当に真っ白い花の妖精のようだ。…というかクライヴ、わざわざ僕に見せ付けるの止めてくれないか?」


――そ、そのお声は…!!


「ア、アシュル殿下!?」


そこには予想通り、呆れたような顔をしたアシュル殿下が立っていたのだった。


殿下は、私と視線が合うなり、クライヴ兄様ばりに蕩けそうな甘い微笑を向けてきて、顔と言わず全身から火が噴いた。


――ア…アシュル殿下…!!当然と言うか、貴方も正装ですかっ!!


うわぁぁ…!!クライブ兄様と同じ、白と…ご本人様の色である金をベースにした王族の正装が、甘い美貌を持つアシュル殿下に、溢れんばかりの気品と威厳を与えているよ!

ビバ!視覚の暴力!!眼福というより、眼圧ですね!キラキラし過ぎて、うっかり直視すると、その輝きに焼かれて目が潰れてしまいます!!


ってか、今夜開かれるのって、ちょっとした宴って言っていたよね!?焼肉パーティーだよね!?私はともかく、何で貴方がた、こんなに正装する意味があるんですか!?色々とおかしくないですかね!?


そんな事を目まぐるしく考えながら、アシュル殿下を直視しないようにしていた私の身体が、フワリと何かに抱き締められる。


「え…?」


「…ああ…。癒される…!」


――ええええええぇぇー!!?


わ、わ、私…、いいいい…いま、アシュルでんかに…殿下に抱き締められ…て…!?


想定外の現状に、私の頭がパニック状態に陥る。はっ!?ク、クライヴ兄様?何でクライヴ兄様、こんな状態なのに、なんもしないの?!


そう思い、パニくりながらクライヴ兄様に向かってヘルプの視線を向けると、当のクライヴ兄様は半目で私を見つめていた。


「…危ないから避難してろって言ってたにもかかわらず、ノコノコ庭に出て来た挙句、サラマンダーの死体の山見ながら串焼きリクエストする根性があるんだから、鼻血ぐらい我慢しろよ?もし噴いて服汚しやがったら、お仕置きだからな?」


――そ、それか…っ!!


どうやら今の状況は、あの時に果たせなかったお仕置きの一環らしい。


あの時、クライヴ兄様がどうしても心配で、ウィルの目を盗んで急いで庭に出て行ってみれば、何やら大トカゲっぽい魔物の山があって、正直ビビりました。


が、魔物を解体していた人に「それは何か?」と聞いてみれば、サラマンダーだと言うではないですか!


以前、誕生日に食べたサラマンダーの肉の美味しさを思い出し、テンション爆上がりになって、ついうっかり串焼き肉をリクエストしちゃったのだが、ふと視線を感じ、顔を上げてみれば、無表情でこちらを見つめているクライヴ兄様と、目を丸くしている殿下方。双方とバッチリ目が合ってしまったのだった。


「何でここにいるー!?避難してろと言っておいたのに、お前というヤツはー!!」


一瞬後、大激怒したクライヴ兄様にアイアンクローかまされちゃって、アシュル殿下が必死にそれを止めてくれました。アシュル殿下、あの時は本当に有難う御座いました!


それにしてもアシュル殿下、あの時『アシュル!お前の言う所のか弱いご令嬢ってのは、こーいう奴だからな!よーく覚えとけ!』ってクライヴ兄様に言われて、なんかめっちゃ脱力していたような…。


助けてもらった感謝の気持ちが湧き上がり、少し身体の力を抜いた私に気が付いたのか、アシュル殿下が更に身体と言わず顔までも密着させる。


「エレノア嬢の身体は、どこもかしこも甘い香りがする…」


ゾクリ…と、腰にクルような熱く蕩けそうな声が耳に届いた直後、首元に顔を埋められ、吐息と共に柔らかくて温かい感触が首筋に…。


プッツン…。と、何かが切れる感覚がしたと同時に、視界がホワイトアウトする。


「えっ!?エレノア嬢!?」


「アシュルー!!てめぇ!なにしてやがる!抱き締めるだけって言っただろうが!!」


急にくったりと、自分の腕の中で力を失ったエレノアにアシュルが焦りの声を上げると、遂に我慢限界とばかりに怒声を上げたクライヴの背後に、ブリザードが吹き荒れ、耳や尻尾をピコピコさせながら様子を伺っていた獣人メイド達が悲鳴を上げる。


「いやつい…。男としての本能が先走ってしまって…」


「疲れ果ててたお前に同情した俺が大馬鹿だった!!アシュル!お前、二度とエレノアに近付くんじゃねぇぞ!?」


「あ、それは無理」


ひったくるようにアシュル殿下から私を奪い返したクライヴ兄様の腕の中、そんなやり取りをぼんやりと聞きつつ、私の意識は闇の中へと沈んでいったのだった。



本格的な焼肉祭りは次回です。


そしてエレノアの暴走を未然に防ぐべく、必要以上にめかしこませたクライヴ兄様に隙はありません。

…と言いたい所ですが、弱った親友にうっかり甘い顔して、こうなりました。

これってオリヴァー兄様に知られたら、折檻コース間違いなしですね。


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