第140話 王宮での日々と肉祭り①

「アシュル兄貴!俺、ちょっと肉かってくるわ!」


「…肉を買う…?」


自分が執務室として使っている書斎に、何故か窓から乗り込んで来たディランが、挨拶もそこそこに言い放った言葉に首を傾げる。


「肉を買って来るって…。王宮には肉は沢山あるだろう?わざわざお前が行かなくても…」


それこそ、鳥・豚・牛・羊…最近では旬のウサギ肉等、あらゆる肉が王宮の貯蔵庫にある筈。なのに、何で肉をわざわざ買って来ると言うのか。しかも王族自らが。


「いや、エルの食事、固形物解禁になったからさ、ちょっとサラマンダー狩って来ようかと」


――サラ…マンダー…?


「『買ってくる』じゃなくて、『狩ってくる』か!ってか、サラマンダーだと!?あれはちょっとそこ行って狩ってくるようなレベルの魔物じゃないだろう!?」


「大丈夫!師匠に絶好の狩り場教えて貰ったから!夕飯迄には戻るから、エルのいる離宮で焼肉パーティーの準備宜しく!あ、ついでに訓練の一環で、騎士団連れてくわー!」


「ち、ちょっと待て!ディランー!!」


アシュルが慌てて止めるものの、ディランは来た時同様、窓からヒラリと出て行ってしまった。…ここって確か、城の頂上付近にある部屋なんだが…。


「…はぁ…。ヒューバード。悪いがサポート頼んだよ」


「…御意」


フッと、一瞬顕われた気配が再び無くなる。


「それにしてもサラマンダーとは…」


別名『火吹きトカゲ』と言われるように、サラマンダーとは火を使って攻撃してくる、ドラゴン目の魔物の一種だ。


大きさは牡牛程もあり、大きさの割に俊敏で獰猛。固い鱗で覆われた皮膚は、軽度の攻撃魔法も弾き、しかも群れで襲い掛かってくる。

それゆえ、危険度がランクAに指定されている危険な魔物なのだ。


「ディランがサラマンダーごときに遅れを取るとは思わないが…。騎士団を連れて行くと言っていたから、被害が広がらないよう、纏め役は必要だろう。あいつは狩りに夢中になり過ぎると、周囲がまるで見えなくなるからな…」


それにしても、いずれ軍事権を司る身なのだから、せめてもうちょっと落ち着いて欲しいものだが…。


影の総帥も兼任するヒューバードの負担を減らす為にも、優秀な副官を付けなければと思っていたが、ヒューバードはどうやら、クライヴに目を付けているようだ。


確かに彼なら適任だろうが…。出来ればクライヴは自分の直属にしたかったのだが…。


「まあ確かに、クライヴ以上に適任はいないだろうからな…」


アシュルは机の上に積み上がっている書類の山を見て、再び溜息をついた。


ディランの言う所の焼肉パーティーをするのであれば、あと2時間ほどでこの書類を全て片付けなくてはならないだろう。


「まあ、ここ最近仕事が詰まっていたし…。エレノア嬢と一緒に息抜きが出来るのであれば、悪くない…か」


アシュルは傍に控えていた近衛にお茶のお代わりを命じると、再び書類の山へと向き直り、猛然とそれらを片付け始めたのだった。





◇◇◇◇





今日も今日とて、エレノアは自室にてクライヴとリハビリ中である。


やっと、普通にゆっくり歩く分には不自由をしなくなったエレノアは、「やはり固形物を食べるって大事だな」などと思いながら、今現在はヒラリ、ヒラリと自分から逃げるクライヴを捕まえる訓練に奮闘していた。


普通の状態であれば、難なく抱き付ける動きなのに、必死に追いすがろうとしてもかすりもしない。


そんなエレノアを見ながら、クライヴは内心でほくそ笑む。


『うーん。…かなりいいな、これ』


可愛い妹が顔を真っ赤にして、自分を捕まえようと必死になっている。

訓練とは言え、かなり萌えるシチュエーションだ。しかも何故か、今日はお邪魔虫が二人揃っていない。


クライヴが幸せを噛み締めている最中、部屋を誰かが訪ねてくる。


「どなたですか?」


ウィルが対応し、ドアを開けると、そこに立っていたのはアシュル直轄の近衛騎士だった。


ウィルが何事か近衛騎士と話をした後、クライヴの方へとやって来る。


「クライヴ様。アシュル殿下からのご伝言です。『本日、ディランがエレノア嬢の為に、離宮の中庭で、ささやかな祝宴を開きたいとの事。許可して頂けるだろうか』だそうです」


「祝宴?ディラン殿下が?」


「はぁ。エレノアお嬢様のお食事が固形物解禁になったお祝いに、極上の肉を仕留めてくるとお出かけになられたそうですが…」


「仕留めるって…。何やってんだあの人は!」


「お肉!?」


「肉」と聞くや、途端目をキラキラ輝かせたエレノアを無言で見つめたクライヴは、ウィルに何かを指示する。それに対し、頷いたウィルは近衛騎士の元へと戻った。


やがて近衛騎士はこちらに対して一礼すると、その場から立ち去っていく。


「兄様?!お返事はなんて?」


「オリヴァーが許可したらいいぞって返事しといた」


途端、絶望顔になったエレノアに、クライヴは苦笑を浮かべる。


「冗談だ。オリヴァーに参加できるかどうか、連絡しておいてくれって伝えたんだ」


「そ、そうだったんですか…!」


あからさまにホッとした様子のエレノアだったが、そのすぐ後、首を傾げる。


「にしても何でディーさん、私が肉食べたがってるの知っていたのかなぁ?」


「…むしろあんだけ「肉・肉」って言ってて、知られてないとでも思っていたのかお前?」


なにせ固形物解禁前、昼間は自分やオリヴァーや公爵様など、あらゆる身内に串焼き肉をせがみ、夜は夜で「肉…」と寝言を呟きながら、もぐもぐ口を動かしている有様だったのだから。


ちなみに、王族に知られた経緯として考えられるパターンとしては…。


①公爵様に「肉が食べたい」と愚痴る→娘を不憫がって、こっそり肉を持ち込む→バレて追及され、発覚。


②エレノアが「お肉食べたい…」と呟いていたのを、給仕係が聞き付ける→厨房で話題になる→クッキーを作っていたリアム殿下が耳にする→兄達に報告。


…とまぁ、こんなところだろう。

(後に、どっちも合っていたことがアシュルにより発覚する)


「うわぁ…。私も肉食女子の仲間入り…!?」と、アホな事を言っているエレノアを見ながら、『宴でこいつが、我を忘れて肉に齧り付く事態になる事だけは阻止しなくては…』と胸中で決意したクライヴは、ふと窓の外が暗くなった事に気が付いた。


「…なんだ?」


窓の方を見て見ると、さっきまで晴れ渡っていた空に、暗雲が立ち込めている。そして何かが光った…と思った次の瞬間、巨大な『何か』がボトボトボトと地面に落下してきたのだった。


しかもそれと同時に、血飛沫が窓やバルコニーに降り注ぐ。


「キャーッ!!」


エレノアの悲鳴が上がると同時に、クライヴは帯刀していた刀を抜刀する。


「クライヴ様!」


「ウィル!エレノアとミアを安全な場所へ!俺は現状を確認する!!」


そう言うなり、血塗れの窓を足で蹴破ったクライヴは、バルコニーから外へと飛び出していった。


「クライヴ兄様!!」


「いけません!お嬢様、こちらに!!」


ウィルがバルコニーに向かおうとするエレノアと、震えているミアを部屋から連れ出した後、中庭に降り立ったクライヴは、目の前に広がっている光景に、我が目を疑った。


「…なんだ…これ?」


呆然としながら見つめる先にあったモノ…。それは、ゆうに十頭は超える、巨大なトカゲらしきモノの死骸であった。


「…えーっと…。これ、サラマンダー…か?」


しかもよく見てみれば、どの死骸もしっかり血抜きがされてる。


「――ッ!?」


また頭上から気配を感じ、クライヴは咄嗟に刀を構え空を仰ぐ。


――すると…。


ドサドサドサ…!


サラマンダーの死骸の上に降って来たのは、何故か所々焼け焦げた大勢の騎士達だったのだった。


そして最後に落ちてきた…というより、しっかり受け身を取って着地した人物を見て、クライヴは呆気に取られながら言葉を失った。


「フィンレー!てめぇ!サラマンダーと怪我した連中だけ送れって言ったのに、何で俺まで放り込んでんだよ!!お陰で折角返り血避けた服が、血塗れじゃねぇか!!」


「?????」


――一体全体、何なんだこれは!?


言葉通り、サラマンダーの山の上で、血塗れ状態になりながら怒髪天突いているディランを見ながら、はてなマークが頭に飛び交っていたクライヴだったが、そこにタイミング良く、誰かが駆け付けてくる足音が聞こえてくる。


「クライヴ!何があった!?」


駆け付けて来たのは、護衛騎士や近衛達を引き連れたアシュルであった。


「い、いや…。何があったかは…よく…」


戸惑うクライヴを他所に、巨大トカゲの山と焦げた騎士達、そしてディランを見た瞬間、アシュルがガックリと肩を落とし…そして身体を小刻みに震わせ始めた。


「…ディラン…。このっ、大馬鹿者がー!!」


「ま、待て!兄貴!話しを聞いてくれ!!俺は止めろと言ったんだが、フィンの奴が聞く耳持たずにだな!」


「一応、言い訳ぐらいは聞いてやる!!…が、その前にそこに直れ!!」


怒りのあまりに般若の形相で青筋を立てているアシュルが、その場に正座させたディランから聞き出した話によれば、これらは全て、ディランが騎士達と共に狩ったサラマンダーなのだそうだ。


そして、血抜き要員として連れて行ったフィンレーが闇魔法を使って、サラマンダーと怪我人をまとめて転移させた…らしい。


そこで何故か、ディランも巻き込まれ、サラマンダーと共にこの中庭に転移させられて来たとの事であった。


「この馬鹿者ども!!もし離宮に直撃していたらどうするつもりだったんだ!?というかなんでよりにもよって、ここに送った!?見ろ!どこもかしこも血塗れじゃないか!!」


その後、サラマンダーの肉の処理や騎士達への救命措置で、料理人達や魔導師達がせわしなく動き回っている中、ディランは帰って来たフィンレーと共に、完膚なきまでに破壊された中庭の一角で仁王立ちになり、怒り狂うアシュルによって、怒涛のお説教を喰らう事となったのであった。


「…転移するのって、知っている場所じゃないと出来なかったから…」


「あー確かに!お前の塔に送る訳にいかねぇしな!」


「うん。ここだったら広いし、王宮の庭に送るよりは良いかと思って」


「おお!お前も何気に王族としての配慮が出来るようになってきたな!」


「エレノア嬢への配慮が抜けてる!!か弱いご令嬢に魔物の死骸やら焼け焦げた騎士やらを見せる事になるんだぞ!?もしエレノア嬢にトラウマ植え付ける事になったら…。お前ら、死んで詫びろ!ってか、今すぐ死ね!!」


「兄上…。キャラ変わってるよ?」


「誰の所為だー!!誰のっ!?」


「アシュル、落ち着け!!」


「止めるな!クライヴ!!」


…などと、ブチ切れたアシュルをクライヴが羽交い絞めにして宥めていたその後方では、サラマンダーを解体している料理人達の傍で、キラキラした目で「串焼き肉もメニューに入れて下さい!」とリクエストしているエレノアの姿があったのだった。



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固形物を食べられて満足なエレノアですが、

串焼き肉愛に火が点いてしまっている模様。

トラウマどころか喜んでおります。

そしてアシュル殿下、安定の苦労性長男さんでした。

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