第139話 王宮での日々と差し入れとご褒美
今日のエレノアは、朝からハイテンションだった。
「ウ…ウィル…!具が…。スープに具が入ってる!!」
目の前に出された朝食を見たエレノアは顔を紅潮させ、思わず涙ぐんだ。
「本当ですね!お芋にニンジンにタマネギ…あっ!鶏肉も入っていますよ!それに小さな白パンも添えてあります!なんとその上、フルーツヨーグルトも御座います!」
エレノアにつられたか、ウィルも興奮状態で朝食の中身を見分しだした。
「う、嬉しい…!久し振りの固形物だぁ…!!」
「よ、良かったですねぇ、お嬢様!」
「ウィル!!」
「お嬢様!!」
久々のまともな食事を見てテンションが上がったエレノアとウィルは、互いに涙ぐみながらヒシッと抱き合った。
「………」
ついていけないそのノリに、一人汗を流していたクライヴの耳に、ミアの呟き声が聞こえてくる。
「本当に…良かったです…。エレノアお嬢様、幸せそう…」
ただスープに具が入っていた。それだけで狂喜乱舞している主を見ながら、そっと目尻の涙を拭う獣人メイドのミア。
――いや、そこ涙ぐむ所か?明らかにおかしいだろ!?
心の中でツッコむも、見れば朝食を運んできた王宮料理人達までもが、ハンカチで目頭を押さえている。…いや、腰にかけてるナプキンか?
『ウィル…はもう手遅れだが…。ミアに引き続き、こいつらもか…。確実にエレノアに汚染されていってる…』
まあそもそもエレノアという、肉食女子達とは180度違う規格外少女は、王宮の至る所であらゆる職種の人間に新鮮な感動と衝撃を与え、感化してしまっているのだ。…いや、洗脳とでもいおうか…。
特にそれが顕著なのが、エレノアと接する率の高い騎士や近衛、そして王宮料理人達である。
特に料理人達は、料理を運ぶ度、「いつも有難う御座います」「美味しかったです」と、花も綻ぶ笑顔でお礼を言われ、ほぼ全ての者達が陥落してしまっている。
毎日料理を届けに来る料理人が何故か複数人なうえ、日替わりである事がなによりの証拠だ。
『まあでも良かった…』
連日の病人食に流石に我慢できなくなったエレノアは昨日、「クライヴ兄様、一生のお願いです!串焼き肉買ってきてください!」…等とのたまい、それを断るとあろう事か、オリヴァーにそれを強請ろうとしたのである。
「お前はー!!オリヴァーを出禁にさせるつもりか!?」と、当然のごとく雷を落とし、オリヴァーも涙目のエレノアを苦笑しながらあやしていたのだ。
――しかし何故、よりにもよって串焼き肉なのだろうか?普通はパンとかお菓子とか…。まあ、エレノアだしな。
そう納得しつつも、そこまで飢えていたのかと堪らなく不憫になり、一瞬厨房に忍び込んで肉を持ってこようかとも思ったが、「自分こそが出禁になってしまうだろ!」と、寸での所で踏みとどまったのだ。あれは正直ヤバかった。
というかその直後、厨房に忍び込もうとしていたウィルと鉢合わせし、しっかりボコったのだが…。
「…ま、これでエレノアも少しは落ち着くだろ」
美味しそうに、幸せそうな顔をしながら食事を頬張るエレノアを、クライヴは目を細めながら愛しそうに見つめた。
◇◇◇◇
「エレノア、ちょっと良いか?」
久し振りにまともな朝食を終えた頃、エレノアの部屋にリアムがひょっこりと顔を出した。
「あ、リアム!どうしたの?今日は早いね。あれ?セドリックは?」
実はリアム、毎朝セドリックと一緒にお見舞いに来た後、セドリックと一緒に登校し、学校帰りに再びセドリックと共に顔を出す…といった日々を繰り返していたのである。
効率がいいからと、最近ではセドリックの乗って来た馬車で登下校しているので、こうして一人で部屋に顔を出すのは大変珍しい。一説によると、セドリックと紳士協定を結んでいるとかなんとか…。
「ああ、あいつはまだ来ない。…実は…お前に渡したいものがあって…」
「私に渡したいもの…?」
「これ…」
リアムが私の目の前に出したものを見た瞬間、私は大きく目を見開いた。
「…あ!これって…!」
綺麗なガラス皿に乗っけられていたのは、私の大好きなリアムお手製、ザクザククッキーだった。
しかもよく見ると、クッキーとクッキーの間に何かが挟まっている。これは…チョコレート?
「お前、今日から固形物解禁になったんだろ?…だから、甘いものも食べたいかと思って…。ちょっと、いつものやつに手を加えてみた」
照れたように、薄っすら赤くなっているリアムの顔を見て、ドキリと胸が高鳴る。
だいぶ慣れたけど…。ううっ…!や、やっぱりヤバイぐらいに綺麗だな、リアム…!しかも絶妙のタイミングで手作りのお菓子を差し入れしてくれるなんて…。好感度爆上がりだよ!本当、なんて良い子なんだ!!
「ありがとう!リアム大好き!!」
「――ッ!!」
ボフン!と、リアムの顔が真っ赤になる。
「あ…!」
つられて私の顔も真っ赤になってしまった。あっ!クライヴ兄様のいる方向から冷気が…!ご、誤解です兄様!これは言葉のあやというか!友達として大好きというか…そのっ!
お互い照れて、モジモジしてしまっていたら、更に部屋の温度が下がってしまった。
私は誤魔化す様に、リアムのクッキーを急いで頬張った。
「――!」
ザクッとした歯ごたえのある、素朴で香ばしいクッキー。そして間に挟まれた厚めで濃厚な味わいのチョコレート。それらを一緒に噛み締めた瞬間、得も言われぬ幸福感が口腔内いっぱいに広がった。
「凄く…美味しい…!リアム、有難う!」
「あ、ああ!」
「…エレノア?」
超、久々の甘味を口にし、感動と幸福感に包まれていた私の耳に、聞き慣れた声が聞こえ、思わず現実に引き戻される。
「セ、セドリック!?」
「…なに食べてるの?確かエレノア、固形物禁止なんじゃ…」
「け…今朝から解禁に…なったから…」
「ふぅん…。で、それリアムのクッキー?」
「…ッ…う…うん…」
「…リアム…。抜け駆けは無しって約束していたよね…?」
「お…おう。…いや、その…。思いがけず上手く出来て…つい…」
――…何だろう。この、妻に浮気が見つかった夫の様な、いたたまれない雰囲気は…。
いや、そもそも浮気夫の気持ちなんて分からないけど!そ、それに浮気なんかじゃなくて、これはお見舞いとお祝いを頂いているだけで…!
「…まあ、いいや。それじゃあ僕も明日は、張り切ってエレノアの好きなお菓子、色々作って持って来るから!」
「あ、有難うセドリ…んっ!」
無表情がにこやかな表情に一変し、ホッとして気が緩んだ私の唇に、セドリックがキスをする。
いつもは何となくリアムに遠慮してか、軽めのリップキスなのに、今日はバッシュ公爵家でいつも交わしているレベルのディープなやつだ。
慌てて覆い被さっているセドリックの肩に手を充て、止めようとするが、流石は男の子。ちょっと力を入れてもビクともしない。まぁ…。私の体力が低下しているってのもあるけど。
…あれ?何か室内に風が吹込んで…?た、確か窓閉めていたよね?
「はふ…」
思わぬ深いキスから解放される。
動揺し、息が上がってしまった私は、ふとこちらをジッと見ていたリアムとバッチリ目が合ってしまったのだった。
――ひぇぇっ!リ、リアム!目が思いっきり据わってます!な、なまじ綺麗過ぎて、表情めっちゃ恐い!!
「…エレノア…」
「は…はいっ?!」
「そう言えば俺、ご褒美まだ貰ってなかったよな…」
「ご、ご褒美…?」
はて?ご褒美とは…?
「うん。クッキー上手く焼けたら貰う予定の…アレ」
「え…」
――はっ!そ、そうでした!そういやそんな約束していた!ってか、何で今その話を!?
「俺、お前からのキスがいい」
ズバッと言われたご褒美の内容に、私を含め、その場にいた全員が固まった。ついでに部屋の温度も急降下した。
「リ、リ、リ…アム…!?」
アワアワワ…と真っ赤になってうろたえる私を睨みつける様に見つめていたリアムだったが、突然フッと目を逸らし、寂しそうに顔を伏せた。
「…いいよ別に断って。…お前が俺の事、まだ好きじゃないって分かってるし。言ってみただけだから、気にすんな」
ズキリ…と胸が痛くなった。
アシュル殿下と…リアムが、私を好きだって事を、今はちゃんと知っている。勿論、ディーさんやフィンレー殿下の気持ちも…。
あんな姿の私を好きになってくれたなんてと、正直物凄く感激したし…嬉しかった。
だけどリアムの言う通り、私にとってリアムはあくまで「大切で大好きな友人」なのだ。
「リ…アム…」
そんな顔をして欲しくない。同じ想いを返せないのが辛い。
どうしていいのか分からなくて、動揺しながら、チラリとセドリックを見ると、セドリックは複雑そうな顔で私を見つめ、はぁ…と、溜息をついた。あれ?さっきまで急降下していた部屋の温度も普通に戻ってる。
クライヴ兄様に目をやると、クライヴ兄様の方も、ぶっすりしながら肩を竦めていた。
「…エレノア、僕やクライヴ兄上に遠慮しなくていいよ。約束は約束だしね。でもリアム!唇はダメだからね?!」
しっかり釘をさすセドリックに「いきなりそこまで望んでねーよ!」と苦笑するリアム。
…あれ?さ、さっきまでのシリアスな展開は?…え~と?こ、ここまできたら、やらない訳にはいかない…のかな?
セドリックが場所を譲り、傍にきたリアムと目を合わせると、吸い込まれてしまいそうな程に、どこまでも蒼く澄んだ瞳が熱い恋情を含んで私の心を絡め取るように見つめてくる。
――…正直、意識がそのままブラックアウトしそうになりました。
「…兄様、タオル下さい!」
軟弱な精神に喝を入れつつ、万が一の時の為に止血用タオルを要求した私に、リアムもセドリックもクライヴ兄様も、ガックリと肩を落とした。…ごめんよ、色気皆無の雰囲気クラッシャーで。
私は気合一喝、リアムの透けるように美しく、柔らかい頬に震える唇をそっと押し当てると、慌ててパッと離れ、バフッとベッドに潜り込んだ。
「有難う、エレノア!」
物凄く嬉しそうなリアムの声が聞こえてくるが、返事など出来ようはずもない。
今現在、私のライフはゼロを振り切りマイナスです。
「エレノア、行って来るね!」
「じゃあな!行って来る!」
そう言って、ベッドの中で団子になっている私に、セドリックとリアムが同時にバフッと抱き着いた。ガタイの良い少年二人に押しつぶされ、「ふぐっ!」とご令嬢らしからぬ呻き声を上げてしまうが、今更であろう。
「何でリアムまで抱き着くんだよ!」
「いーだろ!掛布越しだったんだから!」
「良くない!」
「いーからお前ら、さっさと学院行け!!」
そんなやり取りが聞こえてくるのを、何となくホッとした気持ちで聞きつつ、私は思った。
『なんだかんだ言って、クライヴ兄様もセドリックも、リアムには甘いよね…』
あのオリヴァー兄様でさえ、リアムに対しては他の殿下方よりも対応がマイルドだ。
あれが愛され末っ子気質…というやつであろうか。うっかり自分も絆されそうになったし、実はリアム…最強なのではないだろうか…?
そんな事を悶々と考えていたエレノアだったが、事の顛末を知ったオリヴァーやアシュル達もが同じ事を考え、震撼していた事は知る由もなかったのであった。
=================
遂に念願の固形物解禁に、狂喜乱舞中のエレノアと、実は最強かもなリアムですv
王宮での仕事があるお父様はともかく、固形物を差し入れた時点で、オリヴァーもクライヴも出禁にする気満々だったロイヤルズでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます