第137話 王宮での日々とお見舞い④

「さて…と。小耳に挟んだのだが、親戚の方がなにやら不穏な動きをしているとか…?」


母様に再び椅子へと座るように促した後、アシュル殿下もお付きの近衛がベッドサイドに用意した椅子へと腰かけた。


その際、近衛の方と目が合ったのだが、その瞬間、顔を真っ赤にして目を逸らされてしまった。あ、なんかクライヴ兄様からヒヤッとした冷気、再び!


「まあ…。お耳汚しなお話を王太子殿下にお聞かせしてしまって…!いえ、幸いと言うか、こちらで保護して頂いているお陰で、バッシュ公爵家に押し掛けられる事は今の所ありませんの。本当に王太子殿下を含め、王家の方々には感謝しか御座いませんわ!」


「…幸か不幸か…な」


「クライヴ!あんたは黙っていなさい!!…それにバッシュ公爵家の方も、山のように舞い込んで来る縁談話の処理で殺気立っていますから。流石の父も、そんな状態のアイザックやオリヴァー相手に喧嘩を仕掛ける程、愚かではないと思いますわ」


――はい?山の様な縁談話?


「縁談話って…オリヴァー兄様やクライヴ兄様にですか?」


途端、その場に居た全ての人間が、残念な子を見る様な眼差しで私を見つめた。というか、母様は眉根を寄せて額に手を充てていた。


「何言ってるのよエレノア。あんたへの縁談よ!」


「はいぃっ!?わ、私…ですか!?」


動揺する私を見て、更に皆の表情がスン…となってしまう。だ、だってどうして!?今迄そんな話、一つもこなかったじゃないか!


「いや、お前が知らないだけで、今迄も何件もあったんだよ。その度オリヴァーが完膚なきまでに握りつぶしていたんだ。公爵様直々に圧をかけた事もあったし。どの貴族もオリヴァーとバッシュ公爵家を敵に回してまで婚約を申し込む度胸は無かったんだろう。…あの決闘以前はな」


「決闘…以前?」


クライヴ兄様は溜息をつきながら頷いた。


「あの戦いっぷりと、素のお前を見て、心を射貫かれなかった奴はいない。婚約者でなくとも、せめて恋人の一人に!…って、どんなにオリヴァーや公爵様が断っても、奴らはめげずに何度も申し込みしてきやがんだよ!ったく!」


おおぅ!クライヴ兄様、めっちゃ苦虫を噛み潰したような渋面。し、しかし…。私がスヤスヤと眠って(昏睡して)いる間に、まさかそんな事になっていたとは…!


「しかも学院の生徒達や教師陣の中には『伝説の姫騎士は実在した!』とか『女神降臨!』とか言って、お前を女神の化身のごとくに崇拝する者達まで出て来る始末だ。しかも貢ぎ物の量も尋常じゃなくて、返却作業が追い付かず、今現在バッシュ公爵家の屋敷の半分の部屋が、その貢ぎ物で埋まっているぜ」


クライヴ兄様のお言葉を受け、アシュル殿下もアルカイックスマイルを浮かべながら頷く。


「本当に凄いよねぇ…。しかも贈られた花束の量も尋常じゃなくて、王都のあちらこちらに寄贈されているそうだね。お陰で今現在、王都は花で溢れかえっているって噂だよ」


「捨てるにしては膨大な量だし、花自体には罪がないからな」


――ひぇぇっ!あの広いお屋敷の半分の部屋が占拠されるなんて!し、しかも王都が花で溢れかえってるって一体!?…ってか、姫騎士…?女神の化身?なんじゃそりゃ!?


「エレノア嬢。アルバの男は、「これぞ」と心に決めた女性を得る為だったら、どんな障壁も苦難もものともしない生き物なんだよ。…勿論、僕も含めて…ね?」


そう言って、蕩けるような甘い微笑を向けられ、私の頬が一瞬で真っ赤に染まる。そんな私の手を、アシュル殿下がそっと握りしめた。…ってか、仕事早っ!


「あの場所で…光を纏った君は、まさに女神がこの世に降り立ったかのごとき美しさだった…。あの瞬間から僕は、君と共に歩む未来への渇望が止まない…」


「ああああ…あ、あ…しゅる…でん…っ!」


極上の笑顔と共に繰り出される、甘々な口説き文句に真っ赤になって震えていると、アシュル殿下が私の手をスルリと撫で、口元へと持って行く。


「まあぁっ!」


そんなアシュル殿下と私のやり取りを見て、母様の顔が喜色満面に輝く。


「おいお袋!王族に色気出してんじゃねぇぞ?!アシュルも無駄に色気振りまくな!ってか、俺の婚約者をよりにもよって、堂々と目の前で口説いてんじゃねぇ!!」


アシュル殿下の唇が私の手の甲に触れる直前、クライヴ兄様がアシュル殿下の手を叩き落として私の手を奪い返した。


「…クライヴ…。これは流石に非礼過ぎやしないかい?」


「やかましい!!お前の方こそ、ディラン殿下の過ち繰り返すんじゃねーよ!!見ろ!エレノアの様子を!」


クライヴ兄様に言われ、私の顔を見たアシュル殿下が「ああ…」と、何やら納得している。あ、あれ…?ひょっとしてまた私、鼻血が出ているのか…!?


慌てて鼻を抑えた私の頭を、クライヴ兄様が優しくポンポンと叩く。


「安心しろエレノア。まだ出ていねぇ。だがあのままいったら、間違いなく噴いてたな」


そ、そうですか。よかった!…ん?まてよ?それって今にも鼻血噴きそうなぐらいにヤバイ顔してるって事だよね!?

ってかクライヴ兄様、仮にも年頃の妹に対し、出るだの噴くだの公衆の面前でポンポン言わないで下さいよ!いくらなんでも失礼でしょうが!!


「それにしても、エレノア嬢がまさか、こんなにも男女のアプローチに弱いなんて知らなかったな。その所為で小さい頃は、しょっちゅう鼻血を出していたんだってね?…ひょっとして、学院で僕に会った時も、それが原因でああなっちゃったのかな?」


そう言いながら、クスクス笑っているアシュル殿下のお言葉に、私は顔から火が出る思いだった。


うう…や、やっぱりバラされていた…。クライヴ兄様のバカ!


「でもそのお陰で、オリヴァーともクライヴとも、まだキス止まりなんだってね?ああ、当然セドリックもか。…ふふ…。君が極度の恥ずかしがり屋さんで良かったよ」


いや、ちっとも良くありませんよ!これのお陰で何度死ぬような思いをした事か…。


――ん?アシュル殿下の瞳や雰囲気が…な、なんか更に甘く、妖しくなった…ような…?


「…そうだなぁ…。もしエレノア嬢さえ良かったら、僕が気持ち良過ぎて、恥ずかしさなんて感じる間がなくなる程、色々優しく手ほどきしてあげようか?」


「――ッ~~!!」


て、てっ、手ほどき…って!何を!?何をするおつもりで!!?


「まぁ!それは素晴らしいわ!アシュル殿下、うちのエレノアは昔から王子様に憧れていて、将来は王子様と結婚すると常日頃から言っておりましたのよ!」


「ほぉ…。それは光栄だな。エレノア嬢とだったら、寧ろこちらの方から…」


「アシュル!それ以上言いやがったら絶交だからな!お袋!エレノアが憧れていたのはガキの頃だ!今はそんな事、欠片も思っていねぇよ!そうだな、エレノア!?」


アシュル殿下の言葉攻めに、脳が沸騰してクルクル目が回ってしまっていた私は、クライヴ兄様の言葉に条件反射のようにコクコクと頷いた。


「クライヴ…強制は良くないよ?」


「やかましい!貴様の方こそ、さっきから人の大切な婚約者を、隙あらば誑し込もうとしてんじゃねぇ!!」


「なに言ってんのよクライヴ!エレノアにとっての大良縁よ!?これを逃す手は無いわ!」


「お袋は黙ってろっての!!…アシュル…。てめぇ、これを狙ってわざとこのタイミングで来やがったな!?」


「さあ?何の事やら?」


――結局、母様のお見舞いも、気になる親戚のアレコレも忘却の彼方へと吹っ飛び、三者三様の言い争いという、いつものパターンと化してしまったのだった。


だけどその後、面会に来たオリヴァー兄様曰く、ちょくちょくあったお爺様の家からの接触がピタリと止まったとの事だった。

ひょっとしたらアシュル殿下が裏で色々と動いてくれたのかもしれない。


でも一緒にお見舞いに来たアイザック父様曰く「あの叔父が、いくら王家に注意されたとはいえ、黙って大人しく引っ込む筈がない。…嫌な予感がする」って言っていたから、まだまだ油断は出来ないみたいだ。


「はぁ…。全く。つくづく最悪のタイミングでギャップ萌えを披露してしまったものだ」


疲れたようにそう呟いたオリヴァー兄様のお言葉に、私はただただ、苦笑するしかなかったのだった。



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アシュル殿下、手加減しつつもタラシ込みを全力で行っております(*'▽')

ディラン殿下と違い、直接手を出さない代わりに、使えるものはフルに使ってますね。

ついでに、フラグもへし折る事を忘れておりませんでした。

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