第136話 王宮での日々とお見舞い③
「エレノア―!!あんたって子は!親を心配させるんじゃないわよ!!」
「お母様…」
部屋に入って来て開口一番、プンスカ怒りながらそう告げたのは、私の実母であるマリア母様だ。
実はマリア母様、私が昏睡状態の時も、度々王宮にお見舞いに来ていたらしいのだ。
でも、いくら私の実母であっても、王家直系達や聖女様の暮らすプライベートエリアには入る事が出来ず、ずっとやきもきしていたらしい。
だから、元気そうな娘の姿を目にした途端、ホッとしたような表情を浮かべながら、速攻私に抱き着いた。
「ああ、良かった!あんたが無事で!全くもう、女の子が無茶するんじゃないわよ!」
「…御免なさい、お母様」
――実母だけど、抱き締められた記憶が無い人。
でもこうして抱き締められると、やっぱり私のお母さんなんだ…って、凄く実感する。…あ、ヤバイ。涙腺が緩んじゃう。
「お袋、エレノアが目を覚ましたら、すぐ連絡寄越せって言ってた割に、来るの遅くねぇ?」
クライヴ兄様の言葉に、母様は心底嫌そうに顔を顰めた。
「仕方ないでしょ!私の実家が煩かったんだから!」
「母様の実家?」
「そうよ。私の生まれ育った家!バッシュ公爵家の分家筋の筆頭であるグロリス伯爵家よ。そこのご隠居…ってか、私の父親がね、煩い事言って来たから、行きたくなかったけど里帰りして釘刺していたのよ!」
マリア母様の父親…って事は、私のお祖父ちゃん!?
おお…!今迄一度もお会いした事も話にのぼる事も無かったけど、やっぱりいたんだ。私の母方の祖父!(そりゃいるか)
ちなみに父方の祖父…つまりアイザック父様のお父様は、アイザック父様が若い時に病で亡くなってしまったのだそうだ。それでアイザック父様、学院を卒業してすぐに、当時は侯爵家だったバッシュ家を継いだんだって。
「へぇ…。それで?なんて言って来たんだ?」
「それがねぇ、うちの孫とエレノアを婚約させろってさ!ああ、安心しなさい。勿論スッパリお断りしといたわよ?オリヴァーやクライヴがいるから出番ないってハッキリとね!…でも無駄に血統主義だからね、あのジジイ。今後も煩く言ってくるかもしれないわねぇ…。アイザックがキレる前に止めてくれたらいいんだけど」
か、母様…!自分の父親をジジイ呼び…って!
マリア母様の話によれば、グロリス伯爵って、アイザック父様の叔父に当たる方らしい。
で、自分の娘を本家の嫡男に嫁がせたのは良いけど、子供が母様だけだったから、嫁に行く前にグロリス伯爵家の跡取りをと、養子にした遠縁に当たる現当主を母様に宛がい、子供を作らせたのだそうだ。
母様曰く、祖父はこのアルバ王国では珍しい、男性血統至上主義者で、女性は子供を産む為の道具…とまではいかなくとも、女性の価値は、その美しさと子供をどれだけ多く産めるかによる…って感じの人なんだそうだ。
ちなみに数は多くなくとも、そういった考えの人は、この貴族社会には一定数存在するそうだ。
まあ、そりゃそうだよね。いくら女性至上主義なこの国であっても、考え方は人それぞれだし、女性の敵とも言われている第三勢力だって、しっかり存在しているんだし、誰もが『女性大事』な一枚岩じゃないよね。
「まぁねぇ…。若気の至りというか、そいつも顔だけは抜群に良かったから、子供作るのもやぶさかじゃなかったんだけど…。あのジジイが養子に見つけてきただけあって、考え方がジジイにそっくりでさ。すぐ嫌になっちゃったのよねぇ…」
「そ、そうなんですか…」
この愛の狩人たる母が嫌になる相手って、どんな性格しているんだろう。逆に凄く気になるなぁ。
「だから子供作ってからは、極力接触していなかったんだけど、ここにきて再三、うちの孫とエレノアとの婚約を認めろって、しつこく言って来るようになっちゃったのよ。多分だけど、エレノアの活躍聞いて、急に色気出しちゃったのよね」
――…どうやら私の祖父、色々難アリな人らしい。成程、だから今迄父様がお爺様に会わせようとしなかったんだな。
しかしそうか…。ひょっとしたら、親戚の中にも兄弟いるとは思っていたけど、やっぱりいたんだね。
ってかこの機会に、オリヴァー兄様やクライヴ兄様の他にも私の兄弟、何人いるのか是非とも聞いてみたい気がする。
「全くねぇ…。エレノアがあの例の眼鏡を付けていたから、今迄全く接触して来なかったってのに、眼鏡を外したら私ばりの美人になったからって、急に色気出してくんなっての!ほんっとう、最低!」
「え?母様。私のあの眼鏡の事、知っていたんですか?」
「当たり前でしょ!?お茶会に行くたびに『お母様はお美しいのに、お嬢様は残念な事ですね』って嫌味言われてたのよ?!知らない方がどうかしてるわ!…全く…。でもそのお陰で、あいつらが婚約だなんだと口出してこなかったから、敢えて放置していたのよ。じゃなかったら今頃あんたの婚約、全員白紙に戻して、ついでにアイザックとも離婚していたわよ!」
プンプン怒っているマリア母様を見ながら、私と…そしてクライヴ兄様が汗を流した。
…うん、この母様だったら有言実行しそうだ。
『でも…という事は…』
クライヴ兄様はともかく、ひょっとしたらオリヴァー兄様は、その事まで計算していたのかもしれない。
だってあのオリヴァー兄様なのだから。私のお爺様の事や、グロリス伯爵家の内部事情も、絶対把握していただろうし。
…っていうか、愛の狩人たる母様が、そういう嫌味を言われても私にあの眼鏡を外せって言ってこなかったのが凄い!イメージ的に、言われた瞬間切れて、バッシュ公爵家に怒鳴り込んできそうだったもん。
『以前兄様が、母様は子供達にちゃんと愛情を持っているって言っていたの、本当だったんだ…』
だからこそ、自分が私の所為で色々言われるのも我慢してくれたし、今もこうして、ちゃんと心配して駆け付けてくれてるんだ。
「母様、大好き!」
満面笑顔でそう言えば、母様はまんざらでもなさそうな顔で、私の頬をツンツン突いた。
「おや、それは残念。婚約が白紙に戻っていたら、僕も苦労しなかったのに」
――こ、この声は…!
その場の全員で一斉に声のした方向を見てみると、やはりなアシュル殿下がにこやかに微笑みながら立っていた。
「アシュル殿下!」
「まあ!王太子殿下!?」
母様が、慌てて立ち上がり、カーテシーをすると、アシュル殿下はそれをやんわりと制止する。
「ああ、そのままで。バッシュ公爵夫人。御息女の寝室に突然立ち入りました非礼、どうかお許し下さい」
「…アシュル。何しに来たんだ?」
クライヴ兄様。すっかり話し方が素に戻っています。
でもこれ、ちゃんとアシュル殿下が許可したんだよね。プライベートな空間では、友人として接して欲しいって。だから兄様がこんな口調で話しても、不敬にとられる心配はないのだ。
「んー?こないだのディランのやらかしのお詫びをしに来たんだよ」
アシュル殿下も、クライヴ兄様相手では途端、口調が砕ける。
いつも完璧な王太子の姿とはまた違った、こういう姿…実は何気にドキドキします。
これも所謂ギャップ萌えってやつなのかな?
「それなら口伝で、しっかり詫びは受け取ってるから、わざわざこっち来んな!戦後処理の詰めで忙しいんだろお前!」
「やだなぁ、美しいご令嬢に会いに来る事より、優先する事案がこの僕にあるとでも?」
「盛り盛りにあんだろが!お前、自分の立場考えろ!」
バチバチバチ…と、ひとしきり睨み合った後、アシュル殿下は穏やかな笑みを浮かべながら母様の方へと向き直った。
「それと、エレノア嬢のお母上がいらしているって聞いたから、ご挨拶にね。改めましてバッシュ公爵夫人。お会い出来て光栄です」
そう言うと、アシュル殿下は母様の手の甲へと口付ける。
そのスマートな一連の流れと言ったら…。あの母様が、真っ赤になってぽーっと見惚れていますよ。
「は、初めまして、アシュル王太子殿下!我が愚息と不肖の娘が、ご迷惑をお掛け致しておりますわ」
「いいえ。実に素晴らしい御子息と御息女をお持ちです。
「あ…あらまぁ…!」
…お母様、その何かを察したようなキラキラしい顔、こちらに向けないで下さい。横にいるクライヴ兄様から、ものっそ冷たい、凍えそうな冷気が漂って来ていますからね?!
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お見舞い第二弾です!
今回は実の母親&アシュル殿下ですvしかも続きます。
オリヴァー兄様がいたら、アシュル殿下とマリア母さんなんて最悪な組み合わせ、何が何でも阻止していた事と思われます。クライヴ兄様頑張れ!
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