第133話 【閑話】我が愛しの姫騎士

俺の名前はオーウェン・グレイソン。

第一騎士団隊長ゼア・グレイソンの息子だ。


そして俺は今、その父の前に立ち、とある決意表明を行おうとしている。


「父上。俺はとある方に、騎士の剣を捧げたいと思っております」


『騎士の剣を捧げる』


これは生涯尽くし、お守りすると心に決めた主君へと、永遠の忠誠を捧げる騎士だけが行う誓いだ。


そしてもう一つ。

愛する女性に生涯変わらぬ愛情を誓うという意味合いも併せ持つ。


俺は生涯ただ一つの忠誠を…そして愛情を、彼女に捧げたい。


――エレノア・バッシュ公爵令嬢。


誰よりも気高く、美しい…そして決して届かぬ高嶺の花に。






俺が彼女の事を初めて知ったのは、俺の元婚約者が参加した、リアム殿下の誕生日を祝うお茶会での話を聞いた時だった。


ケバケバしい装いに奇抜な髪型。顔全体を覆うほどの大きな眼鏡。


そして何より呆気にとられたのは、その美貌と優雅な物腰、そしてずば抜けた優秀さから『貴族の中の貴族』と謳われ、未来の宰相と囁かれているオリヴァー・クロス伯爵令息と、かの名高き『ドラゴン殺しの英雄』グラント・オルセン子爵。その彼の才能と資質、そして冴え渡る氷のような美貌、全てを受け継いだとされる実の息子、クライヴ・オルセン子爵令息。


この両名を、あろう事か酷い態度と我が儘で振り回していたという事だ。


なんでも元婚約者の話しによれば、彼女は親の権力を使い、彼らを自分の婚約者にしたばかりか、彼らを振り回して悦に浸っているというのだ。


貴族の女子が我が儘なのは当たり前の事なのだが、元婚約者から聞いたバッシュ公爵令嬢の言動は聞くに堪えないものだった。


だから、王太子殿下に揶揄われ、その場から彼女が走り去っていったと聞いた時には、騎士を目指す者としては失格だろうが、思わず溜飲が下がったものだった。


…だから、俺は容易く元婚約者の讒言ざんげんを真に受けてしまったのだ。


――愛しい婚約者を無実の罪で貶めた、非道で悪辣な少女。


お茶会のすぐ後行われた突然の粛清に、元婚約者とその家が巻き込まれたと聞いた瞬間、そう思い込んだ俺は、元婚約者がでっち上げた冤罪話を信じ、あろう事か大勢の衆目の中で彼女を罵倒し、貶める発言を繰り返してしまったのだった。


結果、俺はリアム殿下の口から真実を知らされた。


真に罪があったのは元婚約者の方であり、むしろバッシュ公爵令嬢は、身を挺してリアム殿下をお救いしただけだったのだ。


俺はその事実に打ちのめされた。


法を遵守し、王家を、そしてこの国に生きる民を守るべき騎士の家系に生まれながら、盲目的に信じたい者だけを信じ、しかも国の宝でもある一人の女性を無実の罪で糾弾し、傷付けたのだ。


――ああ…俺はなんて事をしてしまったのだろう。


バッシュ公爵令嬢には、この首を差し出し詫びても足らない。なによりこの不名誉は、グレイソン家そのものにも及ぶに違いない。


――いっそ、この場で自決し果てたい…。


そんな絶望感に打ちひしがれていた時だった。バッシュ公爵令嬢は、自らが俺に罰を与えると言い出したのだ。


しかもその内容は「卒業するまでの間、上位10名であり続けること」である。


それを聞いた時は、思わず我が耳を疑ったものだった。


自分を侮辱した相手に憤る事も罵倒する事もせず、告げられたそれは、自分自身で地に堕とした名誉と誇りを、己の努力と誇りをかけ取り戻せという、バッシュ公爵令嬢の厳しくも思いやりに溢れた、温情ともとれる措置であったのだ。


我知らず、涙が後から後から溢れ、零れ落ちていく。

そんな俺に対し、彼女は朗らかに笑いながら言い放った。


「大丈夫、失恋の傷は、新しい恋で癒すのが一番!頑張って卒業まで上位10名で居続ければ、きっと卒業後は、恋人でも婚約者でも選びたい放題よ!頑張って!」


――一瞬、俺だけでなく、その場に居た全ての者達が固まった。


…この一件で、バッシュ公爵令嬢は噂と違い、思いやりのある素晴らしい女性である事が密かに知れ渡った。


それと同時に、非常に変わり者なご令嬢であるという事実も…。





それから一年間。同じクラスで共に学び、接しているうち、俺は益々バッシュ公爵令嬢に惹かれていった。それは他のクラスメイト達も同様だったろう。


飾らぬ言葉。誰に対しても変わらぬ、気取らない優しい態度。それは今まで接してきた女性達の誰とも違っていて…。


彼女の傍に当たり前のように在る婚約者達や、親しく接する王族の方々に対し、ともすれば嫉妬の視線を向けてしまいそうになってしまう。


その度に、俺は自分自身を戒めるのだ。


幾ら許されたとは言え、想いを向ける事など許される立場ではないのだと。

それこそが己に課された罰なのだと。





――バッシュ公爵令嬢が獣人の王女達と戦う。


そう伝達を受け、俺とクラスメイト達は彼女を救うべく、殿下方に直訴を願い出た。


王族に直訴など、下手をすれば厳しい罰を受けるような行為だが、それらの咎は全て自分が被るつもりだった。


自分が今、ここにこうして在れるのは、ひとえにバッシュ公爵令嬢のお陰だ。だから彼女が救われるのなら俺など、どうなったって構わない。


だが、俺や周囲の焦燥や憤りは、バッシュ公爵令嬢が現れた時に霧散した。


その艶やかでありながらも騎士のように勇猛な装い。

帯刀し、凜として佇むその姿に目が釘付けになる。


その姿はまるで、女だてらに剣を取り、数多の魔物から国を救った英雄『姫騎士』


古から語り継がれ、アルバ王国の男なら誰もが目にしたことのある童話の主人公そのものだったからだ。


そして始まった戦いは、あまりにも意外な事に、バッシュ公爵令嬢が獣人達を圧倒していた。


次々と繰り出される、未知の剣技と技に、会場中の男達全てが声も無く、ただただ魅了されていく。

それは、会場中に配置された騎士達も同様であったようで、皆が食い入る様に、彼女の一挙一動を息を詰めて見つめていた。


更に『戦闘狂バーサーカー』の二つ名で呼ばれているマロウ先生もが興奮を隠していない。


いつも飄々としたその様子からは想像も出来ない程、その顔は興奮に満ち溢れていて、傍から見て恐いぐらいだった。

(後に、彼は元から、姫騎士への憧れが滅茶苦茶強かった事が判明した)



…そうして訪れた、絶体絶命の瞬間。


晒された彼女の素顔に、俺は呼吸どころか心臓すら止まる程の衝撃を受けた。


艶やかに波打つヘーゼルブロンドの髪、強い意志を湛えた、インペリアルトパーズのように煌めく瞳。


淡い光に包まれたその姿は、まるで女神のように神々しく美しかった。


そして熟練の騎士のみが使えるとされる、魔力を剣に込める技。それを彼女は難なくこなし、遂には獣人の第一王女に自らの力で打ち勝ったのだった。



――伝説の姫騎士は実在した!



数日ぶりに学院に登校した時、皆の話題はバッシュ公爵令嬢一色だった。


それはそうだろう。女性が実際剣を用いて戦い、格上と思われていた相手に勝利したのだ。


加えてあの美しさ…。実際にその雄姿を見た者達が興奮し、浮かれるのも無理のない事だった。


しかも加えて、まるで名も無き小さな花が、咲き誇る大輪の薔薇になったかのような、あの凄まじいまでの変化。あれに撃ち抜かれない男は、この国にはまず存在しないだろう。


同時に、彼女のあの姿を封印していた、彼女の婚約者達の凄まじい執着と猛愛に背筋が凍る思いでもあった。

あんなにも美しく咲き誇る花を、わざわざあのような姿に貶めてまで隠そうとするなんて…。


今現在、バッシュ公爵家には、婚約の申し込みが殺到しているらしく、あのオリヴァー・クロス伯爵令息が、傍目から見て分かる程に苛ついている。


父上の話によれば、王宮に保護されているバッシュ公爵令嬢は未だに目覚めないようだから、その心配も勿論あるのだろうが…。一番は、山のように連日舞い込んで来る婚約話に辟易しているのだろう。





「…オーウェン。お前が騎士の剣を捧げる相手は、エレノア・バッシュ公爵令嬢か?」


父上が俺を見ながら静かにそう問いかけてくる。俺はその言葉に、ハッキリと頷いた。


「お前が戦わなければならないのは、あの婚約者達だけではないぞ?王族はもとより、名だたる貴族達全てが望む相手だ。それでも挑むのか?」


「はい。僕はもう、決して迷いません!」


僕の言葉に、父上はどこか満足気に頷いた。


「いいだろう。彼の『姫騎士』相手に、どれだけ出来るかやってみるがいい。骨は拾ってやるから安心しろ」


「有難う御座います!父上!」


――叶わぬと、一度は捨てた想いだった。


それでも、俺の胸には一つの決意が固まっていた。


そう、アルバの男は、「これぞ」という女性に巡り合ったら、例え叶わぬ相手であろうとも、その愛を得ようと全身全霊で努力し挑むのだ。


彼女を愛する婚約者達、そして王家直系達…。


彼らと戦って、彼女を…バッシュ公爵令嬢を得られる確率なんて、ほぼほぼ無いと言っても過言ではない。


だが、それでも戦う前に諦めたくなんてない。

例え無駄でも、勝ち目がなくとも、俺は全力で足掻く。


夫や恋人は無理でも、せめて我が愛しの姫騎士に『騎士の忠誠』を捧げられるように…。




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ちょっと閑話を挟んでみました。

覚えているでしょうか?入学式の時にエレノアに突っかかって来た彼です。

今回、第三者の目線での話という事で、オーウェン君視点でのお話です。

エレノア…。学院に登校したら、物凄い事になりそうですねv

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