第130話 けじめのつけ方①

「エレノア!!」


「わっ!!」


聖女様と入れ替わる様に、私の枕元に突進して来たのは、青銀の髪と瞳の超絶美少年だった。


「リ、リアム!?」


「エレノア…良かった…!お前がずっと目を覚まさなかったから…。俺…俺、凄く不安で…!」


透き通るような美貌が、クシャリと泣きそうに歪む。

突然の顔面破壊力にやられ、わたわたと慌ててた私は、咄嗟にリアムの頭をよしよしと撫でてしまった。


「だ、大丈夫!ほら!私、こんなに元気だから!ね?だから、泣かないで?」


「エレノア!!」


感極まったというように、リアムが私に抱き着く。


「ひゃぁっ!」


いきなりの抱擁に、私は毛穴という毛穴から一斉に湯気が噴き上がり、全身真っ赤になってしまった。まさに瞬間湯沸かし器!


「リアム!!」


次の瞬間、セドリックがベリッと私からリアムを引き剥がすと、上半分がどす黒い影に覆われた顔でニッコリ微笑んだ。


「よりにもよって、婚約者である僕の目の前で何やってくれてんの?僕だっていつもみたく・・・・・・、思い切り抱き締めて全力でキスしたいのを必死に我慢してるっていうのに!」


「…い…いや、感極まってつい…。って、お前!何気に婚約者特権、自慢してんじゃねーよ!!」


末っ子達の攻防を他所に、またしても物理的にキラキラしい面々が、ワラワラと私の周囲へとやって来た。


――ロイヤルの来襲再びー!!


うわぁぁぁ!!さ、さっきのリアムもそうだけど…全員お父様方とそっくり!!(当たり前だが)


真っ赤になり、あうあうとしている私の手を、アシュル殿下がそっと優しく握りしめた。


「エレノア嬢…。ああ…良かった!君が目を覚まさない間、生きた心地がしなかったよ。また倒れたそうだけど…大丈夫?ああ、愛らしい顔が真っ赤だ。熱とか出ているのかな?苦しくない?」


そう言って心配そうに、そして蕩けそうに熱を孕んだ瞳で顔を覗き込んでくるアシュル殿下。


ち…近い!近いです!!甘い美貌が視界にブッ刺さってくる…ッ!やめて!それ以上近付かないで!目がっ!…目が潰れるからっ!!


「ああ、俺のエル…!良かった。お前がこのまま目覚めなかったら、死んで詫びても足りねぇと思っていたんだ!…本当に…無事でよかった…!」


デ、デ、ディラン殿下…ッ!!せ、精悍な美貌が切なげに歪んで…。なんかちょっとエロい!って、あああっ!ちょっ、待って!貴方もなに顔近付けてきてんですか!?そ…っ、なっ!?ほ…頬に…手を…!?きゃーっ!!び、び、鼻腔内毛細血管の危機ー!!


真っ赤になって、目をクルクル回している私の前に、相も変らぬ黒いローブ姿のフィンレー殿下が近寄って来た。


「…エレノア嬢。…無事…?」


――済みません、ちょっと今、無事ではありません!!


なんて事は言えず、めっちゃ無表情なフィンレー殿下の問い掛けに、私は言葉も無く、コクコクと頷いた。


…えっと?フィンレー殿下。な、なんか怒ってますか…?


「大丈夫だよ、エレノア嬢。フィンは感情が爆発すると、あんな感じになっちゃうんだ。フィン?ほら、お前もずっとエレノア嬢を心配していたんだから。ちゃんと言葉にして、本人に伝えてごらん?」


クスクス笑いながらアシュル殿下にそう言われ、フィンレー殿下の顔に朱が走る。

そしてそのまま、フイッと顔を逸らしてしまった。


「――ッ!!」


――…う…うわ…っ!ヤンデレのデレだ…!す、凄い破壊力…!


フィンレー殿下の思わぬ姿に、私の胸がトゥンクと高鳴り、顔も更に真っ赤になってしまった。


なにこれ、尊い!以前、グイグイ迫られた時よりクルわー!!


「…殿下方…。そろそろいい加減、僕のエレノアから離れてくれませんかね…?」


地を這うようなドスの効いた声に、沸騰寸前だった脳が瞬時に沈静化し、背中に冷たいものが流れ落ちる。


恐る恐る横を向いてみれば、案の定。背後にドス黒いオーラを一身に纏ったオリヴァー兄様が、にっこり笑顔をこちらに向けて仁王立ちされているではないか。


って言うか、笑っているのは口だけで、目が…兄様の目が全然笑ってません!!真っ赤です!深紅です!!


ああっ!は、背後から暗黒オーラが更に噴き上がって…!

いやぁぁぉ!兄様やめてー!魔力滾らせないで!!


「やれやれ、全く君って狭量だね。番狂いの獣人じゃあるまいし、心配しているのは皆同じなんだから、少しぐらい我慢出来ない訳?心の狭い男はみっともないよ?」


ち、ちょっ…!フィンレー殿下!?兄様煽るの止めて下さい!


「みっともなくて結構。殿下方には多少の恩義がありますから、今迄我慢していたんです。…ですがこれ以上不用意にエレノアに触れたりしたら…。筆頭婚約者として、絶対に許しませんよ?」


「ほぉ…?どう許さねぇってのか、是非とも教えて欲しいところだなぁ…」


ディ、ディラン殿下!?なんですか、その不敵な笑みはっ!?口調もなんかオラオラ系に!?


ああっ!オリヴァー兄様とディラン殿下の間で、紅いプラズマがクラッシュしてる!!や、ヤバイ…!そういえば二人とも、『火』の属性同士…!こ、ここはクライヴ兄様が『水』の魔力で沈静化を…。


って、クライヴ兄様!?いつの間になんでアシュル殿下と良い笑顔で睨み合ってるんですか!?お、お互いここは、長男として弟達を諫めるべき所なんではないでしょうかね!?


…ん?あれ?なんか頭に感触が…って、フィンレー殿下!?


あわわ…!フィンレー殿下が…私の頭を撫でている!?何で!?し、しかも、めっちゃ無表情に頭撫でてますね!あ…でも目元が凄く優しい…。


「…君ってさ」


「は、はひ?」


「月明かりの下で見た時も美しかったけど…。こうして明るい日の光の下で見ると、一層綺麗だね。キラキラ光るこの瞳も、恥じらう薔薇色の頬も…。うん、たまらなくそそられるよ…」


――きゃーっ!!!


ふ、ふ、ふぃんれーでんかっ!デレから一転、ヤンの方がキレッキレに!?そ、そして不意打ちの流し眼キター!!


「…あれ?薔薇色どころか、林檎みたいに頬っぺが真っ赤だね。…ふふ…。思わず齧り付きたくなっちゃうぐらいに美味しそうだ」


ひあああぁ…!動悸息切れ眩暈が…!こ、このままでは真面目に命が危ない!

ああ…でも、でもっ!目が逸らせられない…!まさに気分は蛇に睨まれた蛙!!誰か早く!早く私にタオルを…っ!!


「フィンレー殿下!どさくさ紛れに何やってんです!!」


「フィン、てめぇ!ちゃっかり抜け駆けしてんじゃねーよ!!」


オリヴァー兄様とディラン殿下が、青筋浮かべながら、こちらを同時に振り向いた。

あっ、フィンレー殿下、ディラン殿下に首根っこ掴まれて、盛大に舌打ちしてる!し、しかも今度は三人で睨み合ってるし!


と、取り敢えず、私の命は助かったけど…。やばい、めっちゃカオスだ!


――こ、こうなったら、聖女様!!この場を収められるのは貴女しか…!


「あらあら!エレノアちゃんたら、モテモテね♡ここにきて、こんな王道青春シチュエーションが見られるなんて…。なんだか私までドキドキしちゃうわ!」


私はガックリと肩を落とした。


…駄目だ。聖女様、完全に楽しんでる。なんかメイデン母様やオネェ様方を思い出すなぁ…。



「お前達、そこまでにしろ」



一触即発な状況にキャパオーバーとなり、現実逃避をしていた私の耳に、威圧感たっぷりな声が聞こえてくる。


――と同時に、それまで互いに睨み合っていた兄様方やセドリック、そして殿下方が一斉に姿勢を正すと、ある一点に視線を集中させた。


『え…?!』


見ればいつの間にか、部屋の中には国王陛下や王弟方、そしてグラント父様とメル父様が入って来ていたのだった。


ヤバイ…。自分事に精一杯で、いつ入って来たのか気が付かなかったよ…。


「アシュル、ディラン、フィンレー、リアム。…そして、オリヴァー・クロス、クライヴ・オルセン、セドリック・クロス。…お前達には色ボケる前に、やるべき事があるのではないのか?」


国王陛下の厳しいお顔と言葉に、名を呼ばれた殿下方や兄様方、そしてセドリックが一斉にその場で深々と礼を取った。


そのビリビリと肌が痺れるような威圧感に、思わず喉が鳴る。さ…流石は国王陛下。〆る時は〆ると…。ああでも、騒動が収まって本当に良かった!


――あれ?でも、『やるべき事』って、一体なんだろう?


「…アイゼイア。それは本当に、やらなければならない事なのかしら?」


そう言いながら顔を曇らせる聖女様に対し、国王陛下の表情は変わらなかった。


「アリア。この子達に責が無いのは、私達とて十分分かっているよ。だがこれは、我々アルバの男達のけじめのつけ方なんだ。…それに、この子達自身が望んだ事でもあるしね」


――けじめ?けじめって、一体何なんだろう?


「エレノアも目が覚めた事だし、クライヴ。今からいいな?」


「…ああ。ウィル、ジョゼフ。俺が戻るまでの間、エレノアの事を頼んだぞ?」


「僕からもお願いするよ。二人とも、後は任せたよ」


「若…!オリヴァー様…!」


「はい。旦那様もいらっしゃいます。お二方…どうか、心置きなく。セドリックお坊ちゃまも…!」


「うん、有難うジョゼフ」


え?え?い、一体…何を話しているの?なんかその…。ウィルもジョゼフも物凄く不安そうな顔してるんだけど。

しかも兄様方もセドリックも、私と暫く会えないような口ぶりなんですけど…?


訳が分からないまま、私は答えを求め、聖女様の方へと顔を向ける。


すると、不安そうに息子達を見つめていた聖女様が私の視線に気が付き、眉を下げながら私の方へと顔を向けた。


「エレノアちゃん、あのね。私の息子達と貴女のお兄様方やセドリック君、これから自分のお父様方と手合わせをするのよ。…互いに、一切手加減無しでね」


「え…!?」


――一切、手加減しないって…。


え?だ、だって兄様方、父様方と手合わせ(と言う名のしごき)したって、いつも軽くいなされているのに…。い、いや、最近はそれなりに反撃出来ているけど、でもそれだって父様方は多少手加減していて…。


それを手加減無しって、どういう事!?というかそんなの、兄様方もセドリックも、絶対無事では済まないよ!それに、リアムやアシュル殿下方だって…。


見ただけで何となく分かるけど、国王陛下や王弟殿下方…確実にアシュル殿下方よりも強い筈だ。


なんてったって、この国の選ばれしDNAの頂点なんだから。それが、全力で手合わせをするって…。そんなのまるで制裁じゃないか。


そこで私は唐突に気が付いた。


『アルバの男のけじめ…。しかも、兄様方やセドリック、そして殿下方がそれを望んだって…』


――まさか…!?


「ひ…ひょっとして…。私が怪我をしたから…。兄様方やセドリックや殿下方は、自ら望んで手合わせを…?」


視線が一斉に私に集中する。


皆、何も言わなかったが、それが何よりの肯定と気付いた私は、頭の中が真っ白になってしまった。



=================



遂に、ロイヤルズと婚約者ズとのガチバトル前哨戦ですv

オリヴァー兄様にしては、かなり我慢した方ですね。

そして、相変わらずちゃっかりいい味出しているフィンレー殿下でした(笑)

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