第129話 本当は…。
「ブハッ!」
恥ずかしさのあまり、そのままの状態で顔を上げられなくなった私だったが、誰かが噴き出す声と共に、ベッドにバフッと何かが倒れ込んだような衝撃が…。
恐る恐る顔を上げると…。
なんとそこには、身体を小刻みに震わせながら、ベッドに突っ伏す聖女様のお姿があったのだった。
――え?なに?これってどんな状況?
慌てて周囲を見回すと、聖女様だけではなく、何故かみんな、俯いて震えていた。…あ、ミアさん達も、部屋の隅っこでしゃがみ込んで震えている。
…うん。みんな必死に笑うのを耐えてくれているんだね、有難う。
でもね、耐えなくていいから!その優しさ、むしろいたたまれないから!
どうせだったら一気に爆笑してやって下さい。その方が私も「失敗したけど笑いは取れた!」って開き直る事が出来るから!
「…ご…ごめんなさい…。い、いいのよ…そんな…。私はやるべき事をやっただけですから…ね?」
聖女様…。まだ肩がプルプル震えて涙目になっているけど、お優しいお言葉、有難う御座います。
それにしても今気が付きましたが、リアムの笑い上戸って聖女様譲りだったんですね。
「ああ、でも本当に元気になってくれて良かったわ!それと、貴女にはこの国の『公妃』として、心からの感謝と謝罪を…。本当に…ごめんなさい!」
先程まで笑いを耐えていた表情を一変させ、聖女様は憂いを帯びた表情でそう言うと、私の手をそっと優しく包み込んでくれた。
その感謝と謝罪は間違いなく、私が獣人の王女達と行った『娶り』の戦いの事だろう。
「聖女様!やめて下さい!聖女様も…父様も兄様方やセドリック、それに殿下方や国王陛下方も、誰も悪くなんてありません!…私は…私は…自分の為に戦ったんです!あの横暴でネジの緩んだ王女達に一発入れ…いえ、ブチのめし…いえいえ。と、とにかくですね、私自身が戦いたかったから戦ったんであって、強制なんてされていなくて…その…」
あっ!聖女様が再び俯かれて肩を震わせている!
…ん?横から何か圧が…。
ああっ!オリヴァー兄様とクライヴ兄様、とっても良いアルカイックスマイルを浮かべてる!
「お前…もう黙ろうか?」って声なき声をビシバシに感じます!…うう…も、申し訳ありません…。
恥ずかしさのあまり、真っ赤になって俯いてしまった私の頭を、聖女様がそっと優しく撫でてくれる。
「ふふ…そうね。貴女は貴女自身の、譲れぬものの為に戦ったんですものね。それじゃあ、言葉を変えるわ。…本当に、よく頑張ったわね。とても格好良かったわ!本当は怖かったよね?辛かったでしょう?それでも貴女は戦い抜いた。同じ女として、そしてこの国で生きる一人の人間として、私は貴女を心の底から尊敬し、誇りに思うわ!」
そう言って、ニッコリ笑ってくれた聖女様を見た瞬間、私の瞳からポロリと涙が零れ落ちた。
――…そう、私は本当はとても恐かった。
実際に人と戦って、本気の殺意をぶつけられて、死ぬかもしれないと何度も思った。
それでも諦めずに戦えたのは、大切な人達の元に帰りたいっていう、その一心からだった。
ポロポロと、とめどなく涙を流す私を、聖女様は「あらあら」と優しく笑いながら抱き締めてくれた。
それがまるで、実の母親に抱き締められているようで…。
不敬じゃないかと思いながらも、私は聖女様にしがみ付き、そのまま声も無く泣き続けたのだった。
「…もう、大丈夫かしら?」
「…はい…」
優しく頭や背中を撫でられている内、ようやっと涙が止まった私は、のろのろと聖女様の胸から離れる。
――が、もう子供と呼べる年齢ではないのに、よりにもよって他人のお母様(聖女様ですが)の胸で大泣きした気恥ずかしさから、私は中々顔を上げる事が出来ずにいた。
そんな私の髪に、聖女様が優しく口付けを落とした。
すると、フワリと何か温かいものに包まれていくような感覚の後、身体が物凄く温かくなっていく。
しかも泣いた所為で、自分でも分かる位にむくんでいた顔が、目元を中心にスーッと腫れが引いていき、思わずぱちくりと目を瞬かせてしまった。
――これが…聖女様の癒しの力…?
「さ、これで良いわ。エレノアちゃん、貴女の可愛いお顔を私に見せてくれる?」
そう言われてしまえば、顔を上げない訳にはいかない。
私は気恥ずかしさと必死に戦い、モジモジしながら真っ赤な顔を上げ、聖女様と視線を合わせた。
「――ッ…!!」
すると何故か、聖女様は息を呑んだ後、片手で顔を覆って再び俯いてしまった。
え?あれっ?ど、どうしよう。ひょっとしたら顔、まだむくんで酷かったのかな?
「せ、聖女…さま?」
「…お…」
――お…?
「女の子…最っ高…!!」
「はい?」という間も無く、頬を染めた聖女様は、私の身体を思いっきり抱き締めた。
「ああっ、可愛い!!なんなの!?その恥じらう上目遣い!全くもって、可愛すぎ!うちは男の子ばっかりだから、物凄く新鮮!!ああ…。やっぱり女の子出来るまで、もうひと頑張りすれば良かったかしら?!…いえ、でもそんな事言ったら、あのケダモノ達が無駄に張り切りそうだわ。…ッ…!でも…でもっ…!」
「…あ…あの…聖女様?」
見えないハートが飛び散っているような興奮状態で、私をぎゅうぎゅう抱き締める聖女様に対し、オリヴァー兄様が遠慮がちに声をかける。
そこでやっと我に返ったのか、聖女様は慌てて私の身体を解放した。
「あっ!ご、御免なさい!あんまりにも可愛らしくてつい…」
あ、オリヴァー兄様とクライヴ兄様が「そうだろう」って顔で同時に頷いている。その横で、セドリックやジョゼフも、うんうんって頷いて…。ってウィル、頭振り過ぎ!酔うぞ!?
「い…いえ!大丈夫です!…あ、あの…。ところで、国王陛下方や父様方は…?」
顔を火照らせたまま、そう問いかけると、聖女様はちょっと怒ったような顔になった。
「ああ、病み上がりの
え?野郎共…?あいつら…?
せ、聖女…さま。な、なんか口調も雰囲気もめっちゃ砕けておりますが…?
そ、そう言えばさっき、国王陛下方の事を『ケダモノ達』って言っていたような…?
そしてこの場にいない所を見ると、その無神経野郎共の中に、しっかりメル父様とグラント父様も混じっていた模様。…って、アイザック父様もいないんだけど、ひょっとして一緒に追い出された?
「ああ、貴女のお父様のバッシュ公爵様だけは追い出していないのよ?ただね、貴女が無事目を覚まして、張っていた気が緩んだのか、あの後倒れてしまわれたの。今はそこの続き部屋で休まれているわ」
「えっ!?と、父様が!?」
動揺する私に、聖女様は安心させるように優しく微笑んだ。
「大丈夫よ。ただの疲労の蓄積だから。私が癒しの力を施しておいたから、目が覚めたら元通り元気になっている筈よ」
「そ、そうなんですか…。有難う御座いました!」
どうやら父様、この数週間まともに寝ておられなかったばかりか、食事もろくに取っていなかったらしい。
父様…。つくづく、親不孝な娘で申し訳ありません!そして聖女様、親子そろってご迷惑おかけしました!
で、国王陛下方を追い出した後すぐ、オリヴァー兄様とセドリックを呼んでくれたのも聖女様なのだそうだ。
――ああ…それでか…。
いつもであれば、寝起きのキス一つとっても、かなり濃厚なのを仕掛けてくるオリヴァー兄様とセドリックが、やけに淡白だと思ったんだよね。
ここが王宮だから、多少遠慮しているのかと思っていたけど…。成程。聖女様に遠慮して、あんなリップキス程度で済ませていたんだ。
「だってねぇ、いくらエレノアちゃんが
そう言って、困ったように笑う聖女様は、同性の私でもドキッとするぐらい美しい。流石は
「って訳でエレノアちゃん、今度はうちの息子達とも会ってくれる?」
「あ、はい!」
ボーッと聖女様に見惚れていた為、何の気なしに了解した途端、再びドアが勢いよく開け放たれたのだった。
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聖女様、エレノアの影響か、段々地が出てきておりますv
そして、流石のオリヴァー兄様も、聖女様の前では
遠慮するという事が判明。
次回はいよいよ、ロイヤルズの登場です!
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