第128話 聖女様、再び!

「エレノア…」


――…ん?あれ?何か凄く聞き慣れた声が…?


「エレノア…」


――あ、また…。


…ああ、この声にも聞き覚えがある…。この声も、さっきの声も、私の大切な人達の声で…。



――パチッ

  


「――…!?」


物凄くドアップで、目にも心臓にも悪い、黒髪黒目の超絶美形が私の顔を覗き込んでいる!!…って…。あっ!


「…オリヴァー…にいさま?」


「そうだよ、エレノア」


自分の名を呼ぶ私の声に、兄様はとてもホッとした…嬉しそうな顔で綻ぶ様に笑顔を浮かべた。


――クッ!笑顔が目にブッ刺さる!兄様…いきなり現れてその不意打ちな笑顔、卑怯ではないでしょうか!?


って言うか…。


「…オリヴァー兄様…。お痩せになりましたか…?」


「ん?ああ、ちょっとね。大丈夫、君が心配するような事ではないよ」


アイザック父様程ではないものの、明らかにやつれた様子のオリヴァー兄様に、胸がズキリと痛んだ。


「にいさま…」


罪悪感が湧いて来る。…と同時に、絶世と言っても良い美形っぷりに、アンニュイな色気が加わって、退廃的とも言える凶悪な目潰し的美しさが、まさに私を滅ぼしにかかってくる…!!


何年オリヴァー兄様と一緒にいても、見慣れる事の無い…いや、この顔面凶器に慣れる日は永遠に訪れないと断言できる、なんという、罪深き美しさ!


兄様…。私は『美しさは罪』という言葉を、この世界に生まれ出でて初めて理解する事が出来ました。

妹を視覚的に殺そうとする兄様…本当に罪深いです!大罪です!

あああ…!哀れな子羊たる私に、誰か…誰かタオルを放ってやって下さい!


「…エレノア。いつもの君だって実感できて、凄く嬉しいんだけど…。ちょっと落ち着いて深呼吸しようか?」


「…はい…兄様…」


――兄様、いい加減、妹の心を読まないで下さい。


その哀れな子供を見る様な生温かい視線を見れば、嫌でも分かります。

「確実にこいつ、アホな事考えてる…」って思っているんでしょう!?


うう…。クライヴ兄様の時は、モフモフに気を取られていたせいか、こんなにも動揺しなかったというのに…。って言うか、形状記憶シャツのようにリセットされてしまう、己のか弱いメンタルが心底憎い!


まぁ…。ロイヤルな顔面破壊力にノックダウンされて、弱っていたってのもあるのかもしれないけど。


「エレノア!…よかった…目が覚めて…!!」


兄様の目に痛い視覚の暴力にやられ、ぎこちなく声のした左方向に首を傾けると、少し癖のある焦げ茶色の髪と、澄んだ琥珀の様な優しい瞳を持つ少年…セドリックが、私を涙目で見つめている。


父様に次ぐ、私の癒し要員。…ああ…心が落ち着いていく…。


やはり、ちょっとやつれた様子のセドリックの姿に、私の目も潤んでくる。

御免ね、セドリック。心配かけて…。


「セドリック…」


私に名を呼ばれ、兄様同様、蕩けるような笑顔を浮かべたセドリックに、油断していた私の心臓がトゥンクと激しく高鳴った。


――くッ!セドリック!メル父様ばりの、謎の色気が駄々洩れてるよ?!


そ、そんな優しさを装った、初々しい中にも確実に潜む男の色気を私にぶつけないで!艶やかな流し目止めて!顔赤くなっちゃうでしょう!?

っく…!こ、このままじゃ、鼻腔内毛細血管も耐えられない…からっ!


ま、まったく…!兄弟揃って、病み上がりの私に対し、なんという仕打ちを…!!



――じゃなくて!!



「…オリヴァー兄様、セドリック…。私…お家に帰ってきたの…?」


真っ赤になった私の頬を優しく撫でていたオリヴァー兄様だったが、その手がピタリと止まった。


そんでもって、なんか小さく舌打ちしたような…。あれ?き、気のせい…かな?


「残念ながら、まだここは王宮だよ。…ああ、でも良かった!君がちゃんと目覚めてくれて!」


そう言いながら、再び蕩けるような笑顔のまま、チュッと軽く口付けられた私の顔から火が噴いた。

セドリックも兄様同様、触れるだけのキスを私の唇に落とす。すると遠くで「きゃー♡♡」と小さく、歓喜めいた悲鳴が上がった。


…ミアさん…。あんたらねぇ…。


「オリヴァー兄様…セドリック…」


私は先程父様にしたように、二人に向かって両手を差し出した。


そんな私の意を瞬時に理解したオリヴァー兄様とセドリックは、蕩けるような表情を浮かべ、物凄く嬉しそうに私の身体を交互に抱き締めると、左右から顔中にキスの雨を降らせる。


うう…。ミアさん達の興奮に満ちた眼差しを感じる。めっちゃ恥ずかしい…!けど兄様達同様、私も凄く幸せです…。


…しかし…ここまだ王宮なんですか。そうですか。


「…あれ?そ、そういえば私…」


確か…父様が来て感動の再会を果たして…メル父様やグラント父様ともお話しして…。ロイヤルな顔面破壊力に昇天させられかけて…。その後意識を失ったんだった。


クライヴ兄様は…あ、いた!ベッドからちょっと離れた場所に立ってる。

ジョゼフもウィルも一緒だ。…うん、全員私が元気そうな様子を見てホッとした顔してる。ご心配おかけしました!


あれ?そういえば、肝心の父様方や国王陛下方はいずこに?


「エレノアちゃん。目が覚めて良かったわ!」


鈴の鳴る様な綺麗な声が聞こえ、兄様とセドリックの間から、ひょっこり私を覗き込むように顔を出して来た女性に、私は目を限界まで見開いた。


「お久し振りね、エレノアちゃん。私の事、覚えているかしら?」


そう言って微笑んだ絶世の美女に、私はコクコクと壊れた首振り人形の様に頷いた。


光を含んだ様な艶やかな黒髪と黒曜石のような美しい瞳。まるで女神か聖母のような麗しいその美貌…。


「せ…聖女…さま…」


アルバ王国の崇拝の対象であり、国王陛下や王弟殿下方の『公妃』

この国で最も尊いとされる女性を、忘れる事なんてあろう筈がない。


「聖女様…!」


オリヴァー兄様とセドリック、そしてクライヴ兄様達が、一斉に深々と頭を垂れる。


「ああ、頭なんて下げないで、普通にしていて下さいな。折角の再会の邪魔をしてしまって御免なさいね」


「いえ、聖女様。私どもの宝を救って下さいましたこと、感謝の念に堪えません。この場に居る皆を代表しまして、心からの感謝を捧げさせて頂きます。…まことに、有難う御座いました」


そう言うと、オリヴァー兄様が聖女様の前で膝を折り、深々と頭を垂れた。クライヴ兄様やセドリック、そしてジョゼフとウィルもそれに続く。


そんな彼らを見て、聖女様は慌てたような困った様な表情を浮かべた。


「ああ、本当に頭を上げて?エレノアちゃんの自己回復能力はとても優秀だったから、私はほんの少し、回復のお手伝いをしただけなのよ?」


そう言いながら、聖女様はポカン…とアホ顔を晒している私に視線を移すと、物凄く嬉しそうに微笑まれた。


おおお…!!ご、極上の微笑!エンジェル・スマイル!そのお姿はまさにマドンナ・リリー!!


…衝撃のあまり、脳内がまたアホな事になってしまっている。落ち着け!落ち着くんだ私!!まずはご挨拶!そしてお礼!!


「せ、せ、せいじょ…さまにおかれましては、御機嫌麗しく!…えっと…えっと…あの……あ、ありがとうございましたー!!」


もはや頭が真っ白になった私は、甲子園のマウントに上がった高校野球児よろしく、勢い込んでそう叫ぶと、ベッドに座ったままの状態で、勢いよく頭を下げた。


…だが勢いが良過ぎたか、腹筋よろしく下げた顔面がベッドの掛布にバフッと埋まり、その際、自分の膝に顔を思い切り打ち付けてしまったのだった。


…幸い掛布がクッションになってくれたから、星が舞う程の衝撃は無かったけど、地味に痛い。

なんと言うか…。クライヴ兄様に鍛え上げられた柔軟力を無駄に披露してしまった感じだ。


――シーン…と、その場に静寂が広がる。…ああ…やってしまったぁ…。



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オリヴァー兄様とセドリックが登場です!

やはり二人とも、心労でやつれておりました。…が、

安定のお兄様とエレノアです。

ちなみにクライヴの場合、やつれていたらエレノアを守れないので、

無理矢理食べて寝てました。オカン…健気です。

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