第126話 円卓会議②
『それにしても…』
俺は次期宰相であり現宰相補佐であるアイザックの方をチラリと見やった。
『どうして守ってくれなかった!?何でこの子がこんな目に遭わなければいけなかったんだ!!』
この王宮に運び込まれた、ボロボロで意識不明のエレノア嬢の姿を見るなり、アイザックは娘の身体を掻き抱きながら、そう叫んだ。
こいつの血を吐く様な絶叫は、今も耳にこびりついている。
そして、エレノア嬢の婚約者達や、息子や甥っ子達の、悲痛そのものと言ったように項垂れる様も。
国の為、この国に暮らす民の為…と、アイザックは何よりも愛しい、命よりも大切な娘を王家の策略の一端に組み入れる事を了承した。
デーヴィスの顔に苦渋の表情が浮かぶ。
――…本当に、こいつには酷な仕打ちをしてしまったと思う。
王命が下った時、本当だったら、娘を連れて逃げてしまいたいくらいだっただろう。
だが彼は娘と同じくらい、この国と自分が守るべき民を愛していた。だからこそ、断腸の思いで娘を人身御供とも言える無謀な戦いに向かわせたのだ。
本当に…この親にして、あの娘ありだ。
他の為に戦う事の出来るこの親子の事を、俺は心の底から尊敬し、誇りに思う。
それと反比例するように、獣人達の卑怯な有様には反吐が出る思いだった。
特に最後の第一王女との戦いで、執拗に嬲られているエレノア嬢の姿は見るに堪えず、まさに腸が煮えくり返るといった表現が相応しい程の怒りにかられたものだ。
ゆえに、あの王女達やその側近達には必要最小限の治癒のみしか与えず、『影』の総帥であるヒューバード直々に、尋問と言う名の拷問を受けさせる事にしたのだ。
…まあ、息子達に任せたら、理性が崩壊して殺しかねない…という危惧もあったのだが。
他人を平気で痛めつける事が出来る者達は、総じて自分に対して与えられる痛みには弱い。
しかも我が国の宝…いや、至宝と呼ぶべき少女をあのように甚振ってくれたのだ。影達の『尋問』もそれは容赦のないものであったようで、早々にこちらの知りたかった情報を洗いざらい吐いてくれた。
「アイザック、お前少し休んだらどうだ?ここ数週間、ろくに寝てないだろう?なんなら、エレノア嬢の様子を見に行って、そのままそこで休んだらどうだ?」
明らかにやつれ、目の下に酷いクマの出来たアイザックに声をかけるが、彼は静かに首を振った。
「デーヴィス殿下、有難う御座います。ですが、私は自分の仕事をしているだけですので、そのようなお心遣いは無用です。それに、今娘の元に行ったら、娘が目を覚ますまで傍から離れられなくなってしまいます。…娘を利用して得た勝利です。私がそのように腑抜ける事は、決して許されません」
そう、この男は娘が運び込まれた後は、ただの一度も娘を見舞う事をしていないのだった。
戦後処理は、いかに迅速に行動を起こすかで、その後を左右する。
アイザックはそれが分かっているからこそ、娘大事を必死に抑え、その処理にあたっているのだ。…本当は心配で心配で、片時も傍を離れたくないであろうに…。
普段、俺達と喧嘩口調でやり合ったり、ブツブツ文句を言いながら仕事をしている姿など欠片も見当たらない、真摯で真剣なその姿。
いざという時、『個』ではなく『全』を選び、己の願望を完全に制する事の出来る、鋼の精神力。
あの狡猾で豪胆なワイアットが「バカ弟子」と言いながらも、こいつを次期宰相に決めた理由はそこにあった。
「それにしても、まさか獣人達の目的が『人族』そのものだったとは思いませんでしたね」
宰相であるワイアットが、眉間に皺を寄せながら溜息をついた。
そう、捕らえた王族や側近達から得られた彼らの目的には、この場の一同が強い衝撃を受けた。
まさか人族を、自分達の優秀な遺伝子をそのまま継ぎ、生み出させる為の子種や苗床として、奴隷にしようとしていたとは…。
結果論だが、獣人国そのものを徹底的に滅ぼす事を決めておいて正解だった。
「この情報が、他の亜人種達や人族国家に万が一漏れでもしたら、ちょっと厄介ですね。『自分達でも可能かもしれない』と、馬鹿な事を考える輩が現れないとも限らない。…もう少々、脅しておいた方が良かったかな…?」
そう言ってフェリクスがうっそりと笑ったが、亜人種達には
むしろ、厄介なのは人族国家の方であろうが…。
まあ、厳重な監視体制を取るとして、元々東の大陸とまともに交流をしていた人族国家はほぼ皆無。その上、もし万が一それを知った所で、余程の愚か者でない限り、我が国を敵に回す事はしないだろう。
「奇襲攻撃を選択したお陰で、逃げ延びた王族や貴族達はほぼ皆無だったと報告を受けていますし、こちらで捉えた捕虜たちは…ちゃんとフィンレーが『処理』してから、あちらにお返ししていますからね。まあ、あまり心配する事も無いでしょう」
――『処理』とは、つまりはフィンレーの『闇』の力を使い、精神干渉を施す…という意味である。
「あの子もいい加減、王族としてちゃんと仕事をしてもらわないといけませんからね。まあ尤も、今回のお仕事は言われるまでもなく、二つ返事で承諾しましたけど。あ、でも『殺さないように』と言ったら思い切り不満そうにはしていましたね」
――…殺す気だったんだ…。
その場の全員が、心の中でそう呟いた。
「ですが、愛する女性を傷付けた相手を殺さなかっただなんて…。今回、私はあの子達の成長を、心の底から嬉しく思いました。リアムの魔力操作も実に見事でしたしね」
「ああ…。それには私も同意見ですね。クライヴならともかく、まさかあのオリヴァーがエレノアを嬲った相手を殺さなかったなんて…。子供とはあっという間に成長するものなのですねぇ…」
第四王弟レナルドと、魔導師団長であるメルヴィルがしみじみといった様に呟いた言葉に、『さもありなん…』と、その場の全員が思い切り同意した。
アルバの男は総じて愛する女性を傷付けた者を決して許さない。ましてや今回、下手をすれば、命よりも大切な少女を永遠に失っていたかもしれないのだ。
その元凶が目の前にいるのだ。正直八つ裂きにしても飽き足らないぐらいだっただろう。
しかも、人生初の恋を知った王家直系達と、ある意味、『万年番狂い』状態のオリヴァーの想い人である。
本当に…よくぞ獣人達をその場で嬲り殺しにしなかったものだ。
多分だが、これも彼らが愛している
その時だった。
ドアが控えめにノックされる。
付近に控えていた近衛がドアを開け、外の騎士達に話を聞いた瞬間、冷静沈着だった近衛の表情が驚愕に染まった。
「こ、国王陛下!エレノア・バッシュ公爵令嬢がお目覚めになられ…」
その瞬間、声を上げた近衛がその場から吹っ飛び、会議室からアイザックの姿が消えた。
一瞬の早業に、その場の全員が呆気にとられた様に目を見開く。
あの間髪入れないスタートダッシュの見事さは、『ドラゴン殺しの英雄』に匹敵する速さであった。というか、今確実に英雄を超えた。
「男親の娘への愛とは偉大なものだな…。なぁ?デーヴィス」
「あいつが娘バカなだけだと思うぜ、兄上」
いつものアイザックを揶揄って楽しんでいる時の笑顔ではなく、安堵の表情を浮かべ、心の底からの笑顔を浮かべたアイゼイアに、デーヴィスが同意とばかりに微笑む。
「ともかく、良かった。やっと目覚めてくれたか。アリアもさぞや喜ぶだろうな」
珍しく、腹に何の一物も無い、ホッとした様子のフェリクスを見ながら、レナルドが微笑んだ。
「ええ。そうですねフェル兄上。きっと子供達も大喜びするでしょう。…まあ尤も、まだ誰も、彼女に会わせてあげる気はないですけどね」
「う~ん。そう考えると、クライヴの野郎は一人だけ役得だな!ここは一丁、他の連中よりも厳しく〆てやらねぇとな!なぁ、メル?」
「程々にしてあげろよグラント。あの子もオリヴァーとセドリックの為に身体を張ってエレノアの事を守っているんだから」
その場の全員がそれぞれ、呆れたように、それでも嬉しそうにそう話し合いながら席を立った時点で、会議は一時中断となった。
愛娘への接触を断ち、ずっと耐えていたアイザックが、まずは一番でエレノアと対面出来るよう、その場にいた者達は逸る気持ちを抑え、ゆっくりとした足取りで、エレノアの居る部屋へと向かったのだった。
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前回の会議の続きです。
アイザック父様、次期宰相の一端を垣間見せております。
っていうか、父様達、それ違う!
殺さない=成長じゃないから!みんなも納得しないでー!…と、
もしエレノアが聞いていたら、慌ててツッコミ入れてそうですねv
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