第125話 円卓会議①

――時は、エレノアが目覚める少し前に遡る。




「…一週間…か。良く保った方だな…」


アイゼイアの呟きが、重厚な造りの円卓を中央に配した会議室に響きわたった。


『円卓の間』


ここはアルバ王国の国王が、己の側近や重鎮、そして身分の貴賤に捕らわれる事無く、有能な者達を集め、様々な政策を議論する時に使われる部屋である。


円卓には、国王であるアイゼイアを中心として、右半分を宰相と王弟達が。左半分を臣下達が、囲むように座っている。


「流石は腐っても…というか、王族や重鎮達が最後のあがきを見せたそうですよ。…とは言え、やはり多勢に無勢。最後は実に呆気ないものだったそうです」


第三王弟フェリクスが、にこやかにそう告げる。

更なる報告では、王と王妃は連合国軍に捉えられる寸前、自決を謀ったとの事だった。


まあ、それはそうだろう。今迄散々他種族を見下し、傍若無人に振舞ってきたのだ。

それが東の大陸の覇者から一転、犯罪奴隷堕ちし、屈辱の元で処刑…となれば、あのプライドだけは無駄に高い獣人達の王が、耐えられる筈もないだろう。


「ふん…。見下げ果てたものだな。仮にも大陸の覇権を握っていた種族の王ともあろう者が、自分だけ死に逃げるなど…。例えどのような汚辱を受けようとも耐え抜き、自分の種族の行く末を少しでも良い方向に導こうとする事こそが、王族たる者の務めだろうに!」


第二王弟デーヴィスが、憮然といった表情で吐き捨てるようにそう言い放つ。


王族の中で軍事を一手に掌握し、武人寄りの思考を持つデーヴィスにとって、自分の血族や民を守らず、『死』をもって敗走した王族など、侮蔑と嫌悪の対象以外の何者でもなかった。


「して、フェリクス。捕虜達の送還は?」


「はい、国王陛下。今日中にも船は東の大陸に着きましょう。覚悟を決めた元王太子はともかく、元姫君達が少々煩かったそうですが、我が息子フィンレーの姿を見るなり、竦み上がっていたそうです。…ふふ…。余程恐ろしい悪夢でも見せられたのでしょうかね?」


「はぁ…。死なせぬ為とはいえ、治癒を施してやらなければ良かったか。全く、あのあばずれ共。我らの『姫騎士』とは対極だな。まあ尤もその威勢も、連合国に引き渡されるまでだろうがな…」


デーヴィスが、呆れかえったようにそう言い放った。


フェリクスの報告によれば、今迄自分達の享楽に耽って民をないがしろにして来た事で、支配層である肉食獣人の女達はみな、犯罪奴隷に堕とされているという。


まして、あの女達は元王族だ。


王や王妃が自決したとあれば、連合国軍の勝利を飾る生贄として、公開処刑される事は、ほぼ間違いないだろう。

しかも外見だけは無駄に良いのだ。きっと処刑される迄の間、男達の欲を散らす恰好の獲物となるに違いない。


『完全に自業自得ではあるが…。女性がそういう目に遭うという事自体は、気分の良いものではないな…』


デーヴィスは、自分の息子であるディランが唯一と定めた小さな少女を思い出す。

すると途端、心の中に優しい気持ちが溢れ、ごく自然に口角が上がった。


獣人の王族達に虐げられていた召使達を守る為、卑怯な脅しを真正面から受け、ボロボロにされながらも最後まで諦める事無く、戦い続けて勝利を掴んだ可憐な少女。


王家直轄の『影』に託した魔道具を使い、戦いの一部始終を映像として記録していた為、自分を含め、この場にいる全員が、あの場での彼女の戦いを知っているのだ。…ついでに、自分の息子のアホさ加減も。


自分が諫めるべき相手に、逆に諫められて羽交い絞めにされている姿を見た時は、本気で頭を抱えたものだった。


…まあ、愛しい相手が傷付けられて逆上しないアルバの男はいないから、気持ちは分からんでもない。でもそれにしたって、アレはないだろう。アレは!


――そもそも、あの脳筋グラントを師匠に持ってしまったのが、不幸の始まりだったのだろうか?


…いや、同じく弟子であり、グラントの実子であるクライヴ・オルセンはあんなにも冷静だったのだから、これはまごう事無く、あのバカ息子の資質なのだろう。全くもって情けない限りだ。


まあ、息子の事はさておき、エレノア嬢の戦いは見ていて感心する程に見事なものであった。


己の弱点をしっかりと理解し、逆にそれを上手く利用して戦っていたその姿。

扱い辛いとされる片刃の剣を華麗に使いこなす様は非常に美しく、我々兄弟全員が感嘆の溜息を漏らした程だ。


しかも、後からグラントに聞いた所によれば、あの片刃の刃も剣に魔力を込めて戦う戦法も、あのエレノア嬢の発想だったと言うのだ。しかもその時、彼女は10歳になったばかりであったという。


――齢10歳の…しかも『女性』が…!?


驚愕しながらそう思ったが、よりにもよって、あの獣人の王女達からの挑戦を正面切って受ける規格外のご令嬢なのだから、そういう発想をしても驚くべき事ではないのかもしれない。寧ろ驚く程すんなりと納得出来てしまった。


『それにしても…。話には聞いていたが、まさかエレノア嬢が、あれ程の美少女であったなんて、正直思いもしなかったな』


彼女本来の姿が顕現した時など、あのいつも冷静沈着な兄王が思わず息を呑んでしまった程だ。対する俺も、心の底から驚愕した。


なんせ、平凡そのものと言った容姿の人物が、突然有り得ない程美しい姿になったのだから、驚くのも無理は無いと思う。


『甥っ子達やディランの、あんなに呆けた顔は初めて見たぜ。…全くもって、何から何まで規格外なご令嬢だ』


デーヴィスは、初めて会った時のエレノアの姿を思い出しながら苦笑する。


エレノア嬢には本当に申し訳ないが、正直あの時の彼女の姿を見た時は「え?!」と思ってしまったものだ。


話には聞いていたが、あんまりにもその…ちょっと容姿がアレだったから…。

正直リアムだけでなく、あのアシュルまでもが惚れていたと聞かされた時など、真面目に「嘘だろ!?」と思ってしまったのだ。

勿論その後すぐに、甥っ子達が何故彼女を好きになったのか理解したけれども。


それ程、本当に良い子だったのだ。


だから、もしディランが彼女と会ったら、ひょっとして惚れるのでは…と思っていたのだが…。


『まさかあいつの想い人が、エレノア嬢本人であったとは…!』


だが、分かってしまえば、行動や考え方等、共通点は色々あった事に容易く気が付く。何よりそんな奇天烈なご令嬢、エレノア嬢以外に早々居る筈無かったのだ。


『…にしても…なぁ…』


あの・・エレノア嬢の姿は、間違いなく王家対策だったのだろうが…。可愛い娘にあんな格好させて、「お前らは鬼畜か!?」と罵りたくなったものだが、確かに効果てきめんであった事は認めざるを得ない。


なんせ、俺も含めた王家一同、まんまとバッシュ公爵家の連中に騙されていたのだから。


普通だったらそんな行動、「自意識過剰な親馬鹿の暴走」…と言ってしまえるものなのだが、あの・・エレノア嬢を知ってしまうと…。アイザックやメルヴィル、そしてグラントと言った個性的で厄介な面々や、その息子である婚約者達がそれ程までに溺愛し、隠し守った気持ちが痛いほど分かってしまう。


…まあ、それだけ必死に我々から隠していたのも、王家にエレノア嬢を取られまいとした結果なのだろうが。結局時間稼ぎにしかならなかったのは、ご愁傷様としか言いようがない。


――心根の美しさも、その強さも、人を思いやる優しさも、まさに王族の妃に相応しい。


しかも本当の姿と言ったら、天使のように滅茶苦茶可愛いのだ。あれ以上の嫁など、これから一生かかっても見付からないだろう。…うん、間違いなくそう言い切れる。


以前、アシュルの奴が「自分の理想は母上」と言っていたが、その理想が具現化したような子だもんな、うん。


あんなんアリアと同じ女なんて、いる筈無いだろと思っていたが…まさか本当に存在するとは…。


あの・・婚約者達や保護者達を相手に、王家特権を使えないのはかなり痛い所だが、息子達には是非とも頑張って、あの子を嫁にして欲しい所だ。と言うか、死ぬ気で頑張れと言いたい。


全くもって、あんなに素直で可愛くて、おまけに行動が一々笑える女の子が義娘になるなんて、まさに男親の夢そのものではないか。


ここら辺は、国王であるアイゼイアや、フェリクス、レナルドとも意見は一致している。


…というか、アイゼイアに至っては「娘になったら『パパ』と呼ばせてみたい」とか、アホな事言っていたような気が…。いや多分、聞き間違いだろう。



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エレノアさん、復活の前の父様方です。

事後処理はまだ続いていたという…。

そして猪突猛進な息子に苦労するデーヴィス王弟殿下ですv

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