第122話 牽制と帰還

「ではこれで」


「何だ、もう行くのか?もう少し居ても良かろうに」


「いえ。国王陛下にも申し上げましたが、私も忙しいのですよ。国では血気盛んな未熟者が多いものでして」


「ふ~ん…」


フェリクスの言葉に生返事を返しているのは、連合国軍の実質的な総司令をしている、竜人ドラゴニュートの族長だ。


竜人ドラゴニュートは総じて筋骨隆々で大柄だ。その容姿はドラゴンの気質を多く持つ為か、精悍できつめの容貌の者が多く、黙っているだけで他に威圧感を与えている。


深い碧色の髪と瞳を持つこの族長も、まさに竜人ドラゴニュートと呼ぶべき容姿や体躯をしている。そして、見た目は自分達と同等か、それよりも若く見えた。


だが見た目のままの年齢ではないだろう。推測であるが、彼は多分、自分達より何十年も長く生きているに違いない。


――『竜人族』とは、ドラゴンの末裔達の総称を指す。


地上最強と謳われる魔物達の王。その末裔である彼らは、総じて力も魔力も強く、また相応にプライドも高い。


獣人族に比べれば遥かにマシではあるが、亜人種の中では人族に対する選民意識が強い種族の一つに数えられている。


それゆえ、このように王族であるフェリクスに対しても、尊大な態度を崩そうともしないのだ。


身体的な特徴としては、目が爬虫類独特の細く縦長な瞳孔である上、頭の左右に黒い角を有しており、鋭い牙も合わせ持っている。


だが、竜としての名残はその程度で、鱗がある訳でも空を飛べる羽がある訳でもない。ましてや竜に変異するなどといった事もなかった。


また彼らはエルフ族同様、亜人種の中でも長命な種である。それが故に繁殖能力が低く、種族全体の数も少ない。


だからこそ、亜人種の中で特に繁殖力が高く数の多い獣人族に後れを取り、覇権争いに敗れた経緯があるのだ。


――プライドがすこぶる高い彼らにとって、獣人達からこの東方大陸の覇権を奪う事は、長年の悲願であった。


アルバ王国は、そこを利用し、獣人達に恨みを持つ国家や部族の旗印として立つ事を持ち掛け、承諾させる事に成功したのだった。


というより、ほぼ全ての国家が連合国に参加した事から、獣人族がこの大陸でいかに傍若無人に振舞っていたのかが伺い知れたものである。


「それにしても、これだけお膳立てしておいてくれて、覇権のおこぼれは一切要らぬとは…。人族と言うのは、足らぬ力を補う為、狡猾に立ち回り、少しでも甘い汁を我が物にしようとする…と、そう聞いていたのだがな…」


天然なのか狙ってなのか、存外失礼な事を言い放つ竜人族の族長に対し、フェリクスは苦笑しながら事も無げに頷いた。


「まあ、そういう国家は多いですよ。ですが、この戦いを制し、獣人王国を滅ぼした所で、どの部族もそのまますんなり覇権と利権が手に入る訳ではない。当然貴方がた竜人族もね」


ピクリ…と、族長の眉が上がる。


「我々の目的は十二分に達成しております。それに、獣人王国の国王も言っておりましたが、所詮は『獣人憎し』で一つにまとまっただけの烏合の衆団。良くも悪くも『獣人王国』という絶対的支配力が無くなったこの大陸は、今後大いに荒れましょう。そこに分け入った所で、得られる利益よりも労力の方が大きい…違いますか?」


「…ふん…。慇懃無礼な奴だ。人族の中にも、油断の出来ない国はあるのだな」


「気高き竜の末裔からのお褒めの言葉。光栄至極に御座います」


族長は、先程から何を言っても笑顔を崩さぬフェリクスを胡乱気に見つめた後、その後方に控えているグラントへと鋭い視線を向けた。


――『ドラゴン殺し』の英雄。グラント・オルセン。


この東方大陸にも広く名を馳せている、人族屈指の強者である。


今回、この作戦に乗ったのも、この男がアルバ王国の出身者である事が大きい。


「…それにしても、未だに信じられん。まさか我らが祖である偉大な竜を…人族ごときがたった一人で滅した…などと…」


「――だそうですよ?グラント」


「ん~?何だって?」


フェリクスに話を振られ、眼下で繰り広げられている獣人と連合国軍の戦いに注視していたグラントがこちらを振り向いた。


――燃える様に輝く銀髪、鋭いアイスブルーの瞳、そのたぐいまれなる美貌。…そして、一目で鍛え上げられている事が分かる、強靭でしなやかな身体。


…何よりも、その全身から立ち昇る独特の『覇気』が、人族であっても、決して侮ってはいけない相手である事を相手に知らしめている。


「竜人である族長殿は、貴方がドラゴンを殺したという事実が信じられないそうです」


「あー、それな。まあ、実際殺してねえし?」


「――は?殺して…いない?」


族長が目を丸くするが、グラントは至って真顔で「ああ、殺してねぇよ」と言いながら頷いた。


「で、では、何故『ドラゴン殺し』を名乗っているのだ!?明らかに悪質な詐称であろうが!」


「そうは言ってもなぁ。俺とあいつの戦闘を実際に見ていた連中が、勝手に広めたんだ。俺から名乗った訳じゃねえ。それに殺してねぇけど、一応勝ったし、んじゃま、いっか!ってな」


「な、何を訳の分からない事を…!」


「それよりもグラント、そろそろ本当に帰らないと。死人が出たりしたら大変ですからね」


「…ふん。獣人族は侮れん種族だからな。詐称の英雄であっても、被害を最小限にするには必要だろうさ」


竜人族の族長が嫌味の様に言い放ったが、この場合、死人になるのは獣人達の方である。フェリクスもグラントも、自分の身内が下手をうつなど、想像すらしていなかった。


「あー、そうだな!んじゃ、帰るか。こっちの戦いも、概ね心配無さそうだしな。…おーい、ポチ!降りて来い!」


グラントが上空に向かって声を張り上げる。

すると遥か上空から、巨大な『何か』が飛来してくるのが見えた。


「――ッ!な…っ!?あ、あれは…!!」


『ソレ』を見た瞬間、竜人族の族長は、驚愕の面持ちで目を限界まで見開いた。


「『古竜エンシェントドラゴン』…!!」


古竜エンシェントドラゴンとは、ドラゴン種の中で最も永い時を生き、霊獣とも呼ぶべき最強の力を有する、まさにドラゴン達の『王』である。


優美で巨大な肢体。背には複雑な文様が浮き出た大きな羽を持ち、その身体を覆う鱗は黒曜石の様に、艶やかに太陽の光を受けて煌めいている。


突如野営地の上空に現れたドラゴンの…いや、魔物の王に恐怖した者達が、悲鳴や怒声を上げながら、右往左往する中、古竜エンシェントドラゴンはその巨体に合わぬ、しなやかな動きで、まるで羽のようにふわりと音も立てずに地上へと降り立った。


威風堂々とした魔物の王の迫力と姿に圧倒され、誰もが言葉を失う中、グラントが大股で古竜エンシェントドラゴンへと近付いていく。


すると驚くべき事に、古竜エンシェントドラゴンは目の前に来たグラントにゆっくりと首を下ろし、服従の姿勢を取ったのだった。


「よしよし。アルバ王国に帰還する。悪いがまた背中に乗せてくれや」


グラントに頭を撫でられ、クルル…と嬉しそうに喉を鳴らした古竜エンシェントドラゴンは、今度は身体全体を地面へと伏せた。


「族長殿。ご覧の通り、グラントは古竜エンシェントドラゴンを殺したのではなく、従えたのですよ」


「し…従え…」


目の前の現実を受け入れる前に発覚したとんでもない事実に、竜人族の族長の動揺は増々酷くなっていく。


「ま、殺しても良かったんだけどよ。ぶっ飛ばしたら服従したんで、そんじゃあって『名前』を付けたら、何故か懐かれちまってさー」


古竜エンシェントドラゴンに名付けしようなんてバカは貴方だけですよ。…それにしたって、『ポチ』はないでしょうに…」


「るっせーな!いーんだよ!俺もこいつも気に入ってるんだから!」


――…グラントの言葉を受け、ちょっとだけ古竜エンシェントドラゴンが複雑そうな顔をしているように見えたのは、果たして気のせいだろうか…。


「さて、それでは帰還しましょう。…ああ、族長殿。外交官として、私の部下達は残していきます。最初に取り決めた条約は守って頂きますよ?破ったりすれば、それ相応の対応を取らせて頂きますので、そのつもりで」


フェリクスとグラントが背に乗ったと同時に、古竜エンシェントドラゴンがフワリと飛び立つ。

そして野営地の周囲をグルリと旋回した後、鋭い咆哮を一つ上げると、そのまま飛び去って行ってしまったのだった。



その場の全員が声も無く、呆然と上空を見上げる中、竜人族の族長がボソリと呟いた。


「…成程。わざわざ古竜エンシェントドラゴンを呼んだのは、我々に対する…というより、私に対する牽制…という所か…」


――協力体制を結ぶ際、アルバ王国側から提示された条件は以下である。


一つ、戦意を喪失した一般兵、または兵士では無い者への過剰な暴力及び虐待、略奪等を行わない。


二つ、女性に対し、強姦や奴隷売買などの無体を行わない。だが、支配層で尚且つ民を虐げる側だった女性に関しては、条約適用外とし、連合国側の自己判断に委ねる。


三つ、奴隷とされていた人族及び、その人族が産んだ子供は見つけ次第、速やかに保護する事。


四つ、アルバ王国に移住を希望する、草食獣人や善良な肉食獣人、そして保護した人族達を、速やかに難民としてアルバ王国に送還する。


これらの条件を我々に反故にされぬよう、あの王弟は英雄をダシにしたのだろう。何とも狡猾な事だ。


「ああ…それと、アルバ王国側が捕縛した捕虜達も送り返すから、対応宜しく…とも言っていたか…」


そちらは、煮るなり焼くなり好きにしろと言っていたが…。ようは、体のいい事後処理を押し付けられたに違いない。


「…獣人共も、恐ろしい国を敵に回したものだ。…ま、我々はそれを教訓に、間違わないようにしなくては…な」


眼下を見れば、古竜エンシェントドラゴンの飛来で、獣人達が恐慌状態となり、敗走を始める者達が続出していた。


「これならば、間も無く雌雄が決するであろう。…やれやれ、これも計算の内か?増々敵には回したくない連中だ」


他の部族や国家も、戦局が落ち着き次第、アルバ王国と正式な国交を結ぼうと動き出すに違いない。


あの国は、暴力的なまでの潤沢な『力』を使って他を制するのではなく、『知恵』という一番恐ろしい武器を使い、戦わずして他国を制するのだ。


そうする事により、自国の平和と繁栄を築きあげてきたに違いない。


「我らが神とも崇める古竜エンシェントドラゴンを、よりにもよってペット扱いする者が、現実に存在するのだ。人族だ何だと侮っていれば、いずれは我らも獣人共の二の舞になろう。…我々も、変わっていかねばならないのかもしれんな…」


そう呟くと、竜人族の族長、レイバンは最終決戦に向け、気持ちを切り替えたのだった。






~おまけ~



「…おい、所でさっきの発言は認めねぇからな!?」


「何がです?」


「てめぇが王宮で、どさくさ紛れにエレノアの事を『義娘』って言いやがったあれだよ!」


「ああ、あれね。良いじゃないですか願望言うぐらい。それにいずれ、真実になるかもしれませんしね」


「なるか!!こっから落とすぞてめぇ!」


「おお恐い恐い!相変わらず腕力で解決しようとする、その脳筋な癖、何とかして下さいよオルセン先輩」


「てめーも!隙あらば会話に嫌味を練り混ぜる癖、何とかしやがれ!…ったく、だから嫁に『腹黒』って言われんだよ!」


「…どこからその情報を…?」


「あぁ?アイザックからだが?」


「……へぇ……」


「…苛めんなよ?」


「苛めませんよ?楽しくお喋りするだけです」


「それが苛めてるって言うんだ!絶対楽しいの、お前だけだからな!」


「そういうグラント先輩やメル先輩だって、学生の頃はアイザック先輩を揶揄いまくっていたじゃないですか。というか、未だに揶揄いまくってますよね?」


「俺達はいーの!親友なんだから!」


「…それ、苛めっ子の論理ですから」


「ほんと、いちいちうるせー奴だな!やっぱ落ちとくか!?」


「遠慮します」



――実は先輩後輩の仲な二人なのでした。

フェリクスはメルヴィルと似たタイプなので、グラントとは割と仲良かったのです。



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戦後の後始末、獣人王国編です。

東方諸国は、閉鎖的で人族蔑視な種族も多い為、

第二、第三の獣人王国が出て来ないよう、きっちり釘刺しは忘れません。

いくら勝てても、いちいち喧嘩買うのは疲れるし、

脅して収まるなら、その方が戦うよりも平和的ですからね。

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