第119話 魔力解放
途端、結界内に『魔力』が解き放たれ、淡い光が乱舞する。
「――ッ!!」
一瞬後、アルバ王国側も獣人側も…そして、エレノアと対峙しているレナーニャまでもが、言葉を失い息を飲む。
何故なら…。その場に居たのは、いつもの瓶底眼鏡をつけた、冴えない容貌の少女ではなかったからだ。
眼鏡を取り払った瞬間、結い上げられた髪がパラリと解け、枯れ葉色だったぱさぱさの髪が一転、鮮やかに波打つヘーゼルブロンドとなり、艶やかに煌めく。
その玉のように真白な肌には染み一つなく、形の良い薄桃色の唇はきつく、真一文字に引き結ばれている。
そして何よりも印象的なのが、インペリアルトパーズのように煌めく、黄褐色の大きな瞳だ。
その宝石の様な瞳には強い意志が宿り、まるでそれ自体が相手を魅了する魔石のように、キラキラと…より一層の輝きを放っていた。
そして今まで抑え込んでいた魔力を一気に放出した事により、エレノアの全身が淡い金色の光を纏っている。
――控え目に言っても天使…いや、女神の様に神々しく立つその美しい姿に、誰もが言葉を失い、魅入られてしまう。
「…あれが…。エレノアの本当の姿…」
リアムが呆然と呟いた後、そのまま声も無くエレノアの姿を凝視する。
アシュルが、ディランが、そしてフィンレーまでもが、リアム同様、声も無くエレノアの姿を見つめた。
「…なんという…!…ああ…。上手く、言葉に出来ない…!」
アシュルも感極まり、思わず…と言った様子で、吐息と共にそう呟く。
恰好で言えば、豪華なドレスも飾りも無い、騎士の礼服に近い男勝りな装いである。
しかもあちらこちらが溶かされ、破れたボロボロの状態だ。剥き出しの皮膚には痛ましい傷が多数つけられているし、玉の肌も、血と埃で薄汚れてしまっている。
…けれども、今実際に目にしたエレノアは、自分達の記憶している姿よりも何倍も…いや、比べ物にならない程に美しく映った。
今が決闘の真っ最中である事も忘れ、皆が等しく、エレノアの姿に魅入られ、釘付けにされる。それは普段、本当のエレノアの姿を見慣れているオリヴァー達でさえも同様だった。
そう。今まさに、凄まじい魅了魔術とも言うべきギャップ萌えが、その場の全てを支配していたのである。
その場が静寂に包まれる中、エレノアは自分が握りしめている刀に、ゆっくりと左手を這わせ始める。
エレノアのその行動に、いち早く気が付いたオリヴァーが、ギョッと目を見開いた。
「ちょっ…!エレノア!?何をやろうとしてるんだ!?」
兄の叫び声は当然エレノアには届かず、刀剣と…エレノア自身の瞳が徐々に金色へと変わっていく。
その美しさに思わず息を飲みつつも、更にオリヴァーはエレノアに向かって叫んだ。…いや、叫ばずにはおれなかった。
「エレノア!僕は「自分自身の身を守れ」って言ったんだ!決して「刀に魔力を纏わせて戦え」なんて言ってないんだよ?!ああもう!本当に、君って子は!!」
オリヴァーが叫んだ内容に、その場の全員が驚愕する。
「え?た、戦うって…えぇっ!?」
「あー!!本当だ!エレノア!ちょっ!ストップ!!」
「お、おい!エルが剣に魔力込めるって…大丈夫なのか!?魔力枯渇したらシャレになんねぇぞ!!」
オリヴァー同様、リアムとセドリック、そしてディランはエレノアの行動にパニックを起こす。その中にあってクライヴの「あの脳筋バカ娘ー!!」という絶叫に、ようやくアシュルは我に返った。
「フ、フィン!今のうちに早く結界を!」
「あ、う、うん!」
アシュルの呼びかけに、やはり我に返ったフィンレーが、結界に向けて闇の魔力を放出しようとする。…が、何故かその手が止まった。
「どうしたフィン!?」
「…アシュル兄上。…あれ…」
フィンレーが指さす方へと目を向けたアシュルは驚愕に目を見開く。
何故なら、先程までかすり傷さえ負わせる事が出来なかったレナーニャの尾を、一刀両断したエレノアの姿がそこにあったからだった。
『――よしっ!切れた!!』
刀に魔力を纏わせ終わったタイミングで、エレノアの姿に驚愕し、動きを止めていたレナーニャが、慌てた様子で放った尾の一つ。それが確かな手ごたえの後、床にボトリと落ちた。
「ギャァッ!」
レナーニャの口から悲鳴が漏れる。…どうやらこの尾全部に痛覚が存在するようだ。
という事は、幻術で枝分かれしているように見えたのではなく、幻術を使って分裂させていた…という事なのだろうか?
レナーニャが痛みに怯んだ隙に、エレノアは素早く自分の痛めた個所を中心に魔力循環を行う。
すると完治…とまではいかずとも、先程までの激痛が半減し、手足に力が戻ってくるのを感じた。
『無理をすればまた、元の木阿弥だろうけど…。でも、今無理しなくていつ無理をするんだ!!』
――例えこの後、手足が使い物にならなくなっても、今この時を乗り切って…勝って、皆の元に戻るんだ!
「こ…この小娘…!よくも…よくも…この妾の身体に傷を…!!」
まさしく、激高した野生の獣のごとき、凄まじい形相でレナーニャが叫ぶ。
それと同時に残りの尾が、一斉にこちらに向かって襲い掛かってくる。
『――動きに集中しろ!感覚を研ぎ澄ませるんだ!!』
エレノアは刀を身構え、その場を跳躍すると、縦横無尽に襲い来る尾を、次々と切り落としていった。
「グァッ!ギャッ!…く、くそっ!な…何故…矮小な人族ごときが…こんな!」
残った尾が身体を貫こうとするのをかわし、切り落とす。それを繰り返し、遂にエレノアはレナーニャの間合いへと入り込んだ。
――驚愕に目を見開くレナーニャ王女と瞳がぶつかり合う。
いつも私を見下していたその瞳には、憎しみと侮蔑の色ではなく…驚愕と恐怖の色が浮かんでいた。
エレノアは最後の一尾が、本体を守るかのごとく向かってくるのを袈裟切りにし、切っ先をレナーニャの喉元に向け、突き入れる。
「…これで…終わりだ!!」
「あああぁっ!!」
刃がレナーニャの喉を貫く…その直前。エレノアは刃を止めた。
はぁ…はぁ…と、荒く息をつきながら、あと僅かでも動けば肌に刀が突き刺さってしまう絶妙な位置を維持しつつ、エレノアはレナーニャを睨み付ける。
対するレナーニャは、身体を小刻みに震わせながら、その場に膝から崩れ落ちた。
あれだけふっさりとし、豊かだった尾はもう、辛うじて根元が残る程度のボロボロ状態となっている。呆然自失といったレナーニャからは、もはや僅かな魔力も妖力も感じられなかった。
――ひょっとしたら、彼女の尾が魔力と妖力の源だったのかもしれない。
戦意喪失し、動こうとしないレナーニャに向けていた切っ先を外すと、エレノアはゆっくりと刀を鞘に納めた。
「あ…」
先程までの周囲に張られていた息苦しい圧迫感がフッと晴れた。
――と同時に、割れんばかりの大歓声が襲い掛かってきて、思わずビクッと身体が跳ねる。
「え…?」
キョロリと周囲を伺うと、歓声を上げているのは当然と言うか、アルバ王国側の観戦者達で、その誰もが…なんかその…あれだ。『恍惚』って感じにうっとりとした表情を浮かべて私を見ている。な…なんか…恐い!
対して、信じられないといった表情を浮かべた獣人達は、皆息を飲んだように呆然としている様子が見えた。
「――あ…!」
強い視線を感じ、そちらの方を振り返ってみれば、兄様方やセドリック、そして殿下方が揃って私を見つめ、安堵の表情を浮かべていた。
――あ、セドリックとリアムが泣き笑いしてる。アシュル殿下とディラン殿下は…周囲の学生達同様、顔を紅潮させ、物凄く甘い満面の笑みを浮かべているし…フィンレー殿下は…あれ?なんかめっちゃ無表情だ。まるで能面の様な顔してる。…えっと、何で?
オリヴァー兄様とクライヴ兄様は…って、あれ?笑っているんだけど、なんか微妙に怒っているっぽい?え?何で?私、兄様の言う通り、頑張って戦ったのに!な、何かやらかしちゃいましたかね?!
予想外の兄様方の表情に動揺していると、不意に今迄の極度の緊張が解けたか、足の力が抜けていってしまい、思わず身体がふらつきそうになった。
――その直後、明確な殺意が私に対して一直線に向けられる。
「おのれ小娘!よくもレナーニャ様を!!」
見ればレナーニャ王女の傍に常に付き従っていた、大柄な虎の獣人が剣を振りかぶり、私に打ち下ろそうとしていた。
一瞬の事に、目を瞑る事も出来ずに立ち尽くしている私の目の前で、虎の獣人の全身が、瞬時に青白い炎に包まれた。
「ギャアァッ!!」
叫び声を上げた虎の獣人は、呆然とする私の目の前で火だるまになってもがき苦しむ。――が、強い冷気が虎の獣人に浴びせられ、炎は一瞬で鎮火した。
「…な…なに…が…」
震え、焼けただれた己の腕や身体を呆然といった様子で見つめていた虎の獣人は、いつの間にか私を背に庇う様に立つクライヴ兄様に気が付き、顔を上げた。が、次の瞬間、自分に向けられた凄まじいまでの魔力と殺気に、ヒュッと息を飲む。
「…本当はあのまま。オリヴァーの炎で消し炭にしてやっても良かったんだが…。一応大事な証人だ。洗いざらい吐かせるまでは、死なせる訳にはいかない。…だが」
次の瞬間、轟音と共に、クライヴ兄様の拳を受けた虎の獣人の身体が地面へとめり込んだ。その光景を目の当たりにした獣人側から、どよめきと悲鳴が上がる。
「ク…クライヴ兄様、殺さないって今…」
私を優しく抱きとめたクライヴ兄様に慌ててそう言うと、クライヴ兄様は憮然と言った様子で顎をしゃくった。
「殺してねーよ!ほれ、よく見ろ!」
そう言われ、確認してみると、地面にめり込んだ虎の獣人の身体が、ピクピク痙攣しているのが見えた。
…え~っと…そっか。そういえば獣人だもんね。ちょっとやそっとじゃ死なないか!
「…エレノア…!!」
「…にい…さま?」
ギュッと、背後から私の身体を抱き締めるクライヴ兄様の声が…腕が震えている。
「クライヴ…兄様…」
呼び掛けに、兄様は応えない。だけど密着している兄様から伝わってくる感情が、言葉などより雄弁に、心情を物語ってくる。
「クライヴ兄様。…心配かけてごめんなさい」
そう言うと、泣きたくなるような優しい温もりに身体を預け、甘える様に頬を摺り寄せる。するとそれに応える様に、抱き締める腕の力が強くなった。
――ああ…良かった。またこの腕の中に帰って来られた…。
「…お、おい!貴様…何を!」
突如響いた声に我に返り、顔を上げる。
すると、ヴェイン王子が青い顔をしながら近付いて来るのが見えた。
やはりというか、彼もこの状況に戸惑っている様子だ。
が、私と目が合った瞬間、その顔がサッと紅潮し、身体が硬直したように動きを止めてしまう。
「………」
私は再び足に力を込め、身を預けていたクライヴ兄様から身体を離すと、真っすぐヴェイン王子と視線を合わせた。
「…ヴェイン王子。私が勝ったら、褒賞を頂くとお約束しましたね?何を申し上げても不敬に問わないと…。ご覧の通り、私は戦いに勝ちました。なので今ここで、そのお約束を果たして頂きます」
そう告げると、私は怪訝そうな顔のヴェイン王子の目の前で、鞘から刀をスラリと抜く。
ザワリ…と周囲がどよめく中。私は手にした刀を渾身の力でもって、思い切り地面に突き刺すと、彼を真っすぐ見つめ、唇を開いた。
「誰があんたの奴隷になんかなるか!さっさと巣に帰れ!駄犬!!」
諸々の感情を込め、私は声を限りに思い切り叫んだ。
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祝!眼鏡解禁!
史上最大級のギャップ萌えが発生した模様。
そして遂に、アルバ王国の反撃が始まります。
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