第116話 柔よく剛を制す

「あはははっ!遂に自分の負けを認めて観念したか!?」


私が刀を投げ捨てたのを見て、ジェンダ王女が嗤う。が、私は別に諦めた訳でも試合を投げた訳でもない。刀を捨てたのは、これからの戦い方には単純に邪魔だったからだ。


『よし!これで動きやすくなった!』


私はジェンダ王女の拳や蹴り技をスルスル避けていきながら、間合いを測る。…うん、これならば何とかなりそうだ。


「くっ…!この…!ネズミのようにチョロチョロと…小賢しい!」


先程よりも身軽になった私に自分の攻撃を全て避けられ、ジェンダ王女の苛立ちが募って行く。


勿論この剛腕だ。体力も底無しだろう彼女を相手に、いつまでもただ逃げ続けていれば、私の体力が先に尽きてしまうだろう。


『…そろそろ、仕掛けるか…!』


そう決意した私は、ジェンダ王女が正拳突きの要領で繰り出した拳を避けると、スルリとその腕を掴んで右足を軸に踏ん張り、相手の突っ込んで来た力をそのまま逆作用させ、思い切り捩じ上げた。


「グッ!ああああぁ!!」


ボキリ…と、鈍い音がし、ジェンダ王女の右腕がだらりと下がった。…本当は関節を外そうとしたんだけど…あれ、折れた音だよね…?不味い…。またやってしまったようだ。


私は冷や汗を流しながら、ジェンダ王女から間合いを取った。




「セドリック!何だ今のは!?あんな動き、見た事が無いぞ!?」


周囲の割れる様な歓声を背に、顔を紅潮させ、興奮した様子のリアムがそう叫ぶのを見ながら、僕は静かに頷いた。


「それはそうだよ。あれはエレノアが編み出した、全く新しい武術の型だからね」


「――ッ!?…全く新しい武術の型…だと?それをエレノアが…?!」


リアムが信じられないと言った様子で、僕の顏を凝視した後、エレノアの方へと再び視線を向けた。


『…本当は、エレノアの前世の世界にあった武術なんだけどね…。確か…『合気道』とか言ったっけ?』


――合理的な体の運用により、体格体力に関係なく「小よく大を制する」武術。


そんな理念を持つ、攻撃ではなく、己の身を護る為の武術。

元々は、非力な女子や老人でも使える護身術として編み出されたものなのだそうだ。


『『柔よく剛を制す』って言うのかな。…え?意味?柔軟性のあるものが、そのしなやかさによって、かえって剛強なものを押さえつけることが出来る…って、先生は言っていたかな?』


前世で様々な格闘技を習っていたというエレノアは、時に僕達が知らない武術の型や理念を教えてくれる事があった。先程の剣術も、まさにその一つだ。


技の理念を説明してもらった後、それらを実際自分自身にかけてもらってみて、僕は驚愕した。

確かに、婦女子だから、弱い老人だから…と油断していたら、あっという間にねじ伏せられてしまうだろう。


「…力技で相手と対峙するのではなく、相手の力を利用し、足りないパワーを補って強い相手に立ち向かう型だな。剣を投げ捨てた時は冷や汗をかいたが、こんな風に戦う為だったなんて…。全くエレノアって奴は、俺の想像の遥か斜め上をいく奴だな!」


リアムがあっさり、エレノアの使う武術の型の神髄を見抜いた。…本当、こういう所は、流石は王家直系としか言いようがない。


狂おしい程の深い恋情を隠そうともせず、食い入る様にエレノアの戦いを見つめるその瞳…そして表情。…僕も多分、彼と同じような表情でエレノアを見つめているのだろう。


『君の事は友人として大好きだけど…。それでもこの恋は決して譲れないから…!』


「エレノア…」


たった一人きりで、凶暴な獣人と戦っている、僕の最愛の婚約者。


まるで演武を舞う様にドレスコートをひらめかせ、戦うその姿に、僕の心は増々魅了されていってしまう。それはリアムも…そして、他の殿下方や兄達も同じだろう。


…いや、今彼女の戦いを息を飲んで見つめる多くの男達が、僕と同じ様な気持ちでこの戦いを見入っている筈だ。


華麗に舞うその姿はまるで、戦いの女神の様に雄々しく美しかった。





「…ぐぅ…。き…さま…!」


腕を折られたジェンダ王女は痛みに一瞬呻いた後、ゆっくりと顔を上げ、私を睨みつけてきた。


『ひぃっ!こ…こわっ!!』


その表情は、まさに手負いの虎そのものだった。


牙を剥きだし、見開いた瞳は瞳孔が開き切っていて、その上めちゃくちゃ血走っている。ハッキリ言って恐い。美しい顔が台無しだ。


その上、全身から凄まじいまでの殺気が立ち昇っていて、彼女のる気が増々高まってしまったのが丸分かりだ。


「こ…の…!矮小な人族ごときが…よくも…!殺してやる…!!」


おおぅ!明確な殺します発言が出ました!

…いいのかな?何か兄様方や殿下方のいる方向から感じる殺気も、凄まじい事になってるけど…。


次の瞬間、ジェンダ王女の左手から繰り出された拳が私の頬を掠める。


鋭い殺気に、咄嗟に避けたけれども…。あれ当たっていたら、間違いなく即死だったな。かなり危なかった。


その後も怒涛の猛攻が繰り広げられる。ハッキリいって、右腕を折る前よりもスピードも威力も上がっている。ひょっとしたら私、ジェンダ王女のリミッター外しちゃったかな?


「ッ!」


ジェンダ王女が砕いた魔石の欠片も、彼女の拳同様、凶器となって襲い掛かってくる。


攻撃を避けながらだと、どうしても破片までは避け切れず、幾つもの衝撃が身体を打ち付けてくるが、幸い直撃したとしても、絶対防御を付与された服が弾いてくれている。だけどこれ、痣ぐらいにはなっているかもしれないな。


流石に息が上がり、ジェンダ王女から出来るだけ間合いを取る。


――どうする…?このままではジリ貧だ。…本当はやりたくなかったけど仕方が無い。禁じ手を解禁するか!


大きく息を吸い込み、私は覚悟を決めた。


「――ッ、な…っ!?」


私は地面を蹴ると、一気にジェンダ王女の間合いへと入る。


まさか、自分から間合いに入って来るとは思ってもみなかった王女の怯んだ隙をついて、掌底の要領で彼女の顎を打ち上げた。


「ガッ…!?」


顎は、人体の急所の一つ。


流石のジェンダ王女も体勢がぐらつき、よろけた。その隙を逃さず、無防備に曝け出された鳩尾に回し蹴りを喰らわす。


息を飲むんだようなどよめき。そして怒号と罵声が同時に湧き上がり、目に見えぬ熱気が広場に渦巻いているのを感じる。


ここも急所の一つだけど、相手が鍛えていたり、攻撃を予期して腹筋に力を入れていたりすると、例え攻撃が入ってもダメージが与えられないという欠点がある。

だが、顎への攻撃で隙の出来たジェンダ王女には、良い感じにダメージを与えられたようだ。


ジェンダ王女はカハッ!と咽込むと腹に手を充てよろめく。…うん、かなり効いている。本当ならもう、ここらへんで終わりにして欲しいところなんだけど…。


「き…さまぁーーっ!!」


しかしというか、当然ここで終わりになる筈もなく。増々怒り狂ったジェンダ王女の身体が宙を飛ぶと、私がいた場所の魔石が、彼女のかかと落としで粉々に砕けた。…腕一本折れてるっていうのに、本当、どんだけ体力あるんだ!?


『――ええぃ!…まあ、獣人って身体能力高いから、死なないよね!?』


そう心の中で叫ぶと、私はその場を跳躍し、ジェンダ王女の頸椎をかかと落としの要領で蹴り落とした。


「――ッ!?」


そして更に宙で身体を捻り、回転しながら横顔に回し蹴りを入れる。

その衝撃でジェンダ王女の身体が吹き飛び、舞台から芝生へと転がり落ちていった。


トッ…。


あちこち穴の開いた地面に着地し、落ちたジェンダ王女を恐る恐る伺うと、倒れた状態のまま、ピクリとも動かない。…だ、大丈夫…かな?あ!息してる。…うん、大丈夫だ。取り敢えずは生きている!


私がホッと息をついたのと同時に、再びアルバ王国側からは割れんばかりの大歓声が、獣人側からは怒号が湧き上がった。ああ…でも良かった。ここまで大変だったけど、何とか勝てた!


――だけど…。


『こんだけ禁じ手をバカスカ連発したのを、前世でお世話になった先生方や師匠に知られたりしたら、絶対大激怒されて破門を言い渡されるよね…』


なんせ前世では、どの格闘技も素人や門下生以外の人に技をかけるのはご法度だったからな。ましてや狙って人体の急所を攻めるなんて、言語道断もいいトコだろうし…。


『…でもまぁ今現在は平和な状況じゃないし、私も命がかかっていたし…。うん、セーフだセーフ!』


心の中で、無理矢理納得させる。でも取り敢えずは謝っておこう。


――前世でお世話になった格闘技や剣術の先生方、本当にごめんなさい。でも先生方の教えのお陰で、私はこうして生きています。有難う御座いました!


『…それにしても…』


漫画に影響を受けてからこっち、意味も分からぬ激情に突き動かされ、一体何と戦ってんだか分からなかった、あの修行三昧の日々…。


あれはこの日、この時の為のものだったのだろうか…。うん、きっとそうだ。そうに違いない。そう言う事にしておこう。


「…さて…。第三、第二王女ときたら…。次は当然…」


私は先程放り投げた刀を再び腰のベルトに差すと、真っすぐに前を見据える。

その先には、狐の獣人であるレナーニャ第一王女が、凄まじい程の妖艶な微笑を浮かべながら、悠然と立っていたのだった。



==================



今度の戦いは、肉弾戦でした。

第二話あたりで書きましたが、エレノアは前世で、ヒーローアクション漫画に感化され、ありとあらゆる武道に片っ端から挑戦し、修行しておりました。

今回それが大いに役に立っておりますv

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