第112話 それでも恋に落ちた
胸に湧き上がってくる激情そのままに、リアムは勢いよくその場を立った。
「兄上!俺、バッシュ公爵邸に行って来ます!」
「えっ!?リアム!?」
「アシュル兄貴!俺も行く!」
「アシュル兄上、僕も行くから!今度こそあのゲテモノ結界、ヒビどころか破壊して、エレノア嬢を連れて帰ってくる!」
「待て!落ち着け、リアム、ディラン!それにフィンレー、お前は行く趣旨が違うだろ!ってか、連れ帰って来てどうする!こんな時期に、最上級貴族に喧嘩売る馬鹿がどこにいるんだ!頭を冷やせ!!」
「そんな事言って、アシュル兄上だって行く気だったんでしょ?」
「…フィン。悲しい事に、お前達のお陰で逆に冷静になれたよ。全く…。僕の弟達はやんちゃ者しかいないんだから!」
そう言うなり、アシュルは深々と溜息をつき、自分が腰かけているソファーの背もたれに深く身体を預けた。
「「「………」」」
苦労性な兄の疲れた様子に、ディラン、フィンレー、リアムも少しだけ頭が冷えたのか、大人しくソファーに座り直す。
「…しかし…そうか。エレノア嬢が僕とリアム同様、ディランとフィンレーの想い人だったとは…。こう言っては何だけど、想像すら出来なかったよ。なんせ、容姿が…ね」
「うん。聞いていたディラン兄上とフィン兄上の『エル』とは、似ても似つかなかったから…」
自分もリアムも、エレノアの容姿に魅せられた訳ではない。だが、
「多分だけどアレ、エレノア嬢がかけているメガネを媒介にして、そういう風に見せているんだと思うよ」
「え!?わざわざあんな風に!?…って、そう言えば、そもそもエレノア、最初からあんな見た目だったっけ。エレノアには言えないけど…俺、初めてあの恰好のエレノア見た時、正直頭イカレているのかと思ったからなぁ…」
リアムがその時を思い出し、しみじみと呟く。
それでもあの時、見た目以外は『素』のエレノアだったし、違った意味で衝撃的なその態度や行動のお陰で、あの奇天烈な格好はさほど気にならなくなってしまったのだが。
「あの時はまあ、僕達の目を欺く為に、盛りに盛ったんだろうけど…。でも、正直信じられないな…。自分の愛しい婚約者を、あんな見てくれにする男がこの世に存在するとは…」
アシュルの言葉に、その場の全員が揃って頷いた。
そう、どの男も、自分の婚約者をより美しく飾り立て、その美しさや可愛らしさを対外的に知らしめようとするのが普通だ。それがいくら他の男を虫除けする為とはいえ、仮にも愛する婚約者をわざと不器量な見てくれにさせるなど…。ハッキリ言って悪魔の所業だ。全くもって有り得ない。
――というか、それを承諾してしまうエレノア自身も大概だ。
何が悲しくて、わざわざ不器量な見てくれになりたいと願う女性がいると言うのだ。
そんな事を婚約者がお願いした時点で、普通の女性だったらまず間違いなく、相手に三下り半を突き付ける筈だ。
…まあ、ようはそれだけ、エレノアが婚約者である兄達やセドリックを愛している…という事なのだろうが…。
だが、それにしたって有り得ない。でも、そういった常識をすっ飛ばし、やってのけてしまうのがエレノアなのだろう。もう、呆れを通り越して「流石はエレノア嬢!」としか言いようがない。
「…まあ、あの狭量な婚約者達ならやり兼ねないだろうけど、そうせざるを得なかったってのが本当のトコかもしれないね。だって、あんな格好にしていたって、リアムもアシュル兄上も、エレノア嬢の事を好きになってしまったんだろう?」
「…うん…」
「…確かに…ね」
「なんせ、エレノア嬢が例の少女だって知らなかった僕やディラン兄上でさえ、ちょっと接しただけで好感持ってしまったんだからね。あの婚約者達以外にも、彼女に熱を上げている連中が沢山いるっていう話も、彼女に会って初めて納得したよ」
フィンレーの言葉に、その場の全員が心の底から同意し、頷いた。
そう、実はエレノアが知らないだけで、自分達以外にも、エレノアに密かに想いを寄せている者は、あの学院には数多く存在するのだ。それはエレノアの最大の魅力が外見的なものではなく、内面性にある事を如実に物語っている。
最初は、あのわざと作られた見た目に一歩引いてしまったとしても、彼女と実際に接した者達は皆、ことごとく彼女に好感を持ってしまうのだ。そうして自分自身が気が付かぬうちに、彼女の魅力に絡め取られ、恋に落ちてしまう。
そんな彼女が、『素』の状態のまま、外の世界に出てしまったらどうなるか…。それはもう、推して知るべしである。
もし自分達が彼女と初めて出会ったあの茶会で、外見も内面も素のままのエレノアと対峙していたとしたら…。多分間違いなく、自分達全員がその場で彼女に恋をしてしまっただろう。
そう考えれば、オリヴァーやクライヴがエレノアの姿や性格を偽ったのは、彼女を愛する婚約者として当然な行為と言える。
「兄貴、俺はエルを『公妃』にしたい!」
ディランの言葉に、アシュルは静かにかぶりを振った。
「…ディラン。彼女が承諾しなければ、無理だよ」
「――ッ!兄貴!?…でも…!」
「今回、『王家特権』は使わない。…というより、使えない…と言った方が正しいね。そもそも、『王家特権』は、公妃にと望まれた女性の合意があって、初めて成り立つんだ。…エレノア嬢が、公妃の座を手放しで喜ぶような子に見えるかい?」
「…それは…」
あのダンジョンで出会ったエル…いや、エレノアの事を思い出す。
木の棒で刺して焼いただけのマシュマロを、あんなに喜んで食べ、自分の手で魔物を狩るのが夢だと、キラキラした瞳で語っていたあの子。
『女』としての特権を使う気なんて欠片も無く、他人の為に自分の身を危険に晒す事も厭わない…。そんな子だからこそ、自分は恋に落ちたのだ。
「今の所、彼女は僕達の事を恋愛対象とは見ていない。一番親しくしているリアムでさえ『友人』の枠から出れていないんだ。容姿も権力も、彼女にとっては自分の恋人にする要素ではないと言う証拠だ。…まあ、僕達が自分に好意を持っているって知って、意識はしてくれているみたいだけどね」
「…アシュル兄上。兄上はエレノアを『公妃』にするのは諦めろって、そう言いたいのですか?」
リアムの言葉に、アシュルは静かにかぶりを振った。
「まさか!諦めるだなんて、そんな気は毛頭ないよ?…ただ、今は時期が悪すぎる。それに、さっきも話したけど、『王家特権』は使えない。使ったが最後、この国最強の戦士と魔導師、そして次期宰相、全員を敵に回す事になってしまうからね。勿論、彼女の婚約者達も同様だ。そうなれば下手をすると彼らが国に離反する事態になりかねない」
その場に居る者達は、誰もアシュルの言葉に反論しなかった。というか、全員物凄く納得した。あの連中からエレノアを取り上げれば、間違いなくそうなるだろう。
「彼らが一丸となってエレノア嬢の事を世間に…というか、我々王家に秘匿していたのは、大切なエレノア嬢を『公妃』として王家に取り上げられる事を防ぐ為だったんだろうからね」
――まあ、それでも僕達は恋に落ちたんだけど…。
アシュルは胸中でオリヴァーやクライヴ、そしてセドリックに『ご愁傷様』と呟いた。恨むのなら、あんなに魅力的な女の子を、この世に生み出してしまった女神様を恨んで欲しい。
「…だが、夫や恋人を選ぶ権利は、あくまで『女性』にある。例えオリヴァーやクライヴ、そしてセドリックが頑なに反対していても、父親達が止めても、エレノア嬢本人が望むのであれば話は別だ。ディラン、フィンレー、リアム。お前達もアルバの男だろう?なら、どんな手を使ってもエレノア嬢を自分に振り向かせてみせればいい」
そう言い切って微笑むアシュルの目を見た三人は、揃って息を飲む。それはまるで肉食獣が獲物に狙いを定めた時のような、獰猛な色に染まっていたからだ。
いつも冷静沈着で穏やかな長兄が見せた『男』の顏に、ディランはニヤリと口角をつり上げる。
「…上等だ。俺だって諦める気なんざ、サラサラねぇよ!」
「あのオリヴァー・クロスに全部持って行かれるなんて、考えただけでも業腹だね。…僕だって彼女の事を愛している。絶対に手に入れてみせるさ」
「リアムは?どうするんだい?」
「…俺は、エレノアしか要らない。そもそも、諦めたくなかったから、王立学院に行ったんだ。絶対にエレノアを妻にします!その為だったら、王家からの廃嫡も厭いません!」
「…いや、それ極論だからねリアム。…そしてそこの二人!「その手があったか!」って顏に出てるから!父上や叔父上達に半殺しにされる前に、その考えは捨てなさい!」
『え~!』という不満顔をこちらに向ける弟達に、アシュルのこめかみに青筋が浮かんだ。全くもって、こいつらは…!
「ピィッ!」
そんなカオスな空気溢れるサロンの中に、突然場違いとも言える可愛い鳴き声が響き渡った。
「あれっ?あの毛玉…」
フィンレーの言葉に皆が振り向くと、いつも王宮の外をふよふよ飛んでいるマテオの連絡鳥が、常とは違うスピードで、ヒューバードの傍にいた影の手に止まった。
「どうした?!ぴぃ!」
「ピィ!ピイピィピィ!ピピピピィ!!」
「な、なんだって!それは本当なのか!?」
「ピッ!」
「…うん、マテオ。最後だけは、何を言っているのか何となく理解したけど。取り敢えず僕達にも分かるように訳してもらえないかな?」
「はっ!も、申し訳ありません!…あのっ、アシュル殿下。オリヴァー・クロスよりの緊急伝達です。今すぐ再生致しますので、どうぞお聞きになって下さい!」
『緊急伝達』の言葉に、アシュル達の顏に緊張が走る。
「分かった。聞こう」
そうして、マテオの連絡鳥から聞こえるオリヴァーの話しの内容に、その場に居た全員が顔色を無くした。
「そんな…!エレノア!!」
「畜生、あいつら、どこまで…!兄貴!今すぐ獣人の奴らを捕らえて…いや、それよりもバッシュ公爵邸に直接行って、エルを思いとどまらせよう!ったく!オリヴァーもクライヴもこんなくだらねぇ事、なに了承してやがんだよ!?」
「…あのケダモノ共が…。やっぱり、あの子に害を成した時点で始末しておくべきだった…!」
「全員、落ち着け!ヒューバード!大至急、叔父上達に連絡を!すぐに王宮に戻るか、もしくは魔道通信で連絡が取れるようにと伝えろ!」
「御意!」
「ディラン!フィンレー!リアム!我々は国王である父上の元へと向かうぞ!」
アシュルの言葉に全員が立ち上がり、足早にサロンを後にする。
――そうして、王家とバッシュ公爵家、双方の慌ただしい夜は更けていったのだった。
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ロイヤルズの決意表明です。
というか、お父様方の恐ろしさが良く分かっておられます。
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