第111話 エレノア・バッシュ公爵令嬢

リアムが王宮に戻ると、あちらこちらで慌ただしい気配を感じる。

まあ、それも当然だろう。その時・・・・が近いとあらば。


勿論、その慌ただしさは目に映らない・・・・・・類のものだ。一般人が見れば、何時もの通り、普通に王城の人間達が話したり移動したりしているとしか見えないだろう。…人族を侮り、見たままのものしか見ようとしない獣人達の目にも、そう映るに違いない。


そうして影に促されるがまま、王家直系のみが使用出来る居住区へと向かい、いつものサロンへと入る。すると…。


「アシュル兄上!?え?ディラン兄上と…フィンレー兄上も?!なぜこちらに?」


確か全員、それぞれの持ち場で『仕事』をしている筈なのに。…ひょっとして、重大な何かが起こったとでも言うのだろうか。


戸惑うリアムに、アシュルが苦笑しながら説明をする。


「リアム、久し振りだな。大丈夫、『作戦』は順調に遂行されている。お前が心配するような事はないから安心しなさい」


アシュルの言葉に、我知らず詰めていた息をホッとつく。そんな弟に優しく微笑んだ後、アシュルは表情を引き締め、部屋の隅へと静かに声をかけた。


「…さて、ヒューバード。忙しい僕らをわざわざ全員招集したんだ。それこそ、それに見合った重大案件なんだろうね?」


すると音も無く、黒いローブ姿が部屋の中に浮かび上がる。


その後方には、同じくローブを纏った数人が控えていた。彼らもヒューバードと同じ、王家の影達なのであろう。彼らはアシュル達の前に立つと、全員片膝を着いて頭を垂れた。


「はい、勿論で御座います。…ですがその前に、ディラン殿下に直接お伝えしたき事があります」


「は?俺?」


「…良いだろう。許可する」


「有難う御座います。それでは…」


アシュルの許しを得たヒューバードはその場から立ち上がると、不思議そうに首を傾げた自分の主を真っすぐに見つめた。


「…ディラン殿下。あなた、馬鹿なんですか?」


「はぁっ!?」


突然腹心の部下にディスられ、ディランが素っ頓狂な声を上げる。

アシュル達や他の影達全員が「えっ?!」と戸惑う中、ヒューバードは深々と溜息をついた。


「はぁ…。まさか貴方が、あそこまで脳筋で鈍いとは…。エル君への貴方の想いがその程度のものだったのかと思うと、情けなくて涙が出ますよ。ええ、本当に!今回と言う今回は、本気で失望させられました!」


「ち、ちょっ…!ヒューバード、お前さっきから何言ってんだ!?」


「そうだよヒューバード。何いきなりディラン兄上を貶めている訳?いくら兄上が脳筋で単細胞のバカだったとしても、仮にも仕える主に向かって言うべき言葉じゃないだろう?」


「フィンレー!お前も俺を庇ってるようで、しっかり貶めてんじゃねぇか!!」


「え?貶める気なんてないよ?事実を言ってるだけだし」


「なお悪いわ!!」


「ディラン、フィン、そこまで。…というかヒューバード、言い方はアレだが、フィンレーの言う通りだ。いくらなんでも自分が仕える主に対して不敬過ぎるだろう?というか、まさかディランを我々の目の前で貶めるのが今回の召集の目的…なんて言わないよね?」


「…アシュル殿下の仰る通りです。大変申し訳ありませんでした。…つい、今迄の鬱憤とストレスが爆発してしまいまして…」


謝罪をし、深々とお辞儀をするヒューバードを見ながら、アシュルは「さもありなん」と、彼に心の中で同情をする。


ヒューバードには獣人達の監視の他に、いざという時、学生達やリアムを保護する事を目的に、学院に潜り込んでもらっているのだ。自分の目で、影達の報告で知れば知る程、獣人達の有様は胸が悪くなるの一言であった。それを黙って見ているだけと言うのは、いかな『影』とはいえ、さぞかしストレスが溜まるに違いない。


しかもヒューバードには、密かにエレノアの護衛もさせているのだ。


獣人達の悪意の標的になってしまっている彼女の護衛だ。さぞや歯痒い思いをしているに違いない。なにせ、命の危険がある迄・・・・・・・・手を出す事が出来ないのだから。


今日、エレノアの身に起こった事は、影とディランの報告で聞いて知っている。普段感情を露わにしない影達であったが、自分に報告をした際、口調に隠し切れない憤りと悔しさを滲ませていた。エレノアと直接関わりの無い王家の影達にしてこれなのだから、バッシュ公爵家の影達は、さぞ激怒していた事であろう。…そして、それを直に見ていたヒューバード自身も。


『勿論、僕もだけど…ね』


今自分は意識して、必死に普通の態度を貫いている。そうしないと自分で自分を抑えられなくなりそうだからだ。


何の落ち度もない自分の想い人が、理不尽な暴力に晒されて冷静でいられる男など、このアルバ王国には存在しない。自分がそれを耐えていられるのは、王太子としての責任感に加え、近々大規模な粛清が控えていればこそだ。


影からの報告を受け、エレノアの受けた苦痛と恐怖を思うと、「ぶっ殺してやろうか、あのケダモノども!」と憤っていたフィンレー同様、今すぐにでも彼らをこの手で八つ裂きにしてやりたくなってしまう。きっとヒューバードも自分達と同じ思いであったに違いない。


――でも、何でそこで『エル君』が出て来るのだろうか?


「ヒューバード、君には苦労をかけるね」


疑問に首を傾げつつ、心からの同情と労わりの気持ちを込め、そう声をかけると、ヒューバードは無表情でかぶりを振った。


「いえ、今回私を学院に配属して頂いた事、心の底から感謝いたしております。これこそまさに、天の采配と言えましょう。…なにせそのお陰で『彼の方』に巡り合う事が出来たのですから」


「彼の方?」


召使が淹れた紅茶に口をつけながら、リアムが不思議そうな顔をする。


「はい。…ディラン殿下。貴方がずっと探されていたご令嬢の事です」


「――ッ!?エルか!?あの子が見つかったというのか!?」


「ちょっと、ヒューバード!それは本当!?」


すぐさま反応したディランとフィンレーに、ヒューバードは深く頷いた。


「はい。…エレノア・バッシュ公爵令嬢。彼女があの時、ディラン殿下がダンジョンで出逢った少女であり、フィンレー殿下が夜会で巡り合った方です」


「「「「……え?」」」」


唐突に告げられた、予想もしていなかった名前に、ディランとフィンレー、加えてアシュルとリアムの思考までもがフリーズし、一瞬、その場に痛いぐらいの沈黙が流れる。


――が、次の瞬間。


「――…え?えええっ!?」


「は…?え?!エレノア…嬢が…!?」


「…ちょっ、ヒューバード!それって何の冗談?全然笑えないんだけど?!」


「エレノアが…ディラン兄上の好きな…エルって子…?!」


「ヒュー兄様!?それって本当なのですか!!?」


絶叫、困惑、その他諸々の叫びがサロン内に響き渡った。(若干一名、余分な声が含まれていたが)

そんな彼らを見ながら、ヒューバードは相も変わらずの無表情で頷いた。


「冗談などではありません。エレノア嬢を初めて目にした時、非常に懐かしい感じが致しました。それ故「もしかしたら」と様子を伺っていたのですが、あと一つ確信が持てず仕舞いでした。ですので、フィンレー殿下とディラン殿下に御足労頂いたのですが…。今回、ディラン殿下と接したバッシュ公爵令嬢の態度で、あの方がエル君であると確信致しました。ゆえに、殿下方にお集まり頂き、ご報告差し上げました次第です」


「う…嘘…だろ?エレノア嬢が…エル…?!」


呆然と呟くディランに、ヒューバードは青筋を浮かべながら頷いた。


「そーですよ!あの仕草や態度見ていて分かりませんでしたか?まんまエル君だったじゃないですか!」


「い、いや!確かにエルと重なるなー、可愛いなー…とは思っていたけど…」


「しかもエレノア嬢、途中で殿下の事を『ディーさん』って言いかけたんですよ?!それ聞き逃したあなたを見ていた時の私の気持ちが分かりますか!?怒りのあまり、ひっさびさに胃に穴が空きそうでしたよ!!」


「うっ…!そ、それは…。確かに申し開きも出来ねぇ…!…ああ…エル!手を伸ばせば届く所にお前がいたってのに、俺って奴は、なんて事を…!!俺のお前への想いはこんなもんだったってのか…?!クソッ!自分で自分をぶちのめしてやりてぇ!!」


「後で私がちゃんと、ぶちのめしてさし上げます!とりあえず今は、そのまま海底より深く反省していて下さい!」


――…カオスだ…。


その光景を見ていた影達はマテオ以外全員、心の中でそう呟いた。


ちなみにマテオはと言うと「え…?え?兄上が言っていた少女がエレノア?…え?」と、一人放心状態でブツブツ呟いていた。


ヒューバードの容赦のないツッコミの嵐に、ディランが叩きのめされている横で、フィンレーも呆然と言った様子で机に手をつき、何やらブツブツ呟いている。


「そんな…。この僕が…あの子の魔力を感知出来なかったなんて…!あの眼鏡…か?!あれで魔力を完璧に遮断していたと…!?クロス魔法師団長…やってくれたね…あのクソオヤジ…!!」


プライドを刺激され、メルヴィルへの呪詛を呟くフィンレーの横では、アシュルとリアムが共に呆然といった表情を浮かべていた。


「…え?ち、ちょっと待って…。エレノア嬢が…ディランとフィンレーが好きになった子…?」


「じゃあ…。あの夜会で見たあの子が…本当のエレノア…?」


アシュルとリアムは、共に夜会で見た少女を脳裏に思い浮かべ、徐々に顔を赤らめさせる。


今でも鮮やかに思い出せる。波打つヘーゼルブロンドの髪。宝石のようなキラキラした黄褐色の瞳と、バラ色の頬を持つ少女。

純白のドレスに身を包んだその姿は、夜の闇の中鮮やかに煌めいて、まるで妖精か天使のように美しかった。


一瞬で魅了されたあの美しい少女が、最愛の少女と同一人物…!?


「エレノア…」


リアムは愛しい少女の名前を無意識に呟く。


にわかには信じがたいその事実がジワジワと浸透していき、心の中にとてつもなく甘やかな喜びが湧き上がってくる。


『リアム…?』


自分を見つめ、頬を赤らめさせながらそう呟いた声に、エレノアを重ねた自分は間違ってなどいなかったのだ。



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遂に、ロイヤルズにエレノアの正体がバレました!

そして、あらかたの予想通り、ヒューさん案の定怒り心頭でした。


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