第110話 その喧嘩、買います!

「お…お兄様…。これは…?」


床に散らばる髪の束に、私は震える声で問いただした。


「…草食獣人の…召使達の髪の毛だ」


クライヴ兄様が険しい表情のまま、私の問いに答えてくれた。だが、その内容に私は顔面蒼白になってしまった。どうして?何故彼女達の髪がここに…?!


オリヴァー兄様はクライヴ兄様同様、固い表情を浮かべながら、そんな私を見つめ、口を開いた。


「つい先程、その髪の束と共に、君宛に手紙が届けられたんだ。…差出人は、シャニヴァ王国王族の連名となっている。内容は、エレノアに『娶り』の戦いを申し入れる内容となっている。要約すると、『明日、互いに自分の得意な戦い方で勝負をしよう。そちらが負けたら、婚約者を全員解放するように』…と、そう書かれているね」


「『娶り』の戦い?」


「僕もあまり詳しくは無いが…。獣人達の風習の一つで、自分が添い遂げたい相手が恋人ないし伴侶を持っていた場合、その相手と恋しい男性、もしくは女性を賭けて戦う事を意味する言葉らしい。ようは、愛する相手を力づくで我が物にする大義名分ってところかな。『力こそ全て』な獣人らしい風習だ」


心底、軽蔑しているように吐き捨てられた言葉に、私はとある人物を思い浮かべた。


「…これを画策したのはレナーニャ王女…でしょうか?」


王族の連名となっているけど、実質、オリヴァー兄様を『番』とするあの王女からの挑戦に違いない。…いや、今日ディラン殿下とクライヴ兄様にコケにされた、あの王女方も絡んでいるのかもしれないけど。


「ああ、多分ね。…はぁ…。最終通告を出して早々これか…。番狂いの獣人は本当に厄介だ。やっぱりあの時、問答無用で燃やしておくべきだったかな…?」


淡々と…そして忌々し気にそう呟くオリヴァー兄様の瞳が一瞬、紅く揺らめいた。私はオリヴァー兄様の本気の『殺意』を感じ、ゾクリと背筋を震わせる。


『それにしても…『娶り』の戦い…かぁ…』


アルバ王国の男性達も、恋しい相手を巡って戦う事はある。というか、常に競い合っている。だけど、一番大切なのは愛する相手の気持ちだという点ではどの男性の考えも一致しているから、その相手が悲しむ様な争いは絶対にしないのだ…と、誰かから聞いた事がある。


だからこそ兄様は、こんな他者を理不尽に巻き込み、己の欲望を最優先するような行動に強い憤りを感じているのだろう。ましてや自分自身がその元凶であるのなら、猶更だ。


「エレノア、この髪の毛は君が申し入れを断れないよう、送りつけられてきたものだろう。君は今日、自分の身を呈して草食獣人の侍女を庇ったからね。そんな君が、こんな脅しの材料を送られて、平気でいられる訳が無いと確信したのだろう」


「私が…ミアさんを庇ったから…」


しかも、結果的に王女達からミアさんを保護してしまったのだ。残った侍女たちの髪を切り刻んで送りつけて来たのは、それに対する報復の意味もあるのかもしれない。だとしたら、彼女達がそんな目に遭ったのは、間違いなく私の所為だ。


「…草食獣人を人族同様に見下しているあの王女達の事だ。この申し出を断れば即、彼女らになんらかの害を与える…と、暗に示しているのだろう」


私は床に散乱した髪の毛を見ながら、拳を強く握りしめた。

私に断る選択を無くすために、こんな酷い事をするなんて…!あいつら、どこまで腐ってるんだ!


「当然、この申し出はお断りする。ジョゼフ、待たせている使者にはそう報告を…」


「えっ!?オ、オリヴァー兄様!?待って下さい!そんな事をしたら、侍女達が!」


「確かに、彼女達の身は心配だが…。エレノア、僕達はかけがえのない君を、少しの危険にも晒す気は無いんだよ。ましてや、こんな卑怯な事を平気で行える連中と勝負をするなど、もっての外だ」


「でも…!私の所為で巻き込まれた、何の罪も無い人達を見捨てて、私だけ安全な所で守られるんですか!?そんな…そんなの、耐えられません!」


「いいから、黙って言う事を聞くんだ!」


強い口調に、ビクリと身体が竦んだ。


「…今回だけは、君が泣こうが喚こうが、絶対に許可しない!従わないと言うのなら、四肢を縛り付け、拘束をしてでも言う事を聞かせる!」


常にない程の真剣で冷徹な表情と口調に、言葉が出て来ない。オリヴァー兄様の横にいるクライヴ兄様もセドリックも、物凄く真剣な表情で私を見つめている。


『君が自己犠牲なんてしたら、泣く男が大勢いるんだからね。まず、いの一番に自分自身を守る事を考えるように』


以前、フィンレー殿下に言われた言葉が脳裏を過った。


…分かっている。兄様方だって、獣人の召使達が心配じゃない筈がない。でも、それ以上に私の事が大切で、心配で…。私に恨まれるだろう事は百も承知で、厳しい事を言っているのだ。私を…守る為に。


――それでも、私は…。


昼間のミアさんの姿が脳裏に浮かぶ。痛々しく怯え切っていたあの姿が。


私は意を決し、兄様方を真っすぐ見つめながら、自分の気持ちを伝えるべく口を開いた。


「オリヴァー兄様、クライヴ兄様、セドリック…。私の事、心配してくれて…そして守ろうとしてくれて有難う。…確かに私、ミアさんと同じく、虐げられているあの召使の人達を、助けてあげたいって凄く思っている」


「エレノア…」


「…でも…でもそれ以上に私…。あの王女達に、一発入れたいって思ってるの!!」


拳を握りしめ、鼻息荒く言い切った私を前に、兄様方やセドリックの目が丸くなった。


「…は?」


「…え…?」


「一発…入れる?」


「そう!出来れば一発入れるだけじゃなくて、自分の手でぶちのめしたい!今迄他国の王族だから、口も手も出せなかったけど、勝負を引き受ければ、身分云々関係無しで、何の憂いも無く正々堂々やり合えるでしょ?!」


そう、あのやりたい放題の獣人達に対し、いい加減、私の我慢も限界だったのだ。


ケモラーである私に、愛するケモミミ達を酷い目に遭わせた証拠を送り付けるなんて…!それに、婚約破棄しろだと!?何を血迷った事を言ってんだ!思い起こせば今の今迄、人の大切な婚約者である兄様方に、散々色目使いおって!あの色欲女共めが!!


あの傍若無人な色欲王女達と、こんな合法的に戦える機会なんて、今後絶対無いだろう。どの王女様と戦うかは分からないけど、私だって兄様方や父様方に何年もしごかれているのだ。しかも相手は私がただの非力な小娘だと思っている訳だから、その隙を突けば、勝機は絶対ある。


…って言うか、その非力な小娘を戦いに引きずり出そうなんて、本当、下種の極みというか…。


だけどおあいにくさま。私はただの小娘ではない。そちらがその気なら、私の持てる全力を駆使して、叩き潰してやろうではないか!


「い、いやエレノア…あのね…」


予想外の展開に、兄様方やセドリックが戸惑っている。そんな三人に、私は更にたたみかけた。


「それに、私が勝負を受ければ、獣人達は私を合法的に痛めつける事に集中するでしょうから、その隙に召使の子達を救け出してあげる事は可能ですよね?」


そう、今迄何だかんだやられていたけど、私に迂闊に手を出せなかったのはあちらも同じだ。憎い私を甚振れる絶好の機会が訪れれば、召使達の事なんてどうでもよくなるに違いない。


私の言葉に、オリヴァー兄様が目を見開き、再び険しい表情を浮かべる。


「それは…君自身を囮にするって事?」


「否定はしません。…でも私、負けるつもりはありませんよ?なんてったって、誰よりも大好きで大切な兄様方やセドリックとの婚約破棄がかかっているんですからね!私はみんなの婚約者を降りる気なんて毛頭ありません。死ぬ気で勝ちに行きます!」


私のやる気と熱意に、遂に兄様方もセドリックも二の句が告げずに黙り込んでしまった。…というか、あれ?ちょっと感動している…?


「…そんな場合じゃないのに…。不覚にも、物凄く嬉しい…!」


オリヴァー兄様が赤らんだ顔で口元を手で覆う。


「死ぬ気で俺達の為に…。いや、それは不味いだろ!…不味いんだが…」


あっ、クライヴ兄様が目元をうっすらと赤く染めている。


「誰よりも大切…。エレノア…。そんな情熱的な言葉を君の口から聞く事が出来るなんて…!」


セドリックの目がウルウルしている。…えっと、「そんな場合じゃない」って確かにその通りなんだけど、まさかそんなに喜ばれるとは…。これからはもっとちゃんと、自分の気持ちを口に出した方が良いかもしれない。うん、頑張ろう。


「…分かった。エレノアの言う通りにしよう。…でも万が一、エレノアの身が危険だと判断したら、僕らは絶対に介入するからね!?」


「出来れば最後まで静観していて欲しい…」


「…何か言った…?」


「い、いいえっ!はい、宜しくお願い致します!!」


オリヴァー兄様のドスの効いた声音に、条件反射で首を縦に振る。…うん、そうだよね。ここまで譲歩して貰ったんだから、ここは大人しく頷いておこう。


「…エレノアお嬢様。私はお嬢様が危険な勝負をお受けする事には未だもって反対です。…ですが…。ご婚約者様方の為にそこまで…。ご成長されましたね…!」


そう言いながら、ジョゼフがそっと目元を指で拭う。あれ?よく見てみれば、いつの間にかジョゼフの後ろに控えていたウィルも、ハンカチで涙を拭いながら何度も頷いている。…私って、どんだけ…。いや、今はそんな事を深く考えている場合じゃない。


私は勝負を受けた事を獣人の使者達に伝えるようジョゼフにお願いし、気持ちを落ち着かせるべく、大きく深呼吸をする。


そこで私は気が付いた。決闘…。場所は学院内で行うそうなのだが、果たしてどんな格好で挑めばいいのだろうか?


「オリヴァー兄様、決闘の服装はどうしましょうか?いつもの制服の下に、運動着を着こんでおけば大丈夫ですかね?あれならスカートが翻っても中が見られる心配ないですし…」


「普通に運動着を着なさい!!」


「お前というヤツは!何を考えている!!」


「むしろ何でそこで制服が出て来るの!?」


…はい。三者三様、物凄い勢いで却下を喰らいました。


ジョゼフにも「お嬢様には淑女としての嗜みが~…」とお小言喰らっちゃったし、オリヴァー兄様にも「丁度いいから」って、サロンに連行され、そのまま正座させられて「淑女とは何か」というお説教に加え、今日の私の行動についてのお説教までされてしまったのだった。…あれ?確か私、安静にしていろってベッドに寝させられていた筈では?


「明日決闘だー!って拳振り上げて力説している奴に、安静もクソもあるか!オリヴァーの説教が終わったら、今度は俺と時間の許す限り特訓だからな!」


「ええっ!?」


「エレノア、大丈夫!多少怪我をしても僕がすぐに治してあげるから!全力でクライヴ兄上に挑んでよ!」


「え?あ、ありが…とう?」


…なんだろう。なんかスポコン漫画のような展開になって来たな。


「お嬢様!我々も全力でサポート致します!」


「まずは余計な横やりを防ぐべく、取り巻きの獣人達を皆殺しに…!」


はい却下!皆殺しにしてどうすんですかあんたらは!!


「お嬢様!我々整容班も、全力でお嬢様の晴れ舞台に向けて、衣装をご用意致します所存!」


…あ…あれ?いつの間に召使の人達が勢揃いしているよ。にしても衣装って?普通にいつも使っているジャージでいいのでは?


「生地の配色は、やはりご婚約者様方の色を加えねば!単色一辺倒など、言語道断!皆、今夜は徹夜だぞ!」


「柔軟性と機能性、そして何より、お嬢様のお可愛らしさを引き立たせるよう、華やかさを強調しましょう!」


「ついでに破損するのを防ぐ為、生地に防御結界の術式を付与するのは?!」


「それじゃあついでに、攻撃魔法も付与しよう!」


――駄目だ。聞いちゃいない。というか、攻撃魔法を付与するのは止めて下さい。それって犯罪です。


…うん、これは無様な試合は出来ないな。頑張ろう!


「エレノア…僕の言葉、ちゃんと聞いてる?」


「はっ、はいっっ!!」


私はオリヴァー兄様のお説教を少しでも早く終わらせるべく、真摯な態度を取りながら、正座している下半身に気合を込めたのだった。



==================



エレノア、ブチ切れの回です。

そして、相変わらずのエレノア節が炸裂しました。

無自覚タラシの本領発揮ですねvというか、完全にロイヤルズに正体バレた事が忘却の彼方に…。

次回はそのロイヤルズの回です。

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