第106話 もしかしたら同志!?
「あ、そう言えば!」
戸惑った様にこちらを見ているうさ耳…もとい、ミアさんに気が付いた私は、慌てて彼女の傍へと駆け寄った。
「御免なさい、放っておいてしまって。…あの…。王女様方行ってしまったけれど…。貴女、またあの方々の所に戻るの?」
「…はい」
「もしかしたら、もっとひどい目に遭うかもしれないのに?」
「それは…殿下方を不快にしてしまった私が悪いのです。仕方がありません」
そう言って、全てを諦めたように微笑むその姿は痛ましいの一言に尽きた。私は思わず、両手でミアさんの手をしっかりと握る。
「ミアさん!私の所で働かない?」
「…え?あ、あの…?」
「大丈夫!私のお父様方も兄様方も凄く優しいし、使用人達も皆とても親切で良い人達ばかりだから!それにミアさんすっごく可愛いし女性だから、きっと皆大切にしてくれるわよ!勿論、私も一生大切にします!」
いきなりの申し出に戸惑う彼女に構わず、私はここぞとばかりに押しまくった。
勿論、ミアさんの身が心配だからなんだけど、当然と言うか私の願望も入っている。…だって、もし彼女がうちで働く事を承諾してくれたとしたら、念願の生ケモミミメイドさんが爆誕ですよ!?
ああ…。ミアさんがメイド服着て「お帰りなさいませ、ご主人様♡」って私に微笑んでくれるなんて…!いかん!想像しただけでも鼻腔内毛細血管がヤバイ!
「…落ち着けエレノア。そんな事無理だって、ちょっと冷静になれば分かるだろう?…ってか、何だその『一生大切にします』って。プロポーズか!?」
呆れたようなジト目でそう言い放つクライヴ兄様。何となくだが、私の脳内願望を察しているっぽく、視線が半端なく冷たい。
…うん。そりゃあ私だって分かってますよ。他国の王族付きの召使を、同じ王族ならともかく、身分が格下の公爵家が雇い直すなんて出来る訳が無いって事ぐらい。でも、こんな酷い扱いを受けている人を、放っておくなんてしたくないんだよ。
「安心しろ。その子は王家が保護してやる」
その時、唐突に助け船が出された。
「ディラン殿下!?…え?でも、いくら王族でも、あの王女方が了承するでしょうか?」
しかもあれだけコケにされたと怒っていたのに。
心配そうな私に対し、ディラン殿下が安心させるように微笑んだ。
「そうだな…。あっちもごねるだろうが、留学延長をチラつかせてやりゃあ、折れざるを得ないだろうよ」
「で、でも良いのですか?私の我儘で、王家の決定事項が覆るなんてことになるんじゃ…」
「大丈夫だ。あの最終通告は、ただの脅しだからな」
「脅し?」
「そう。…あいつらが退場するのは
一瞬、ディラン殿下の顏から笑みが消え、冷たい表情が浮かぶ。それが人外レベルの美しく精悍な顔に凄みが加わり、思わず背筋にゾクリと震えが走った。
それはミアさんも同じだったみたいで、元々白い顔が真っ白になり、うさ耳もめっちゃぺったり寝てしまってピルピル震えてしまっている。
そんな私達に気が付き、ディラン殿下が慌てて表情を元に戻し、安心させるように極上スマイルを浮かべた。
「悪い。恐かったな!…え~と、君は俺の名にかけて、必ず守ってやる。だから安心して欲しい」
「え…あ…」
顔面蒼白だったミアさんの顏が、瞬時に真っ赤に染まった。…そりゃそうだよね。いきなり人外レベルの美形に優しく微笑まれたんだから。うん、分かりますよその気持ち。私も何度、今のミアさんみたいな状況になって、鼻血を噴きまくったことか…。
ああ…。それにしても、動揺からかミアさんのうさ耳がピコピコしている。…ううっ!可愛い!
すると、そんなミアさんを…というより、ミアさんの耳をジーッと見ていたディラン殿下がポツリと呟いた。
「…触ってみてぇな…」
――えっ!?なんですと!?触ってみたい…!?
「で…殿下!今…触ってみたいって…。ひょっとして、ミアさんの耳を…ですか!?」
「え?あ、悪い!いや、うっかり…」
慌てて謝罪したディラン殿下を見た瞬間、私は確信した。
間違いない!ディラン殿下、うさ耳を触ってみたいんだ!って事は、ひょっとして、ひょっとしたら…!
「デ、ディラン殿下はケモラーなのですか!?」
「は?けも…なんだって?」
「彼女の耳、とても可愛いですよね!?」
「あ?あ、ああ…。可愛い…よな?」
「だから、触ってみたいと仰ったんですね!?」
「え?まあ、触ってみたかったが、それは…」
「嬉しい!ディラン殿下が私と同じケモラーだったなんて!!」
何と言う事だろう!まさかディラン殿下がケモミミ愛好家だったなんて!そんな事、欠片も想像しなかったよ!というか、一番ケモラーの対極にいるイメージだったから、ビックリだ!そうか…。ワイルドな見かけの人に限って、可愛い物好きって説は本当だったんだ!
「…おい、クライヴ。なんだ『けもらー』って?」
エレノアにキラキラしい眼差しを向けられ、戸惑うディランが横にいるクライヴに小声で尋ねると、クライヴは残念な子を見るような眼差しで妹を見た後、深々と溜息をついた。
「…どうやら妹は、貴方が可愛い小動物好きで獣人の耳に愛着があると誤解したようです」
「はぁ!?なんだそりゃ?」
「まことに申し訳ありませんが、暫く話しを合わせてやって頂けますか?」
「お…おう。まあ…いいけど…」
ディランは自分を「同志」だと思ってキラキラしい視線を向けている少女を、汗を流しながら見つめた。
実の所、ディランはミアの動く耳を見て『ウサギの耳か…掴みやすそうだな』と言う意味で「触りたい」と言っただけなのである。いわばウィルと同じ、狩猟的な意味合いだったのだ。それを獣の耳を愛でる同志に誤解されてしまうとは…。
『う~ん…。変わっているとは話に聞いていたが…。想像以上のご令嬢だな…』
今日、自分がこの学院を訪れたのは、クライヴに用事があったのも本当だが、実はヒューバードに「エレノア嬢に会ってみて欲しい」と要請があったからなのだ。
『ヒューの奴。前はフィンレーにもエレノア嬢に会えと言ったらしいな。…一体何の意図があっての事なのか…』
こうして間近に接してみたエレノア嬢は、リアムやアシュル、そして影達から聞いた通り、素直でとても優しい少女だった。多少変わっているが、それも不快な類ではなく、寧ろとても微笑ましいものだった。
それに、こうして純粋な好意の眼差しを向けられれば悪い気はしない。…というか、表情筋が自然と緩んでしまう。
『ディーさんもヒューさんも、凄く強いんですね!凄いなぁ!』
「――ッ!?」
不意に、愛しい少女の声が脳裏を過り、懐かしい面影が目の前の少女と重なって、思わず瞠目する。
『エル…!?』
「ディラン殿下…?」
そんな自分に、戸惑いながら声をかけるエレノアの姿を見て我に返る。
「あ、あの…済みません、ディラン殿下。私、つい興奮しちゃって…はしゃぎ過ぎました」
全く似ても似つかぬ外見なのに、恥ずかしそうに顔を赤らめるその姿が、どういう訳か、最愛の少女とダブって見えてしまい、そんな筈が無いと分かっているのに、エルに対する愛しさがそのまま、目の前の少女に湧いてきてしまう。
「…クライヴ。お前の妹って、本当に可愛いな」
ポロリとそんな言葉が漏れた。うん、本当に可愛くて仕方が無い。なんと言うか…。フィンレーも口にしていたが、手元に置いて、いつまでも可愛がってやりたくなるような感じだ。小動物にそれ程執着はないと思っていたのだが…。ひょっとして自分もエレノア嬢と同じ、「けもらー」だったのだろうか?
それとも…。未だもって出会えない、愛しい少女への渇望が、似た面影を持つ目の前の少女をそんな風に見せてしまっているのだろうか。
『それにしても…。兄貴とリアムの想い人とエルが似ているって凄いよな。やっぱ兄弟だから、好み似るのかな?』
そんな事を考えていたディランは、クライヴが一瞬警戒の表情を浮かべた事に気が付いていなかった。
「エレノア。そろそろここから移動するぞ」
「あ、はいっ!クライヴ兄様」
ケモラーの同志出現に、うっかり浮かれてしまったけど、確かにいつまでもここにいるのは不味いだろう。ミアさんもいい加減、医務室に連れて行って治療してあげないとね。
その時、背中がズキリと痛んで、思わず顔を顰めてしまう。
ロジェ王女に蹴られたところ、結構腫れているようだ。まあ…あれだけ思い切り蹴られたんだしな。幸い、骨とかは折れていないみたいだけど。
「御免ね、ミアさん。今度こそお医者様の所に行こうね」
「あ、あの…。でも、私などより、お嬢様こそお医者様に診て頂いた方が…。お辛いのですよね?」
心配そうに私を見ているミアさんの言葉に、クライヴ兄様とディラン殿下の眉がピクリと動いた。
「「…は…?」」
おおぅ!?クライヴ兄様の背後から暗黒オーラが!あっ!顔にも影が!!
「…お嬢さん。それはどういう意味ですか?」
「え?あの…。お嬢様はロジェ殿下に背中を思い切り蹴られてしまわれて…」
ミアさんが馬鹿正直に答えた瞬間、その場の空気が文字通り凍った。
「…氷漬けにしてやれば良かった…」
ク、クライヴ兄様、お気を確かに!!あっ!周囲にキラキラ光る粒が!これって…ダイヤモンドダストですかね!?
「…あん時、手首折っときゃ良かった…」
ディ、ディラン殿下!?あっ!今気が付いたけど、表情、クライヴ兄様ばりに恐いです!しかも、めっちゃ空気が燃えてます!熱いです!クライヴ兄様の氷結と合わさって、プラマイゼロになっています!良かった~、不幸中の幸い…って違う!殿下、貴方もお気を確かに!そもそも貴方がた、なに魔力を駄々洩れさせてんですかー!?
私は「いや、そんなに強くは蹴られてないし、今も全然痛くありませんから!」と必死に兄様と殿下をなだめすかし、恐怖のあまりにガクブル震えているミアさんを何とか落ち着かせながら、その場を後にしたのだった。
ちなみに、二人の魔力を見てしまったミアさんは、口留めも兼ねて王家が保護する事が正式に決定されたのであった。
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ディラン殿下、鈍さの中にも本能が「エルだ!」と気が付いた模様。
もうちょっと喋っていたらヤバかったかもしれませんね。
そして勝手に、同志にされてしまうという…(笑)
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