第105話 ひょっとして鈍い?
ディラン殿下の表情の穏やかさと反比例するように、ディラン殿下に腕を掴まれているジェンダ王女の顏が苦痛に歪んでいく。
ジェンダ王女が必死に振り解こうとしているようだが、ディラン殿下の腕は少しもぶれる事が無い。どうやら相当な力で腕を掴んでいるみたいだ。一応王女も女性なのに、良いのかなって思ってしまう。
「エレノア。無事だな?」
ハラハラしていると、すぐ近くから聞き慣れた声がし、慌てて顔を上げる。するとそこには、クライヴ兄様が心配そうな表情を浮かべながら立っていたのだった。
「クライヴ兄様!」
思わずちょっと、いつの間にか入っていた全身の力が抜けてしまう。そんな私の身体を、クライヴ兄様が優しく腕の中に抱き締めた。
「は…離…せっ!!」
ジェンダ王女の叫び声が響く。そこでようやく、ディラン殿下は彼女の腕を解放した。見れば手首が真っ赤になっていた。流石に折ってはいないのだろうが、ひょっとしたらヒビぐらいは入っているのかもしれない。
顔を歪め、小さく呻く王女を庇う様に、獣人の男達が王女とディラン殿下の間に入り、ディラン殿下を睨み付ける。…が、獣人達の耳、何気に寝ているし、尻尾も逆立っているものの、下に下がってしまっている。どう見ても殿下の圧に押し負けてしまっているようだ。
「ディ、ディラン王子!我がシャニヴァ王国が誇る第二王女殿下を…。ましてや女性にこのような無体な仕打ち!ご自分が何をされたのか、お分かりか!?」
取り巻きのうちの一人がディラン殿下に抗議するように前に出る。
厚く丸い耳。体躯も大柄でディラン殿下よりも一回り程大きく、ガッシリしている。多分熊の獣人であろう(しかも超肉食のグリズリー系)
だが、ディラン殿下は全く動揺する様子も見せず、逆にその燃える様な深紅の瞳で鋭く射貫くように相手を見やった。
「先に我が国の女性を傷付けようとしたのはそちらだ。お前達の方こそ、よってたかってたった一人のか弱い女性に何をしようとした?国王陛下のご下命を再三無視するとは…。獣人とは、余程物覚えが悪い種族のようだな。なぁ?クライヴ」
「そうですね。恐らくは能力の重要な部分の大半が、身体能力に偏ってしまっているのでしょう」
ディラン殿下に話を振られたクライヴ兄様が、事も無げにサラリと毒を吐く。途端に獣人達が殺気立つが、ディラン殿下のひと睨みで再び押し黙った。
…ってか殿下、今兄様の事をサラッと「クライヴ」呼びしましたよね?!兄様も当然って言うようにそれを受けてるし。え?何で?いつの間にそんな仲良くなったんですか?!
「お…のれっ!よくもこの私にこのような真似を…!劣等種族を誉めそやし、そのような美しくもなんともない小娘に傅くなど…。そちらの男といい、この国の男共は、どこまで私達を侮辱すれば気が済むのだ!?」
ジェンダ王女の美しい顔が憤怒により醜く歪む。ロジェ王女も似たような表情を浮かべている。
そんな彼女らを目にしながら、ディラン殿下が薄く笑った。
「あー、それってあんたらのベッドの相手をお断りした事を言ってんのか?そりゃあ悪かったな。ほら、この国の男達って女の趣味が良いんでね。あんたらみたいなのが相手じゃ萎えんだわ」
「――ッ!」
「な…っ!」
物凄いド直球の返しに、ジェンダ王女もロジェ王女も絶句してしまった。
ディ…ディラン殿下…相変わらずですね!以前お会いした時もそう思ったんですが、口調も態度も、キレッキレに冴え渡っていて、めっちゃ王族っぽくないです!…あれ?っていうか、それ言ったらアシュル殿下以外の殿下方って、ぶっちゃけ全員王族っぽくない…かもしれない。
以前、フィンレー殿下がアシュル殿下の事を「苦労性」って言っていたけど、ひょっとしたら弟達のこういった自由でフランクな所に、いちいち苦労しているのかなって思ってしまった。アシュル殿下って、接してみて分かったけど物凄い長男気質だったからなぁ。
でも私としては、王族の鑑って感じのアシュル殿下も滅茶苦茶恰好良いんだけど、他の殿下方も、そういった王族らしくない所がとても素敵だと思う。(フィンレー殿下はちょっと恐いけど)
「ともかく。そろそろ最終通告を覚悟しろ。あんたらはおイタが過ぎた」
突き放すように言い放たれ、両王女方が、ワナワナと身体を震わせる。最終通告…という事は、つまりは留学中断って事だろうか。
「お…のれ…!種を残す事しか価値の無い人族の分際で…!
なんか物凄い捨て台詞を吐いて、王女達と取り巻き達が踵を返し、その場から立ち去って行った。でも『その時』って、どういう意味だろうか。
そうして獣人達の姿が見えなくなった所を見計らい、突然クライヴ兄様が私の頭をガッシリと掴んだ。
「えっ!?」
「お前というヤツは…!!何でさっさと俺の名を叫ばねぇんだ…!この頭は飾りか!?あぁっ!?」
「いたっ!いたたたたっ!い、いたいですっ!!ごめんなさい!クライヴにいさま~!!」
ギリギリギリ…と、容赦のない鷲掴みが私の頭部を締め付ける。必死に謝りながら、何とかクライヴ兄様の手をほどこうともがくのだが、当然と言うかその手はビクともしない。
クライヴ兄様、もう止めて下さい!そろそろ私の頭、指の形にへこみます!!
「おいおい、クライヴ。心配だったのは分かるが、もう止めてやれよ」
「ディラン殿下!貴方はこいつの学習能力の無さが分からないから、そういう事を仰るんです!!」
「いやまぁ…。確かにそれはよく分からんが、女の子相手にソレはないだろう。いいから止めてやれ」
いきなり始まった、妹に対する苛烈とも言える断罪劇を目の当たりし、ディラン殿下が戸惑いながらも仲裁に入ってくれる。クライヴ兄様も、殿下の言葉に渋々掴んでいた私の頭を離してくれた。
うう…っ…痛かった!頭蓋骨は…陥没してない。よ、良かった…!
「あ、あのっ!有難う御座いました!ディー…ディラン殿下!」
――あ…危ない!うっかり「ディーさん」って言いそうになってしまった!!あっ!クライヴ兄様も『このおバカ!』って顔で私を見てる!御免なさい兄様!で、でも今の…セーフ…ですよね?
私は冷や汗を流しつつ、改めてディラン殿下の方へと向き直ると、諸々の「ありがとう」を込めて、深々とディラン殿下に頭を下げた。
本当に…。あのダンジョンではこの人に出逢わなかったら、私だけでなく、兄様達の命すらどうなっていたか分からない。真面目に私達の命の恩人だ。今だって、下手すれば大怪我を負いそうになった所を助けてくれた。…クライヴ兄様の制裁も仲裁してくれたし(これに関しては自業自得だけど)、本当に感謝してもし切れない。
あの時から本当はずっと、こうしてお礼を言いたかったのだ。口に出せない諸々のお礼も込め、私は精一杯深々とお辞儀をした。
そんな私の頭に、大きくて温かい手がそっと乗せられ、そのままワシャワシャと頭を撫でられる。
「えっ?」と顔を上げると、物凄く優しい笑顔を浮かべたディラン殿下の精悍な美貌が私を見つめていて、ぱっと見クール系な美男子のギャップ萌えに、思わず瞬時に顔と言わず全身真っ赤になってしまった。
「…兄貴や弟達が言っていた通り、本当に良い子だな。それにその…容姿も言われていたような感じじゃなくて、寧ろ可愛いじゃないか!」
――あ、良かった…。さっきのうっかり呼びに気が付いていない。セーフだ。あ、焦った~!!
にしてもディラン殿下。「言われていたような」って、私の容姿ってどんな感じに伝わっていたのでしょうか?しかもそれを口にしちゃうあたり、ほんのりとグラント父様臭(つまり脳筋臭)が致します。
ちなみに、今現在の私の容姿についてだが、ソバカスが綺麗さっぱり無くなって、頬もかなり血色が良くなってきている。髪型もツィンテールだけではなく、ポニーテールとかシニョンとか、色々変えられる様になっているのだ。更に言えば今現在の私の髪型、巻いた髪をポニーテールにしてリボン付けてます。
残念なことに、未だ髪の毛はパサパサで枯れ葉色なんだけど、これから段々改善していく予定です。
「ディラン殿下…。妹が困っていますから」
クライヴ兄様が、さり気なく私を自分の方へと引き寄せた。あれ?だけど、他の殿下方の時と違って、言葉にも態度にも棘が無い。
「はっはっは!悪い悪い、お前の大切な婚約者だもんな!不用意に触って悪かった!」
「…いえ…」
クライヴ兄様、なんとなーく、ホッとしているような微妙そうな顔をしている。
そりゃそうだよね。私の事があるから一応恋敵認定しているけど、クライヴ兄様もオリヴァー兄様も、ディラン殿下のお陰で私が助かったからって、実はもの凄くディラン殿下に感謝しているのだ。
それは父様方も同様で、グラント父様なんか、ディラン殿下に請われるがままに弟子認定して、直接剣術の指導をしてあげているぐらいには感謝しているのだ。
多分だけど、王族でさえなければ、私が殿下を夫にしたいと言ったら、あっさり了承されるのではないだろうか。(いや、しませんけども)
まあ、だからこそ、私の正体を黙っている罪悪感と、私とこうして会わせてもバレなかった事への安堵感がクライヴ兄様の心の中でせめぎ合っているのだと思われる。
「あ、あの…。どうしてディラン殿下はここに…?」
私はなるべくディラン殿下と視線を合わせないように(こういう時、外から目が見れない眼鏡って便利!)そう尋ねると、ディラン殿下は「ああ」と言って説明を始めた。
「今現在、クライヴには俺の指揮下に入って、仕事を手伝ってもらってるんだがな。ちょっと緊急の用事が入っちまったから、直接伝えにやって来たんだ」
えっ!?王族が直接伝えに来る用事って、一体全体なんなんだろ?
「まあ、それだけだったら、わざわざここまでは来なかったんだが…」
「え?」
「いや。で、クライヴの奴と話をしていたら、コレが飛んできてな。クライヴと一緒に慌てて駆け付けたら、あいつらに絡まれていただろ?んじゃ、王族である俺が出た方が良いだろうって事になったんだ」
そう言って、差し出された掌には、オレンジ色の毛玉が…。あ!そういえばぴぃちゃん、今日はリボンのボンボンに擬態していたんだった。
「そうだったんですか…。ぴぃちゃん、有難う」
ポンッと小鳥の姿になったぴぃちゃんは、ディラン殿下の掌から飛び立ち、私の肩に止まると頬っぺたに摺り寄り、甘えだす。私も感謝の気持ちを込め、フワフワの身体を指で優しく撫でてやった。
「…クライヴ。お前の妹、可愛いな」
小動物と少女の心温まる触れ合いにほっこり癒され、相好を崩すディランにクライヴは『この人…かなり鈍いな』と胸中で呟きつつ、「ええ…まぁ…」と曖昧に相槌を打ったのだった。
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ディラン殿下、真打ち登場か…!?と思いきや、全てにおいてド直球なお方でした(笑)
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