第104話 紅い邂逅
「…小娘。何故貴様がここにいるのだ!?」
――いや、それまんま私の台詞ですが?
だが私の疑問は、王女方の後方にいた側近であろう複数の獣人達を見て解消する。…成程、この王女方、しっかり
「ジェンダお姉様、おおかたこの小娘、自分の男の誰かとここで落ち合おうとしていたのでしょう」
「ふん!見た所まだ成人前のくせに、ふしだらな事だ。好みの男とあらば、身分を使って手当たり次第手に入れようとするだけの事はあるな!このあばずれが!」
――…自分自身を鏡で見ろと言ってやりたい。
あんたら、後ろの男達と今迄何してました?微妙に服が乱れてますよ?しかもうちの国の殿下方を、初対面で片っ端からベッドに誘っておいて、どの面下げてこういう事言えるんだか!ああ…本当、ないわーこいつら!!
「…殿下方の御推察に沿わず申し訳ありませんが、私は更衣の為にここに来ただけです。…と言うか、それ以外、何の目的でここを使用すると仰せなのでしょうか?」
わざと含みを持たせた私の言葉に、ジェンダ王女もロジェ王女も、揃って顔を顰めさせた。
「ああ、でもその途中で怪我人を発見したので、これから医務室に連れて行こうと思っていたところです」
そう言って、さり気なくこの場から退出しようと思ったのだが、やはりというか、そうは問屋が卸さないらしい。
「何を勝手な事を…!その娘は私達の侍女だ!人族ごときが余計な真似をするな!」
「いいえ、そうはまいりません。この国において、女性は絶対的に守られるべき存在。この国に身を置く限り、どの国の方であろうとも、その不文律は適用されます。ですから私は、この方をお助けする義務があるのです!」
そう言うと、私は彼女…ミアを背に庇うように立ち上がり、王女方を真っ向から睨みつけた。不敬と言われようが構わない。どうせ何をやっても良くは思われないのだから。
「下等種が下等種を庇うとは。同類憐れみか?それにその者が怪我を負ったのは、その者の罪ゆえだ!飼い犬が自分の分も弁えず、当たり構わず男を誑かしておったから、主人である私達が躾を施してやっただけの事。それの何が悪い!?」
「…ミアさんが誑かしたというより、我が国の男性達がミアさんの魅力にやられて、骨抜きになってしまっただけだと思うのですが…」
――はっ!しまった!つい大いなる本音が!!うわぁ…!王女達の顏が憤怒に満ち満ちて、殺気まで駄々洩れてる!!
「ミアの魅力に…だと?!こんな力も何も無い、見るからに貧弱な下等種族の小娘に?!そんな事有り得ぬ!!」
「そうだ!この女が身体でもなんでも使って男共を誑かしているだけだ!そうでなければ、なぜミアや他の下等種族どもだけが、あれだけの男達に言い寄られていると言うのだ!?」
…なんだろう。言外に「私達には見向きもしないくせに!」っていう、王女方の本音が透けて見えるようだ。
「…はっ!まあこの国は、女に媚びへつらって、何とか自分の種を残す事にしか興味の無い、顔だけの軟弱者しかおらぬからな!そんな輩共には、ミアや貴様のような下等な女がお似合いかもしれんな!」
蔑み切ったジェンダ王女の言葉に呼応するように、後方に控えていた獣人の男共が嘲るような嫌な笑い声を上げた。…全く、本当にこいつら、話しているだけで不快になるな。オリヴァー兄様じゃないけど、視界に入れるのも嫌になってくる。
「左様ですか。お話がそれだけでしたら、私はこれで失礼させて頂きます。ミアさん、立てますか?」
戸惑うような表情を浮かべたミアに微笑みながら手を差し出す。そんな態度の私にブチ切れたロジェ王女が、私の背中を足で蹴り飛ばした。
「うわっ!」
背中に受けた衝撃に顔を顰めつつ、咄嗟に受け身を取ったお陰で、かろうじて床に転げる事は避けられたが、慌てて手を広げ、受け止めようとしてくれたミアさんの胸にダイブしてしまった。
「だ、大丈夫…ですか?!」
心配そうに私を覗き込んだミアさんの長いうさ耳が、私の頬にフワリと触れる。う…わぁ…!フワフワ!柔らかい~!!
「う…うん、大丈夫!御免ねミアさん。有難う!」
うん、本当に有難う!貴方のうさ耳のお陰で、背中のダメージがプラマイゼロだよ!生ケモミミ万歳!!
私はミアさんに笑顔を向けた後、ミアさんの手を取り、立ち上がらせると、ジェンダ王女とロジェ王女の方へと向き直った。
「いきなり何をなさるのですか!?」
「お前の方こそ我が国の侍女を勝手に連れて行こうだなどと、何様のつもりだ!?」
「ですから、先程も申し上げた通り、治療を…」
「そんなもの、侍女ごときに必要ないわ!放っておけば腫れもじきに引く!」
先程からの、あまりにも理不尽な言動に、ついに私はブチ切れた。
「貴女方はそれでも、民の上に立つ者ですか!?」
「――ッ!?な、なんだと!?」
「下等種族と馬鹿にしていますが、今の貴女方が何不自由なく暮らしていけるのは、貴女方が言う所の下等種族と呼ぶ国民達のお陰ではないのですか!?彼らの働き無くして、国は成り立ちません!だからこそ私も含め、上に立つべき立場の者は、いざという時は命をかけて、彼らを全力で守らなくてはならないのです。間違っても立場に奢り、目下の者を見下し嘲るなんて事、してはいけないんです!!」
一気に言い切った後で、王女達や側近達が殺気立ったのを感じ、私はこうなる前にクライヴ兄様を呼ばなかった事を少しだけ後悔した。
でも言いたい事は言ったし、後悔はしていない。それに、クライヴ兄様に助けを求めた後で偉そうな事を言うのも、なんか違うような気がしたのだ。…我ながら馬鹿だなと思うけど。
――ちょっと残念なのは、私の言葉が全く相手に響かなかったって事かな。
まあでも実際彼らにとって、私はどこまで行っても下等種族で、しかも自分達が欲しいと思った男達のことごとくを手に入れている、許しがたい存在なのだ。そんな相手が何を言おうが、それはただの侮辱でしかないのだろう。
「この…醜女めが…!黙って聞いておれば…!」
「ジェンダ様、ロジェ様、この女への仕置きは私共が!」
「身の程を弁えさせてやりましょう!」
尻尾や耳を逆立たせた獣人の男達が私の方へと近寄り、私の身体に鋭い爪の生えた手を伸ばした。
――次の瞬間。
「――ッ!!」
四方八方から、見えない圧が、獣人達に容赦なく突き刺さる。
それは近くにいた私にも分かる程の…まさに『殺気』と呼べるものだった。
途端、私に手を掛けようとしていた獣人達が、一斉に王女達を守るように背に庇いながら、誰も居ない空間を睨み付け、周囲を見回す。だが圧を感じてはいても、その圧を放った相手の位置が把握できずに戸惑っている様子だ。
そして、嗅覚も直感も優れているであろう自分達が、気配すら辿る事が出来ないという事実に、焦りと恐怖も感じているようだ。
「…この国の貴族の女性には、必ず『影』が付くのです」
私の言葉に、獣人達が驚愕の眼差しを向けてくる。
「当然、公爵令嬢の私にも『影』が付いております。しかも、複数人。この意味…お解りになりますでしょう?」
獣人達に、明らかに焦りの色が見える。今迄この国の人間(男)を「顔だけの優男」と侮っていたのに、自分達が警戒する程の圧を放つ者が…しかも匂いも気配も辿らせない相手が
――所詮は人族。いくら手練れとは言え、獣人である自分達を害する事など出来はしないだろう。…だが、油断をすれば傷程度は負わされる可能性もあり得る…か。厄介な!
「ほんのかすり傷であろうと…。劣等種族に負わされるなど…不愉快千万…!」
ジェンダ王女が小さく何事かを呟いた後、私の方へと歩み寄ってくる。
「よう分かった。非常に不本意ではあるが、
そう言いながら、ジェンダ王女が手を振りかざす。
『叩かれる!』
いや、叩かれるだけでは済まないだろう。獣人特有の、鋭く尖った爪。あれで頬を抉られたら、彼女の言葉通り酷い痕が残るかもしれない。…いや、大丈夫!私にはセドリックがいる!彼ならきっと、どんな傷でも綺麗に治してくれる筈!…でも、かなり痛そうだ…。
…なんて事を走馬灯のように思いつつ、一瞬後に来るであろう衝撃に備えてギュッと目を瞑る。
「――ッ!貴様…!!」
『え?』
衝撃の代わりに、ジェンダ王女の焦ったような声が上がった。恐る恐る瞼を開くと、視界一杯に誰かの背中が見え、驚きに思わず目を見開いた。一体…いつの間に!?
「…クライヴ…兄様?」
――ではない。そもそも服が執事服ではない。じゃあ目の前のこの人は一体だれ?
「…ったく。肉食獣人の女ってのは、はねっ返りが多いな。っーか、仮にも王族に対して『貴様』呼ばわりかぁ?はねっ返りってよりは、ただの無知な馬鹿だな!」
どこか懐かしさを感じる声にゆっくり視線を上に向ける。すると、燃える様に鮮やかな紅い髪が、私の視界一杯に映りこんだ。
凝視する私の視線に気が付き、振り向いたその人は、私を安心させるように微笑みを浮かべる。
「――…!」
私を背に庇い、ジェンダ王女の手首を握っている彼。
忘れもしない。あの時ダンジョンで初めて出逢い、私を助けてくれた命の恩人。
「…ディ…」
突然目の前に現れた、この国の第二王子であるディラン殿下を目の前にし、私は驚きのあまり、その場で固まってしまったのだった。
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遂に、ロイヤル全員出揃いました!
それにしてもですが、獣人…学習能力なさ過ぎですね(^-^;
しかし、エレノアにとっては一難去ってまた一難…かもしれませんね。
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