第103話 うさ耳との邂逅

「うわぁ~!!ヤバイヤバイ!遅刻するっ!」


私は大慌てしながら、クライヴ兄様が用意してくれていた体操着を手に、更衣室へと走っていた。


休み明けの午後一番の授業は、武術と剣術である。


本来、女子はそういった授業には参加しない。その事について、攻撃魔法担当講師であり、担任のマロウ先生曰く、「厳密に言えば、女性禁止な訳ではないんだよ。ただ、君のように進んで参加したがる奇特な女性が、過去現在においていなかったってだけの話なんだよねー」…だそうである。


まあ、そりゃあね…。男子に守られてなんぼな女子が、その男子に混じって武術や剣術、果ては攻撃魔法なんて習わないよね。そもそも習う必要性も無いし。


私だって周囲に超優秀な男性陣がゴロゴロいるから、本来だったら参加する必要性なんて欠片も無いのだ。もし不埒者が現れても、私が動く前に他の誰かが容赦なくぶっ殺し…いや、ぶっ潰すだろうし。


でも私は本来、身体を動かすのが大好きだし、小さい頃からクライヴ兄様やグラント父様に師事して武術や剣術を習っているから、男子達に混じって参加しても、それなりにやり合えるんじゃないかと思っている。

実際、元々私がいた世界にあって、この世界には無い武術なんて、逆に私が兄様方に教えていたりするぐらいなのだから(恐れ多いけど!)


だから本当なら、救護要員として参加するだけでなく、皆と混ざってマロウ先生から授業を受けたいんだよね。マロウ先生、王族に攻撃魔法を容赦なくぶっ放せる程、性格アレなんだけど、クライヴ兄様が渋々認める程には強いのだ。私の知らない型とか術式とかたまに披露してくれたりして、見ているだけでも勉強になるしね。


でもそんな私を見たクライヴ兄様「あの野郎…あざといアピールしやがって…」と呟いていたらしい(byセドリック)


そんな私の思いとは裏腹に、兄様方からは未だに参加の許可は下りない。というか、セドリックやリアムすらも大反対している。


なんでも、男子達に混じって格闘技なんてもっての外だし(密着具合がアウトらしい)、マロウ先生は例え女子でも容赦なく攻撃魔法をぶっ放すだろうから、真面目に命が危ないって、そういう事らしい。


…うん、確かにやる。あの先生だったら、確実にやる。むしろ「一生消えない傷が付いたら、責任取って僕のお嫁さんにしてあげるから♡」ぐらいは言いそう。…ううん、実際言われたな。最初の頃に。


――…あれは以前、私が授業に参加したいと訴えた時の事だった。


「授業に参加したい?駄目だ!女であるお前が野郎共の中に混じるなど…言語道断!ましてやこんな超危険人物の授業なんてもっての外だ!もし万が一、一生消えない傷でも負わされたらどうする!?」


ってクライヴ兄様が素に戻って大反対してたら、マロウ先生、笑いながらさっきの台詞を言い放ってくれたんだよね。

そんでもってその後、マロウ先生とクライヴ兄様のガチバトルが勃発して、授業丸々潰れちゃったんだっけ…。懐かしいな。


って訳で、私は未だに『救護班』として授業に参加しているのだ。なんせこの国、治癒魔法を使えるのが得意な『土』の魔力保持者が女性に多いので、治癒師ヒーラーが万年不足している。そもそも女性は基本、治癒師ヒーラーになんてならない。というか、仕事しない。


王族や貴族が通うこの王立学院では、流石に十分技術と魔力を有した治癒師ヒーラーが在籍しているとはいえ、実技の講師が割と常識外れというか…容赦ない攻撃を日々ぶっ放すアレな人達が多い為、実技の授業の時は大量の怪我人が発生する。なので、いくら腕の良い治癒師ヒーラーが何人いても、いつもアップアップのてんてこ舞い状態らしいのだ。


そんな中、『土』の魔力保持者で治癒魔法が使える私の存在は大変貴重で有難いらしく、今ではマロウ先生の授業に欠かせない人材となりつつあるのである。

まあ、ぶっちゃけ、私もそう言われれば悪い気はしないし、治癒魔法の勉強にもなるし、ポイントも稼げるから、良いっちゃ良いんだけど…。でもやっぱりちゃんと授業を受けてみたいんだよね。


…にしてもねぇ…。そもそも今現在の私って、勅命での魔力禁止以前に、逆メイクアップ眼鏡で魔力が使い辛い状態になってしまっているから、まともに治癒魔法が使えない。だから本当なら私、見学自体休んでも良いんだよね。


だけど、魔力が使えないがゆえに溜まったストレスと鬱憤を、生徒教師共々武術や剣術の授業で発散しているから、怪我人が以前にも増して大量生産されてしまっているのだ。

その結果というか、私はマロウ先生の命令により、普通に救護要員として怪我の手当てをさせられてるって訳なんです。


その事でクライヴ兄様がブチ切れてしまい、「こんな状況下で、大切な妹をこき使うんじゃねぇ!!」って、マロウ先生とまたしてもガチバトルしていたけどね。






そんな事をつらつら考えながら、私はひたすら更衣室へと向かって走っていた。


更衣室…とは言うものの、女子更衣室なんてものが存在しない為、私が向かっているのは、王立学院内にある女子専用区域内にあるドレスルームだ。レストルーム…と言った方が早いかな?ようは、トイレを併設した女性専用の休憩所である。主に化粧や着衣の乱れを直したりする場所である。前世の日本でも、大きなデパートにはよく造られていたよね。

しかし、この世界のレストルームは一味も二味も違っていて、なんと豪華な浴室まで備わっているのだ。しかもレストルームスペースだけで、程々に大きな一軒家ぐらいはあるのだ(見た目は洒落た東屋っぽい造りになっている)

ちなみに内部はと言うと、一部屋一部屋が完全に個室状態となっていて、防音結界まで施されている。…らしい。


お茶とハンティング恋人探ししに来ているご令嬢方に、どうしてそんな場所が必要なのかと言えば…その、服が乱れた原因・・・・・・・ってのがポイントでして。

ようは…その…。男女の逢瀬でのアレコレ…というか…。つまりは、そーゆー事をした後の乱れを整える場所な訳なんですよ。


噂によれば、個室の中にはしっかりベッドまで備わっているとの事。

「なんじゃそりゃ!?連れ込み宿かよ!?」と、思わず心の中でツッコんでしまいましたよ。


学び舎に連れ込み宿(違う!)を作ってしまうこの国って、ちょっと性に対して奔放過ぎやしませんかね?まあ、世界的に「産めよ増やせよ」が国是だから、こういう場所があるのはどの国でもごく当たり前なのだとか…。この世界って一体…。いや、気にしたら負けだ。


――って事で、つまりはこのレストルームと言う名の連れ込み宿に、『男女で入る』という事は、つまりは公然と『私達、●●●しています♡』と言っているようなものでして…。私の専従執事である以前に、クライヴ兄様は『男』である。当然、ここには私と一緒に立ち入る事が出来ないのだ。


「いいか、お前に付いている『影』も、あそこではお前の命がヤバイ以外では、おいそれと動く事が出来ない。何かあったら俺の名を大声で叫べ。そうすれば一瞬で俺が助けに行ってやる!」


そう、クライヴ兄様にはレストルームに続く回廊の入り口で念を押された。


「兄様、私達は婚約者なのだから、一緒に入っても大丈夫なのではないですか?」


そう聞いたのだが、『そういう事』を許されている『婚約者』であるがゆえに、どんな言い訳を言っても100%誤解を受けるとの事。むしろ絶対にNGなのだそうだ。


成程。つまりオリヴァー兄様やセドリックも、あそこに私と一緒に入ったが最後「YOU、ヤっちゃったね☆」って思われちゃうって事か。…うん、成人前の婚約者とお楽しみしてました…なんて噂が流れたら、クライヴ兄様の尊厳にかかわるだろうし、確かにそれは不味いよね。


「…もしそんな噂がオリヴァーの耳に入ったら、間違いなくぶっ殺される」


あ、尊厳ではなく、単純に命の問題でしたか。そうですか。




「うぅ~!それもこれも、あのケモミミ王子様の所為だ!」


長い回廊をひた走りながら、私は愚痴をこぼす。

例によって、あの王子がカフェテリアでセドリックやリアムに喧嘩ふっかけてくるから、そのゴタゴタで時間が無くなり、演習場に最も近いココを使わざるを得なくなってしまったのだから。


しかも、私への暴言こそ無くなったものの、未だに物凄い形相で睨まれまくっているし。そんなに嫌なら見なければいいのに。本当、あの王子様ってなんなん?!


「もー!こんな事もあるだろうから、最初から体操服を中に着こんで、制服を脱ぐだけにするって言ったのに!」


でもそれを口にした瞬間、「どこで脱ぐって言うんだ!どこで!?」と、真っ赤になった兄様方やセドリックに大却下を喰らってしまったんだけどね。


ああ…。魔力が使えたら、隠遁魔法で姿見えなくしてどっかの物陰で制服脱げたのに…。つくづく不便だ!

尤も、そんな事を言おうものなら、クライヴ兄様の必殺技、『頭部鷲掴み』が炸裂しちゃうだろうけどね。


あれ、痛いんだよ。しかも時たま、足が宙に浮くし……。

兄様。いくら愛の鞭だとしても、愛する妹に対して少し厳し過ぎやしませんかね?


「…あれ?」


もうすぐ、レストルームに辿り着きそうな所で、回廊の隅で蹲っている白い何か…いや、誰かを発見し、それが誰なのかすぐに察した私は、すぐさま駆け寄った。


「どうしたの?!大丈夫?」


蹲る、ウサギ獣人の少女へと声をかけると、寝ていた白いうさ耳がぴょこりと立ち上がった。


『うっ…!』


間近で見るケモミミにグラリと理性が抉られるが、何とかそれを押しとどめる。すると彼女は、おずおずと私の方へと顔を上げた。


「――ッ!その…顏…」


彼女の頬は酷く腫れあがって、切れた唇からは血が流れていた。綺麗なルビー色の赤い目も、白目部分が充血して全体的に真っ赤になっている。どうやら泣いていたようだ。


「どうしたの?何があったの?誰にやられたの?」


怯えて震えている彼女をこれ以上恐がらせないように、優しい口調で声をかける。すると再び寝てしまっていたうさ耳が、ほんの少しだけ起き上がった…ような気がした。


「いえ…。わ、私が不注意で…転んでしまって…。こ、このようなお見苦しい姿をお見せしまして…申し訳…ありません」


そう言われ、よく見て見れば、服もあちらこちらが汚れ、しかも爪で切り裂かれた・・・・・・・・ように、破れてしまっている。


「…貴女のご主人様に、やられたの?」


ビクリ!と、少女の身体が跳ねる。


「ち…違います!あの…これは本当に、転んでしまって…!!」


必死に否定する少女の顔色は真っ青だ。身体も激しく震え出す。それを見た私は、あの王女方がこの少女を甚振ったのだと、確信した。


――王女方がここ最近、酷く苛ついているとリアムから聞いた。


そして度々、自分の侍女達に当たり散らしているという事も。

その理由の際たるものは、この国の男性達が自分達ではなく、侍女である彼女達の方を口説きまくっている…という事だそうだ。


それを聞いて、私は深く納得した。


絶対的に自分に自信を持っているあの王女様達の事だ。自分達は男に傅かれて当然。この国の男達も自国と同様に自分達を称賛し、傅くと思っていたのに、誰からも見向きもされず、逆にモテているのが劣等種と蔑んでいる草食獣の侍女達だけ…なんて、大いに自尊心を傷つけられた事だろう。


でもね、この国の女性も大なり小なり、王女様方と同じ肉食女子な訳で、そういうタイプ、この国の男性達にとってはごく見慣れた存在な訳なんです。


んで逆に侍女の彼女らは、自分達がお目にかかった事の無い、控えめでお淑やかで儚げで…思わず守ってあげたくなっちゃうような、草食系美少女。


そんな彼女らに、徹底されたレディーファースターなうえ、隠れ肉食獣な彼らが心を撃ち抜かれない訳が無い。…うん、私には彼らの気持ちはよく分かる。だって私もしっかり撃ち抜かれていますんで。


『それにしても…。ここでこんな暴力を振るうなんて…!』


この国では、自国、他国問わず、女性に暴力を振るう事はご法度とされている。だけど、他国の王族…ましてや同性の王女方のする事には、あまり口出しする事は出来なかったようだ。それに今迄は、口汚く罵ったり小突いたりする程度だったみたいだし。


でも実際は、こうして見えない所で酷い暴力を受けていたのかもしれない…。


私は目の前の少女の、腫れあがった痛ましい頬にそっと手で触れた。


「痛い?…御免ね。治してあげられなくて…」


少女の泣き腫らした瞳が大きく見開かれる。…ああ、悔しいな。魔力さえ使えたらこんな怪我、すぐに癒してあげられるのに。


「ちょっとミア!いつまでこんな所でグズグズしてるのよ!?さっさと自分の仕事を…」


突然の怒鳴り声。一瞬で怯えた表情を浮かべた少女…ミアを目にし、振り返った私の背後には、虎の獣人であるジェンダ王女と、黒ヒョウの獣人、ロジェ王女が立っていたのだった。



==================


公然の秘密である、レストルーム連れ込み宿ですが、女性が「この人は私のものよ♡」と知らしめたい時、わざと使用する事もあるそうな。逆もしかりですね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る