第98話 同族嫌悪

「ク…クライヴ兄様。オリヴァー兄様と殿下って、やっぱり性格真逆だから、こんなに相性悪いのでしょうか?」


私達そっちのけで、冷たい言葉の応酬を繰り広げているオリヴァー兄様とフィンレー殿下を見ながら、こっそりクライヴ兄様に話しかけた私だったが、クライヴ兄様は小さく首を横に振った。


「…いや、寧ろ同族嫌悪ってやつじゃねぇか?」


「はい?」


同族嫌悪?クライヴ兄様、今そう言った?あれ?私の聞き間違いかな?


「だ、だって、どう見たってオリヴァー兄様とフィンレー殿下って、性格真逆じゃないですか?!」


「見た目はな。だが、根っこの所は似たり寄ったりだ。オリヴァーの奴も、本能でそれを察したんだろう。…これは推測だが…。あの殿下、好きになった相手はどんな手段を使っても手に入れようとするだろうし、手に入れたら手に入れたで、雁字搦めがんじがらめに束縛するタイプだ」


クライヴ兄様が、やけに自信たっぷりにそう断言する。…そして私は、その見解がだいたい合っている事を知っていたりする。しかも殿下、ヤンデレなうえにドSです。


その殿下とオリヴァー兄様が同族嫌悪って…。


「お前はまだ、理解しなくていい。ただ、結婚後は覚悟しておけ」


「はあ…?」


クライヴ兄様の謎発言に、私は間の抜けた声を発しながら首を捻ったのだった。





◇◇◇◇





――今現在、カフェテリアは異様な緊張感に包まれていた。


何故なら、超引きこもりで有名なこの国の第三王子が、自分達の通う学院で優雅にお茶を飲んでいるからだ。


男子も女子もみな、その殆どがフィンレー殿下を見た事無かったからか、興味津々といった様子でこちらの方をチラチラ注目している。


ちなみに獣人達はと言うと、フィンレー殿下がいる事が抑止になっているのか、いつもだったらすぐにこちらにやって来る王女殿下方すら、こちらを睨み付けるように見つめるだけだ。


…でもその気持ちはよく分かる。一言えば十倍返しで返ってくるような相手に、わざわざ喧嘩吹っ掛けようとは思わないよね。


ちなみに私は何故か、フィンレー殿下とオリヴァー兄様に挟まれる形で、二人の間に座っている。…正直「何で!?」って叫びたい。


そもそも私達、何故にこうして一緒にお茶をする事になったのだろうか…。ああ、フィンレー殿下が「喉が渇いた」って言ったからか。


王族で、しかも私を助けてくれた恩人であるフィンレー殿下がそう言えば、オリヴァー兄様もお茶に誘わない訳にはいかないもんね。オリヴァー兄様、クライヴ兄様とセドリックを氷点下の眼差しで睨んでいたなぁ…。いや、勿論私の事もね。これは間違いなく、家に帰ったら全員まとめてお説教コースですわ。自業自得とは言え、憂鬱だなぁ…。二時間ぐらいで終わると良いんだけど。


――それにしても…。


フィンレー殿下に助けてもらった事には、心の底から感謝しています。…でも何でそれで、私が兄様と殿下の間に座らされなければならないんでしょうかね?


私はチラリと、オリヴァー兄様の斜め後ろに控えているクライヴ兄様に視線を向ける。兄様、いつもは私の後方で給仕をしてくれているんだけど、今回は私が何か余計な事を言ったらすぐ睨みを利かせられるよう、立ち位置を変えているのだ。


実際、カフェテリアに向かう前に「お前、今日こそは絶対余計な口きくなよ!貝のように口閉じてろ!」と釘を刺されてしまっている。…うん。そう言えば以前、王城に父様と行った時も、父様に厳重に釘刺されていたっけ。なのにあの時、聖女様のツンデレ疑惑をついつい、アシュル殿下やリアムにご高説しちゃったからなぁ…。


それを白状させられた時、兄様方やセドリック、そして父様方が揃いも揃って「リアム殿下はともかく、アシュル殿下は間違いなくそれが止めになったな」って、溜息ついて頭抱えていたっけ。


勿論その後、オリヴァー兄様にはめっちゃくちゃ良い笑顔でお説教喰らいましたけどね。ついでに兄様達やセドリックと、久々に温泉入る事にもなっちゃいました。


湯船の中でのスキンシップは、布越しとは言え、肌と肌の触れ合いが限りなくダイレクトだから、「恥ずかしいからヤダ!」って散々抵抗したんだけど「お仕置きの意味もあるから諦めろ」って言われて、結局一緒に入る事になってしまった。しかも兄様方やセドリック、超ノリノリだった…。


ってかあれって、お仕置きって言うより絶対皆、ただ楽しんでいただけだよね!?湯上りに誰かがボソリと「確かに成長している」って言ったの、聞き逃しませんでしたからね!?


…でも何で、聖女様のツンデレ疑惑の解消が、アシュル殿下が私に惚れる事に繋がるのだろうか?やっぱり両親の仲を取り持ってくれたっていう、感謝からなのかな?そんなの気にしなくてもいいのに…。


意識が明後日の方向を向いていたのがバレたのか、クライヴ兄様からささやかな圧を感じ、慌てて気を引き締める。


…でもね、兄様。そんなに心配しなくても今回は私、絶対余計な事は喋りません。


だって、兄様方は知らないだろうけど、私…フィンレー殿下と濃厚接触した事あるんです。

見た目をこんだけ変えて、魔力も抑えているから気が付かれていないけど、フィンレー殿下って、滅茶苦茶勘が鋭そうだから、喋っていたら、うっかり身バレするかもしれないもん。私…迂闊だし。だから喋らないのが一番なのだ。



――…そんな訳で私達は、微妙な雰囲気の中、ひたすら無言でお茶を飲むという、なんともいたたまれないティータイムを過ごしていたりするのだ。


でも当のフィンレー殿下はというと、このアウェイ感をものともせず、実にリラックスした様子で紅茶を飲んでいる。


心が強いのか、果ては人の思惑なんてどうでもいいのか。…多分間違いなく後者だろうけど。何と言うか…本当にこの方、他の兄弟方と性格全然違ってる。


「…ねぇ、エレノア嬢。なんか僕、君と以前会った気がするんだけど…」


「えぇっ!?」


唐突にズバリとそう告げられ、私の身体は一瞬で硬直状態に陥ってしまった。

ま…まさか…。話してもいないのに…もうバレた…?!


内心冷や汗かきまくっている私を尻目に、オリヴァー兄様が、ハァ…。と、これ見よがしに溜息をついた。


「やれやれ…。殿下、エレノアと貴方とは、リアム殿下のお茶会で会っているではありませんか。そのお年で既に健忘症におなりですか?やはり人間、引きこもってばかりいると、刺激の少なさから脳が退化する…という説は本当のようですね」


――その瞬間、全世界が凍り付いた(ような気がした)


『お…王族に堂々と暴言を…!オリヴァー兄様がご乱心あそばされたー!!』


し、しかも…笑顔がめっちゃ見下し系!ちょ…っ、クライヴ兄様!『おお、こいつ攻めるな!』ってワクテカ顔止めて下さい!あっ!フィンレー殿下の額に青筋がっ!!わあ…。あのフィンレー殿下に青筋を浮かべさせるなんて、流石はオリヴァー兄様。…じゃない!感心している場合か私のバカ!!


「…ふ…。エレノア嬢。君さ、こんな腹黒止めて、リアムに乗り換えない?あの子は良いよー?素直で真面目で、何より心も体も真っ白だから。あ、お子様が嫌なら兄のアシュルでも良いけど。ああ見えて苦労人だから、きっと君の事を優しく大切にしてくれる筈だよ。…どっかの束縛系腹黒野郎と違ってね!」


フ…フィンレー殿下!しっかり喧嘩を買わないで下さい!!ってかリアム、心はともかく身体も真っ白って…。ひょっとして、まだ男子の嗜み受けてない…とか?


「…そのお言葉、そのまま貴方にお返し致しましょうか。そもそもアシュル殿下が苦労人になったのも、その原因の殆どは貴方の所為ではないのですか?なにせ、臣下の邸宅の結界を、いたずらに破壊しようとする常識知らずの弟がいらっしゃるんですからね。本当に、アシュル殿下には大いに同情しますよ!」


ええっ!?うちの結界を破壊!?…ああ、だからメル父様がフィンレー殿下の事を「クソガキ」って言っていたんだ。


「ああ。あのえげつない結界ね。あれって君も作るのに協力したんだろ?…うん、あれは凄かった。あんな独占欲丸出しの、執念通り越して狂気すら感じられる結界は初めて見たからね。ほんと、どんだけ性格ねじ曲がったら、ああいった性悪な呪詛に近い結界作れるんだって、いっそ感心したもんだよ。…本人見て心の底から納得したけど」


「それはそれは…。殿下にそのように褒められるとは、身に余る光栄です」


『………』



――誰か…。誰か私を助けて下さいっ!!



オリヴァー兄様とフィンレー殿下の間に挟まれ、もう私、飛び散る氷点下な言葉のブリザードと火花で満身創痍です!あっ!私の胸元でボンボンに擬態しているぴぃちゃんが、プルプル震えている。…うん、気持ち分かるよ!私もさっきから身体の震えが止まらないから!


それに、さっきまで興味深々って感じでこちらを伺っていた生徒達が全員、私達と視線を合わせないように俯いている。…そりゃあね。王族と生徒会長とのガチバトルなんて、どう考えても巻き込まれたくないよね。


そ、それにしてオリヴァー兄様…。フィンレー殿下に引きずられているのかもしれないけど、殿下に負けず劣らずの毒舌トークが真面目に凄い。


怒るとちょっと…いや、物凄く恐いけど、常に優しくて穏やかなオリヴァー兄様に、まさかこういった一面があるとは思いもしなかった。クライヴ兄様がさっき言っていた『同族嫌悪』って、こういう事なんだろうか。


…ん…?あれ?って事は、まさかと思うけどオリヴァー兄様って、実はヤン…


「エレノア?」


「は、はいぃっ!!」


突然名前を呼ばれ、思わず身体がピョコンと跳ねてしまう。


「何か変な事考えてる?」


「いいいいぇっ!ななな、何もっ!!」


ブンブンブンと首を横に振る私をジッと見つめながら、オリヴァー兄様はニッコリと、極上スマイルを浮かべた。


「そう?それなら良いんだけど」


…オリヴァー兄様。いつもの優しくキラキラしい笑顔が、何故か今日は物凄く黒くて恐ろしいものに感じます。ってか、兄様!妹の心を読まないで下さいよ!貴方は真面目にエスパーか何かなんですか!?


『お前、結婚後は覚悟しておけよ』というクライヴ兄様の言葉の意味が、ほんのちょっぴり分かったような気がした瞬間でした。


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タイトルまんまのお話となっております。

そしてフィンレー殿下の毒舌は、ナチュラルに可愛い弟をも撃ち抜きました(リアムが知ったら爆発しそう)

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