第97話 スパークする毒舌
深く鮮やかなエメラルドグリーンの瞳。襟足が長めのサラサラとした漆黒の髪。冴え渡る月光のような、冷たく麗しい美貌。
『あの人は…!じゃなくて、あの方は…!!』
リアムの誕生祭で初めて顔を合わせ、あの王家主催の舞踏会で一度だけ顔を見た。希少な『闇』の魔力を持つアルバ王国第三王子、フィンレー殿下。
その姿を目にし、エレノアは呆然とした表情を浮かべた。
一度だけとは言え、あの衝撃的な出逢いは忘れられない。なんせ危うく、言葉通り籠の鳥にされそうになってしまったのだから。
ヤンデレ&
それにしてもこのフィンレー殿下。こうして明るい日の元で見た印象と、月光の元で見た時の印象がまるで変らない。凛として冷ややかな表情が、そう見させているのかもしれないけど。
「フィンレー殿下!」
マテオがその名を口にした瞬間、その場で片膝を着いて頭を垂れる。
そして殿下の名前を聞いたクライヴ兄様とセドリック、そして周囲の人達全員が、マテオ同様、慌てて王族に対しての礼を取った。勿論私も、最上級のカーテシーをする。
「…あのフィンレー殿下が、何故ここに…」
クライヴ兄様の呟きが耳に届く。って言うか兄様、「あの」の後ろに「引きこもりの」って、心の声が聞こえた気がするんですが?
…まあ、言いたくなる気持ちも分かります。だってフィンレー殿下って、自分の誕生祭と、リアムの誕生祭以外、公の場所に出た事無いって言うんだもん。(byリアム情報)誰がどう見たって、究極の引きこもりだよね。
実際、マテオが名前を言わなければ、彼がフィンレー殿下だって分からなかった人達が殆どだろう。誰もが、引きこもり気味で滅多に姿を現さないとされる第三王子の出現に、目を丸くし息を飲んでいた。
そんな周囲の様子に、全く興味を持った様子を見せず、フィンレー殿下は縁の無い眼鏡越しに冷たい視線を獣人達へと向けた。
「全く…黙って聞いていれば…。ねぇ、そこのお付きの狐君。君、何様?そっちの皇太子殿もさ、『女性を傷付けたら即帰国』ってうちの国王陛下のご下命、聞いてなかったの?」
「そ…それは…。わ、私は別に、危害を加えてなどは…」
しどろもどろに言い訳をする狐の獣人に、フィンレー殿下は更に冷ややかな視線を浴びせ掛ける。
「はぁ…。だから理性よりも本能で生きてる種族は困るんだよ。傷つけるってね、身体だけじゃなくて心も含まれるんだ。それぐらい察しなよ。頭悪いの?王族の側近がバカって、致命的じゃない?もう一度人生やり直したら?」
流れるような毒舌のオンパレードに、獣人達のみならず、私達までもが呆気に取られ、固まってしまう。
フィンレー殿下…。あの月夜の下で言葉を交わした時から分かっていましたが…。貴方、Not建前…というか、ぶっちゃけ本音しか言えない人ですね!?
これってやはり、公の場に出ずに引き籠っていた弊害…ってやつなんだろうか。良い意味でも悪い意味でも、裏表なさ過ぎです!
「さて、ヴェイン王子。早速国王陛下にご報告…といきたい所だけど、うちの臣下も、君達のくだらない挑発に乗っちゃってるから…。まあ、ここはお互い手打ちという事にしようか?」
「………」
フィンレー殿下とヴェイン王子、暫くの間睨み合っていたが、ヴェイン王子の方から視線を逸らすと歩き出した。側近達も慌てて後に続く。
でも不思議なのは、同じ様に辛辣な言葉を吐いたアシュル殿下や、常に自分の邪魔をしてくるリアムには、咬み殺しそうな勢いで睨み付けたり、文句を言ったりしているのに、フィンレー殿下に対しては、あっさり引いた所である。――というかぶっちゃけ、フィンレー殿下の方が言葉を選ばない分、辛辣も辛辣って感じの言い方だったのにもかかわらずである。
『ひょっとして、無意識にフィンレー殿下の『闇』の力を感じ取っているのかな?』
動物にとって、『闇』というものは恐ろしいと感じるものだ。その動物の特性を色濃く有する獣人であるのなら、無意識的に殿下を恐れてもおかしくはない。
そんな事を考えていたら、ヴェイン王子と近距離で擦れ違う。
視線が交差した一瞬、ヴェイン王子の瞳に、僅かばかり見慣れた『色』を感じた…ような気がしたが、すぐに視線を外した王子の表情からは、何も読み取ることが出来なかった。
何かモヤッとしたような、複雑な気分を味わっていた私の耳に、「さてと…」と、フィンレー殿下の言葉が届く。
「マテオ。お前ともあろう者が、何を浮かれてはしゃいでいる?むざむざ相手に隙を与えてどうすんの?馬鹿なの?リアムの護衛、外そうか?」
「も、申し訳ありません!!」
マテオが額を床に付けんばかりに頭を下げ、必死に謝罪をする。うわぉ…。フィンレー殿下、身内にも容赦なかった!
だがしかし、当然と言うか、毒舌トークはマテオだけにとどまらなかった。
「君もだよ、クライヴ・オルセン。狙われてるって分かってる最愛の女性から目を離すとかって馬鹿なの?それから、頭に血が昇って自分が使い物にならないと判断したなら、とっとと影なりなんなりを使って、使えそうなの招集しなよ。殺気出してる暇はあるのに、そっちは出来ないって、専従執事の名が泣くね。やっぱり父親と一緒で脳筋?」
クライヴ兄様、この歯に衣着せぬ毒舌トークに二の句が告げてない。そりゃそうだよね。悪意も無く、こんな毒舌サラサラ言っちゃう人なんて、お目にかかった事などなかっただろうし。
「…ま…まことに…。面目次第も御座いません」
あ、クライヴ兄様、殊勝な言葉と裏腹に、青筋何本も浮かんでます。多分だけど「父親と一緒で脳筋」ってトコが屈辱だったんだろうな。
「セドリック・クロス、君もだよ。兄が使えないなら、弟がフォローしなくてどうすんの?立ちっぱなしで使えないって、婚約者として…というより、男としても終わってるんじゃない?」
「……返す言葉も…御座いません…」
ああっ!セドリックがフィンレー殿下の塩対応に、めっちゃ萎れて項垂れてしまった!ってかフィンレー殿下、気のせいなのか、身内に対しての方があたりがきつくありませんか!?
「君もね。エレノア嬢」
――はっ!やはりというか、私にも来ましたか!
「確かにあちらの言い掛かりだったけど、ターゲットにされていると分かっていて、隙を与えた君も悪い。ましてや、抑止であるリアムがいなかったんだ。はしゃぐんだったらせめて、教室の中でやりなよ。…それと、君が自己犠牲なんてしたら、泣く男が大勢いるんだからね。まず、いの一番に自分自身を守る事を考えるように」
厳しい言葉が胸にグサグサ突き刺さるけど…。でも、素直にその通りだって思えるのは、フィンレー殿下の目も表情も真剣そのものだからだろう。
一回この人と話したからかな?この毒舌トークも厳しい態度も、この人なりの心配の裏返しなんだって、何となくだけど分かる。
「…はい、フィンレー殿下。ご心配おかけして申し訳ありません。それと…。助けて下さって、本当に有難う御座いました!」
そう言って、ペコリと頭を下げたから、その時のフィンレー殿下の表情は分からなかったけど、何となく彼の纏う雰囲気が柔らかくなったような気がした。
「…ふぅん…。聞いていた通りだ。いい子だね」
「え?」
顔を上げた私の頭に、フィンレー殿下の掌がポンと置かれ、そのまま撫でられる。
「え?え?」
殿下の行動に戸惑う私を見て、フィンレー殿下がうっすらと笑った。
彼の紡ぐ言葉と同じ、裏表のない…だけど穏やかな笑顔に、不覚にも顔が真っ赤に染まってしまった。
突然のご来訪と毒舌トークで忘れていたけど、この方も人外レベルの美貌してるんだった!今更ながらに、視覚の暴力が私を襲う!ううっ…!目が…っ目がぁ…!!
――そういえば殿下…。あの夜見た時より、何となくだけど、雰囲気や表情が柔らかくなった…気がする。ひょっとして、あの後お母様である聖女様に、「ありがとう」って言えたのかな?そうだったらいいな。
思わずへらりと笑った私を見て、フィンレー殿下の目が見開かれ…そしてうっすらだった笑顔が深いものへと変わった。
「うん、本当にいい子だ。可愛いね」
――ヴっ…!!視覚の暴力&ギャップ萌えキター!!
超絶クール系美男子の穏やかな笑顔という、想定外の顔面攻撃に直面し、更に真っ赤になって震える私の頭を、フィンレー殿下はにっこり笑顔で撫で続ける。…ヤバイ…。顔も頭も熱いし、心臓もバクバク煩いし、呼吸も荒くなってきた。
そ、それに…。魔力カット効果も備わっている逆メイクアップ眼鏡のお陰で、私があの時の少女だって、フィンレー殿下に全く気が付かれていないから良いけど(流石はメル父様!)でもこれ以上傍にいたら、どんなボロが出るか分かったものではない。私、うっかり者だし。
だから出来ればもう、フィンレー殿下から離れたい。…それに…。誰よりも何よりも、この人だけには身バレしてはいけないって、私の直感が警報を鳴らしまくっている。
『で、でもこの状況から、どうやって逃げたらいいの!?』
いつもだったら、ここでクライヴ兄様の助けが入るところなんだけど、クライヴ兄様自身もダメージを喰らっている上、今迄遭遇した事の無いタイプを相手に戸惑っているようだ。セドリックも言うに及ばず。で、でも…っ!このままでは、私の鼻腔内毛細血管はともかく、また頭に血が昇ってぶっ倒れてしまう!お願い、誰か…。誰か早く何とかしてっ!!
「エレノアッ!!」
「オ、オリヴァー兄様!」
そこに、待ちに待った助け手が颯爽と現れた。流石はオリヴァー兄様!タイミングバッチリです!!
ホッとしながら、心配そうな顔をしたオリヴァー兄様の方へと顔を向ける。
オリヴァー兄様はフィンレー殿下に頭を撫でられ、真っ赤になっている妹…という謎の構図に、やっぱりというか、戸惑いの表情を浮かべた。
だが、笑顔を引っ込めたフィンレー殿下と視線を合わせた次の瞬間、何故か兄様と殿下の間に、バリバリッと雷鳴が散った(ように感じた)
――…互いに無言で見つめ合う事、数十秒。
「…やあ。久し振りだね、オリヴァー・クロス」
「…こちらの方こそ。フィンレー殿下におかれましてはご健勝なご様子、何よりです。…ところで、妹が戸惑っているようですので、そろそろ解放してあげて頂けないでしょうか?」
勤めて冷静さを保ちつつ、やんわりと「その手、どかせや」と伝えるオリヴァー兄様に、「あ、そう言えば」って感じで、フィンレー殿下は私の頬をスルリと撫でてから手を離した。――ってか、殿下ー!何で頬撫でるのー!?
瞬間湯沸かし器のごとく、一気に頭に血が昇ってよろけた私を、すかさずオリヴァー兄様がキャッチしてくれる。
「大丈夫?エレノア」
「は…はい…。にいさま…」
――あれ?見上げたオリヴァー兄様のお顔、笑っているけど、しっかり青筋浮かんでいます。
「…フィンレー殿下。いくら王族とは言え、婚約者でもない赤の他人…。ましてや男性が女性の身体に不必要に触れるのは、如何なものかと思われますが?」
「うん、確かに婚約者じゃないけど、将来義理の妹になるかもしれないんだから、いいじゃないか」
「…そんな未来は永劫に訪れません」
「未来の事なんて、誰にも分からないでしょ?しっかし、聞いていた以上に狭量だよね君。余裕の無い男は嫌われるよ?」
「大変に余計なご忠告、痛み入ります」
――…一目で恋の花が咲く事もあれば、また逆もしかり。
以前どっかの小説で見た一節が脳内をよぎる。
どうやらオリヴァー兄様とフィンレー殿下、あの見つめ合っていた数十秒で、互いを深く分かり合ったようだ。…主に悪い意味で。
だって二人とも、口には出さないけど「こいつ嫌い」って、オーラが全身から発せられているんだもん。
以前、この二人の事『陰と陽って感じだな』って思った事あるけど、まさかここまで相性最悪だったとは…。ああ、フィンレー殿下。最後に私の頬を撫でたあれって、オリヴァー兄様に対する嫌がらせですね?
一難去ってまた一難。
突如として勃発した静かなる戦いに、私含めたその場の面々はどうする事も出来ずに、ただ見守るしかなかったのだった。
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フィンレー殿下の冴え渡る毒舌トークは、貴賤問わずに炸裂します。
その為、ロイヤル関係はフィンレー殿下をなるべく公に出さないようにしています。
本人も引きこもり上等なので無問題。WIN-WINなんです。
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