第96話 トラブル&アクシデント

――新学期が始まってから一週間程が経った。


獣人王国の面々は、数日学院に姿を見せなかった。…が、今現在は留学生として、ちゃんと(?)学院に通うようになったのだが…。まあ、トラブル続出である。


まず、王女方はうちの国の女子達と同じく授業には参加せず、カフェテリアでお茶をしたり、学院内を移動して男漁り…いえいえ、優秀な人材を探している…みたいだった(うちの家の影情報by兄様)ちなみに、第一王女のレナーニャ王女は、何とかオリヴァー兄様と接触しようとしているらしいのだが、そのことごとくを本人であるオリヴァー兄様に察知され、逃げられている様である。


オリヴァー兄様曰く「視界の端にも入れたくない」との事です。自分の番に嫌われて避けられてるって、かなり堪えるだろうなと思うけど、正直、自業自得だとも思っているので同情はしない。


でもその所為で、彼女の苛立ちのとばっちりが、召使として連れて来られた従者達に向かっているらしいんだよね。そちらに関しては凄く同情してしまう。


ちなみに、王女や王子達の側近達はと言えば、王族の威光を笠に着て、見目が良くて(比較的)気弱そうなご令嬢を強引に自分達に侍らそうとする為、あちらこちらでご令嬢の婚約者達との諍いが起こっているようだ。


婚約者達は勅命が出ている為、魔力が使えない。その為、身体能力だけは人族よりも高い獣人達に怪我を負わされる者続出で、遂に国王陛下から「もし国の宝である女性を害した場合、問答無用で全員帰国させる」とのお達しが出たそうで、それ以降はそういったトラブルは起きていないようだ。


そして『国の宝である女性』の中には、当然私も含まれる。もし獣人達が私を害したりしようとすれば、即断交という事になるので、表立って彼らは身動きが取れなくなったのだそうだ。…まあ、裏で動かれる可能性は無きにしも非ずって事で、引き続き警戒態勢は維持されているんだけどね。


「そんなに帰国したくないって、どういう事なんだろうね?普通はあれだけの事があったら、見下している人族の国なんて、一刻も早く出国しようと思うんじゃないのかな?」


セドリックのこの何気ない一言に、オリヴァー兄様もクライヴ兄様も、何か考え込んでいたんだけど、それが物凄く重要な言葉だったと私が知るのはずっと先の事だった。



ちなみに私についてなのだが、新学期初日の騒動以降、何故か私に対しての評判が滅茶苦茶良くなってしまったのだ。しかもご令嬢方からの嫉妬の視線も半減したうえ、当たりもかなりマイルドになっている。


どうしてなのかと不思議に思っていたんだけど、兄様方からの話しによれば、女の身でありながら婚約者を守る為、他国の王族に対して毅然と立ち向かって行った勇気が称賛されたのだとかなんとか。


一部では「婚約者の鑑」と絶賛されていて、「自分も彼女の婚約者になりたい」と言っている、奇特なご令息方もチラホラ出始めているらしい(当然と言うか、兄様方が威嚇して潰しているらしいんだけど)


まあ確かに。女性は「守られる」のが当たり前だから、逆に「守ろう」とする女性の存在なんて、考えもしなかったんだろう。オリヴァー兄様も私のあの時の発言、滅茶苦茶感動してくれていたからね。


「本当は、クライヴ兄様の時も、あの人達に文句を言いたかったんです。でも兄様が間髪入れずにお断りしていたから、出来ませんでした」


クライヴ兄様の首に抱き着き、こっそりそう言った瞬間、感激したクライヴ兄様に押し倒され、キスの嵐に晒されたのを思い出す。その後、嫉妬したオリヴァー兄様とクライヴ兄様が、あわやガチバトル!…ってなりかけて、真面目に冷や汗かいてしまいました。


ところで、ヴェイン王子はやはり私と同い年だったらしく、私の隣のクラスで側近達と授業を受けている。…のだが、王子も側近達も態度が横柄で。先生や同級生達となにかしら衝突しているらしい。


まあ、幸いと言うか何と言うか…。一年には王族であるリアムがいる為、派手な修羅場になる前にリアムが出張って諍いを治めている。


んで、このヴェイン王子だが、やはりと言うかなにかしら私に絡んでくるのだ。


まあ、大抵は絡まれる前に、リアムがヴェイン王子と側近達を追っ払ってくれるんだけどね。やはり自分の姉が袖にされた元凶だからと、私を憎んでいるのだろう。全くもって迷惑な話だ。


そんな訳で、他の大勢の人達同様、彼らの留学終了の日が待ち遠しい今日この頃です。





◇◇◇◇





「おい、エレノア。暫くコレ貸してやる」


そんなある日。教室から出た所を待ち伏せしていたのかマテオが近付き、オレンジ色のまん丸い毛玉を私に差し出して来たのだった。


「え?これって…。ぴぃちゃん?!」


『ぴぃちゃん』と呼ばれた毛玉は、ポンッとオレンジ色の小鳥の姿に変るとマテオの掌から飛び立ち、私の肩に止まった。


この小鳥、ただの鳥などではなく、『連絡鳥』と呼ばれているマテオの使い魔だ。私達はよくこれで文通もどきのやり取りをしているのである。


ちなみに何故マテオが私の出待ちをしていたのかと言うと、リアムが王家の用事で学院に来れなかったから、その代わりだそうだ。成程ね。


「クライヴ兄様とセドリックがいるから大丈夫だよ」


そう言ったんだけど、王族の直轄である護衛がいた方が安全なのだそうだ。「王族の直轄?誰が?」って聞いたら、なんとマテオってば、リアムの直轄の護衛だったんだって。成程、四六時中傍にいるのはその所為だったんだ。ストーカーって訳ではなかったんだね。


ちなみに、まんま正直にそれ伝えたら青筋立ててた。全く怒りんぼなんだから。


「あの…マテオ?ぴぃちゃん貸してくれるのは嬉しいんだけど、どうして?」


私の肩でピーピー鳴く、可愛い小鳥を撫でながら、そう疑問を口にすると、マテオはフンと鼻を鳴らした。


「私だって、貸し出すのは不本意だ!…が、お前に何かあったらリアム殿下が悲しむからな!…何かあったらソレに助けを求めろ。そうすれば、王家の影の誰かが即座にお前の元に向かう」


途中声を潜め、そう言い放ったマテオは、とても真剣な顔で私を見ている。多分…いや、間違いなくマテオは私を心配して、ぴぃちゃんを預けてくれたのだろう。


「マ…マテオ…!有難う」


感激に目を潤ませ、そう言った途端、マテオはサッと顔を赤らめ私から距離を取った。



「べっ、別に!わ、私としては本当に不本意なんだからな!…ま、まあ…一応友達だし!お前に何かあったら寝覚めが悪いし!」


「え?マテオと私って、友達だったっけ?」


うっかりそう言った瞬間、マテオがカチーンと固まった。


「…え…?」と呟き、私を凝視する顔は「悲壮」そのものだった。…ヤバイ…。どうやら私はマテオの地雷を踏み抜いてしまったようだ。


「ち、違くて!!…えっと、親友?そう、私達、友達じゃなくて親友だって、そう思っていたからさ!」


途端、マテオの顏が輝いた。と同時に、そんな自分に気が付いたのか、慌ててプイッと顔を背ける。


「し、親友だと!?ち、調子に乗るなよ!?ま、まあ…そう思っているんだったら、勝手にしろ!わ、私もお前がそこまで言うなら、し…親友…という事に、してやらなくもないがな!」


――…ツンデレだ…。


ツンツンした言葉を口にしていたって、表情や態度がめっちゃデレデレと嬉しそうなんですけど。って言うか、ロイヤル関係、やたらツンデレ多くないですかね?


「ふふ…有難う、マテオ」


「だ、だから!調子に乗るなって言ってるだろ!?」


そう言って、再びそっぽを向いたマテオの耳が真っ赤に染まっている。う~ん…。最初はアレコレ突っかかって来て、正直鬱陶しかったんだけど、何だかんだと本音で語り合える、女の悪友ポジに収まっていって、遂には親友になってしまったか…。人生どう転ぶか分からないもんだなぁ…。


クライヴ兄様も、最初はマテオの事邪険にしていたけど、今では割と微笑ましそうに私とのやり取り容認しているっぽいし。


ってか、私の交友関係『第三勢力同性愛好家』ばかりって、どういう事なんだろう?…まあ、深くは考えないでおこう。うん。


「それにしても、マテオの連絡鳥が、こんな小さな可愛い小鳥だって知った時は驚いたんだよね。てっきり孔雀あたりが来るかと思ってたから」


「…おい、ちょっと待て!何で孔雀!?そもそもあの鳥、飛べないだろ!?」


「え?孔雀飛べるよ?超低空飛行でノロいけど」


「低空飛行でノロい鳥を、連絡鳥なんかにするかバカ!お前、私を馬鹿にしているのか!?」


「いや、馬鹿にはしてなくて。え~と…イメージ?孔雀って、無駄にキラキラしいじゃない」


「やっぱ馬鹿にしてんだろ、お前!!」


「いや、本当に馬鹿にしている訳じゃないんだよ?華美でキラキラしくて、マテオにピッタリだなって思って…」


「ブハッ」


…ん?あれ?なんか小さく吹き出したような声が…って、え?クライヴ兄様とセドリックが俯いて震えてる?!あ、クラスメイト達も、あちこちで俯いて震えてる。


マテオはと言えば、いかにも「屈辱です」って感じに真っ赤になって震えているけど…なんで、斜め明後日の方向睨んでんのかな?


「きゃあっ!」


直後、私の身体が何かにぶつかって吹き飛ばされた。咄嗟にマテオが私の身体を受け止めてくれる。


「ふん!とっかえひっかえ、男共と廊下でギャアギャアと喚いだ挙句、進路妨害しおって…。目障りなんだよ!醜女が!」


私を受け止めたまま、マテオが鋭い視線を向けた先には、側近を従え、不機嫌顏でこちらを睨み付けているヴェイン王子が立っていた。


「も…申し訳ありません。ご迷惑を…」


慌てて頭を下げ、謝罪したが、私もマテオも廊下の真ん中で話していた訳じゃない。そもそもこの学院の廊下はとても広いから、よっぽど広がって騒いでない限り、邪魔にはならない。という事は、どう考えてもヴェイン王子がわざと私にぶつかって来た…という事だろう。


一応礼儀上、私同様、クライヴ兄様もセドリックも、周囲にいたクラスメイト達も全員頭を下げているが、さっきまでの長閑な雰囲気は一転、ピリピリとしたものへと変わってしまっている。


「おい、そこの女!王族の玉体にぶつかっておいて、謝った位で済むと思ってんのか?」


ヴェイン王子の斜め後方にいる狐の獣人が因縁をつけてきた。何となくだが、レナーニャ王女と毛色が似ているから、ひょっとして血縁…なのだろうか。


「ヴェイン殿下。殿下に働いた非礼への罰として…どうでしょう?今日一日、この女に殿下の小間使いでもさせると言うのは?」


途端、狐の獣人の身体がビクリと跳ねあがり、尻尾がブワリと膨れ上がったのが見えた。


『クライヴ兄様!』


向けられた本人じゃなくても分かる。ビリビリと肌を刺す程の凄まじい殺気が、クライヴ兄様から例の狐の獣人に向けて放たれていた。


「な、何だよ!貴様…!皇太子の側近であり、血族でもある私に対し、ぶ、無礼…な…」


狐獣人の言葉が尻すぼんでいく。しかも耳がペタリと寝てしまって、尻尾も縮まって股に入っちゃってるよ。まあ、あんな殺気を受けりゃあ、そうなるか。それにしても獣人って、感情が耳や尻尾に出ちゃうから、分かり易いね。


「王族の目の前で殺気を放つか…死にたいのか貴様…!」


だが、流石は王族と言うべきか。ヴェイン王子はクライヴ兄様の殺気を平然と受けながら、自身も魔力の圧を伴った殺気をクライヴ兄様に放った。そこには殺気に加え、何故か憎しみすら含まれているようだった。ひょっとしてクライヴ兄様も、他の王女様のお誘いを蹴っていたから…?


魔力を一切出していないクライヴ兄様に対し、ヴェイン王子は魔力を全開にしている。にもかかわらず、圧の強さはほぼ互角。これにはいつも尊大な獣人達も驚愕の表情を浮かべ、青褪めている。


――でも、やはりどう考えても、王族の喧嘩を真正面から買うのは不味い。そもそも私が王子にぶつかったという事にされているのだ。それに加えてこの殺気。このままではこちらの一方的な非礼を盾に、シャニヴァ王国から正式な抗議をされてしまうかもしれない。


「止めて下さい兄様!…分かりました。元はと言えば、この場での非礼の責任は私にあります。そちらのご要望に従いましょう」


そう言った途端、クライヴ兄様は舌打ちせんばかりに顔を歪め、ヴェイン王子は…。何故かフッ…と、怒気が掻き消えた。


『え…?』


そして私の方を向いた彼の表情は、怒っているのでも馬鹿にするでもなく、ただ戸惑っているような、深い困惑の色を浮かべていたのだ。


いつもいつも、不機嫌顔しか見ていなかったから、初めて見る表情に、ちょっとビックリしてしまう。


「エレノア!止めろ!お前がそんな事をする必要は…!」


「…うん、無いね。ってか、つくづく鬱陶しい連中だね。仮にも貴族のご令嬢を小間使いって。どんだけこの国を舐めてんの?」


クライヴ兄様の言葉を遮った、呆れを含んだ冷たい声に、その場の全員が一斉に振り向く。するとそこには、銀糸の刺繍が施された漆黒のローブに身を包んだ、一人の青年が立っていたのだった。


===================


何だかんだと、波乱含みの学園生活を送っているエレノアですが、実はエレノアの知らない所で、刺客が放たれていました。ですが、そのことごとくが闇に葬り去られています。

そして、例のあの方が再登場。違った意味での嵐の予感ですv

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る