第94話 忠告と憤る者達

「貴様ら!王族でもない者達に、このような辱めを…!アシュル王子!この事はきつく抗議させてもらう!当然、国の父王にも事の次第は報告させるぞ!?」


激高した様子の皇太子ヴェインが、そう言い放ちながらこちら側へと足早にやってくると、アシュル殿下を睨み付ける。だがそれに対し、アシュル殿下は余裕の笑みを浮かべながら、ヴェイン王子へと視線を向けた。


「どうぞ?お好きになされば良い」


「――なっ!?」


「ああ、でも私の父である国王陛下に抗議は不要ですよ。既に手の者から事の次第が伝わっている事でしょうから。…そうですね…。父上なら、貴方方の滞在期間を短くする…といった処分ペナルティを下されるでしょうね」


「ど、どう言う事だ!?非礼を働かれたのはこちらの方だぞ!?」


ヴェイン王子の言葉を受け、アシュル殿下の顏に冷笑が浮かんだ。


「非礼?我が国の事を何一つ勉強もせず「国交を結ぼう」などと、のこのこやって来られた無知な方々に、我が国の臣下が親切丁寧に分かり易く、この国とこの国の男達の在りようを説明して差し上げただけの事。それのどこが非礼なのでしょうか?」


アシュル殿下の鋭い言葉に、ヴェイン王子がギリ…と、歯を食いしばって姉達同様、私達の方を睨み付けるが、そこに畳みかけるように、アシュル殿下の言葉が続いた。


「ああ…。そう言えば、国の中枢を担う貴族の子弟をペット呼ばわりした、そちらの臣下の非礼についてですが、こちら側は敢えてシャニヴァ王国に抗議などは致しませんよ。そもそも国交も無い国に対し、抗議を行うという事は、下手をすれば宣戦布告とみなされかねませんからね。私どもにはそんな愚かな事、しようとも思えない。だからご安心下さい」



――その度胸が、お前達にはあるのか…?



言外にそう匂わせるアシュル殿下に対し、ヴェイン王子と王女達は悔しそうに顔を歪めた。


それはそうだろう。例え国交を結ぶのが建前で、人族を見下していても、自国の王がその判断を下さない限り、例え王族であっても自分達の一存で戦争を引き起こさせる程の切っ掛けを作るのか?と言われてしまえば、二の句が告げなくなるのは当然の事だ。


「――ッ…!その言葉…後悔するなよ…!?」


そう捨て台詞を吐くと、ヴェイン王子は、まだオリヴァー兄様の腕の中にいた私を鋭い眼差しで睨み付け、その場から立ち去った。お付きの護衛や取り巻き達、そして王女達もそれに続く。


完全に彼らがカフェテリアから出て行ったタイミングを見計らい、アシュル殿下はいつもの穏やかな笑みを浮かべると、立ち上がる。


「皆、騒がせて済まなかったね。これからも色々な事が起こると思うが、どうか冷静に対応して欲しい。何かあったらリアムに報告してくれ。間違っても独断で行動しないように」


アシュル殿下のお言葉を受け、カフェテリア内の全ての者が一斉に立ち上がると、将来自分達が仕える絶対君主に対しての、臣下の礼を取った。勿論、オリヴァー兄様とクライヴ兄様、そしてセドリックやリアムもである。


私は…。済みません。いまだにヘロヘロで、満足にカーテシー出来そうになかったので、深々と頭を下げるだけになりました、本当、ごめんなさい。


「…オリヴァー、クライブ。そしてセドリック、エレノア嬢を頼んだよ。そして何かあったら、必ず僕を頼って欲しい」


「私の命に代えましても、エレノアは守ってご覧に入れます」


「右に同じく。…だから、お前は安心して自分の仕事してろ」


「そのお言葉を胸に、命を賭して…!」


力強く頷く兄様達とセドリック。そしてそれを微笑んで見つめるアシュル殿下。

兄様方と口では何だかんだといがみ合っていたりするんだけど、根っこのところでは互いに深く信頼し合っているんだって、凄くそう感じる。


「ふふ…。頼もしいが、同時に妬ましいね。僕も王族でさえなければ、君達のようにエレノア嬢を直接守れるのに。なんとも歯痒い事だが、僕は僕にしか出来ない方法で、君達を守るとしようか。…リアム、お前も頼んだぞ?」


「はい!兄上!」


そう言い終わると、いつの間にか傍に立っていたローブ姿の男達に何事かを伝え、その場を立ち去ろうとしたアシュル殿下に、私は咄嗟に声をかけた。


「あ、あのっ、アシュル殿下!」


「ん?」


「…兄達の事…そして私の事…。色々と有難う御座いました!心から感謝致します!」


そう言って、何とかふんばり、自力で立つと、殿下に対して深々と頭を下げた。そんな私をアシュル殿下は目を見開いて見つめた後、嬉しそうに微笑む。


「気にしなくていい…と言いたい所だけど…。生憎僕も、それ程出来た男じゃないから…ね」


そう言いながら、アシュル殿下は素早い動きで私に近付いたかと思うと、吐息がかかる程顔を近付け、耳元にそっと囁いた。


「感謝のお返しに、今度デートしようね?」


ボンッと私の顏が真っ赤に染まる。


オリヴァー兄様やクライヴ兄様の怒声を遠くに感じながら…。私は遂に意識をフェードアウトさせたのだった。





◇◇◇◇





「エレノア!ああ…僕の天使!!獣人達に苛められて怖かっただろう!?可哀そうに…!!」


新学期早々に巻き起こった、獣人達による騒動。


新学期初日という事もあり、学院側は午後は休校とした。例の王子王女達もあのまま学院から帰ってしまったそうなので、丁度いいから今後の対策を考えようという話しになったらしい。


そんな訳で、色々あってヘロヘロな私にとっては渡りに船と、兄様方やセドリックと一緒に帰って来た訳なのだが、バッシュ公爵邸に帰って来て早々、何故か待ち構えていたアイザック父様にサバ折りを喰らう羽目になってしまったのだった。


「ち、ちょっ!公爵様!!」


「旦那様!お嬢様が圧死します!!」


力任せにぎゅうぎゅうと抱き締められ、呼吸不全に陥った私を、兄様方やジョゼフが慌てて父様から引き剥がす。


その後、ジョゼフに滾々とお説教され、しょんぼりしてしまった父様は「ごめんエレノア…つい…」と私に謝ってくれた。いいんですよ父様。ご心配おかけして申し訳ありません。


「エレノア、大丈夫だったのかい?辛い目に遭ったね、可哀想に…」


「全くあいつら、碌な事しねぇな!やっぱあっち行った時、大暴れしとくんだったぜ!」


「メル父様?!グラント父様も!」


忙しい筈の父様方が勢揃いしていた事に驚いていた私だったが、オリヴァー兄様は父様達に挨拶をすると、少しだけ眉根を寄せた。


「公爵様や父上方の元にも、もう情報が伝わりましたか…」


「うん。まあ、僕らは一応、政治の中枢に携わっているからね。陛下も王弟殿下方も、彼らが巻き起こした今回の暴挙に酷くご立腹されていた。『未来の可愛い義娘に、なんて事を!』って、非常に余計な事もほざいていたけど…」


…あ、兄様方やセドリックの額に青筋が浮かんだ。


「という訳でアシュル殿下の仰った通り、シャニヴァ王国の方々の滞在期間は、当初の予定の半分という事に決まったそうだよ。…まあ、王女殿下達にアシュル殿下方を褥に誘われた時点で、もう既にその事は決定していたらしいんだけどね」


「それは重畳ちょうじょう。…ですが、あの者達はこの国の事や、私達男性が、愛する女性に向ける気持ちなどを、まだ理解していません。…それにあの第一王女は僕の事を『番』と言っておりました」


「そうだな。獣人にとって『番』は唯一無二の特別な存在。お前があの王女に『番』と認定されたというのなら、彼女は決してお前を諦める事はしないだろう。自分の『番』を縛る邪魔な存在として、徹底的にエレノアを排除しようとする筈だ」


「エレノアに危害を加えようとするならば、僕は彼女を殺します」


「オリヴァー兄様!?」


「そうだな。それがアルバ王国の男というものだ。それが分かっていないから、あの国の者達は始末に負えない。…全く困ったものだ」


メル父様が苦笑する。…って、メル父様!苦笑している場合じゃありません!自分の息子が殺人犯になりそうなんですよ!?ここは父親として諫めるべき所でしょう!?


「…あの…申し訳ありません。僕には『番』がどういうものなのか、まだよく分からないのですが」


セドリックの言葉に、メル父様が頷いた。


「そうだな。…まあこのまま立ち話もなんだから、お茶をしながら話をしようか」


その言葉に、私達は揃ってサロンへと移動する。するとそこには、既に人数分の紅茶と美味しそうな軽食やお菓子が沢山並べられていた。流石は公爵家の使用人達!気遣いバッチリですね!


嬉しそうにお菓子に手を出すと、「お前…さっきあんだけ殿下のクッキー喰ってたろ」とクライヴ兄様に呆れられたけど、当然聞こえなかったフリをする。だって、あのゴタゴタでお昼抜きだったし、色々あってお腹空いたんだもん!


「さて、まずは『番』がどういうものかという話から始めようか。そもそも『番』とは、男と女が『番う』という言葉からも分かるように、ようは自分の伴侶の事だ、これはセドリックやエレノアも分かるね?」


「「はい」」


「だが、獣人達における『番』とは、特別な意味を持つ言葉でね。…というか、原始の特性を色濃く残した亜人種達にとって…という方が正しいかもしれないが。彼らにとっての『番』とは、己の運命の相手であり、魂の伴侶ともいうべき存在なんだ。それゆえ、『運命の番』とも呼ばれている」


おお!運命の番って…!私の前世における腐界隈に燦然と輝く、アノ設定そのまんまですね!!?


「でも父上。彼らは獣人で、オリヴァー兄上は人族です。なのに何故『番』なのですか?それに、獣人達は見ただけで自分の『番』が分かるのでしょうか?」


「さあ?私にもそこら辺の仕組みはよく分からない。我々人族には理解出来ない概念だしね。…そうだな…。激しい一目惚れに近い感覚…とでも言えばいいのか…。とにかく、見た瞬間分かるらしい。一説によれば、番からは、とてつもなく甘い香りがするらしいよ」


成程。そう言えばあのレナーニャ王女、オリヴァー兄様を見た瞬間、釘付けになっていたからな…。あそこで自分の『番』だって気が付いたんだ。多分だけどその匂いって、番の出すフェロモンの事なんだろう。


「『番』とは人種、性別、年齢全て問わない存在とされ、出逢った瞬間相手の全てが欲しくなり、その相手としか番えなくなる…と言われている。そして、自分の『番』に出逢える確率はとても低いのだとも。だからこそ、今後は今以上にエレノアを守らなくてはいけないんだよ。…だからね、エレノアももうちょっと危機感持とうね?そしてそこ!甘やかさない!」


メル父様は、甲斐甲斐しく私の口にお菓子をあれこれと運んでくれている、オリヴァー兄様やセドリックに釘を刺しつつ、ケーキを口一杯頬張っている私に優しく微笑んだ。…あ。父様の目、「この子残念」って語ってる。あっ!グラント父様も!…だって、お菓子が美味しくてつい…。


「まあまあ、エレノアも、頼りになる婚約者達がいるから、うっかり危機感なくなっちゃうんだと思うよ?」


アイザック父様の優しいフォローが涙腺直撃!父様…大好き!


「はいっ!私には兄様方やセドリックがついていますし、父様方もいらっしゃいます。だから恐くありません!」


「エレノア…!」


途端、兄様方や父様方の雰囲気が柔らかいものへと変わった。


「あ、その…だからなるべく、殺すだのなんだのは無しの方向で…」


「ふふ…エレノアは優しいね。…うん、分かった。それをエレノアが望むのなら、ギリギリまで頑張って耐えるよ」


「まあでも、緊急事態になったら容赦しねぇけどな」


「そうだよエレノア。僕達にとって何よりも大切なのは、エレノアが無事である事だからね」


…うん。全員、納得したようで、納得してない。る気満々だ…どうしよう。

私…本当に真面目に危機感持とう。兄様方やセドリックを犯罪者にしない為にも…!


「さて…。ところでエレノア」


「はい?」


「…今度は君から、カフェテリアで殿下方が言っていた事について、詳しい話を聞かせてもらおうかな?」


ニッコリ笑顔のオリヴァー兄様の御尊顔が目に突き刺さる!…くっ!やっぱり忘れてくれてなかったか…無念!!


私は「お?今度は一体何したんだ?」とワクテカ顔の父様方に見守られながら、オリヴァー兄様の本気の事情聴取&お叱りを受ける事となったのであった。


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アルバ王国に男性達は、基本紳士な野獣です(^^)

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