第92話 じゃれ合いと熱視線

「と、ところであの…リアム?私、聖女様からお手紙貰ったんだけど…聖女様、お元気にしていらっしゃるのかな?」


なんか殺伐としてしまった雰囲気を元に戻すべく、ふと思いつきで聖女様の名前を出した途端、リアムと…ついでにアシュル殿下が遠い目になった。


「母上?…うん、元気だよ。父上達とも以前以上に仲良くしているし。多分…いや、間違いなくエレノアの助言のお陰だな。父上達も、エレノアにはとても感謝していたよ」


「うん。ひょっとしたら、新しい弟か妹が出来そうだな…ってぐらいに仲良いよね。…ある程度想定はしていたけど、まさかあれ程父上達のタガが外れるとは…」


――…え?!そ、それってまさか、聖女様のツンデレ疑惑がドンピシャだったって事!?そんでもって、「ツンデレには引くな、押せ!」を実践したら上手くいってしまった…って、そういう話ですかね?…あ、ひょっとして、あの謎のお手紙ってそういう意味…?!


「へ…へぇ…。そ、そうだったんだ~…」


青褪めながら引き攣り笑いを浮かべた私に対し、オリヴァー兄様がニッコリと、極上スマイルを向けた。


「…エレノア…。屋敷に帰ったら、それについての詳しい話を聞かせて貰おうかな?」


ひぃぃっ!!オ。オリヴァー兄様!目が恐い!顔は笑っているのに、目がめっちゃ恐いです!!あっ!ク、クライヴ兄様まで!!その凍えそうに冷たい眼差し、止めて下さい!済みません!隠していた訳じゃないんです!忘れていただけなんです!本当にごめんなさい!!あっ!セドリックが久々に、残念な子を見るような眼差しで私を見つめている!わーん!そんな顔してないで助けてよー!!


「エ、エレノア!今日は俺の焼いたクッキー持って来たから、食べてみないか!?」


自業自得の藪蛇発言により、お兄様方の圧を受け、涙目でプルプル震えている私に助け舟を出したつもりか、リアムが傍に控えていたマテオに命じ、綺麗なガラスの容器をテーブルに運ばせた。え?俺の焼いた…って、あの炭クッキー?!…まあ、試食係ですからね。食べますけども。


「――ッ!?こ、これは…っ!!」


容器の蓋を開け、お披露目されたクッキーを見た私は、思わず息を飲んだ。


だってそこには、ちょっと端っこが焦げていて、焼き色がちょっとだけ強い、まごう事なきクッキーそのものが入っていたのだから。


「こ、これ…リアムが焼いたの!?凄い!クッキーだ!どう見てもクッキーにしか見えないよ!?上達したんだねリアム!」


「…うん。今迄持って来たものもクッキーだった筈なんだが…」


私の感激の言葉に、複雑そうな引き攣り笑顔を浮かべたリアムに「ごめんね」と失言を詫びつつ、私はクッキーを一つ摘まんで口に入れた。


すると、ザクザクとした触感と、しっかり焼かれたバターの香ばしさが口一杯に広がって、思わず顔が綻んだ。


このクッキー、前世で私が好きだった、胚芽系の素朴な焼きっぱなしクッキーに凄く近い味がする。私、甘党だけど、クッキーはガリガリした固くてなんの飾り気も無い、しっかり焼いた系が一番好きだったんだよね。まさかその懐かしい味を、リアムのクッキーで味わえるなんて…。


「どうだ?エレノア」


「うん!凄く美味しい!私、こういうザクザクした食感のクッキー大好き!今迄食べたクッキーの中で一番好き!」


「そ、そうか!?」


私の惜しみない賛辞に、リアムの顏がパァッと明るくなった。その嬉しそうな様子は、尻尾をブンブン振って喜こんでいる中型犬のようだ。言ったら確実に怒るだろうけど、もの凄く可愛い。他の殿下方がリアムを可愛がる気持ちが凄くよく分かる。…私的には、キラキラしい極上スマイルに目が潰されそうでヤバイんですけどね。


「…今迄で一番って…。エレノア…僕のお菓子は…?」


「んぐっ!」


セドリックがボソリと呟いた台詞に、私は頬張っていたクッキーを喉に詰まらせてしまう。


「お嬢様!ほら、お茶!ゆっくり飲んで!」


ゴホゴホと咽る私の背中を擦りながら、クライヴ兄様が慌てて紅茶を差し出してくれる。…クライヴ兄様、何気に口調に素が出てませんか?


心の中で、そんなツッコミを入れつつ、クライヴ兄様が差し出してくれた紅茶を有難く飲む。…ふぅ…落ち着いた。


そうして何とか復活した私は、表情が抜け落ちているセドリックに対し、必死の言い訳を開始した。


「あ、あの、ち、違くて!勿論、セドリックの作るお菓子が一番大好きなのは変わらなくて!で、でもね、あの…繊細で優しくて上品な味わいばかりじゃなくて、こういった下町感満載な、野趣あふれる豪快な味わいも、たまには食べたいっていうか…!」


「…野性味溢れる豪快な味で悪かったな!」


すると今度は、リアムがムッとしてしまう。しかも「じゃあ、これはもう要らないな」と、クッキーを下げようとするではないか。あっ!リアムから容器を受け取ったマテオが俯いてプルプル震えている!ひょっとして主人を馬鹿にされたと思って怒った?…ん?あれ?笑っている!何故に!?


「待って!お願い!せめてもう一枚!」


「やかましい!お前はセドリックのお上品で繊細なクッキーでも喰ってろ!」


「そう言わずに!これはこれでアリな味だから!!」


「エレノア…!やっぱり君は僕よりもリアムの方を選ぶんだね!?」


「セドリック!『クッキー』の単語が抜けてる!誤解されるから!」


「え?なんなら誤解されても、俺は全然構わないが?」


「ち、ちょっ…!リアムッ!!」


「…ほんっとーに、エレノア嬢見ていると飽きないね。出来ればこちらの方にも、もっと関心を持って欲しいところなんだけど…」


三人のやり取りやエレノアの一挙一動を、心の底から楽しそうに…そして愛おしそうに見つめるアシュルを見ながら、オリヴァーは複雑そうな表情を浮かべ、頷いた。


「…誠に不本意ながら、アシュル殿下のお言葉に100%同意します」


リアムの軽口に真っ赤になってうろたえるエレノアと、怒ったフリをしながらも、嬉しそうに口角が上がっているリアムに対し、面白くないという気持ちが湧き上がるが、同時にエレノア、リアム、セドリックが繰り広げる、年相応な子供のじゃれ合いに、うっかり和んでしまう。


そんな複雑な気持ちを胸の奥に飲み込むように、オリヴァーは自分のカップに口をつけた。






――そんなエレノア達のテーブルを、虎の獣人である第二王女のジェンダと、黒ヒョウの獣人である第三王女のロジェが、苛々した様子で睨み付けるように見つめていた。この二人は王太子やレナーニャとは別腹で、共に側妃達が産んだ娘達である。


「…ふん!なぁに?あの第一王子と第四王子の顏!あんな楽しそうに笑っちゃって!私達には愛想笑いか仏頂面しか見せないって言うのに!」


ジェンダがギリ…と、自分の長く鋭い爪を噛むと、ロジェも同意と言ったように、憎々し気に舌打ちをした。


「それよりも、あの小娘よ!なんであんな女が、あんなイイ男達に囲まれている訳!?いくら女の数が少なくたって、もっとマシなのがいる筈でしょう!?」


レナーニャを筆頭に、初めてこの国にやって来た時は、目にする男達の誰もが美しい事に驚いたものだったが、その後、王族達に会った時には、このように見目麗しい男達がこの世に存在するものかと驚嘆したものだった。


特に自分達と年の近い王子達を見た瞬間、心と身体が甘く疼き、獣人の本能が『この男達が欲しい!』と騒き、身体が熱くなった。


自国での自分達は、その強さと美貌を数多の男達から称賛され、愛を請われてきた。どんな男であろうとも、自分達が誘えばその身も心も捧げ、足元にひれ伏してきたものだ。


その自分達がわざわざ、獣人の様にずば抜けた身体能力も、大した魔力も持たない人族の男などを相手にしてやろうとしたのに、あろう事かあの王子達はそんな自分達をすげなく袖にしたのだ。しかも、心底興味無さそうに。


「申し訳ありませんが、私には愛する女性がおりますので」


「悪いが、惚れた女以外を抱く気は無い」


「やれやれ、君達って見た目まんまなんだね。僕の好きになった子とはえらい違いだ」


…三人が三人とも、そのような言葉で、自分達の褥の誘いを断ってきたのだ。末の王子に至っては、最初からあからさまな嫌悪の眼差しを自分達に向けてくる始末。


「お気をお鎮め下さい。王族とはいえ、程度の低い女ばかりを相手にしていた所為で、姫様方の溢れんばかりの美しさと魅力に、どうしたら良いのか分からず、臆しているのですよ」


今回、自分達に付いて来た者達は、口々にそう言って自分達を慰めてくるが、それが真実だとして、つまりはあんな程度の低い女達の誰かのせいで、この自分達が相手にされていないという事になるのだ。


一体この国の男達はどうなっているのか。やはり取り柄は顔だけなうえ、女に媚びるしか能の無い無能な連中ばかりだという事なのだろうか。


ならば、父王や王妃様の言い付け通り、程々に美しくて体力のありそうな男達を選び、ペットとして連れ帰れば、自分達の目的は達成される。あの男達程ではないにせよ、どの男もそれなりに美しい容姿をしているのだ。どうせどの男も無能であるのなら、こちらに対し、従順な者達の方が躾も楽だろう。


だが、それなのに何故、彼らを見ると、どうしようもないぐらいにこの身に熱が灯るのだろうか。…特にあの、燃える様な銀糸の髪を持つ、執事服の男。あの男を見た瞬間、「この男が欲しい!」と、どうしようもないぐらいの執着心が次々と溢れ出てきて止まらない。


あの男に傅かれ、愛を囁かれたら、どれ程の恍惚が我が身を包む事か…!なのに、あの男の傍にいるのは自分達ではなく、あの女で…。


「…ちょっと!カップの中身がカラよ!」


「も、申し訳ありません!」


イラつく気持ちをぶつけるように睨みつけながら叱咤すると、侍女として傍に控えている、真っ白い兎の耳を持つ少女が、怯えた様子でロジャに謝罪をする。


「全く、使えない侍女ね!ねぇ?レナーニャお姉様!」


「ロジェ、下位種族などに期待を持つ方が愚かであろう。…ん?ヴェイン?どうした?」


「…いえ…」


自分の弟が不機嫌そうな様子を隠そうともせず、鋭い視線を向ける先を見たレナーニャは、ギリ…と、自らの濡れたような紅い唇を噛み締める。


彼の視線の先には、先程学院を案内されていた時、ヴェインが詰った女がいた。しかも妹姫達の言う通り、類まれな美貌を持つ男達があの女の周囲を取り巻いている。しかもその全てが、あろう事かあんな女に対し、優しい微笑みを向けているのだ。


『…気に入らぬ…のぅ…』


この国の男は総じて自国の女達を無条件に大切にし、愛を捧げて尽くす…と聞いた。きっとあの女は高名などこぞの貴族の娘なのであろう。そうでなければ、あんな冴えない女が、あのような極上とも言える男達に囲まれ、尽くされている筈がない。


しかもあの中には…。あの男がいるのだ。あの男は…いや、あのお方は、あんな女が傍に侍らせいていい方ではない。あれは自分だけの…!


「確かに、見てて大変に不愉快よのぅ…。あの男共、出来ればこちらに呼び付けてやりたい所じゃが、流石に王族がいる手前、それは叶わん。非常に業腹ではあるが、妾達の方から出向いてやるとするか」


そう告げ、レナーニャが立ち上がると、エレノア達のテーブルに向かってゆっくりと歩き出す。ジェンダとロジェも嬉しそうに席を立つと、それに続いた。


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麦芽系のクッキーは美味しいですよね!

そして、愛人と本妻に挟まれ、オロオロする夫のようになっているエレノアですv

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