第91話 ランチタイムと裏話

そうして新学期初日のランチの時間となり、私達はカフェテリアへと移動する。


メンバーは私、オリヴァー兄様、セドリック、リアム、そして給仕にクライヴ兄様…の他に、何故かアシュル殿下が当然と言った様子で私達のテーブルに同席していた。


「うん、ここの紅茶は久し振りに飲んだけど、以前よりも美味しい気がする。ねえ?エレノア嬢」


「は…はい。そ、そうです…ね?」


「最も、こうしてエレノア嬢と一緒に飲めるからこそ、いつもよりも美味しく感じるのかもしれないけどね」


サラリとそう言い放ちながら、ニッコリと蕩けそうな笑顔で見つめられ、私の顏から思わず火が噴いてしまう。


「…アシュル殿下。貴方、なに王族の務めをサボってんです。優雅にお茶していないで、さっさとあちらに行って下さいよ」


オリヴァー兄様が不機嫌顔で、割と本音を包み隠さずアシュル殿下にそう言い放つが、当の本人は至って平常運転といった様子でお茶を飲みつつ、手をヒラヒラ振った。


「ああ、その辺は安心したまえ。あちらはあちらで固まっていた方が良いみたいだし、ペットにならない顔だけの王族なんかに興味は無いだろうさ」


か…顔だけの王族…。しかもペットって…。殿下、それってものの例え話しですよね?!


「それに僕も、あんな所で不味いお茶を飲むよりも、君達と楽しく話をしたかったんだよね」


「…そうですか。私達は全然お話したくありませんでしたが…」


「やだなぁ。そこは嘘でも同意してくれなくちゃ。全く君って、愛する婚約者の前では、とことん狭量だよね。…まあでも、僕ももし君の立場だったら、やっぱり君の様に囲い込んじゃうかもしれないな…。愛しい女性の瞳に他の男が映りこんだりしないように…。ねぇ、エレノア嬢?」


「へっ?あ、は、はいっ?!」


色気たっぷりの極上スマイルで、とんでもない台詞を言われ、収まりかけた顔の熱が再燃してしまう。うぉぉ…!ア、アシュル殿下のロイヤルスマイル、真面目にヤバイ!ふんばれ!私の鼻腔内毛細血管!!


バチィッ!と、オリヴァー兄様とアシュル殿下の間に火花…いや、電撃が散った。クライヴ兄様も、しっかり冷ややかな視線をアシュル殿下に向けている。…あ!クライヴ兄様が動いた!!


「アシュル殿下、お茶のお代わりなどいかがでしょうか?」


「え?…ああ、じゃあもらおうかな?」


クライヴ兄様が優雅な仕草でアシュル殿下のティーカップに紅茶を注いでいく…注いで…。


「…クライヴ…」


「アシュル殿下、何か?」


「…いや、良いんだけどさ。…本当、狭量な兄弟…」


うわぉ!アシュル殿下のカップの紅茶、零れそうで零れていない、表面張力への挑戦ですかってぐらい、ギリギリのラインをキープしている!これ絶対、カップ持った瞬間零れるよね。クライヴ兄様…なんという地味にえげつない嫌がらせを…!


あ、ちなみに、オリヴァー兄様の言った『あちら』とは、例のシャニヴァ王国ご一行様の事である。


今現在彼らは、日当たりの一番良い場所に複数テーブルを用意させ、自分達と同じ獣人の侍女達に給仕されながら、優雅にお茶を楽しんでいる。


さっきチラリと目にしたが、給仕をしている侍女たちは、ウサギやリス、それに…羊…かな?どれもが草食動物の耳や尻尾を持った人達ばかりで、尊大にふんぞりかえっている連中は、その殆どが肉食獣の獣人達だった。初めて目にした時は、野生のヒエラルキーまんまの構図で分かりやすいなと思ったものだ。


「…なんだエレノア?あっちが気になるのか?」


リアムが私の様子を見て声をかけてくる。


「う、うん…まあ、ちょっと…」


「あの皇太子にしろ、王女方にしろ、本当に失礼な方々だったよね。初対面の女性に『醜女』なんて普通言う?あの学生にあるまじき格好と言い、本気で頭がおかしいんじゃないのかな?」


セドリックの言葉は、愛する婚約者を貶める発言をした相手に対する嫌味…などではなく、純粋にそう思って言っているようだ。そんなセドリックに、リアムは苦笑しながら相槌を打った。


「セドリック、お前も中々言うな。まあ、俺も完全に同意見だけど」


「――あ!そう言えばリアム、さっきは有難う。私の事、庇ってくれたんだよね?凄く嬉しかった」


そう言うと、リアムは目を見開いた後、照れくさそうにはにかんだ笑顔を浮かべた。――ううっ…!い、いきなりなその笑顔…反則です!!アシュル殿下とはまた違う、初々しいキラキラしさが視覚を直撃してくる!!


「気にすんな。好きな女を守ろうとすんのは、男として当たり前の事だからな」


「…え…す…」



――好きな女ーー!!?



一瞬呆けた後、先程のアシュル殿下の時同様、ボフンと頭から湯気が出たように顔が真っ赤になってしまった。そ、そうだった…!朝から驚きと衝撃の数々ですっかり忘れていたけど、リアム…私の事好きだったんだっけ!さ、流石はリアム…と言うか、この国の男子!そんな事、こんな席でサラッと言っちゃう!?素…!?素なんですか!!?


私が真っ赤になって挙動不審に陥っているのを見て、リアムの顏が増々喜色満面になっていく。そんなリアムに対し、セドリックはと言うと、流石は兄弟とも言うべき、オリヴァー兄様張りのアルカイックスマイル浮かべている。


「…リアム。わざわざ王族の君が出張るのは不味いだろう?エレノアの事は、婚約者・・・の僕がちゃんと守るから、安心してよ」


「…セドリック。いくら婚約者だって、立場的に守り切れない時だってあるだろう?大丈夫だ。お前もエレノアも、まとめて俺が守ってやるから、それこそ安心しろよ」


バチバチと、こちらも火花が華麗に散っている。なんか私、間に挟まれて焦げちゃいそうだ。


というか、もう一ヶ所…。シャニヴァ王国ご一行様方面から来る視線もかなりキツイ。あっちの方を見ると、誰かと目を合わせてしまいそうで恐くて向く事が出来ないけど、いつものご令嬢方からの嫉妬の視線の何倍もの熱量を感じる。


――まあ、それもそうかと思う。


なんせここ、ロイヤルファミリーが二人もいる上に、絶世の美貌を誇る生徒会長であるオリヴァー兄様、オリヴァー兄様とタメ張る美貌のクライヴ兄様…という、錚々たるメンバーが勢ぞろいしているのだから。


しかも彼らの中心に鎮座しているのが、獣人ロイヤル軍団に寄ってたかって蔑まれた、冴えない女なのだ。これで注目しない筈がない。


逆にご令嬢方からの嫉妬の視線は今回あまり感じない。気になって周囲をソロッと見てみれば、皆こちらを気にしつつも、どちらかと言えばシャニヴァ王国ご一行様の方を注視しているようだ。


まあ、あれだけ人族貶め発言を繰り返していたからね。私だってちょっと…いや、かなり腹立ったし!それにあの王子様や王女様方の暴言で、いつクライヴ兄様がブチ切れるかとハラハラして…。


『…あれ?そういえば…』


なんかさっきから違和感を感じていたのだが、セドリックとリアムの言い争い見て気が付いた。二人とも、魔力を一切出していないのだ。


特にリアムだ。彼はクライヴ兄様が感心する程魔力量が多いので、うっかり感情が高ぶったりすると、私でも関知できる程に魔力が溢れ出てくるのに、今現在、セドリックと言い合いをしている状況だというのに、少しも彼の魔力を感じない。


勿論、オリヴァー兄様やアシュル殿下も。普通、私を挟んでの言い合いでは、牽制の意味合いも含め、魔力が駄々洩れしていたりしているのに。今日は誰からも魔力が僅かばかりも漏れてはいない。

そういえば、今朝クライヴ兄様も、獣人達に対して不機嫌オーラは出していたけど、魔力を使った威圧を向けてはいなかった。


「どうしたの?エレノア」


戸惑った様子の私に気が付き、オリヴァー兄様が優しい口調で声をかけてくる。私は戸惑いながら、今気が付いた事を聞いてみる事にした。


「あの…。兄様方や殿下方が、全く魔力を出していないので…何故だろうかって思って…」


「それは…」


「へぇ…!流石はエレノア嬢。鋭いね」


「アシュル殿下?」


少し咎めるような口調のオリヴァー兄様に、アシュル殿下が安心させるように頷いた。


「いいよ、大丈夫。エレノア嬢になら言っても構わないだろう。…実はね、シャニヴァ王国からの留学生を迎えるにあたって、この学院に通っている貴族の子弟全てに『勅命』が下されたんだ」


「勅命…が!?」


「そう。『シャニヴァ王国の者達の前では極力、魔力を出さないように』とね」


魔力を出さないように…?そう言えば、父様方がシャニヴァ王国を訪問した時、威圧を飛ばされまくっても耐えていたって言っていたけど、すでにそこから魔力を抑えていたのだろうか。でも何故そんな事を?


「何故魔力を抑える必要があるのですか?」


「そりゃあ、彼らの真意を測る為に決まっているよ。彼らにとって我々人族は『力無き矮小な種族』なのだから。そのイメージ通りに振舞ってやれば、彼らは僕達を侮り格下に見るだろう。実際、自分達と対等である筈の、他国の王族達に対してもあの態度だ。あの調子なら、いずれは国交を求めた真の目的を暴露する日も近いだろう」


アシュル殿下はそう言うと、いつもの甘い笑顔ではない、酷薄で冷ややかな笑みを浮かべた。オリヴァー兄様やクライヴ兄様、そしてリアムやセドリックも、その表情はいつもと違い、冷酷…と言っていい鋭い表情を浮かべていて、思わず背筋がゾクリと震えてしまう。


…そうだ、忘れていた。この国の女子は肉食系だから、それに尽くす女性至上主義な男子達は草食獣に思いがちだけど、んな事ないって事を。


――数少ない女性を巡り、己の持てる全てを駆使し、ライバルを蹴落とし、次代に自分の血を繋げようと、己のDNAすら高めまくる。


そんな彼らは草食獣の仮面の下に、獰猛な爪と牙を隠し持つ、まごう事なき肉食獣達なのだ。そもそも、それぐらいでなければ、あの肉食女子達に対抗なんてできっこないもんね。ってか、その肉食っぷりは、恥ずかしながら私が身をもって実証済みです。はい。


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正面切ったメンチ切りが炸裂しております。そしてクライヴ兄様…。専従執事の鑑ですね(笑)

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