第90話 新学期―遭遇編―

アシュル殿下と並行して歩いているのは、シャニヴァ王国王太子である、銀狼の獣人だろう。


クライヴ兄様と同じ、キラキラとした銀色の髪に、同じく銀色の艶やかな毛並みの耳と尻尾を持っているきつく鋭い金目が印象的な美少年である。


『この子が、シャニヴァ王国王太子、ヴェイン様か…』


彼は狐の獣人である王妃が産んだ第一王子で、狼の獣人である国王様の血を濃く継いでいるのだそうだ。耳と尻尾の他は私達人間と同じ。性格さえよければ、是非ともモフりたい極上の毛並みだ。多分だが、私やセドリックとそう年は違わないのではないだろうか。


そして、そのすぐ後ろを歩いているのは、腰迄ある長い白金の髪と、艶やかな金色の耳と尾を持った、狐の獣人女性。彼女は多分、第一王女レナーニャ様であろう。この人の目も、王太子と同じ金色をしている。そういえば第一王女と皇太子は同腹の姉弟だと、父様から聞いていた。妖艶な…という言葉がピッタリな美女である。


そしてもう一人は、他の王女達よりもやや大柄な、金色の髪と金色の瞳を持った…どう見ても虎の獣人な女性。この方は第二王女のジェンダ様だろう。美人だが、自身が持つ獣性ゆえか、鋭い瞳に好戦的な色を湛えている。


更にその後方を歩いているのは、黒い髪と瞳を持ち、浅黒い肌をした、しなやかで肉感的な体躯を持つ美女。丸みのあるビロードのような黒い耳と尾を持っている。多分黒ヒョウ…の獣人だろう。確か第三王女であるロジャ様だ。


…そして、彼らの服装はと言うと…。



『うわぁ…大奥?!』


いや、というより花魁道中?


それぐらい、王女達の装いは華美なものだった。和服とアジア的な服装を足して、現代版の動き易い仕様にしたような王太子の装いと違って、およそこれから学業を受けますって格好ではない。


皆、着物ドレス?みたいな衣装をまとい、先頭を歩く第一王女様などは、わざとなのか、それともそもそもがそういった着こなし方なのか、着物の襟元を大胆に下げ、豊満な胸元をこれでもかと強調している。

後方の王女様方はそこまでではないが、概ねセクシーボディを強調するような衣装を身にまとっていた。


周囲を見回してみると、男子達は皆、顔を赤らめさせ、女子はそんな男子を見て王女達を眉をひそめながら睨みつけている。…うん。この反応、分かり易いな。


「何だ?あの格好。獣人ってのは頭おかしいのか?」


通常運転なマテオの呟きに、リアムも同意と言った様子の呆れ顔を彼らに向けている。横を向けば、クライヴ兄様とセドリックも同じような表情を浮かべていた。そういや二人とも、あからさまなセクシー系は苦手だったっけ。


一行が私達の近くにさしかかった時だった。先導していたアシュル殿下が目元を緩め、私達に挨拶代わりの笑みを浮かべる。


その見目麗しい極上スマイルに、瞬時に私の顔は真っ赤に染まってしまった。


すると私の反応を見たアシュル殿下は、ちょっと驚いたような表情をした後、間違いなく私だけに向け、先程を上回る蕩けるような笑顔を浮かべた。


ううっ!ロイヤルな視覚の暴力が目にぶっ刺さる!殿下…なんて攻撃をして下さるんですかっ!!辛うじて鼻血を噴かずに耐えきった私を、誰か褒めて欲しい!本っ当に兄様方といい、アシュル殿下やリアムといい、私の周りって視覚に優しくない美形ばかりなんだから!こっちは美形キャンセラー外したばかりで免疫皆無野郎なんですからね!?真面目に勘弁して下さいよ!!


「――ッ!?」


不意に、それこそ突き刺さるような鋭い視線を感じた。


『だ、誰!?』


慌てて視線の先を見てみれば、なんとシャニヴァ王国の王太子が、私を鋭い目つきで睨んでいたのだった。え?何?私、何かやらかしたのかな?


戸惑う私をクライヴ兄様がさり気なく庇うように引き寄せる。すると、王太子は増々不愉快そうに顔を歪めながら、おもむろに口を開いた。


「ふん。何とも目に不快な醜女しこめだな。全く…この国の男も女も皆、信じられない位にレベルが低い!不愉快だ!」


吐き捨てるようなその台詞に、その場にザワリとさざ波のようなどよめきが広がった。


…え…?ってか醜女?この王子様、確かに今、私の方見て醜女って言いましたよね?…いやまあ、確かに逆メイクアップ眼鏡のせいで、ちょとアレな感じだけど、そんな顔歪めてブスと言われるレベルではなくなった…と思うんだけど?


あまりな言葉にムカつきよりも動揺が勝り、そんな事をグルグル考えている中、クライヴ兄様とセドリック。そしてリアムと何故かマテオまでもが揃って険しい表情を浮かべた。


「これ、ヴェイン。いくら本当の事だとしても、思った事をそのまま口にするでない」


「ですが姉上!」


「それに、少なくとも男の子おのこに関して言えば、皆、女どもと違って見目だけは十分過ぎる程良いからのぅ。女どもに関して言えば、それらに傅かれる価値のない、下の下しかおらぬが?」


艶やかな紅い唇が弧を描くと、後ろの王女二人がクスクスと楽しそうに嗤いだす。


「お姉様?お姉様もお口に出てましてよ?」


「でも言いたくなるわよねぇ!本当、今まで目にした奴ら、酷いブスばっか!」


周囲の生徒達の顔が一斉に不快なものへと変わったが、王族付きの護衛やら取り巻きの獣人達は皆、周囲の反応を気にする事無く、主達の言葉に賛同するように嗤っている。


…な、なんか…。凄いな獣人。話には聞いていたが、ここまで性格悪いとは。そんでもって、本当に人族の事を下に見ているんだなぁ。


それにしても、ここまで人族を見下しておきながら、なんでわざわざ人族と国交結ぼうとするんだろう。こんなの、王様じゃなくても不思議に思うよね。


ってかこの人達、さっきから明確に私の方見てブスだの何だの言ってますよね?そんでもって、ついでにクライヴ兄様を物凄いねっとりした目で見つめていませんか?クライヴ兄様、さっきから無表情貫いてるけど、雰囲気、めっちゃ黒いです。これは…当然だけど、滅茶苦茶怒っていますね!?


「…そこまでにしたらどうだ?全く朝っぱらから不愉快極まりない奴等だ。やはりその見た目通り、中身も野生に近いようだな」


冷たい表情を浮かべたリアムの発言に、獣人達が一斉に気色ばんだ。


「なっ!?」


「ぶ、無礼な!」


「無礼?それは自己紹介でもしているのか?それと忠告しといてやるが、余所の国の者を貶める前に、まずはその発情全開なだらしない顔と、娼婦のようなあけすけな恰好をどうにかするんだな。ここはお前達の国ではない。お前達の国のルールが他所の国で通用するかしないか、まずはそこから自覚しろ。ついでに自分達の愚かな行いが、そのまま国の評価に繋がると言う事もな」


獣人達が怒りの表情を浮かべてリアムを睨み付けるが、リアムも一歩も引かずに彼らを睨み付けている。


「…リアム、そこまでにしなさい」


「アシュル兄上」


「お前も王族の一人として、思った事を正直に口に出すのはやめるんだ。それと気持ちは分かるが、程度の低い土俵に自ら降りないように。そんな事しても、自分の評価が下がるだけだからね」


アシュル殿下の、リアムを諭すふりをした獣人貶め発言に、王子王女が物凄い顔でアシュル殿下を睨み付ける。ア…アシュル殿下…。穏やかそうに見えて、実はわりと過激派ですか?!うわぁ…。獣人達の殺気を、超良い笑顔で受け流している。煽ってる…煽ってますね!?


「これはアシュル殿下。それと、シャニヴァ王国の尊い方々。この王立学園にようこそおいで下さいました。我が校を代表し、心からの歓迎の意を表させて頂きます」


その一触即発な雰囲気を断ち切るように、落ち着いた声がその場に響いた。


「オリヴァー兄様!」


小さく呟いた私に対し、オリヴァー兄様は穏やかな優しい笑顔を向けた後、業務用といったアルカイックスマイルを獣人達に向け、深々と頭を下げた。


途端、その場にいた我が国の女子や男子生徒達…そして王女達が感嘆の溜息を漏らす。そして反対に、王太子を含めたシャニヴァ王国の護衛や取り巻き達は、苦々しい表情を浮かべた。ついでに私の目もチカチカします。流石です、オリヴァー兄様!


「…そ…なたは…?」


「この学院の生徒会長を任されております、オリヴァー・クロスと申します。レナーニャ王女殿下」


「オリヴァー…クロス…」


レナーニャ第一王女がオリヴァー兄様を熱い眼差しで見つめる。頬もうっすらと赤みが差し、色っぽさが匂い立つようだ。その婀娜な姿はまさに花魁そのもの。…ってかこの王女様、絶対オリヴァー兄様の事、気に入ったよね!?


「アシュル殿下。私もこの方々のご案内に同行させて頂いても?」


「ああ、助かるよオリヴァー。卒業生である私より、在校生である君がいてくれた方が、効率よく案内が出来るだろうからね。ぜひお願いしたい」


「畏まりました。では殿下方、どうぞこちらへ」


完全に場を掌握したオリヴァー兄様によって、獣人軍団はその場を後にする。最も去り際、あの銀狼の皇太子は何故か私を憎々し気に睨みつけていったんだけど。私、本当に何かしたのかな?


一行の姿が完全に見えなくなると、途端に生徒達が騒ぎ出す。その内容は主に、さっきの獣人達の不快な発言についてだ。中には彼らに堂々と喧嘩をふっかけたリアムへの賛辞も聞かれた。


「リアム殿下。先程は有難う御座いました。しかしあのような発言…後で国王陛下方からお叱りを受けるのでは?」


クライヴ兄様の感謝と懸念の言葉を受け、リアムは肩をすくませる。


「まあな。だが気にするな。あれは俺が我慢できずにした事だし、王族がふっかけた喧嘩は王族が買えば角はたたん。…今しばし、お前達や皆には我慢を強いるが、せめて俺達が楯になれる時はならねばな」


「凄い、リアム!なんかすっごく王族っぽいよ!」


「…いや…元々王族なんだが…」


そう言いながらも、エレノアのキラキラしい視線を受け、リアムはまんざらでもなさそうな顔をする。


「…意外ですが、あの方々と殿下方は、仲がお悪いので?」


あ、私もそれ思った。リアムが喧嘩を買うのはともかく、アシュル殿下も参戦していたからね。それに、殿下方とてクライヴ兄様やオリヴァー兄様ばりの人外レベルな美形揃いなのだ。ならばあの王女様方が色気を出してもおかしくないのに。


「会って早々、兄上達を手あたり次第褥に誘われて好感持てる訳ないだろう?当然兄上達も「想う相手がいるから」って、奴らの誘いを一蹴したんだ。そしたらあいつら「面子を潰された!」って、えらくむくれてさ!」


なんだそりゃ!?ってか、会ったばかりで国交もまだ結んでいない国の王子達をベッドに誘うって、一体どういう考え方しているの!?うちの国の肉食女子達だって、いきなりそんな暴挙には及びませんよ!…及ばない…よね?うん、多分。…あ、クライヴ兄様が呆れ果てた表情を浮かべた。


「…獣人とは、人の皮を被った万年発情期の獣ですか?」


「考え方と種族の違い…って所だろうな。より良い子種を得ようとする本能が強いんだろう。クライヴ・オルセン。お前も気を付けろよ?」


「ご忠告、痛み入ります」


そうだよね…。クライヴ兄様ってば超優良物件だし、しっかり王女様達に目を付けられたっぽいし…。


――そこで私はふと気が付いた。


殿下方は同じ王族。あちらはそう思っていなくても、一応対等な立場だ。だけど兄様方の身分からして、もしあの王女方に誘われでもしたら、お断りするのは難しいのではないだろうか。


「クライヴ兄様…」


私は不安そうな顔をしていたのだろう。それに気が付いたクライヴ兄様が、安心させるように微笑みながら私の頭を撫でると、そっと耳元で呟いた。


「エレノア。奴らが王族であっても、ここは俺達の国だからな。もし粉吹っ掛けられたとしても、俺もオリヴァーも、この国の男として・・・・・・・・対応するまでの事だ。だから安心しろ」


この国の男として・・・・・・・・…?』


果たしてそれは…?そう思った私の疑問は、その日のランチで解明される事となるのであった。


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遂に獣人軍団登場です。

彼らの振る舞いに「うわぁ…」と思うでしょうが、そういう種族と割り切って、

これからの話の展開をお読みくださいませ!

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