第89話 新学期―登校編―

そうして二ヵ月ぶりにやって来た王立学院は…。どこのゲームのオープニングスチルだ!?と言わんばかりにキラキラしく輝いていた。


「クロス生徒会長、おはよう御座います」


「生徒会長、オルセン先輩、それにバッシュ公爵令嬢、ごきげんよう!」


「エレノア嬢、クロス君、久し振り!お元気でしたか?」


「エレノア嬢、それにセドリック、久し振り!また今学期も宜しく!」


「ご…ごきげんよう…」


…キラキラしい笑顔を浮かべたイケメン達が、極上スマイルを浮かべながら、兄様方やセドリック、そして私に次々と挨拶してくる度、私のHPはゴリゴリと削りに削られまくっていく…。ヤバイ…。この国の顔面偏差値の高さ、真面目に舐めてた!

…ってか、何なんですか!?この多種多様なイケメン軍団は!?新学期早々、視覚の暴力を使って私を殺しにきてるんですか!?この国の男共のDNA、本気でどうなってんですか!?そこら辺真面目に女神様に問いただしたい!!


…まあね、勿論オリヴァー兄様やクライヴ兄様レベルの美形はそこまではいないんだけれど、これだけ大量になると、数の暴力として私の視覚に襲い掛かってくるんですよ。しかも全員、もれなく極上スマイル浮かべているんだよ!ううう…目が…目が痛い…!!メンタルが…超ヤバイ…!!


「エレノア…大丈夫?」


馬車から降り立っただけでボディーブローを受けまくり、涙目でフラフラ状態の私を、オリヴァー兄様が不安そうに見つめる。


「お…オリヴァー兄様…!」


…ああ…。本当なら、兄様見て癒されたいところなんだけど、生憎兄様ってば、一番目に優しくない御尊顔なんですよね…。はぁ…。ちっとも癒されない…。


「にいさま…。私は今迄、こんなにもキラキラしい世界に生きていたのですね…」


「え?…え~っと…。うん。まあ、そう…だね?」


「もはや…校庭の隅に穴を掘って埋まりたい気分です…」


「やめろ!埋まるな!」


「エレノア!気をしっかり持って!!」


私の様子を汗を流しながら見つめていたクライヴ兄様とセドリックが、大慌てで私に喝を入れたり背中を擦ったりする。…うん、有難う。え?深呼吸しろ?すーはー…すーは…。…うん、ちょっぴり落ち着きました。


「それじゃあエレノア、僕は色々やらなければいけない仕事があるから、もう行くね。クライヴ、セドリック。くれぐれも…本当に、くれぐれも!エレノアを頼むよ!?」


不安いっぱいって感じのオリヴァー兄様のお言葉に、クライヴ兄様とセドリックが真剣な面持ちで力強く頷く。オリヴァー兄様はいつもみたく私の頬にキスをした後、名残惜しそうに何度も何度も私の方を振り返りながら、その場を後にした。


「…さて。エレノア、セドリック。行くぞ!」


「はい…。クライヴ兄様」


「はい、クライヴ兄上!」


クライヴ兄様に促され、私達は学院の中へと歩いて行った。気分は既に、戦場に赴く武士もののふである。


そして気合を入れながら一年生の教室に向かう途中…私は気付いてしまったのだった。


『う…嘘…!みんな…成長している!!』


そう。同級生達ほぼ全員が、物凄く成長していたのだ。


男子はまるで雨後の竹の子のように、ニョキニョキと背が伸びているし、女子も…。育っていた。身長もだけど、主に女性特有の部分が!


『あ、あの子、以前は私とさして変わらない体型だったのに、いつの間にやら凹凸が!?しかも…び、Bカップぐらいになってる!ああっ!あの子の大きさ!あれは…私の目指す至高のラインDカップ!?』


しかも、なんか体型に合わせたのか、仕草や雰囲気も大人びてしまっている。


何故…。何故そんなに早熟なんだあんた達!?ひょっとして、男が美形に進化したのと同様に、女性も男性を受け入れるべく、成熟具合いが異常に早く進化したとか!?で、でも…。それじゃあなんで、私だけこんなお子ちゃま体型のままなの!?


私はただただ、呆然と目の前の光景を見つめ続けていた。…何この敗北感。AAAトリプルエーがAカップに成長したぐらいで浮かれ切っていた、今朝までの己を全力で殴り倒したい。


「…えっと…。お嬢様?」


『どうしたお前?』という顔で私を覗き込んだクライヴ兄様を、私はウルウルと涙目で見上げた。


「にいさま…。私、成長しましたよね?!頑張りましたよね!?お子ちゃま体型、脱却しましたよね!?小人に縮んだ訳じゃありませんよね!?」


「お、お嬢様!?落ち着いて下さい!(エレノア!しっかりしろ!落ち着け!!)」


私の異変に気が付いたクライヴ兄様が、副音声で返事をしながら咄嗟に私を隅っこの目立たない位置へと移動させた。セドリックも心配そうな顔で私達と共に移動する。


「エレノア、大丈夫!エレノアはちゃんと成長しているから!」


しかし、私はそんなセドリックをキッと睨みつけると、一気に捲し立てた。


「セドリックに言われても嬉しくない!なによセドリックだってニョキニョキ伸びちゃってるくせに!今何センチ!?絶対165超えてるよね!?体型だって細マッチョって感じにしっかりしてきて、メル父様みたいに謎の色気まで出てきちゃってんのに!なんでまだ13歳にもなってないセドリックが、私よりも大人っぽくなっちゃってるのよ~!!セドリックのバカバカ!!」


――はい、完全なる八つ当たりです。


だって、初っ端からの美形ボディーブローで打ちのめされていた私のメンタルに、とどめとばかりに優しくない現実が追い打ちをかけているのだ。八つ当たりだってしたくなるってもんです。


…でもあれ?何かセドリック、困った顔しながらも嬉しそうだな?


「…なんか、こういったエレノアも良いね。僕に対して心を許してくれているって感じが凄くする」


そう言って微笑まれ、私の荒ぶった心がスン…と鎮火した。流石はセドリック。癒しパワーも成長していましたか。


「…ごめんね、セドリック。それにクライヴ兄様」


「大丈夫だよ。エレノアがどんな反応しても、例え罵られたとしても、僕にとってはむしろご褒美だから!」


の、罵られたってって…。セドリック。貴方まさか、ヤバイ何かに目覚めちゃっていたりしないよね…?


「というかお嬢様。私の事は呼び捨てで!」


「わ、分かりましたっ!」


クライヴ兄様の圧に、私は背中をピンと張って気を引き締めた。いかんいかん。今学期は色々な意味で気を引き締めなきゃならないのに。こんな事ごときで打ちのめされてどうする!平常心…そうだ、平常心を持つんだ!


「エレノア!」


その時だった。後方から声がしたので振り向くと、私の方に向かって嬉しそうに駆け寄ってくる、目も潰れんばかりの美少年の姿が飛び込んで来たのだ。


「ヒッ!」


思わずカチーンと固まってしまう。平常心さん、どこへ行ったの!?お願い!戻って来て!!


だが、こちらに駆けて来る美少年を見た私は目を大きく見開いた。


「リ…リアム…?!」


鮮やかに晴れ渡った青空のような青銀の髪と瞳。透き通るような美貌。一度しか見た事が無いけど、あの顔は忘れられない。間違いなくリアムだ。


だが彼も、セドリック同様、めっちゃ身長が伸びている。しかも、なよなよとはしていないが、細くしなやかだった体躯は芯が通ったようにしっかりとしていて、一気に大人びてしまっていた。


そしてリアムは未だ固まっている私の前に立つと、目潰し攻撃かと言わんばかりの極上スマイルを浮かべた。周囲から、溜息と歓声と歯軋りの音が聞こえてくる。


「久し振りだなエレノア!お前に会える新学期が待ち遠しくてたまらなかったぞ!元気そうで何よりだ!」


…あ、声も若干低くなってる…。なんて現実逃避をしつつ、あまりの眩しさに固まったまま目を瞬いていた私の顏を、何故かリアムはまじまじと見つめた。


「…エレノア。お前、なんか変わった?…えっと…。何かとても…」


すると、リアムの後方から誰かがツカツカと近寄って来たかと思うと、いきなり顎を掴まれ、グイッとしゃくり上げられた。所謂、『顎クイ』である。


「…へ…?」


――誰!?


エレノアもリアムも。そしてクライヴやセドリックも、突然の出来事に呆然とする中、シルバーがかったグレイの髪と銀色の瞳の、やや中性的な面持ちの美少年は、顎クイしたエレノアの顏を至近距離でジーーーッと見つめた後、右、左、と遠慮なく顔の向きを変えさせる。


「…ふん」


そして何やら口角を上げると、満足げに頷いた。


「この日差しの強い時期に、ソバカスを激減させるとは天晴だ。肌艶もだいぶマシになった。ふっ…。お前もようやっと、私の助言を聞き入れる気になったようだな。取り敢えず褒めてやろう!」


――こ、この聞き慣れた、尊大で厭味ったらしい口調。この髪の色…そして無駄に華美な装い…まさか…!


「マ…マテオ…?!」


「そうだが?何だ?私の顏に何かついているのか?」


途端、眉を顰めるマテオ。だが、そんな顔も麗しい。キャパオーバーな私は、ついうっかり本音を口にしてしまう。


「いや、違くて。マテオ、凄く綺麗な顔しているなぁって」


「………は…?」


マテオは目を丸くして一瞬呆けた後、ボッと音が出る程盛大に顔を赤くさせた。


「なっ…!お、お、おまえ…っ!わ、私相手に、なに媚び売っているんだ!そ、そんな事をしても…私はお前をライバルだなんて認めてやらないんだからな!?」


なんか、ツンデレがデレた時のような言葉を喚きながら、わたわたしだした挙動不審なマテオから、クライヴ兄様がさり気なく庇うように、私を抱き寄せる。


「失礼ながらワイアット様。婚約者の目の前で、不用意に女性の身体に触るなど、マナー違反ではないでしょうか?」


クライヴ兄様の、ドスの効いたお言葉と威圧に、マテオの顏が瞬時に引き締まった。


「…マテオ…。貴様、俺の目の前で、エレノアに何してやがるんだよ…?しかも良い所で、俺の言葉ブチ切りやがって…!お前、一遍死ぬか!?」


ついでにリアムからもめっちゃ冷たい視線と暗黒オーラを浴びせられ、マテオの顏が微妙に引き攣った。


…うん、まあ確かにね。マテオにとって私は、あくまで恋愛対象外の相手だろうけど、いきなり顎クイはないでしょう。本当、マテオって空気読まないと言うかなんというか…。


それにしても、リアムはさっき、何を言おうとしていたんだろうか?


「ねぇ、リア…」


だが、声をかけようとした瞬間、リアムとマテオが険しい表情を浮かべ、廊下の奥へと鋭く視線を走らせる。彼らの態度にいち早く反応したクライヴ兄様も、鋭い視線を同じ方向へと向けた。


――周囲のざわめきがピタリと止む。


「え…?」


慌てて皆の視線の先を見て見ると、豪奢な金髪を煌めかせながら颯爽とこちらに向かって歩いて来る、人外レベルの美貌を持ったお方…。アシュル殿下に連れられ、異国風の豪華な服を纏い、獣の耳と尻尾を持った一人の少年と三人の少女達が、これまたケモミミや尻尾を持った、大勢の者達を従え、こちら側に向かって歩いて来るのが見えたのだった。


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キラキラしい世界に、色々な意味でやられているエレノア。

そしてフラグ折られておかんむりのリアムです。

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