第八章 獣人王国編

第88話 新学期―支度編―

マダム…いや、メイデン母様のお店に行ってからの長期連休期間は、瞬く間に過ぎて行った。


主に修行のルーティンだったが、その修行の合い間に、兄様方も含めたご一行様でメイデン母様のお店に行って、兄様方が新たなトラウマを負ってしまったり、マテオと口喧嘩しているような文通をしたり…。


そういえば、何故か聖女様から直筆でお手紙を頂いたんだった!


国民全てから崇拝されている聖女様からのお手紙に、何が書いてあるのかとパニック状態になってしまったのよね。


で、恐る恐る開封したら、綺麗な桜色の便せんに『ありがとう。色々と思う所はありますが、幸せです』と、謎の言葉が書かれていた。


兄様方には「今度は何をやらかした!?」と鬼気迫る顔で詰め寄られたけど、私も何がなにやらサッパリです。


そうそう、父様方に兄様方に贈った男性用入浴着を強請られて、デザイナーのオネェさんに作って貰ったら、一緒にお風呂入る羽目になって、久々に鼻血噴いてしまったり…と、割と色々ありました。


ちなみに、お兄様方のトラウマについて言えば…まあ、オネェ様方もマダムも、父様達をフルボッコにした割りに、兄様達に対して何かしようとはしなかった。ひょっとしたら、私に遠慮したのかもしれないけど。


でもその代わりと言っては何だが、精神攻撃が半端なかった。


でも兄様方、オネェ様方の精神攻撃を喰らって、どん底まで落ち込みつつも、メイデン母様達に対して何も反論せず、結局最終的には彼女らの言い分をそのまま全て認め、自分の弱さを晒し出したうえで、私に対し真摯に詫びてくれた。


オネェ様方やメイデン母様も、そんな私達の姿を見て満足して下さったようで、その後は比較的和気あいあいとした時間を過ごした…と思う。


そう…。例え帰りの馬車の中で、兄様方が私を抱き枕にしながら「…恐かった…」と呟いていたとしても。そしていつの間にやら、兄様方の服があちらこちら微妙に乱れていたとしても…。





そして今日は長期連休明けの新学期初日。


私はつい先日届けられた真新しい制服をクローゼットから取り出すと、早速それを身に着け、全身が映る姿見の前に立った。


姿見の中には、長期連休前よりも確実に成長した少女の姿が映っていた。え?どこら辺がって?そりょあ当然、身長ですよ!実は6cmも伸びたんです!だから今現在の私の身長、149…いや、四捨五入して150cmとなりました!え?そんなの四捨五入にするなって?良いんです!何ミリかの差なんて大差ないもん!


そしてそして…。実はもう一つ、成長した所があるのだ!


私はソッと、自分の胸に触れてみる。


するとそこには、以前みたいに触ってもよく分からなかった膨らみが、しっかりと存在を主張していたのだった。


そう、私は遂に脱・キューピーを果たし、AAAトリプルエーからAカップになったのである!これも毎日、一生懸命魔力循環の修行をしたお陰だね!セドリック、本当に有難う!


その事に気が付いた時、あまりの嬉しさに兄様方やセドリックに喜び勇んで報告に行ったら、全員真っ赤になった挙句、それぞれにしっかり、お小言喰らいました。…でもその後、しきりに温泉に誘って来たので、やはり興味はあった模様。え?お前、一緒に入ったのかって?んな訳ないでしょ恥ずかしい。…自分で兄様方やセドリックを煽っておいて申し訳なかったけど、当然お断りしましたとも!


それにしても…。この調子で修行を続けていけば、ひょっとしなくても至高のラインDカップになれるかもしれない…!ああ…夢が膨らむ!


…にしてもあのデザイナーのオネェ…。制服や他の洋服を作り直す為に、寸法測りにやってくるなり、人の胸見て「あぁら!エレノアちゃん、育ってるけど、揉んでもらって大きくしたのぉ?」なんて言いやがって!


真っ赤になって全否定したら、「なぁによぉ!エレノアちゃんってば奥手なんだからぁ!折角男いるんだから、楽しく有効活用しなきゃ損じゃない?!あのエレノアちゃん激ラブな婚約者ちゃん達に頼めば、喜び勇んでやってくれるわよ♡」なんて、散々揶揄いながら、寸法測って帰って行った。


後日、お詫びだかなんだか知らないけど、頼みもしてない素敵なドレスが、制服と一緒に大量に送られて来たけどね。またそれがセンスが良いんだ。流石は人気デザイナーだけある。…作った本人は、頭と言うか性格が少々ぶっ飛んでるんだけどね。


ってか何だこのメッセージ。『貴女の姉より♡』って!?いつだれがどこで、あんたの妹になったのだ!?…まあ仕方が無い。絶交するのは止めにしてあげましょうか。


「さて…と」


私は姿見から離れると、鏡台の前に腰かけ、自分の顔をしっかりと見る。


「…うん。よし!今日もそれなりに可愛い…と思うよ!?」


そう、鑑の中の自分に向かって言い聞かせる。これはあの日、マダム・メイデン…もとい、メイデン母様に言われてからずっと欠かさず行っている、私の新たな習慣だ。


『いい?一日に一回でいいから、こうして鏡の中の自分をちゃんと見るの。そうして自分は可愛いんだって、そう言い聞かせてあげるのよ』


自分に対し自信が持てずに、自分自身から目を背け、いつのまにやら卑屈になっていた私への、同性であるマダムからのアドバイス。


身体だけじゃなくて、心も成長しなければいけないんだとマダムの言葉は気付かせてくれた。…正直、まだまだ自分に自信なんて持てないけど、私を大切に想って愛してくれている人達の気持ちを素直に信じたい。…そう思えるようになった。


そんな私の心境の変化は、兄様方やセドリックにも伝わっているみたいで、不思議と一時期妙に性急だったスキンシップが沈静化してきた。なんというか…。兄様達の態度に余裕が生まれたような気がするのだ。


そうしてひとしきり鏡の中の自分を見つめた後、鏡台の横に置かれていた眼鏡を手に取り、装着する。


――相変わらずの感覚が落ち着いたのを見計らい、再び鏡を見ると、そこにはいつもの私よりも、ちょっとだけ肌色が悪くて、ソバカスが薄っすらと浮いている、逆メイクアップバージョンの私がいた。


以前は、肌艶も悪く、ソバカスが浮きまくりだったのに比べると凄い進歩だ。これは兄様方や父様方が相談し合った結果、「徐々に綺麗になっていく体をとろう」という方針になったからである。


なんでそんな面倒な方法を取るのかと言えば、兄様方が言う所の『ギャップ萌え』を、最小限に抑える為の措置なんだって。…って言うか、私にギャップ萌えが発動するって一体…?まあ、それだけあの逆メイクアップバージョンが酷かったって事だろう。


今回、長期連休が入ったから好都合だという事で、一気にここまで修正したんだそうだけど、残念ながら髪の毛の色味はマテオ曰くの『枯れ葉色』のまんま。…まあ、いくら長期連休明けって言っても、そこまで一気に変わったら目立っちゃうもんね。その代わりというか、あのきついドリルがふんわりカールに代わっている。髪形も徐々に可愛らしい形に変わる予定との事で、今から楽しみだ。


まあ、あくまで徐々に…なので、マテオにはまたなんか言われそうだけど、そこはシャンプーの試供品が少なかったからで切り抜けよう。


その時、部屋の扉がノックされ、オリヴァー兄様、クライヴ兄様、そしてセドリックが顔を出す。


「エレノア?支度は出来たかい?」


「兄様方!それにセドリック!はい、準備万端です!」


そう言って駆け寄った私を、まずはオリヴァー兄様が抱き締めた後、身体を離して私の全身を優しく見つめる。


「制服姿、久し振りだね。…うん。こうして見て見ると、君の成長がよく分かるよ」


そう言うと、オリヴァー兄様は愛おしそうに私の頬を撫でた後、私の唇に触れるだけのキスを落とした。私はオリヴァー兄様に成長したと言われた事が嬉しくて、思わず満面の笑みを浮かべてしまう。


「へぇ…。本当だ。毎日見てると分からねぇもんだな。…うん、とても良いぞ!」


「本当ですねぇ…。エレノア、良かったね!眼鏡も良い感じに印象が変わっているよ」


そう言いながら、私にキスをしてくるクライヴ兄様とセドリックにも成長した事を褒められ、私は得意満面になって胸を張る。


「私ももう13歳ですから!」


そう、この休みの間に私も誕生日を迎えた為、今現在は晴れて13歳である。


この年になると、早い子は…えっと…し…初体験?的な事をイタしたりするんだって!元居た世界では有り得ない事だよね!?

ちなみにこの情報は、当然の事ながらデザイナーのオネェさんである。彼…いや彼女は、こんないらん知識ばかり私によこして、一体なにをさせたいのであろうか?


「そうだね。エレノアもこの連休で、身体の成長もだけど、魔力操作がだいぶ上達したから。…ところでエレノア。僕らの顏、ちゃんと見えてる?」


「あ、はい。しっかり見えています」


「そう」


するとオリヴァー兄様がいきなり、私の顏を至近距離から覗いてくると「愛しているよエレノア…」と、物凄い色っぽい顔で囁いてきたのだ。


ボッ!と、瞬時に顔を赤くさせた私を、暫くの間まじまじと見つめていたオリヴァー兄様は、ニッコリ笑顔で頷いた。


「…うん!顔は赤いけど、鼻血は大丈夫そうだ。これなら眼鏡で相手の顔をぼやかさなくても平気そうだね」


――…そう。お気づきだろうが、今現在、私の眼鏡から『美形キャンセラー』機能が取っ払われているのだ。つまりこの眼鏡をかけても、顔面破壊力から視力を守れなくなってしまったのである。


「…えっと、オリヴァー兄様…。その事なのですが…。私、ちょっとまだ心配で…。思いっきりぼやかさなくてもいいので、せめて霞がかる程度には機能を残して頂くわけには…」


確かに、鼻血は殆ど出なくなりました。…そう…例えば、いまだに身体にジャストフィットした男性用入浴着を着ている、兄様方やセドリックを見ても大丈夫なぐらいには…。


でもその代わり、すぐ逆上せてぶっ倒れてますけどね!ひょっとして鼻腔内毛細血管を攻撃していた、私の中の迷走魔力、代わりに脳を攻撃するようになっちゃったんじゃないでしょうね!?


そんな風に不安気に戸惑う私に対し、微笑んでいたオリヴァー兄様の顏が真顔になった。


「駄目だよエレノア。新学期からは例の方々・・・・がいらっしゃるんだ。今迄は僕らも、君の目が他の男に向かないから好都合…って放置していたけど、学院の男子の顔が殆ど分からない今の君の状態は、非常に不味い。それにどうせ、いずれはその眼鏡を取るんだし、今の内から慣れて行った方が良い」


――…そうなのだ。


実は今学期から、例のシャニヴァ王国から留学生として、王太子と王女方がやって来る事になっているのだった。


「あの国の獣人達は、総じて人族を下等生物として見下しているきらいがある。そんな国が何故、西方諸国の人族国家と国交を結ぼうとしているのかを、国王陛下方は見極めようとしておられるようだ」


メル父様の説明は、「ケモ耳だ~!」と浮かれていた私に冷や水を浴びせかけるものだった。


「俺も冒険者時代に、少しの間あの国にも足を運んだことがあるんだが、どうにもいけ好かない連中が多くてな。早々に他の国に移動しちまったんだ。そんでも「国交を…」なんて言って来ているて聞いたから、ちっとは変わったかと思ったんだが…。まるっきり変わってなくて驚いたぜ!」


「そうなんだよね…。あっちの連中、よりにもよってグラントに威圧をぶつけまくってくるんだもん。挙句にメルに対しても挑発してきてさぁ!もうどうしようかと…。僕もそうだけど、フェリクス王弟殿下も疲れ果てておられたな…」


父様と王弟殿下、外交で疲れたんじゃなくて、ブチ切れそうになっているグラント父様とメル父様を抑えるのに疲れ果てちゃったんだ…。父様はともかく、王弟殿下…本当にお疲れ様です。


今回、留学してくるのは皇太子である王子様と、王女三人だそうだ。それとお付きや護衛が多数。あの国の王族であるなら、きっと選民意識が強くてトラブルを起こすだろうとは、父様方の共通意見である。


それにしても、私の前世における小説や漫画などでは、獣人の方が人間達に差別される側だったんだけど、こっちでは逆なんだね。…う~ん…。どんな人達が来るんだろう。間違っても「その耳や尻尾、触らせて下さい!」なんて言えない人達って事だよね。眼鏡の事といい、なんだか凄く不安だ。


――というか、今日から文字通り、(視覚的に)キラキラした学園生活のスタートなのだ。


『どうか、間違っても鼻血を出したり、脳が沸騰してぶっ倒れたりしませんように…!』


私はそう女神様に祈りつつ、ドキドキハラハラな新学期に向け、思いを馳せたのだった。


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聖女様については、自分のやらかし(ツンデレについての対策)をすっかり忘れているエレノアです。

そして、逆メイクアップもかなり改善されてきました。エレノアにとって、色々な意味での波乱に満ちた新学期が始まります!

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