第87話 【閑話】ツンデレ聖女様の回想―後編―

――やってしまった…!


そう、私は極度の緊張や照れくささを感じると、ついついキツイ罵り口調になってしまうという悪癖があるのだ。


元居た世界でも何故か割とモテていた私だったが、この悪癖の所為で、言い寄って来た男を全員撃沈させてしまい、ついたあだ名は『高飛車女王』。何で16歳の若さで「女王」なんて言われなくてはならないのか…。


彼らの事は嫌いではない。美形にあまり興味が無いのは本当だけど、私だって女の端くれ。あれだけ綺麗な人達に世話をやかれ、優しくされて、好きにならない筈がない。うっかり酷い事言っちゃったけど…。でも本当はちょっと…いや、だいぶ嬉しかったのに…。


「…もう、私の事なんて嫌になっただろうな…」


女性が少ないこの国で唯一、自分自身で女性を選ぶ権利を有しているのが王家の直系だと聞いた。


だったらこんな可愛げのない女なんか早々に見限るだろう。私以外を望まないなんて言ってたけど、跡取り生まれないと王家滅ぶし。王様だって次行けって王子様達に言ってくれる筈…。そうよね!


「それに私はいずれ、元居た世界に帰るんだから。結婚なんてしている場合じゃないっての!…だから、これで良かったのよ。むしろ、私の悪癖グッジョブだわ!」


彼らも今は辛いかもしれないけど、あれだけのイケメン王子様方なのだ。きっと早々に吹っ切る事だろう。そしたらまた良い友達に戻れるに違いない。


――…だが私は、この国の野郎共の、女性に対する情熱としつこさを見誤っていたのだ。


あんなにキツい口調でお断りしたというのに、アイゼイア達は全くめげる事無く、それどころか暇さえあれば私を口説いてくるようになってしまったのだった。


賄賂(という名のプレゼント)攻撃、言葉攻め、壁ドン、逃げる先々に張られている、魔力を使った落とし穴…等々。そりゃもう、ありとあらゆる手段で!


――というか、何で落とし穴なのよ!?子供か!?


最近のやつなんて、何故か温泉のたっぷり張られた浴槽にダイブしてしまい、全身びしょ濡れになってしまった。…ド●フネタかよ!?


カンカンになって、ずぶ濡れのまま、王家のサロンに怒鳴りこんだら「前に温泉に入りたいって言っていたから…」ってフェリクスとレナルドがシュンとしていた。天然!?天然なんですかあんた達!?フェリクス、あんたも水の魔力を、こんなアホな事に使うな!!


…もうどうせ濡れちゃったから、有難く温泉には入りましたけどね。


しかもだ。頼りの王様や王弟方も、揃いも揃って超良い笑顔で「早く諦めて、息子達を受け入れて下さいね」と言うばかり。


「諦めろ」なんて言われて、「はいそうですね、じゃあ諦めます!」なんて言える訳ないだろうがー!!


たまらず「私、やっぱり『聖女』として、女神さまに生涯お仕えする事にしたわ!じゃあね!」と、神殿に逃げ込んでも追撃は変わらず。というか、もはやお互いに意地の張り合いみたいになってしまっていた感じだ。


――そして一年間の攻防の果て。結局、根負けしたのは私の方だった。


ってか、「もういっか」って思っちゃったのよね。だって、例えこの先、元居た世界に帰れたとしても、きっと私は彼らの事を思い出して泣いてしまうって、そう気が付いたから。…不本意な事に、それぐらい彼らは私の心の中に、しっかり食い込んでくれやがったのだ。


「分かった!結婚するわよ!だけど条件があるの。王妃になるんだから、ある程度の不自由は覚悟している。でも私を囲うような事はしないで!そんな事したら、私はどんな手段を使っても、元居た世界に帰るから!」


…これが私のプロポーズを了承した時の言葉である。本当に…とことん可愛気が無い。


まあでも、求婚から逃げる名目で『聖女』になっちゃったとはいえ、お役を引き受けたからには、ちゃんと仕事を全うしなくてはいけないし、仕事にかこつけて外にも出れるしね。…というか、「仕方なく結婚してあげるんだからね!」…という体を取る為の、ちょっとした方便でもあったのだけど。


そうして結婚して子供がすぐ出来て…。


って言うか、この世界の男達って、『昼間は紳士、夜は獣』って言葉そのまんまよね!?あれって絶対、女に尽くす鬱憤とストレスを夫婦の営みにぶつけているに違いないわ!私なんてもう、新婚初夜で死ぬかと思ったわよ!あんな生活していたら、子供なんてすぐに出来て当然だわ!!アシュル達にはくれぐれも、自分のお嫁さんには無体をしかぬよう、きつく言い含めておかなくては。


――お嫁さんと言えば…。


アシュルとリアムには、好きな子が出来たのよね。バッシュ公爵令嬢のエレノアちゃん。


あの子に出逢ったお陰かしら。『第一王子』として、そして長男として、頑張り過ぎる程頑張っていたアシュルも肩の力がいい感じに抜けて、親の欲目かもしれないけど、増々素敵な男性になった。


末っ子ゆえ、皆で甘やかしていたから、いまいち自主性が無かったリアムも、今では年相応に快活な、とても感情豊かな子になってくれた。そしていつも楽しそうに学院での事、エレノアちゃんの事を私達に話して聞かせてくれる。それを聞くたび、本当に、良いお嬢さんと巡り合えたものだわって嬉しくなってしまう。


ディランも、快活で行動的なデーヴィス同様、王子のくせに危険なダンジョンやら国境周辺やらをあちこち飛び回っていて、ハラハラさせられっぱなしだったけど、好きな子が出来てからは、あんまりやんちゃしなくなったし、とても大人っぽくなってきた。聞く所によれば、フィンレーもディランと同じお嬢さんを好きになったみたい。ビックリだわ!


…きっとあの子達の好きな子は、エレノアちゃんみたいに素敵な子なんでしょうね。

だってあのフィンレーが私の元に「僕を産んでくれてありがとう」って、わざわざ言いに来てくれたんですもの!


フィンレーは、ちょっと特殊な属性を持って生まれた。


そのせいで私が体調不良になったと、物心ついた時から気に病んで、私や家族にどこか一線引いているような所があった。そんなフィンレーが、「ごめんなさい」ではなく、「ありがとう」と私に言ってくれたのだ!聞けば、好きな子にアドバイスを貰ったのだそうだ。


私はもうとにかく嬉しくて、あの子を抱き締めながら、思わず号泣してしまった。フィンレーも照れくさそうに…でも嬉しそうに、私を抱き締め返しながら微笑んでいたっけ。


あの人達と家族となって、可愛い子供達にも恵まれて、私は今とても幸せだ。…未だに素直になれないけど、夫達が私に捧げてくれる愛情と同じくらい、私も心の底から彼らを愛している。


「…だけどいまだに、素直にソレ、伝えられないのよねぇ…」


考えてみれば、まともに「愛している」って言った事もない気がする。でもやっぱり素直になれなくて、キツイ事を言っては自己嫌悪するの繰り返し。


こんな事を続けていたら、いくらあの人達でも、私に愛想を尽かしてしまうんじゃないだろうかと不安になってしまう。でもこんな悩み、誰にも言えないし…。


はぁ…。と溜息をついた私の目に、久方ぶりの我が家…王宮が見えて来たのだった。





「ただいま、みんな!」


「お帰りアリア!」


「無事でなによりだ!さあ、もっとよく顔を見せてくれ!」


「会えなくて寂しかったよ。私の愛しい人!」


――あれ?なんか…雰囲気がおかしいな?


キラキラしい笑顔と甘い言葉はいつもと同じ。だけど、そこはかと漂うこの緊張感は、一体何なのだろうか?


そういえばフェリクスがいないわね?…そうそう、東の大陸に外遊しているとかなんとか、魔法通信で知らせて来たっけ。獣人王国なんて、そんな国交の無い国に行って大丈夫なのかしら。


「アリア」


「フェリクス!良かった、無事に帰って来たのね!」


噂をすれば…である。


フェリクスは憂いのある美貌に柔らかな笑顔を浮かべ、私の身体を抱き締めたあと、手の甲に恭しく口付けを落とした。


「私の心配をしてくれたのかい?嬉しいよ…僕の愛しい聖女様」


――クッ!き、来た!全くもう…!20年近く経った今でも変わらない、甘々しいその態度と台詞、どうにかして欲しい!


「し、心配なんて…する訳ないでしょう!?貴方ぐらい腹黒かったら、どんな国でも手玉に取れるんじゃないの?!」


…ああ…。また可愛げのない事を言ってしまった。きっとこの後、困ったように笑って、私に謝ってくるのよね…。


そう思っていた私だったが、予想に反し、フェリクスは私の言葉に怯む事無く、極上の笑顔を浮かべたまま私をそっと抱き締め、頬に口付けを落とした。


「分かってるよ。口ではそう言ったって、優しい君の事だ。きっとずっと心配してくれてたんだろう?僕の愛しい人…」


その瞬間、私の顏からボッと火が噴いた。


「…えっ!?う…あ…あの…っ!?」


いつもと違い、全く引かないフェリクスの態度に、思わず狼狽えてしまう。顔も真っ赤になったままだし、胸の動悸も酷い。ど…どうしよう…。こんな展開、想定外だわ!


「ね?僕の事、心配だったろう?」


再度畳みかけられ、思考停止状態な私は、ついつい素直に頷いてしまった。しかも何回も。


「そう、嬉しいな!…ねぇ、君の口から、言葉で言ってみてくれる?」


「…ッ…。し…心配…だったわ…」


「僕達の事…愛している?」


フェリクスの口調が熱を帯びてきている事にも気が付かず、私は再び顔を真っ赤に染め上げ、目を泳がせた。しかし、流石にそれを言うのはハードルが高く、中々素直に口に出せない。


私は羞恥で涙目になりながら、長身のフェリクスを見上げる。すると、フェリクスの顏がみるみるうちに真っ赤になったかと思うと、胸を押さえて蹲ってしまった。


「えっ!?ちょっ、どうし…ええっ!?な、何なの、貴方達まで!?」


フェリクスの態度に慌てた私の目に、アイゼイアやデーヴィス、そしてレナルドが、同じ様に胸に手を当てたり顔を手で覆ったりして身悶えている様子が映る。い、一体みんな、どうしちゃったの?!


「…アリア…!」


先駆けて復活したフェリクスが、私をいきなり横抱きにした。


「きゃあっ!ちょっ!フェリクス!?」


「兄上方、レナルド。実験役を仰せつかった特権は、しっかり頂きますからね?」


そんな謎の台詞を言ったかと思うと、フェリクスは私を横抱きにしたまま、嬉しそうに私を自室へと連れて行ったのだった。


――その後は…まあ、察して下さい。


しかもそれ以降、私がキツい態度をどんなに取っても、まるで私の胸の内を見透かすかのように、言葉尻を捉えて逆に甘く攻められるようになってしまったのだ。


まるで今迄の鬱憤を晴らすかのように、その攻めは容赦がなく、私は防戦一辺倒にならざるを得なくて…。一体みんな、どうしちゃったのだろうかと、首を傾げる日々を送っている。


でも、愛する人達に「愛している」と素直に言えるようになったのは…。まあ、良かったかなって思う。(ほぼ強制的に言わされているんだけれども)…たまに羞恥で身が保たない時もあるけど、罪悪感もなく日々生活できて、今現在の私は割と…ううん。かなり幸せだ。


後に、そうなる切っ掛けを作ったのがバッシュ公爵令嬢のエレノアちゃんだった事を、私は息子達に聞かされ知る事となるのだった。


===================


国王陛下と王弟方、エレノアの推測を息子達に聞かされた後、「誰かが身をもって実践してみよう」「じゃあ、フェリクスが外遊から帰ってくるから、丁度良くないか?」という事で、フェリクス王弟殿下がツンデレ実証役を愛でたく押し付けられました。

そして無事、聖女様のツンデレが証明され、王家の中でエレノアの株が絶賛爆上がり中です(笑)

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