第86話 【閑話】ツンデレ聖女様の回想―前編―

「聖女様。お疲れではありませんか?」


「ええ。大丈夫です」


「あと半刻ほどで王宮に到着しますので、もう暫く我慢なさって下さい」


「分かりました。お気遣い有難う御座います」


馬車越しに声をかけて来た護衛騎士にニッコリと笑顔を向けると、護衛騎士は瞬時に顔を赤らめさせ、嬉しそうに一礼した後、馬車を護るように組まれた隊列へと戻って行った。


「…いいなぁ…。私も馬に乗りたいわ…」


視察が多い職業柄、馬車での移動が多い事から、夫達が心血注いで改良してくれた馬車は、普通の馬車に比べて乗り心地が最高で、振動も殆ど感じない。…だが、ああやって直接風を切って走ったら、さぞかし楽しかろうと思うのだ。


「ま、職業柄、そんなの絶対無理なんだけどね」


成り行きゆえに選んだこの『聖女』としての仕事に後悔とかは…まぁ、多少はあるものの、こうして外に出るある程度の自由と、人を助ける事が出来るという『意味のある人生』を送れるから、満足はしている。


「…それにしても私の人生、奇想天外よねぇ…」


窓の外を流れる風景をぼんやりと見ながら、彼女はそう独り言ちた。





◇◇◇◇





実は私が生まれたのはこの世界ではない。


私は『地球』という星に生まれた異世界人だ。

それが何を間違ったか運命のイタズラか、私は16歳の時、唐突にこちらの世界へとやってきてしまったのだ。


…いや~、今思い出してもあの時はビックリしたわよね。


なんせ学校帰りに友達とふざけてて、うっかり階段踏み外してダイブした次の瞬間、衝撃を覚悟して目を瞑ったら、ふんわり着地した感触が襲って来たのだから。


しかも「あれっ?」って思って、瞑った目を恐る恐る開いたら、見知らぬ豪華な広間にいて、しかも驚いて固まっている、沢山のイケメンがいたんだから。


思わず『落ち所が悪くて、私…死んだ?!死後の世界って花畑じゃなくて、イケメンの天使の群れがいるの?!』って思ってしまったのも仕方が無い事だと思う。


その後、私は即座に保護された。…そう、不審人物として捕られたのではなく、保護された・・・・・のである。普通、いきなり現れた不審人物をもてなそうなんてする?!やっぱりここって天国なの!?


…そうして、豪華な食事やありとあらゆる美味しそうなお菓子を出され、「どこか痛いところは?」「何か欲しいものは?」と、至れり尽くせりされた後、あの場に居た、飛び抜けてキラキラしたイケメン四人組が説明してくれた所によれば、ここは『アルバ王国』という国で、今現在私が居るのが、アルバ王国の王城。そして目の前の人外級イケメン軍団は、この国の王子様達なのだそうだ。


「お…王子様…!?」


いやね、「王子様ってこんなんかな?でもまさかね!」って思ったら、本当に王子様だったとは…ビックリだよ。というか、王子様だからこその、この目に優しくない美形っぷりだったのか。心の底から納得だわ。


ショックや動揺が強くて、今はちゃんと顔を見ながら話せているけど、冷静になったら、まともに顔見て話せるか不安だわ…。絶対お話しているうちに、意識遠のきそう…。


彼らはそれぞれ「アイゼイア」「デーヴィス」「フェリクス」「レナルド」と名乗った。


「アイゼイア」は、四人の王子様達の長男で、皇太子らしい。めっちゃキラキラしている綺麗な金色の髪と、透き通るような水色の瞳を持っている。そして、めちゃくちゃ甘く、綺麗な顔をしていて、いつも優しい微笑を浮かべている。年は…。外人の年ってよく分からないんだけど、確実に私よりも年上よね。


「デーヴィス」は、アイゼイアのすぐ下の弟で、燃えるような紅い髪と、同じく赤い切れ長な瞳をした、美丈夫だ。そして王子様方の中で一番体格が良い。下手するとアイゼイアと同い年かそれよりも上に見えてしまう。この人は見た目同様、話し方や私に対する接し方も、気取らないざっくばらんな感じで、凄く気易い感じだ。今の所、話しをしていて一番ホッとする。


「フェリクス」は、アイゼイアの二番目の弟だそうで、私と同じ艶やかな黒髪と、新緑のような澄んだ翡翠色の瞳を持った美少年だ。多分私と同い年ぐらい…だろう。物腰が柔らかく、おっとりとした感じの好青年なのだが、なんか仕草の一つ一つが妙に色っぽい…ような気がする。


そして最後、「レナルド」は末っ子で、まだあどけなさが抜け切れていない、明るめな紺色の髪と瞳をした、透き通るような美貌を持った美少年である。流石に年下だろうと年齢を聞いてみたら、15歳だそうだ。つまりは私より一つ年下。でもこの世界は15歳で成人するそうなので、「貴女より年が若くても、自分はもう大人です!」と何故かムキになって言っていた。


そしてそれを、他の兄弟達が微笑ましそうに見つめている。…うん、この四人、仲が良いんだな。なんか凄くほっこりする。



「そう言えば、君の名前は?まだ聞いてなかったな」


「あ…亜莉亜アリア


「アリア…。可愛らしい名だ。可憐な貴女によく似合っている」


まだ夢を見ているんじゃないかと混乱しながら名乗った私に、アイゼイアがそう言って微笑んだ。超ド金髪の一番キラキラしいイケメンがニッコリ笑顔でそんな歯が浮きそうな台詞を言うものだから、思わず真っ赤になってしまう。そしたら何故か、彼と他の三人が揃って驚いた顔をしていたっけ。


後から聞いた話によれば、この世界は女性の数が極端に少なく、その数の少ない大切な女性を『国の宝』として蝶よ花よと育てているとの事。その為、そんなささやか(?)な賛辞で頬を染める女性など、ほぼ皆無なのだそうだ。成る程。だから私の反応であんなに驚いていたのね。


そんでもって、なぜ会う人会う人男だけなのかの謎も解けました。聞けばお城で働く人の九割が男性なんだそうだ。


…なんなの?この逆ハーレム設定は。どおりで私、不審人物として捕縛されなかった訳だよ。出自はともあれ、私が希少な『女』だからだったんだ。


「アリア、君の世界の事も話して?」


そう言われ、私自身の事や私の住んでいた世界の事を色々と話した。友達とふざけていたら、階段から落ちてしまい、気が付いたらこの世界に来てしまっていたことも。


「あの…。私は帰れるのでしょうか?」


そう尋ねた私に、四人は眉をひそめて「難しい」と告げた。


なんでも、明確な意思を持って召喚された者と違い、私のようにイレギュラー的にこちらにやって来てしまった者は、元いた世界とこの世界との間に明確な『道』が作られていない事が多いのだそうだ。


そして私の様な、いきなり別の世界に来てしまう『転移者』や魂が界渡りした『転生者』は数十年に一回ぐらいの割合で現れる事。そして『転移者』が元居た世界に戻った記録は今の所無いという事を説明され、私は目の前が真っ暗になり、思わず泣き出してしまった。


そんな私を四人は代わる代わる慰めてくれ、「魔力があれば、ひょっとしたら『道』を探す事が出来るかもしれない…」と、教えてくれた。


…自慢ではないが、私は結構アグレッシブで立ち直りが早い。


そんな訳で一筋の光明を見出した私は、善は急げと涙を拭い、王子様方に頼み込んで、速攻、宮廷魔道士に魔力鑑定して貰ったのだった。


その結果なんと、私の魔力属性は『光』である事が判明したのだ。しかも光属性の中でも『癒しの力』に特化した聖属性だとのことだった。


この属性は極めて稀で希少な属性で、しかも女性にしか顕現せず、その属性を持って生まれた女性は「女神様の寵愛を授かった存在」として『聖女』と呼ばれ、敬われるのだそうだ。


――何だろう…。このどっかの小説か漫画のようなベタな展開は。


…などと思ってしまったのは内緒だが、ともかく私にその『光』属性があると判明した途端、私は『聖女』として、更に下にも置かない扱いを受けることになってしまったのだった。


まあ、状況から鑑みるに、いきなり顕れた『光』属性を持った少女…なんて、いかにも女神様の使いっぽいシチュエーションだものね。


でもね、私は『聖女』でもなんでもない、ごく普通の女子高生なの!


どんなに崇め奉られても、イケメンに囲まれても、私の望みは元いた世界に帰りたいって、ただそれだけ。


だから、「私は聖女なんかじゃありません!」と宣言し、煩い外野は無視して、とにかく自分の力を使いこなす努力を続けた。


東に疫病が広まったと聞けば駆け付けて病人を癒し、西に凶悪な魔物によって大勢の怪我人が出たと聞けば、すっ飛んで行って怪我を治しまくる。魔力の修行なんて、もう実践あるのみ!お陰で治癒魔法はすぐに、宮廷魔導師並みに上達する事が出来た。


だけどそれに比例する様に、私を『聖女』として称える声が高くなっていき、更に困った事に、私を陰に日向にと、なにくれとなくサポートしてくれた王子様方…なんと全員から、求婚されてしまったのだった。


「初めて貴女を見た時から、私達の心は決まっていた。どうか我々の『公妃』となって欲しい」


兄弟を代表し、そう話すアイゼイアの言葉に、私は頭の中が真っ白になってしまった。


「は?え?我々の…って…こうひ?」


――『公妃』って何?って思って聞いてみたら、次代の王家直系全ての妃の事で、つまり要は国母だと教えられ、意識が飛びかけた。


つ、つまりは何か?私に重婚しろと!?しかもあんなキラキラしい化け物レベルの美形全員と…!?無理無理!ないわー!!


しかも最近ようやっと、ちゃんとまともに顔見て話が出来るようになったばかりだってのに!そんなのと四六時中一緒にいて、その挙句に愛を囁かれるなんて…。うん、間違いなく憤死する。目が潰れる。なによりメンタルが保たない。


「アリアの元居た世界では、一妻一夫が普通だという事は分かっている。だが我々は貴女を愛してしまったんだ。この先一生、貴女以外を我々は望まない。どうか我々と『家族』になって頂けないだろうか」


…しかも私には悪い癖があって…。


「…む…」


「む?」


「無理!!出来ない!だって私、美形なんて好きじゃないし!貴方達綺麗過ぎて、一緒にいたくない!!他あたって!というか絶対嫌!!」


咄嗟に言い放った言葉に、アイゼイア達が傷付いたような顔をしていて…。でも、一度言った言葉を撤回出来ず、私はそのまま、背を向け逃げ出してしまったのだった。


===================


閑話シリーズ、最後のトリは聖女様です。

閑話でありながら、ちょっと話が長くなってしまったので、前後編に切ります。

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