第85話 【閑話】お兄様とオネェ様
――今現在、私とオリヴァー兄様、そしてクライヴ兄様は、『
私達の席には、当然と言うかマダム…いや、メイデン母様が付き、にこやかな笑顔を浮かべている。それに対して、兄様方の表情はめっちゃ固い。顔色も悪く、まるでこれから絞首台に向かう罪人のようだ。
…まあ、さもありなん。
「本当にねぇ…。あんた達、自分の好きな子に対して、あんな酷い仕打ちをするなんて婚約者として…いえ、男として大失格よ!?」
「本当よぉマダム。それって、自分に自信の無い男がする事よねぇ~!超完璧な見た目に反して器が小さいわぁ…!」
「それにしても、狭量なお兄ちゃん達に比べて、殿下方って凄いわよねぇ…?」
「そーよねー?お兄ちゃん達が仕掛けたトラップに惑わされず、エレノアちゃんの内面に惚れちゃうんだもん!ああ…。私達も殿下方に惚れそう…♡♡」
「ねぇエレノアちゃん、もういっそ、殿下方に乗り換えちゃった方が、幸せになれるわよぉ?なんせ、見た目がどんなんでも、末代まで愛してくれる筈だから!」
「「「「ね~♡♡」」」」
――…兄様方、比喩でもなんでもなく今現在、絶賛公開処刑中だったりするのだ。流石はオネェ様方。口撃に容赦の欠片も無い。だ、大丈夫かな…兄様方。
メイデン母様とオネェ様方、父様方や兄様方が私に『あの』恰好をさせた事、よっぽど怒っていたのだろう。実は私が『
父様方から事情を聞いた兄様方やセドリックは、真っ青になりながらも、『
「あの…。兄様方?別に無理して行かなくても…」
あまりにも悲壮な表情を浮かべた兄様方を見て、そう言った私に対し、オリヴァー兄様もクライヴ兄様も首を横に振った。
「僕達が君にしてきた事は、それ程に罪深い事なんだよ。…あの人達が怒るのも無理は無い。父上方が制裁を受けたのなら、僕らも受けるべきだ」
「むしろ受けなければ、お前の傍らにいる資格もなくなっちまうからな」
あの…。兄様方。私達、あそこに楽しく訪問しにいくんですよね?これから牢獄に収監されに向かう訳じゃないですよね?
「兄様方!私は兄様方を恨んでなんかいないし、兄様方の気持ちも理解しています!私だって、兄様方やセドリックが大好きで、離れたくなんかないから、あの恰好をしていたんですよ?!」
そうだ。兄様方だけが悪いわけじゃない。だって、あの恰好をするのは好きでは無かったけど、そうする事で兄様方が安心してくれるのが嬉しくて…。そして多分、それ以上に兄様方や他の皆の、私に対する執着心が心地よかったのだ。
こんな私をこれ程大切に守ろうとしてくれている…って、それを実感できて、嬉しかったんだ。
そう、そもそもそうじゃなかったら、泣き喚いてでも拒否していましたよ。あんなん、確実に女捨ててる格好だったんだから。
「有難う…愛しいエレノア」
「ああ、俺のエレノア…!愛してるぞ…!」
そう言って、兄様方は私を代わる代わる抱き締め、優しいキスを唇に落とした。
「ただし、セドリックは連れて行かない事にするけど、それで良いか?」
「え?あ、はい。それは別に…。強制参加ではありませんし」
「クライヴ兄上!何を仰るのですか!?この件に関しては、僕も兄上方や父上と同罪です!僕にも罰を受けさせて下さい!!」
セドリックが必死に兄様方に言い募るが、兄様方は揃って首を横に振った。
「駄目だ!…セドリック、お前はまだ幼い。そんなお前が、いらない傷を負うべきではない!」
「オリヴァー兄上…!」
――…オリヴァー兄様。貴方は生きては戻れない戦場へと赴く兵士ですかね?増々私達はどこに行こうとしているのかが分からなくなってくるな。
「…それに、あの時の公爵様のお姿で察するに、お前が一緒に行ったら、一番被害に遭いそうな予感がする。ここは大人しく、僕達が無事帰還する事を信じて祈っていてくれ!」
言われてみれば、セドリックってオネェ様方の好みのどストライクだったね。兄様の言う通り、確かに余計なトラウマを負う危険がある。
「…え、えっと…。は、はい…!分かりました兄上!どうかご無事にお戻りください!!」
セドリックもそれを察したか、顔色悪く納得する。…あれか?大戦の中、死を覚悟して特攻する青少年が、残された家族に思いを託すあのシーン?今現在目の前で展開されているやり取り、あれにしか見えない。兄様方…。そんなにあそこに行くのが嫌ですか。そうですか。
「オリヴァー兄様!クライヴ兄様!大丈夫です!もし兄様方の身に危険が降り掛かりそうになったら、私が絶対守ってみせます!」
そんな私を見つめた後、兄様方は揃って肩を落とし、深い溜息をついたのだった。
――…そんなこんなで、私は兄様方を伴って、再び『
「いらっしゃい、エレノアちゃん。婚約者ちゃん達もようこそ。…さて、それじゃあ行きましょうか?」
そう言うと、妖艶な笑みを浮かべたメイデン母様は、私達を広間へと連れて行ったのだった。
…そして、冒頭に戻る。
兄様方を見たオネェ様方と、ついでに黒服一同は一斉に息を飲むんだ後、にーっこりと、物凄い黒い笑顔を浮かべた。
「苛めがいがありそう…」とは誰が呟いた台詞なのか…。
その言葉の通り、兄様方はここに来てからずっと、オネェ様方の容赦ない言葉責めに、赤くなったり青くなったり、当てつけのように殿下方を引っ張り出され、暗黒オーラを出して一触即発状態になったりしていて、私はもう、ハラハラしっぱなしだった。
というか、リアム…は、前から私の事が好き…みたいな事を言っていたのは知っていたけど、親友ポジとして私の事を好きなんだと思っていたんだよね。なのに、実は男女の好きだったって聞いて、本当にビックリだ!…というか信じられない。
し…しかも…。まさかのアシュル殿下までもが、何でだか私の事を好き…だなんて!本当に心から信じられない!きっと何かの間違いだよね!?そうだよね!?
でもそれを言ったら「…あら…?この母の言う事が信じられないっての…?」と、メイデン母様から物凄い圧を喰らってしまい、プルプルと震える羽目になった。
「だーから言ったでしょ?!あんたは自分が思っているより、ずっとずっと素敵な子なのよ!だから余計な虫を寄せ付けないよう、お兄ちゃん達が暴走しちゃったんじゃない。でしょ?あんた達。…でもねぇ…。最初から正々堂々戦わないで隠すだけなんて、『自分には自信がありません』って公言しているようなモンじゃない?あんたら、本当にあのグラントとメルヴィルの息子なわけ?情けないったらありゃしないわ!」
メイデン母様の容赦のない言葉の刃に、兄様方は揃って顔を歪める。
「メイデン母様!どうかもう、その辺で…」
たまらず、制止しようとした私の手を、オリヴァー兄様が優しく握って止めさせる。
「…貴女の仰る通りです。僕もクライヴも、自分の欲望を優先するあまり、一番大切だった筈のエレノアの心を傷付けてしまいました」
「あ~ら?てっきり言い返してくるかと思ったけど、思った以上に素直じゃなぁい!?じゃあ、自分に自信が無いって、認める訳ね?」
「――ッ!自信なんて、持てる訳がないでしょう!?」
立ち上がり、絶叫に近い声を発するオリヴァー兄様に、私はビックリして目を大きく見開いた。
「エレノアは…。僕らが他の男を寄せ付けさせないように、あんな姿に変えさせても、王族の心を堕としてしまえる程の子なんです!僕を…いや、僕らだけを見て愛して欲しいと囲っていても、彼女を慕う男は後を絶たない。エレノアは僕らを愛してくれていると分かっていても、不安で不安で…。彼女が僕ら以外の男の事を見たり話したりするだけで、嫉妬と独占欲が際限なく出てきてしまって…!」
一息にそう吐き出した後、オリヴァー兄様が苦し気な…切なそうな表情を浮かべ、目を伏せる。
「…ああ、そうだな。俺達は自分達を慕ってくれる、優しい妹の気持ちに胡坐をかいて、守っている気になっていただけの大馬鹿野郎だ…!」
クライヴ兄様も、オリヴァー兄様同様、苦し気な…悔しそうな表情を浮かべ、唇を噛んだ。
「…エレノア…。完璧な兄を演じていても、結局僕はこんな男なんだ。…クライヴがいなければ、醜い執着心を暴走させ、君に何をしていたのか分からない…。そんな僕が僕自身に対して、自信なんか持てる訳がないんだ…!」
「オリヴァー…兄様…!」
「…オリヴァー、それは俺も同じだ!…エレノア、こんなダメな兄貴達で御免な?…軽蔑…してくれて構わない…!」
「クライヴ…兄様…!」
いつでも完璧で、優しくて…私の自慢であり、最愛のお兄様方。そんな彼らが、こんなにも自分の荒ぶる気持ちを内に秘め、苦しんでいたなんて…。
…と、いうか…兄様方…。こんな時にほんっとーに済みませんですけど、苦悩に満ちた憂い顔が、目潰し攻撃的に視界にブッ刺さってきます!!ハッキリって、ヤバイぐらいにエロいです!
兄様方は気が付いていないけど、マダムやオネェ様方、真っ赤な顔で兄様方の事、ガン見してますよ!?あっ!後ろの黒服のお兄様方も、ハリソンさんを筆頭に、揃って鼻息荒くしてらっしゃる!涎流しそうにウットリしている方もいらっしゃって…あれ?あの人って確か、父様方をもっと若くしたのが好みって言っていた兄ちゃんだな。うん、そりゃあ、オリヴァー兄様やクライヴ兄様なんて、どストライクもいいトコでしょう。…な、なんか…。この部屋の温度が急上昇している気がするな…。
「…はぁ…!…ヤバイわ…。すっごく…イイ…ッ!!」
「メルちゃんやグラちゃんと違ってスレてない、未完成な青臭さがグッとくるわねぇ…♡」
「青い果実がこんなに美味しそうだなんて…。新たな扉が開きそう…♡♡」
あっ、クライヴ兄様が自分の置かれた状況に気が付いて、顔を青褪めさせてる!まだ気が付いてないオリヴァー兄様に、必死に声かけてますよ。クライヴ兄様、ナイスフォロー!流石は私達全員のオカンポジション!…でもちょーっと手遅れかなぁ!?
「…まぁねぇ…。こーんな可愛い子が婚約者だったら、うっかり囲いたくなる気持ちも、暴走する気持ちも分かるわよ。…子供っぽい独占欲…か。男って、本当にバカでどうしようもないけど、そんなトコがたまらなく可愛いのよねぇ…♡」
おおっ!メイデン母様の言葉が丸くなった!
「私がもしエレノアちゃんの立場だったら、こんな一途に独占欲ぶつけられたりしたら、思わず『どうにでもしてっ!』って、やっぱりなすがままになっちゃうかも…♡」
「愛に縛り付けられる…。女に生まれたからには、味わってみたい悦びよねぇ♡♡」
「それに、お兄ちゃん達って…男子の嗜みはともかく、まだ誰ともイタしてないのよねぇ…?」
「キャー何それ!『自分の全てを白いままで捧げます』ってやつー!?いや~♡♡純愛ッ!!」
「なんか…。全然足跡の無い、真っ白い雪景色に自分の足跡残したくなっちゃうみたいな心境だわっ♡♡」
「私…。殿下方推しだけど…。お兄ちゃん達も推すわ!!」
――…うん。オネェ様方。どうやら兄様方の事気に入ったようだ。
でも最後らへんの会話って余計な情報だと思う。兄様方、真っ赤になって青筋立てて震えていますよ。そして「…あのドクサレ親父共…!」との呟きに、誰が情報源かを察しました。
オネェ様方やメイデン母様、キツイ事を言っていたけど、つまりは兄様方に、自分達のしてきた事の自覚をして欲しい気持ちからだったみたいだし、普段滅多にお目にかかれない、ノンケの超絶美青年が、自分達の目の前で本音晒して苦悩していれば、そりゃあ女心も容赦なく疼くだろう。
「まあ、じゃあ自分の心を晒け出した所で、心機一転!これからはあんな眼鏡に頼らず、正々堂々と王子様方と勝負をしなさいな!」
「済みませんが、それは出来ません」
「ちょっと!何でよ!?あんたら今までの反省、口先だけだった訳!?」
メイデン母様が瞬時にドスの効いた顔と口調になり、それに対して兄様方が必死に声を張り上げる。
「やりたくてもやれないんですよ!!」
「そこら辺、俺らの自業自得なんだが、今あの眼鏡を止めたら、とんでもないギャップ萌えが発動しちまうんだ!!」
――はい?ギャップ萌え?何で兄様方、そんな言葉をご存じなんですか?!
「「「「ギャップ萌え?」」」」
当然の事ながら、メイデン母様を筆頭に、オネェ様方が首を傾げる。それに対し、オリヴァー兄様がギャップ萌えの何たるかを朗々と説明しだした。そしてそれにハリソンさんも追従する。
「マダム。確かにお嬢様の…ギャップ萌え…ですか?私が言うのもなんですが、グッとくるものがありました」
「やだ!ハリソンがきちゃうって、どんだけヤバいのよ!そのギャップ萌えって!!」
「はい。…なので父上達との協議の末、徐々に外見を元に戻していく方向でいこうという事になっております」
「…うん。まぁ…それしかないかしらね?…良いわ!私達のイジメに耐えたご褒美に、納得してあげるわよ!でも今度、私の娘を辛い目に合わせたりしたら…潰すからね?」
「…はい。しかと心得ました」
「善処します…」
兄様方の顔色、青いの通り越して真っ白だ。でも、なんかホッとしたような、妙にスッキリしたような表情をしている。
「オリヴァー兄様…。クライヴ兄様…」
「エレノア…!」
互いに見つめ合った私達の前に、ドン!とワインボトルが置かれた。
「さあ!これからはエレノアちゃんとお兄ちゃん達の新たな誓いと門出を祝って、皆で盛り上がるわよー!!」
マダムのお言葉に、オネェ様方が待ってましたとばかりに、戸惑う兄様方へと群がった。
――その後の展開は…。兄様方に、新たなるトラウマを刻みつけた…とだけ言っておきます。
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お仕置きしようとして、うっかり撃ち抜かれたオネェ様が方と、
更なるトラウマを植え付けられたお兄様方でした(笑)
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