第83話 【閑話】ロイヤルカルテットと連絡鳥
「あれ?今日はみんな居るんだ?」
王族専用のサロンにフィンレーが入室すると、兄弟達が揃ってお茶をしていた。
「珍しいね。特にアシュル兄上。公務は良いの?」
「うん。フェリクス叔父上が帰って来たんだけど、それと同時に母上も視察から帰って来たから、父上や他の叔父上方が揃って休憩しに行っちゃったんでね。僕も束の間の休憩だよ。フィンも昼間にこっちに来るなんて珍しいじゃないか?」
「うん。ちょっとお茶したくなってね。ディラン兄上も久し振り。暫く見なかったよね」
「ちょっとストレス解消で、あちこちのダンジョン潜ってた。…ってかお前、何持ってんだ?毛玉か?」
ディランの指摘に皆がフィンレーの手元に注目すると、何やらオレンジ色の小さな丸い物体を、ボール遊びの容量でポンポンと弄んでいる。
「ああ、これ?さっき捕まえたんだよ。多分、誰かの連絡鳥じゃない?」
「連絡鳥?!」
『連絡鳥』とは、魔力で作られた使い魔の一種で、名前の通り、手紙の要領で相手に自分のメッセージを伝える役割をしている。
「…お前ってさぁ…。こないだのエルといい、本当に色んなモン捕まえてくるよな。虫取りホイホイかよ?」
呆れ顔のディランを、フィンレーが冷たく一瞥する。
「何?なんか文句あるの?ディラン兄上」
「…いや別に…」
自分の意中の少女をたまたまではあるが捕まえてくれたフィンレーに、最近のディランは頭が上がらない。しかも魔力探索はフィンレーの十八番な為、エル捕縛を共闘している身としては、更に強く出れないでいるのだ。
フィンレーが毛玉を弄ぶのを止め、手の平を差し出すと、まん丸の毛玉がポンッと鳥の姿に変わった。
「おっ!本当に鳥だ!」
「へぇ…可愛いじゃないか」
毛玉を彷彿とさせるまん丸ボディは、全体的にオレンジ色の羽毛に包まれ、胸のあたりだけが真っ白い。そしてそのつぶらな黒い瞳は、ウルウルと何か訴えかけるようにこちらを見つめている。しかも心なしか震えている。
「…なんか怯えてない?」
「フィン。可哀想だから、離してやれよ」
「離す前に、誰の連絡鳥か確認してからね。いくら可愛くても、普通の鳥じゃなくて使い魔なんだから」
その時、ジ~ッと小鳥を観察していたリアムが嫌そうに顔をしかめた。
「その鳥、マテオの連絡鳥だ」
「マテオの?!」
「うん。前に俺の部屋に飛んで来たことがあってさ。…可愛いから餌をやろうとしたら、いきなりマテオの声で朗々と恋文語り出したから、ビックリして思わず風の魔力で吹き飛ばしちゃった」
兄三人は、揃って末っ子に同情の眼差しを向けた。
可愛い小鳥が囀る代わりに、男の声で愛を囁いてくるなど、一体何の悪夢なのだろうか。
「リアム。これ、潰しちゃう?」
フィンレーの言葉に、小鳥が必死にピーピー鳴く。多分だが「やめて!助けて!」とでも言っているのだろう。
「いや、そこまでは…。その鳥が悪いわけじゃないし」
「リアムがいいならそれで構わないけど。ま、じゃあ一応、何のメッセージ持ってきたか聞いてみようか?」
「聞く必要無いから!早く放鳥しちゃってよ、フィン兄上!」
「まあまあ、良いじゃないかリアム。丁度ヒマしてたし、あいつがどんなアホな事ほざいているのか聞いてやろうぜ!」
何となくワクワク顔のディランを、リアムがジト目で睨み付ける。
「兄上達は聞きたくても、俺は全然、これっぽっちも聞きたくないんだけど!?」
「大丈夫だよリアム。あんまりにも不快だったら、その場でコレ、消してあげるから」
「フィンレー止めなさい。ほら、鳥が傍目から見て分かる程怯えてるから」
「…冗談だよ。はい、再生!」
そう言うと、フィンレーはスイッチを押す要領で、小鳥の頭をツンと押した。
「ピィッ!」
ちょっと抗議の鳴き声らしきものを発した後、小鳥はパカッと嘴を開いた。
『今日はマテオ!あのね、父様が買って良いって言ったから、私の分のシャンプーも追加で注文してくれる?新学期にお支払いするから。請求書宜しくね!』
「あれっ?!」
「ん?」
「へ?」
いきなり女の子の声が小鳥の口から聞こえてくる。目を丸くする兄達を尻目に、リアムが声を上げた。
「あー!エレノアの声だっ!」
「え!?何だって!?」
「へぇ~。あれがバッシュ公爵令嬢の声かー…声は可愛いね」
「ってか、何でマテオの連絡鳥にエレノア嬢の声が入ってんだよ?!」
しかも、シャンプーがどうとか言っていた。何なんだろう?訳が分からない。
「…ねぇ君。今迄の声の記録、残っているよね?今すぐ再生してくれる?…え?何首横に振ってんの?ひょっとして、出来ないって言いたいわけ?あっそう。んじゃ今すぐ術式で君を解体して、中身を解析しようかな…」
「フィンレー、だから小動物を脅すのは止めなさい!」
小鳥がガクガクと震えあがっているのを見たアシュルがフィンレーを諫める。…だが。
「…まあでも、再生できないって言うのなら、そういう方法もありだね…」
ボソリ…と、とどめの追撃を放つと、小鳥は必死な様子で嘴を開いた。
『おいエレノア!お前、私が前にやった基礎化粧品でちゃんと肌の手入れしてんだろうな!?これからは日差しの強い季節になるんだから、手入れをサボるなよ!?怠ったツケは、ソバカスの増加という悲劇として現れるんだからな!?』
『分かってるわよ!言われなくてもちゃんとお手入れしています!でもアレって凄いね。ちょっと使っただけでもお肌が凄く潤う!流石はマテオ、大好きなリアムの為とはいえ、ムダに良いモン使ってるわよね』
『ムダ言うな!希少なハーブを使って作らせた限定品なんだからな!お前ごときが使うには勿体ない程の最高級品を、発育不良を憐れんで、特別に施してやったんだからな!そこら辺を理解して、もっと有難がって使え!というか、伏して私を拝め!』
『発育不良児で悪かったわね!というか、誰が伏して拝むか!…そう言えば、サンプル品として入っていたシャンプー、使ってみたけど凄く良いね!ひょっとしてあれも、マテオが使っているヤツ?』
『そうだが?何だ、お前も興味が湧いたか?』
『うん!アレ使ったら、凄く髪の毛に艶が出たの!しかも指通りも良くなったんだよ!ひょっとして、オリーブオイルか何かが入ってるのかな?』
『オリーブオイルじゃない。私の家の領地で取れる、最高品質の蜂蜜が入っているんだ。だがそうか、気に入ったか!それならば丁度いい。その枯れ葉色のバサバサ髪が目にウザかったから、改善する気があるんなら、お前に分けてやってもいいぞ?高いがな』
『バサバサ髪で悪かったわね!…う~ん…でも高いのかぁ…。どうしようかな~?』
『お前、腐ってもちんくしゃでも、公爵令嬢だろうが!娘バカなお前の親や、お前命の婚約者達に強請れば何百本だって買ってくれるだろう?ってか、唸る程金持っている公爵令嬢が、お金の事で悩むな!馬鹿なのか!?』
『あんた、私を蔑む言葉を入れないと気が済まない病気にでもかかってるわけ!?…分かった。父様に聞いてみる』
『そうしろ。こと美容に関しては、お前は私の言う通りにしてれば間違いないんだ!いいか、お前がリアム殿下や私の傍にいるつもりなら、少しは女を磨け!今のままのお前では、私の引き立て役にすらならないからな!』
『あんたは私の小姑か!?…まあでも、頑張るよ』
『そうしろ。じゃあ、注文したかったら、ちゃんと言えよ』
『うん。ありがと!』
『休みだからって、ゴロゴロしてて太るなよ?増々不細工に磨きがかかるからな!?』
『あんたは私の母か!?』
――…ここで小鳥は嘴を閉じる。どうやら会話はここで終わりのようだ。
「…なんつーか…。本当に聞きしに勝る、面白いご令嬢だな、エレノア嬢って」
ディランはちょっと唇を震わせながら、今の愉快なやり取りの感想を述べる。以前、エレノア嬢が王宮にやって来た時は、フィンレー共々エルの探索に躍起になっていたので、エレノア嬢と対面するチャンスをふいにしてしまったのだ。後で一部始終をアシュルやリアムに聞いた時はフィンレー共々、心の底から後悔したものだ。
「やっぱ、こないだエレノア嬢が来た時、同席してりゃあ良かった」とぼやくディランに、フィンレーが同意とばかりに頷いた。
「そうだね。僕も思いっきり同感。…でも、なんかこの声、聴いた事があるような…?」
「お前もか?奇遇だな、俺もなんか、妙に既視感が…」
揃って首を傾げるディランとフィンレーを他所に、リアムとアシュルはフィンレーから奪い取るように受け取った小鳥に、今の会話の再生を命じ、聞き入っていた。
「それにしてもマテオのヤツ…。俺に内緒でエレノアと文通していたなんて!俺なんか三回に一回ぐらいしか、返事返って来ないのに!」
「僕なんか、一通も返って来ないけど?…というかコレ、まるっきり女子同士の会話だよね。…ああ。でもエレノア嬢は相変わらずだね。また直接お話をしてみたいものだな…」
「俺もエレノアに会いたいです。…早く新学期が来ないかな…」
――しかしあの二人、いつの間にこんなやり取りをする程、仲良くなったのだろうか。
アシュルとリアムの目が、段々と半目になっていく。
「…なんかムカついたから、マテオに俺の作ったクッキーの試食をさせようと思います」
「ああ、それは良いねぇ…。きっと涙を流して喜ぶ事だろう」
その後、マテオは行方不明になってしまった連絡鳥の行方を捜索するかたわら、リアムが作ったクッキーの試食係を、連休中ずっとさせらされる羽目になったという。
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久々の登場。長期連休中の、ロイヤルカルテットです。
ちなみにマテオの連絡鳥は、イギリスの国鳥とされているヨーロッパコマドリ(通称ロビン)がモデルとなっています。
余談ですが、エレノアのお願いで子の連絡鳥だけ、結界をフリーパスで入れる仕様になっております。
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