第82話 ヴァイオレット・ローズ⑤

――…そして、暫くした後。


新しく作ってもらったジュースを飲んでいた私の元に、まだ憤慨した様子のマダムとオネェ様方、そしてボロボロ状態になった父様方が扉から出て来ました。


「エ…エレノア~…」


あ、アイザック父様!他の父様方よりボロボロな上、何故か顔や襟元に真っ赤なキスマークがつきまくっています!あ、なんか泣きそうになってる!父様、取り敢えずドンマイ!


「エレノアちゃん、心配してやる必要無いわよ。こいつらは自業自得なんだから!」


フン!と鼻を鳴らしたマダムは私の隣に腰かけると、一転して慈愛のこもった眼差しを私に向けながら、優しく頬を撫でた。


「全くもう!貴女がなんでこんなに自信無さげなのか、ようやっと分かったわ。可哀想に。いつもあんな格好させられてたらねぇ…。そりゃあ自信なんて無くなるわよ!」


「で、でもさ、僕もメルやグラントも、勿論エレノアの婚約者達も、決してエレノアの事を貶めたりしてないよ!寧ろ常にエレノアの可愛らしさや素晴らしさを口にして伝えているし…。それに、あの恰好をしなければ王家に…!」


必死な様子で反論するアイザックの言葉を、メイデンは容赦なくぶった切った。


「んなこたぁ分かってるわよ!…でもねぇ、あんたらはエレノアちゃんにとって、自分を心から愛して、肯定してくれる『身内』でしかないの!ましてやあんたらってば、息子ちゃん達共々、人外レベルの美形集団じゃない!そんなのにいくら褒められたって、エレノアちゃんにとっては「身内びいき」としか思えないのよ!『外部』の正当な評価が得られなければ、自信なんて持てる訳ないの!!」


マダムの言葉に、私はハッとした。自分の置かれた状況に慣れ切ってしまっていた気持ちを、マダムにズバリと言い当てられた。…そんな気がしたのだ。


「…うん…。確かに、その通りだね…。君の言う通りだよ」


私の方を見てから、切なげに目を伏せたアイザック父様を見たマダムは、ふぅ…と、溜息を一つ落とした。


「…まあ、あんたらの事だから、それ全部分かっててここにエレノアちゃん連れて来たんでしょうけど?…それに、あたしらから見れば虐待以外の何物でもないけど、あんたらが必死にエレノアちゃんを守ろうとしていたのだけは分かるわよ。ま、それでもデリカシーってもんを頭ん中に叩き込んでやりたい気分だけどね!」


マダムの言葉に、いつの間にやら、メル父様と一緒にお酒を飲んでいたグラント父様が、ニヤリと口角を上げる。


「さっすが!外側はともかく、内側は女!分かってんなライナー!」


「…褒められているっぽいんだけど、なんか微妙にムカつくわね。それと、本名言うなっつたろーが!!踏まれ足りないんか?!このゴミムシが!」


グラント父様、とうとう呼称が人外に!


「まあ、そう言うなよ。…本当に、お前には感謝してんだ。色んなごちゃごちゃこじれていたモン、ズバッとぶった切ってくれたんだからな。考えて見りゃお前、昔から兄貴肌…いや、姉御肌だったしな」


「…あんたのお守りは、とーっても大変だったわよ!で、エレノアちゃん」


「は、はいっ?!」


「ほんっとーに業腹だけど、さっきのドブス化眼鏡を外す…って選択肢はなさそうだから、一つ私からアドバイスしてあげる。はい、これ」


そう言って渡されたのは鏡だった。


「あの…?」


戸惑う私に、マダムはニッコリと綺麗な笑顔を浮かべた。


「あのね、一日に一回でいいから、こうして鏡の中の自分をちゃんと見るの。そうして自分は可愛いんだって、そう言い聞かせてあげるのよ」


マダムに言われ、私はマジマジと鏡の中を見てみる。そして私は最近こうして、ちゃんと自分の顔を見ていなかった事に気が付いた。


そう言えば、平日はだいたいあの眼鏡を朝からかけていたし、それ以外では外に出る事も殆ど無かったから。…いかん。自分で言っていて何だが、完璧に女としての何かが終わっている気がする。


「自信を持てって言っても、いきなりは無理でしょうけど…。貴女はとても可愛くて素敵な女の子よ?女の敵であり、同性・・である私達が太鼓判を押してあげる!…だから信じなさいな。それと、アイザック達や婚約者ちゃん達の言う事も、ちゃんと信じておやりなさい」


「父様方や…兄様方の事を…信じる…?」


父様方の方を見て見ると、みんな真剣な目で私の方を見ている。…ああ、そうか。私、心のどこかで皆の言う事、信じ切れてなかったんだな。


「あ、でも自意識過剰になれって言ってる訳じゃないわよ?私から見れば、エレノアちゃんなんて、まだまだネンネの発展途上なんだからね?増長したりしちゃダメよ?!」


おどけた様子でウィンクをするマダムに、私は心からの笑顔を浮かべながら頷いた。


「はいっ!私…メイデンお母様やオネェ様方のような、素敵な大人の女性になれるように、頑張ります!」


「――ッ!…エレノアちゃん…!あんたって子は!!」


感激に打ち震えながら、メイデンがエレノアを力一杯抱き締めると、周囲のオネェ集団も同じく、感極まった様子で目を潤ませたのだった。





「エレノアちゃん!またいつでも来てね!待ってるわー!」


「そん時は婚約者のお兄ちゃん達も連れてきてねー!教育的指導…いえ、ちゃんと可愛がってあげるから~!!」


口々に別れを惜しむ声に見送られながら、私は父様方と『紫の薔薇ヴァイオレット・ローズ』を後にする。


「父様方、今日は本当に有難う御座いました!とっても楽しかったです!」


馬車の中で顔を紅潮させ、嬉しそうに微笑む愛娘の姿を、アイザック、メルヴィル、グラントはそれぞれボロボロの状態ながら、目を細めながら見つめる。


実はバッシュ公爵邸に帰って来た後、オリヴァー達にエレノアの自己評価の低さや自信の無さをどうにかしてやりたいと相談を受けたのだが、その時すかさずグラントが「女の気持ちは女に聞きゃいいじゃん!」と、『紫の薔薇ヴァイオレット・ローズ』に行く事を決めたのだった。


最初は「何だそれ!?」「いや、女ってお前…」と難色を示したものの、蓋を開けてみれば大成功だった。…多少藪を突いてしまった感は否めないが。


「それにしてもねぇ…。痛い所を突かれたよ」


「そうだな。どんな策を弄しても、結局殿下方はエレノアに惹かれてしまったからね。あの子の魅力は見た目を変えただけで失われるようなものではない。…私達の守り方は、結局ただの自己満足に過ぎず、エレノアを傷付け委縮させてしまうだけだったんだな」


アイザックとメルヴィルが感じている罪悪感。それは多分、オリヴァーとクライヴ、そしてセドリックが、無理矢理意識下に押し込めていたのと同じものだろう。


「…今すぐは無理だが、徐々にエレノアの本当の姿を出すようにしていかなくてはな…」


「うん、そうだね」


そこまで話し合っていたメルヴィルとアイザックは、同時にエレノアと楽しそうに会話しているグラントの方へと目を向けた。


「メル…。グラントって脳筋に見えて、実は結構考えてる事深い…?」


「いや、何も考えようとしないがゆえに、その場その場の最善を本能で嗅ぎ取れるんじゃないかな?」


グラントにとっては非常に失礼極まる事を、アイザックとメルヴィルがこそこそと話し合っていると、エレノアが目をキラキラさせながら言葉を続ける。


「私…父様方が、なぜあそこに私を連れて行ってくれたのか、分かりました!」


「エレノア!?」


「そうか…!分かってくれたか!」


「はいっ!父様方は、あの場で私に淑女の在り方を学べと、そう仰りたかったのですね!?」


「「「…は?」」」


エレノアの言葉に、三人が笑顔のままフリーズした。


「オネェ様方の、あの女性よりも女性らしい振る舞いや、貴族女性肉食女子達にない、男性に対して一歩下がった淑やかさ。元は男性であることを感じさせない、完璧な装い!…どれも見習うに値する、素晴らしいものでした!ですのでこれから私、彼女達をお手本に、完璧な淑女目指して頑張ります!」


「え?…い、いやちょっと…」


「エレノア?ちょーっと落ち着こうか?」


「いや、別に男女見習えと言いたかった訳では…」


「そういう訳で、またあそこに連れていって下さいね!?」


キラキラと、やる気に満ち溢れたエレノアの様子に、父親達は二の句が告げずに黙り込んでしまう。


「父様方?」


――…小首を傾げるあざとい上目遣いに、誰が逆らう事が出来ようか。


「う、うん!また行こうね!」


「勿論、エレノアの望む事なら喜んで!」


「おう、任せろ!」


「…父様方。私、父様方の事大好きです。それはこれからもずっと変わりません。父様方の愛情もお言葉も、私…ずっと信じ続けます!」


「――ッ…!エレノア…!」


「…ああ。エレノア。有難う」


「今迄ごめんな。…愛してるぞ」


馬車の中、父親達は自分達に得難い宝物を授けてくれた女神に対し、心の底から感謝しつつ、愛しい娘を代わる代わる抱き締めた。


そんな訳で、エレノアが定期的にマダム・メイデンやオネェ様集団との交流を行う事が決定されたのであった。





「エレノア!」


「エレノア、大丈夫か?誰かに苛められたりしなかったか!?」


「良かった…無事で!」


「オリヴァー兄様。クライヴ兄様。それにセドリック、ただいま!ご心配おかけしました。でもとっても楽しかったですよ?」


心配そうに出迎えてくれたオリヴァー達に元気いっぱいに抱き着くと、皆ホッとした様子で表情を緩める。


「あ、そうだ!聞いて下さい!私、第二の母様と沢山のオネェ様が出来ました!」


「…は?!」


「第二の母様…?」


「お姉様が出来たって…なにそれ?」


笑顔のまま硬直する兄達やセドリックとは対照的に、エレノアは嬉しさを隠し切れない様子で頷く。


「一人っ子だった私に、お兄様だけじゃなくて、オネェ様達まで出来たなんて…!これから私、彼女達を見習って、兄様方やセドリックに相応しい、立派な淑女になるべく頑張ります!」


そう言って、自分の胸に顔を埋めるエレノアを抱き締めつつ、オリヴァーは「どういう事だ!?」という視線を、何故かボロボロ状態になっている父親達へと向けた。


「…僕に聞かないで…」


「…まあ、エレノアの言葉のままだね」


「…そうだな。うん」


「…おい、クソ親父…。こっち見ろや」


「…貴方がた、何故視線を逸らすんです?」


オリヴァーとクライヴが、父親達をジト目で睨み付ける。


エレノアが苛められなくて良かったとは思うが、何がどうして、『第三勢力同性愛好家』の集団がエレノアの母親やら姉だかになる事になったのだ!?どう考えてもおかしいだろう!!


「そうだ!オネェ様方が、今度はお兄様達も連れて来てねって言ってましたから、次は一緒に行きましょうね!あ、勿論セドリックも一緒に!大丈夫、みんな凄く優しいから、苛められたりしないよ!」


エレノアからの更なる爆弾発言が投げかけられ、オリヴァー、クライヴ。セドリックはビシリと固まったのだった。






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おまけ:その後の会話


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「それにしたって、アシュル殿下とリアム殿下は凄いわよねぇ~」


「ほんとほんと!エレノアちゃんの『あの』姿に惚れるなんて…。あり得ないわ!」


「そうよねぇ!あのドブス顏によくぞ…。エレノアちゃんだからこそかもしれないけど、両殿下方…素晴らしい心意気だわね!まさに男の鑑!!」


「この国の頂点に立つ男は、やっぱりレベルが違うわ!」


「本当よねぇ!思いっきり年下だし、美形だけどタイプじゃないから気にもしてなかったんだけど。私、これから両殿下の事、推すわ!!」


「私も~♡♡見た目ずば抜けてて、女を見る目もあるなんて、どんだけ~って感じ♡」


「アシュル殿下かリアム殿下…ううん、いっそ両方とくっついちゃえば良いのに~♡♡ドブス眼鏡で惚れるんだったら、本当のエレノアちゃん見ちゃったら、もうデロデロに溺愛しちゃうんじゃなぁい!?」


「そこにディラン殿下も参戦するのねっ♡タイプの違う美形王子様方に、競うように溺愛されるエレノアちゃん…。いや~♡♡ロマン!!イイッ♡♡」


「あ~でも、王家の嫁になっちゃったら、もうエレノアちゃんと会えなくなっちゃうしねぇ」


「そうだったわ!それにうっかり、フィンレー殿下も参戦しちゃったりなんかしたら、公妃まっしぐらじゃない!まさに新たなカゴの鳥状態よ?!」


「それって不味くない?エレノアちゃんが可哀想!あたしだったら、絶対嫌だわぁ!」


「あんたにそんな未来は永遠に来ないから、安心なさいな」


「ちょっと!どういう意味よ!?」


「う~ん…。やっぱり、王子様方にはごめんなさいだけど、エレノアちゃんの事は諦めてもらうしかないわね!」


「そーね。萌えるシチュエーションだけど、仕方ないわね!」


「残念だけどね!」


…なお、後日グラントやメルヴィルが来店した時も、同じ様な会話が繰り広げられ、同じ様なオチで終わったとの事でした。


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両殿下に、強力な応援団(?)が爆誕したようです。

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